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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
『中国沈没』と『日本沈没』--私はなぜ『中国沈没』を書くか?

                        
多摩大学教授 沈 才彬

拙著・『中国沈没』はさる3月に三笠書房によって上梓された。

このタイトルを見て多くの読者がまず思い浮かべたのは、小松左京氏によるSF小説『日本沈没』ではないだろうか。この小説が発表されたのは1973年2月。今から30年以上も昔のことだ。

では、私はなぜ中国の現実を伝えるために書き上げた本書にSF小説を想起させるようなタイトルをつけたのか。それは、いまの中国について考える上でこのSF小説にはいくつかの重要な示唆が含まれているからである。そのために私は、あえて『中国沈没』というタイトルをつけることにした。

『日本沈没』のあらすじを簡潔に紹介してみたい。

   伊豆諸島の沖、鳥島の東北東に浮かぶ小島が一夜にして海中に沈没する。太平洋プレートの下のマントル流に対流層急変が生じたことが原因だった。この事態を受けて、地球物理学の権威・田所博士が現場調査に急行し、日本海溝の底で深刻な異変が発生していることを発見する。日本各地では、大地震や火山噴火が続発し、このまま異変が活発化すれば日本列島が海底に引きずり込まれることになると田所博士は警告を発する。

  こうした警告を受けて、日本政府は列島沈没が起こる前に日本国民のすべてを海外に移住させるという極秘プロジェクトをスタートさせる。しかし、日本沈没の日は、予想外に早く訪れ、死に行く竜のごとくに最後の叫びをあげながら海中へと沈没していく――

   これはあくまでもSF小説上の話であるのは断るまでもない。日本列島は沈没もせず、作品発表から34年経った現在もしっかりと存在している。

 だが当時、小松左京という作家がこの小説を通じて国家存亡の危機が日本列島を襲うという物語を構想し、日本国民に向けて危機意識を喚起したことの意味は非常に大きい。

 地震や台風、火山の噴火など、日本列島はしばしば自然災害に見舞われる。これはどうしても避けられないことだ。しかし、自然災害に対する国民の防災意識を変えていくことで、被害を最小限に食いとめることは可能である。

『日本沈没』という物語はSF小説でありながら、日本が災害発生に対してどのような危機管理を行い、被害を最小限に抑えるためにどのような体制を整えるべきなのかを考えさせたという役目を果たしたと思う。

『日本沈没』は上下巻合わせて400万部近くも売り上げた。このような一大ブームを巻き起こした背景には、作品の面白さはもちろんのこと、作品が発表された1973年というタイミングも後押ししていたといえるだろう。

 73年の秋、日本は石油ショックの真っ只中にあった。日本全国で石油ショック騒動が起き、主婦たちはトイレットペーパーを買い占めた。同時に物価急上昇が起き、記録的なインフレが家計を襲った。そして翌年74年、日本経済は空想の世界でではなく、現実世界のなかで実際に「沈没」してしまうのだ。

 1973年、日本は7・7%にものぼるの高成長を実現していた。ところが翌年の74年、石油ショックのあおりを受けた日本経済はマイナス0・8%という成長率の後退に陥ってしまう。つまり、『日本沈没』が発表された翌年、日本は皮肉にも経済的な沈没を体験することになったのだ。

『日本沈没』はあくまでもフィクションである。しかし問題提起という意味では、大きな意味があったと考えていい。

私が『中国沈没』というタイトルをつけたのも、中国経済に対して問題提起を行う必要があると考えたからだ。今後起こりえる「中国沈没」によって、現在10%を上回るGDP成長率が、一気にマイナス成長へと転落する可能性も否定できない。中国経済がマイナス成長に転じれば、世界経済に与える影響は甚大なものになるだろう。それを回避するためにも中国は自国の現在の状況に対して危機意識をもたなくてはならない。

