【中国経済レポ−ト】
「減速」「失速」「不着陸」―2008年の世界経済を展望する―
沈 才彬
「世界経済評論」2008年新年号
「世界経済評論」誌は、2007年11月14日に田中素香・中央大学経済学部教授、脇祐三・日本経済新聞論説委副委員長、沈才彬・三井物産戦略研究所中国経済センター長、坂本正弘・元中央大学教授を招いて、如水会館で「2008年の世界経済を展望する」新春座談会を開催しました。沈の発言は次のとおりである。
●「減速」「失速」「不着陸」
2008年の世界経済はどういう展開になるかについて私の考えをお話します。
世界全体のキーワードは「減速」だと思います。2008年の世界経済は減速する。なお、アメリカについては「失速」、それから中国については「不着陸」というのがキーワードになると思います。
「不着陸」とは着陸しない、つまり高空飛行が続くということです。ソフトランディングでもハードランディングでもない、ノーランディングです。世界経済全体は「減速」、アメリカ経済は「失速」、中国経済は「不着陸」だと思います。
まず中国について具体的にお話します。今、中国の経済界では、軟着陸か硬着陸かそういう論争が展開されています。ただし僕から見れば、この論争はナンセンスな側面が否定できない。その理由は二つあります。
まず一つ目の理由は、共産党の全国代表大会が10月に開かれました。これまでの経験則によれば、党大会が開催される年、また新しい執行部が選出される年には、経済成長率はなかなか下がらない。中国はまだ完全な市場経済の国とは言えないため、厳格な意味での経済的サイクルはない。むしろ政治的サイクル、政治主導の経済成長が特徴です。従って、党大会があって、新しい執行部が選出された今年の経済成長率が、11%を下回ることはまずあり得ないのです。実際今年1-9月期の成長率は11.5%で、通年11%を超えると思います。
二つ目の理由は2008年に北京オリンピック開催があります。日本では1964年東京オリンピック、韓国では1988年ソウルオリンピックが開催されました。オリンピック開催の年にはどこの国でも盛り上がります。盛り上がるムードのもとでは、経済成長率はなかなか下がらないのです。ですから、来年も経済成長が10%を下回るシナリオは考えにくい。
中国における適切な経済成長率について、政府や経済学者の間では、大体7-9%というコンセンサスが形成されています。9%を超えると過熱気味、7%を下回ると景気が冷え込んだと判断し、政府は積極財政などの景気刺激策等を打ち出します。現在は、先ほど申し上げたとおり11.5%と、明らかに過熱経済なのですが、来年のオリンピック開催も控えて、どこでも建設ラッシュが続いていてなかなか成長率が下がりにくい。来年も中国経済はソフトランディングもハードランディングもしない、ノーランディング、つまり高空飛行が続く「不着陸」です。
ただし成長率から言えば、今年がピークで、来年は少しスピードダウンがあると思います。それでも10%を下回るシナリオは考えにくいですね。
今、世界経済を牽引しているのは、二つのエンジンです。一つはアメリカ経済、もう一つは中国経済です。中国経済をノーランディングとすれば、アメリカはどうなるか。アメリカ経済につきましては、私は全く素人、門外漢ですから、私の見方が当たらないかもしれないですが、来年は「失速」する可能性が極めて高いと思います。
70年代からこれまでの間でアメリカ経済は、二回沈没したことがあります。一回目は74年、75年で、いずれもマイナス成長に転落しました。このとき理由は二つあります。一つは1973年の石油ショックです。もう一つはベトナム戦争の敗北です。
ベトナム戦争がスタートしたときは軍需産業が拡大して、景気を牽引したわけですが、膨大な戦費の出費が長引くとこれが重い負担になって、経済を圧迫した。七三年についに南ベトナムから撤退し、米国の敗戦となった。これが経済的な大きな負担とともに、さらに精神面でも大きなショックがもたらされた。ベトナム戦争はアメリカにとっては初めて敗北した戦争なので、国内世論も二分化され、その打撃は甚大なものであった。
二回目のケースは2001年ITバブルの崩壊です。2000年がITバブルのピークですが、2001年からバブル崩壊が始まる。2001年の経済成長率は0.8%になってしまったのです。
