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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
いつ、バブルが崩壊するかが焦点

沈 才彬
「エコノミスト」2007年12月17日臨時増刊号

一国の政府首脳であろうと、一民間企業のトップであろうと、共通の課題は安定的な組織運営ができるかどうかにあり、その統治能力と危機管理能力が常に問われている。

さる10月15日に開かれた中国共産党全国代表大会で続投が決まった胡錦涛政権は、一期目の5年間、なぜ安定的な政権運営ができたか?日本政府や日本企業にとって、参考になる経験は何か?私はこの問題意識をもって、10月31日−11月9日、北京、上海、寧波、杭州などへ現地調査に渡った。滞在中、各地の政府関係者や学者たちと面談し、意見交換も行った。このレポートは現地調査の結果を踏まえて、中国政治・経済の最新動向を報告する。

●胡錦涛執行部の「知的武装」

実際、胡錦涛政権発足当初、新執行部の政権担当能力が疑問視されていた。しかし、新型肺炎SARS鎮圧、一連の汚職追放、5年連続10%超成長、米中・日中関係の改善など一期目政権の内政・外交実績を見れば、胡錦涛執行部の政権担当能力および危機管理能力は比較的に高いといわざるを得ない。これは胡執行部が追求する「知的武装」と切っても切れない関係にあると思われる。

胡錦涛氏が総書記に就任したのは2002年11月のことである。当時、中央政治局常務委員9人のうち、胡錦涛氏を除く8人がニューフェースであった。新政権の経験不足が明らかであり、いかに政権担当能力を高めるかは胡錦涛政権の最重要課題となっている。  そこで胡錦涛氏は就任早々打ち出したのは、「知的武装」という戦略的な対応策である。同年12月から「政治局勉強会」という定期的な会合が開かれ、総書記をはじめ政治局メンバーは全員参加し、「智者」たち(各分野の有識者)を講師に招いて話を聞いた。勉強会のテーマは中国政府が直面する内政・外交上の緊急課題、中国の長期戦略にかかわる諸問題、急速に変化する国際政治・経済・科学技術の最新動向などで、講師は関係研究分野の第一人者たちである。

2002年12月26日、胡錦涛総書記は1回目の会合で政治局勉強会の趣旨につき、次のように述べている。

「現代社会において、各分野での発展は日進月歩である。また、人民大衆の創造は多様で多彩だ。人類社会が創造した豊富な知識を吸収し自分たちを充実させていかなれければ、各レベルの幹部たちは必ず落伍し、課された重責に応えることができない。自らの職責に値する指導者や管理者になるためには、勉強に力を入れなければならないことを理解すべきである」と。

要するに、急激に変化する国内・国際情勢に迅速かつ適切に対応し、政権運営能力や危機管理能力を高めることは、政治局勉強会の目的である。 2002年12月から2007年9月までの5年間、合計44回の政治局勉強会が開催され、そのうちの5割超は国際政治・経済・科学技術最新動向関連である。各分野の著名学者89人が講師として勉強会に招かれ講演を行った。例えば、万鋼・元上海同済大学学長は、ドイツに留学し工学博士号を取得、大手自動車メーカー、アウディで10年間勤務した経験を持つ。「2020年までの中国科学技術発展戦略」をテーマに、海外の経験・知見を党幹部に伝えた。ちなみに、万鋼氏は07年4月に科学技術大臣に任命された。

胡錦涛総書記は自ら勉強会の司会を務め、質疑応答の時には、政治局委員たちは議題をめぐり自由に発言し、活発な意見交換も行われたという。最後に、胡錦涛総書記は総括発言を行い、場合によっては重要な指示も出された。

政治局勉強会を通じて、中央執行部のメンバーたちはグローバル的知で自分を武装し、政権担当能力や危機管理能力を高める。まさに政治世界のイノベーションである。胡錦涛一期目政権は安定的な政権運営ができたのも、かような「知的武装」というイノベーションに負うところが多いと見られる。

●「爆食経済」からの転換が急務

中国のこれまでの高度成長は素材・エネルギー・資源を爆食し、環境を犠牲にした側面が否定できない。「100ドル原油」時代の到来や地球温暖化危機に象徴されるように、地球規模のエネルギー危機、環境危機が迫ってくる現在、爆食型成長はもう限界に来たことが明らかであり、成長方式の転換が求められる。