  1970年代以降、経済的な「沈没」を経験しなかった主要国は一つもない。日本は、73年の石油ショックと80年代末のバブル崩壊によって、二度の沈没を経験している。同じくアメリカも、ベトナム戦争の敗戦色が強まった74年、および事実上の敗戦が決定した75年にマイナス成長に陥っている。さらに2001年にはITバブルの崩壊を経て、経済的な沈没を経験した。ロシアの「沈没」はどの国の沈没よりも深刻なもので、国家体制の崩壊にまで行き着いてしまった。1997年の東南アジアでは、ASEAN諸国が通貨危機に瀕し、各国の経済成長率がマイナスに転落した。その他、ラテンアメリカ諸国にも、持続的な経済発展を遂げられなくなり、「沈没」を経験した国がある。

 こうした世界での事例を考慮すれば、中国経済がこの先沈没する可能性も決して否定できない。事実、現在の中国の経済成長のあり方には問題が多く、沈没のきっかけになりそうな要素は数多く存在する。  現在、中国経済は、アメリカ経済と共に世界経済のエンジンの一翼を担っている。もしこのエンジンが機能しなくなれば、世界経済への影響は計り知れない。そのため、「中国沈没」を望む経済人は、世界中にほぼ存在しないといっても過言ではないだろう。それだけ現在の世界経済は中国経済に依存しているのである。

 ただし、中国経済が沈没しないという保証はどこにもないのだ。もし沈没が起これば、どういうことがきっかけになるのか、どういうシナリオが想定されるのか。もし沈没した場合、どのような対応策が必要なのか。これらのことを私たちは客観的かつ冷静に分析する必要がある。

 過熱する中国経済にいま警鐘を鳴らすことは必要である。慢心は大敵だ。中国だけでなく、中国経済との関わりが深い日本やアメリカ、あるいはその他の諸国にとっても中国経済をしっかりと分析していくことがそれぞれの国の国益につながる。

中国には「居安思危」という諺がある。この諺の意味は、平時に有事を想定し、危機管理を徹底する、ということだ。いま中国にとって必要なのは「居安思危」であり、日本やアメリカ、その他の諸国にもこの意識が求められている。

日本では、中国に関するニュースが連日のように報道されている。驚異的な経済成長を伝えるものから有害物質に汚染された中国製品に関するものなど、さまざまな種類のニュースが取り上げられ、多くの日本人の関心を集めている。

 中国が近年凄まじい経済成長を達成し、それにともない豊かになってきているのは紛れもない事実である。しかしその反面、多くのものを犠牲にしてきたことも事実だ。国内では都市と農村の格差拡大に歯止めはかからず、経済発展の恩恵に与れない農民の暮らしは相変わらず貧しいままである。経済の発展だけに傾注するあまり、無計画な開発や安全性を無視した工場の操業が行われ、強制立ち退きや環境汚染の被害に悩まされている人たちが急増している。

国外に目を向けても、中国の経済発展は正と負の両面で多くの国々に影響を与えている。

これまでの中国の経済発展は、中国とのビジネスに関わっている人たちだけでなく、日常生活で中国製品を使用している一般消費者にも大きな恩恵を与えてきた。しかし、経済発展のスピードがますます加速され、中国経済の存在感がとてつもなく大きくなるにつれてマイナス要素も徐々に表面化し始めた。有害物質に汚染された食品や日用品が世界に輸出され、なかには命を落とした人もいる。また、中国で引き起こされた環境汚染は近隣諸国にも及び、今後深刻な問題へと発展していく可能性が非常に高い。

急激な勢いで成長する中国――。その繁栄の裏には多くの危機が潜んでいる。中国の真の姿を見極めるためには、「光」と「影」の部分を複眼的に見ておかなければならない。今後、中国がさらに発展していく段階において、「影」の部分が国内を今以上に色濃く覆い尽くすような事態になれば、「光」の部分である経済成長の頓挫も予想される。

 本書では、中国の「光」と「影」を浮き彫りにしながら、読者が真の中国の姿を的確に捉えることができるように注力した。「中国沈没」のインパクトの大きさ、そして、それが日本や世界各国にどのような影響を及ぼすのか――こうしたことを含めて、今の中国が置かれている状況を理解していただけることを願っている。