それでは、来年のアメリカ経済がなぜ失速するか。一つ目の理由は、バブル崩壊です。今回はITバブルではなくて住宅バブルですね。サブプライムローン問題が表面化している。しかし既に明るみに出たのは、まだ氷山の一角です。さらにどのぐらい問題があるのか、わからない部分がいっぱいあるのです。これが全部明るみに出れれば、さらに問題が拡大する、そういう可能性がある。
それから二つ目は、米ドルの暴落。その可能性が極めて高いことです。アメリカ経済は双子の赤字を続けています。最近は双子の赤字ではなくて、三つ子の赤字になっています。貿易赤字と財政赤字に加えて資本収支の赤字です。アメリカへの投資よりも、アメリカから撤退する投資の方が多くなっている。三つ子の赤字になってしまって、2008年には米ドルが暴落する可能性は否定できない。
三つ目の要因は、イラク戦争の泥沼化です。敗戦色がますます濃くなると、アメリカ経済への悪影響は避けられません。ベトナム戦争での経験からもそうです。
この三つの要因──一つは住宅バブルの崩壊、二つ目は米ドルの暴落、三つ目はイラク戦争のさらなる泥沼化──によってアメリカは「失速」すると思います。
●アメリカ減速の中国経済への影響
先ほどアメリカ経済は来年失速する可能性が高いと申し上げました。ただしアメリカという国は、非常に調整能力が高い国でもあります。過去二回の経済沈没のケースでも、短期間でまた成長の軌道に乗ったのです。ですから、アメリカ経済は来年失速しても、それほど時間をかけずに調整できる。日本の「失われた10年」のようなシナリオはアメリカにはまずあり得ない。
アメリカ経済と中国経済は、お互いに深くビルドインされています。ですから、アメリカ経済がだめになれば中国経済は無傷に済むわけにはいかない。つまり中国経済も必ずマイナスの影響を受ける。
ただし中国経済は、アメリカ経済と同じように沈没するとは考えにくい。先ほど申し上げたとおり、来年オリンピック開催があります。来年中国の対米輸出は恐らく伸び率は鈍化すると思います。米中貿易摩擦が今多発しています。特に来年アメリカは一一月に大統領選挙がありますから、中国問題は大統領選挙の争点の一つになります。ですから、中国に対するプレッシャーを強めることは、間違いない。
しかし対米輸出が急激に減少するというシナリオも考えにくい。なぜ考えにくいか。アメリカから見た対中貿易赤字は、昨年既に2000億ドルを超えました。今年はさらに上回るでしょう。これを一気に減少することはできないのです。それは、アメリカ今の対中貿易の多くは、実際には米中貿易ではなくて米・米貿易だからです。アメリカの企業が中国に進出して中国で生産してその製品をアメリカに輸出しています。それをすぐにやめることはできない。これは日米貿易摩擦のときと全く違うパターンです。
今年1-9月の対米輸出の伸びは15.8%です。来年は伸び率が鈍化するといっても、まだ10%前後の伸び率は確保できる、そういう見通しですね。
来年の中国経済にとって、経済成長の三つの要素──輸出、投資それから国内消費──のうち、輸出は多少鈍化する。そして投資の鈍化もあり得ますが、いずれも一気に落ちることはないと思います。個人消費は伸びています。輸出と投資の伸び率の鈍化を、個人消費の伸び率の加速によって補うことができます。ですから、来年中国経済はことしよりは成長率は多少下がるのですけれども、10%以下になることは考えにくいということです。
●2010年上海万博以降、バブル崩壊は要注意
先ほど申し上げたとおり、来年はまず軟着陸も硬着陸もないと思います。ただし、オリンピックが終わり、特に2010年上海万博以後は、硬着陸か軟着陸か、そういう選択が迫られます。下手をすれば硬着陸(ハードランディング)のシナリオもあり得ます。
ハードランディングのシナリオは、バブル崩壊のシナリオです。実際中国ではバブルの懸念が高まっています。不動産と株式、この二つの分野ではバブルの懸念が強まっているのです。ここ二〜三年で不動産価格は二倍以上です。株式は、昨年一年間で上海株価指数が130%急騰し、今年10月31日までにさらに100%以上値上がりしたのです。2年間で株価が5倍になった計算です。明らかにバブルの様相を呈しているのです。不動産と株のバブルは特に要注意です。