中国には昔から「上に天国あり、下に蘇(州)杭(州)あり」という諺がある。天国のような綺麗な景色を誇り、世界でも有名な観光地である杭州だが、今は工業化と都市化の進展に伴う環境破壊に襲われ、「汚れた天国」に変わりつつある。出張先の杭州滞在中、晴の日にもかかわらず青空が見えなかった。タクシー運転手に聞いてみると、やはり工業開発や急増する車の排ガスによる大気汚染が原因で青空が見えない日数が増えているという。「経済成長は歓迎だが、環境汚染は御免」。地元の市民たちは経済成長を望む一方、「汚れた天国」から「自然の天国」に戻ることを願っている。

「無錫旅情」というカラオケ曲で日本人に馴染がある江蘇省の無錫市では、今年、太湖のアオコが大量発生し、水が汚染されたため、200万人の市民たちは給水が途絶え、不便な生活を強いられた。その原因は太湖流域に紙パルプ、化学製品、電気メッキ、製鉄など環境汚染をばら撒きやすい企業が建設されたことにあると見られる。環境を犠牲にした高度成長は限界に来たことは明らかだ。

第17回党大会で採択された党規約改正案は、「爆食経済」是正の必要性を認め、胡錦涛氏が自ら唱える「科学的な発展観」を明記している。いわゆる「科学的発展観」とは、環境と資源に配慮しながら持続可能な成長を目指すことをいう。爆食型成長から脱却し、環境にやさしい省エネ・節約型成長へ転換し、量の拡大より質の向上に重点を置くことは、胡錦涛二期目政権の経済運営の基本方針と言えよう。

●2008年も経済は「不着陸」

現在、中国政府は爆食型成長の転換を唱える一方、バブル抑制のためのマクロコントロール政策や金融引締め政策を打ち出し、過熱経済の「軟着陸」を図っている。しかし実際、その効果が限定的なものにとどまり、「軟着陸」への道のりがまだ遠い。

今年1-9月期の中国経済実績を見れば、GDP成長率は11.5%にのぼり、通年は11%を超えることが確実な状態となっている。来年には北京オリンピック開催があり、五輪景気も予想される。日本の東京オリンピック開催(1964念)、韓国のソウルオリンピック開催(1988年)の過去の例を見てもわかるように、国を挙げて盛り上がるムードの下では経済成長率がなかなか下がらず、2008年の中国経済も成長率が10%を下回るシナリオが考えにくい。結局、08年も「軟着陸」も「硬着陸」もなく、「不着陸」の高空飛行が続く見通しである。

ただし、北京五輪、特に2010年上海万博開催以降、「軟着陸」か「硬着陸」かの選択が迫られるだろう。下手をすれば、「硬着陸」、つまりバブル崩壊のシナリオもあり得る。実際、中国では過剰流動性問題が発生し、株式や不動産バブルの懸念が強まっている。06年一年間の上海株価指数は130%急騰し、07年10月末までさらに2倍強上がっている。不動産価格の急上昇も止まらない。主要都市70市今年10月の価格は昨年同月比9.5%上昇、中でも来年五輪開催を控える北京市は17.8%、香港に隣接する深?市は21カ月連続で2桁の上昇率を記録している。

中国人民銀行(中央銀行)2008年第3四半期「通貨政策執行報告」は、こうした不動産価格の急上昇について「一部の地域で急騰しており、明らかに非理性的な要因が存在している」とバブルの懸念を示している。今後、金融当局は不動産向け融資に対する監視を一段と強化すると見られる。

●朱鎔基前首相もバブルを強く警戒

07年4月、朱鎔基前首相は深?で日本のある大臣経験者、大物エコノミストと会談した。その際、この大臣経験者から「中国の不動産・株式市場にはバブルがあるかどうか」と質問したが、朱鎔基氏は次のように答えたという。

 「今はバブルがあるかどうかの問題ではなく、いつはじけるかの問題だ。経済成長はいつまでも上昇しつづける筈がない。(11%超成長)このまま上昇が続けば、北京五輪開催後はどうするのか。早急に対応策を講じる必要がある」と。