私が中国で聞いた話では、朱鎔基前首相が、バブルについてかなり警戒しているようです。朱鎔基さんは五年前首相のポストから退いてから一切公の場には姿を見せなかったのですけれども、この四月、深?で日本からのお客さん(大物エコノミスト、大臣経験者で80年代から朱鎔基さんとずっと仲よくつき合ってきた方)が朱鎔基さんと会いました。そのときその方が、朱鎔基さんに対して、中国の不動産、株式はバブルであるかどうか、と質問をしたら、朱鎔基さんは、「今バブルがあるかどうかの問題じゃない。バブルがいつはじけるかが問題だ」と答えたそうです。中国はうまく対応策を打ち出さなければ、将来的にはバブル崩壊の可能性はあるわけです。
●注目される人民元の行方
人民元は、2005年7月21日に2%切り上げられた以降も、緩やかな元高がずっと続いています。累計では約11%切り上げられています。多分これからも緩やかな元高が続くだろうし、来年はさらに加速する可能性が高い。
アメリカが、中国に対しては人民元切り上げの圧力を強めているのです。大統領選挙があるものですから、共和党も民主党も元切り上げ圧力をかけている。新しい動きとしてはヨーロッパもアメリカと歩調を合わせるようになりました。ですから、来年は切り上げのベースがさらに上がるでしょう。
ただし、1985年プラザ合意後の日本のような急激な円高シナリオはまずないですね。中国は人民元改革があくまでも三つの原則──自主的に、段階接近法的・漸進的な方法で、コントロール可能な範囲内──で行なうとしています。
●胡錦濤執行部の「知的武装」
胡錦濤政権は、安定していると思います。胡錦濤政権が発足したときは、政権担当能力が疑問視されていました。カリスマ性がないですから。ところがこの五年は割に安定的な政権運営ができた。実績を積み重ねてきた。例えばSARS問題が起きましたが、短期間で収拾した。経済は五年連続10%以上の高度成長が続いた。汚職追放も次から次へ辣腕でやった。日中関係は一時的に悪化したけれども、一期目の政権任期内で改善した。米中関係も安定している。ですから、内政、外交面ともに、胡錦濤は一期目をうまくやったと、そう言わざるを得ないのです。
なぜうまく出来たか。その答えの一つは、胡錦濤政権の知的武装です。
胡錦濤政権発足のときの中央執行部──中国共産党政治局常務委員──のうち胡錦濤さんを除いた他八人全員が新人でした。経験不足が明らかで、政権担当能力をいかに高めるかが最大の課題でした。それで胡錦濤さんが打ち出したのが、知的武装です。
その方策として、彼が党のトップに就任した2002年11月の翌月から政治局勉強会という形の定期的な会合が始まりました。今年の九月末まで四四回を数えるまでになった。政治局委員、全員参加です。その政治局勉強会の毎回のテーマは、中国政府の直面する内政面や外交面の緊急課題、長期ビジョンにかかわる問題、あるいは世界の政治、経済、科学、技術の最新動向など多岐にわたります。それぞれの分野の第一人者、権威がある学者二名が各四〇分程度講義して、胡錦濤総書記がみずからが司会を務めて質疑応答、討議する。
講師は全部中国人ですが、大多数は欧米留学経験がある人たちです。過去5年間で合計89人の著名学者が講師を務めました。講義の時、講師は原稿を読み上げるのです。政治局のメンバーたちは真剣に聴講してノートをとる。質疑応答のときは活発な議論が交わされるのです。最後に胡錦濤さんが総括発言をする。場合によっては重要な指示を出す。
例えばSARSのときは、外国はどういうふうに突然の自然災害とか事件に対応するのか。また今年八月の勉強会は、サブプライム問題があり金融問題がテーマでした。
こうした方法で、グローバルな知で政治局のメンバーを武装して、政権担当能力や危機管理能力を高めてきたのです。
●米中関係と台湾問題
現在の米中関係のキーワードは、ステイクホルダーです。これが今米中関係の特徴なのです。つまり利害関係者ですね。そう定義したのは、ゼーリック前国務副長官で、ブッシュ政権の対中政策責任者だったのです。今の対中政策責任者は、ポールソン財務長官です。彼は七〇回を超える中国訪問の経験があり、アメリカで一番中国をよく知っている人なのです。
米中の利害関係者関係を裏づける、具体的な動きとして、米中経済戦略対話が二回開かれています。一回目は昨年一一月です。二回目は今年五月です。一回目は北京で行われまして、アメリカからポールソン財務長官はじめ8人の閣僚が参加、中国側から女性の呉儀副首相はじめ13人の閣僚が出席しました合計21名です。二回目はワシントンで開かれ、中国から呉儀副首相を初め16閣僚が出席し、アメリカは11名、合計27名です。二国間の会合で双方から20名を超える閣僚が一堂に集まることは、余り前例がないことです。この米中戦略対話会議への閣僚の多数参加は、アメリカはいかに中国を重要視し、中国もいかに対米関係を重要視しているかを裏づけています。