朱前首相は引退後、公式の場にほとんど姿を見せず、「隠居生活」を送っている。日本の大臣経験者は、朱前首相とは1980年代初頭からの付き合いで、いわゆる「老朋友」(旧い友人)関係にある。朱氏は2003年3月首相退任後、日本人との面談は今回が初めてという。この会談は「私的会見」とは言え、日中双方のマスコミにも報道されなかった。しかし、中国バブル経済の行方に対する強い懸念を示した朱前首相の発言には重みがある。5月以降中国政府が打ち出した一連のバブル抑制対策は、こうした前首相の発言と無縁ではないと見られる。日本企業にとって、2010年上海万博開催後、中国のバブル崩壊は特に要警戒である。

●「元高メリット」も考え始めた金融当局

2005年7月、人民元レートは1ドル=8.27元から1ドル=8.11元へと約2%切り上げられた。以降、緩やかな元高が続き、今年(11月16日まで)だけの切り上げ幅は既に4.8%にのぼり、通年5%突破は確実な状態となっている。05年7月以降、人民元は累計で10.3%(2%を含む)も切り上げられた。

本来ならば、元高は中国の輸出競争力を削ぐ結果になるが、実態は元高にもかかわらず、中国製品の国際競争力が落ちておらず、輸出は依然として高い水準で推移している。今年1-10月、中国の輸出入総額は前年同期比23.5%増の1兆7593億ドルに達し、そのうち輸出は9858億ドルで前年に比べ26.5%も増えた。貿易黒字は59%増の2123億ドルで昨年通年の実績(1774億ドル)を大きく上回った。それはいったい何故だろうか?

人民元対米ドルなど主要国通貨の為替レートを調べて見た。今年、ドル安が進み、人民元対ドルの切り上げ幅がユーロなど主要国通貨の対米ドルの切り上げ幅より小さいため、人民元の実勢レートは元高ではなく、元安という結果が判明された。例えば、昨年末に比べ、人民元対ドルレートは4.8%元高だが、ユーロ、円に対しては実際それぞれ5.9%、2.4%元安となった。その結果、1-9月期中国のEU向け輸出(1755億ドル)と貿易黒字(949億ドル)は前年同期比それぞれ30.8%、39.7%も急増した。

一方、人民元の対米ドルの切り上げは小幅にとどまるため、中国の対米輸出と貿易黒字の拡大の勢いはとどまらない。1-9月、中国側の統計によれば、1-9月の対米輸出は前年同期比15.8%増、貿易黒字は16.1%増となっている。そのため、米国もEUも柔軟性を欠く人民元の為替レートに対する苛立ちを隠さず、元切り上げ圧力を一層強めている。

08年11月、アメリカでは大統領選挙が実施される。対中貿易赤字が膨れ上がる一方のアメリカは、民主党も共和党も人民元切り上げプレッシャーをより強めていくことは間違いない。

また、中国国内では人民元の「対外値上げ、対内値下げ」を問題視している。「対外値上げ」とは人民元の対米ドルレートの上昇を指すが、「対内値下げ」は預金金利がインフレ率を下回ることをいう。今年10月のインフレ率は6.5%にのぼり、一年期預金金利の3.87%を大きく上回っている。国民生活の観点から見れば、人民元の値打ちが下がっていることは明らかだ。インフレ高進の一因は原油価格の高騰にあり、元高のベースを適切に速めれば、需要全体の4割以上が輸入に依存する原油価格を抑え、物価上昇に歯止めをかけるメリットがあると、金融当局は考え始めている模様だ。

こうした中国の内外環境を考えれば、来年、人民元切り上げの加速が避けられない。ただし、プラザ合意後の急激な円高のようなシナリオは有り得ず、年間切り上げ幅は7%―10%にとどまると思う。

また、完全な変動相場制への移行は、米国など外国政府の圧力にかかわらず、上海万博開催までに実施する可能性がほとんどないと見て良い。資本市場の開放、人民元兌換性の実現、不良債権の処理という3つの条件をクリアしなければ、拙速な変動相場制への移行は極めて危険であるからだ。中国政府はあくまでも「主体的、コントロ−ル可能、漸進的」(周小川・中国人民銀行総裁)という三原則の下で、自国の経済成長に悪影響を与えずに、人民元改革を慎重に進めていく。一気呵成ではなく、段階接近法的に完全な変動相場制を目指し、その移行は2010年上海万博開催以降になるだろう。