先ほど申し上げたとおり、来年大統領選挙まではさまざまな摩擦があるでしょうが、このステイクホルダーの関係という基本構図は変わりがないと思います。
台湾の陳水扁総統には、来年は北京オリンピック開催なので、オリンピック開催を人質にして、台湾独立を加速させようというねらいがあるのです。台湾の名義で国連に加盟する、そういう運動をいまやっている。国民投票で決めるということ。これに対して、中国は猛烈に反対しています。しかも、アメリカも強く反対しています。この問題では米中が歩調を合わせているのです。その背景には米中の共通の利益があるのです。
つまり、アメリカにとっては、台湾を独立も統一もさせず、現状維持に止めることが最大の国益です。台湾がもし独立すれば、中国は武力行使を辞さないで武力衝突が起きる可能性が高い。武力衝突が起きれば、アメリカは中台間の武力衝突に巻き込まれるおそれがある。これは望ましくない。今イラクで泥沼化していて、イラン問題も緊迫をしている。アメリカにとって二正面作戦をとる余裕はない。台湾問題について、最近、これまでの国務省にかわり国防省が声明を発表しました。軍隊が今回前面に出てきて、強く台湾の陳水扁政権の動きを牽制したわけです。台湾の名義で国連加盟、そういう国民投票はアメリカが強く反対する、と。
中国から見れば、台湾独立はもちろん許さない。ただし中国政府としては、今、台湾との統合を急ぐわけではない。中国の方針としては、平和的な統合を目指す。時間をかけて問題を解決するということです。
他方で、台湾、陳水扁総統にとっては、選挙対策の側面がある。2008年に総統選挙があるので、中国を刺激して、中国による何らかの行動を引き出せば、これは陳水扁・民進党の得点になる。これまでの二回の総統選挙でも、中国を刺激して、中国に軍事演習などの激しい反発を誘発して、それ反発する台湾の民衆の支持を得て、民進党の得票率が高まるのです。台湾民衆の圧倒的多数は実際に、独立にも統一にも賛成していない。つまり大多数の台湾の民意は現状維持でしょう。
●2008年世界経済の中の日本の進路
国内だけ見れば、日本経済は今、戦後最長の景気、好景気が続いています。しかしグローバルに見た場合には、日本の国際的な地位は低下しています。
例えば日本と中国と比較した場合、2001年の中国のGDPは、日本の四分の一です。ところが昨年は日本の六割になりました。私の予測では、2013年には、中国のGDPは日本を上回ることになります。それから輸出、輸入、外貨準備高も2001年時点ではいずれも中国はわずか日本の半分前後です。ところが昨年は、輸出は日本の1.5倍です。輸入は1.3倍、外貨準備高は、日本の1.2倍になっています。世界的に見れば、日本はプレゼンスが低下しているのが現実です。
ここに二つのデータがあります。一つは世界経済フォーラムの世界競争力ランキングです。日本は低下しています。それからもう一つは、スイスに本部がある世界経営研究所(IMD)のデータです。これによると世界競争力のランキングで、日本は中国より下なのです。これは、衝撃的なデータです。つまりこれからいかに日本が競争力を高めて世界におけるプレゼンス、存在感を高めていくかが、日本にとって大きな課題なのです。日本はすぐれた技術力やブランド力といった強み、得意分野を生かして自分のプレゼンスをどう高めていくのか。これが来年以降の課題だと思います。
中国の今の高度成長は、環境と資源を犠牲にした側面は否定できないですね。私の表現では、今の中国経済は爆食経済。「爆食」というのは私のつくった言葉なのですけれども、必要以上に素材とエネルギーを大量消費しているという意味です。これから中国は、爆食経済から省エネルギー型、節約型成長に転換しなければいけない。その過程には日本は十分に役割を果たすことができる。
60年代、70年代は日本も爆食してきたのです。73年石油ショックから30年以上の努力を積み重ねた結果、今の日本の省エネ技術は世界トップレベルの水準に到達しています。そうした省エネ技術という日本の強みを生かし、日中協力で経済発展させる。これから日中関係のキーワードは「環境」と「省エネ」です。