【中国経済レポ−ト】
胡錦涛新体制と日本へのインパクト
沈 才彬
「世界週報」2003年3月11日
昨年11月に開かれた第16回中国共産党代表大会で、胡錦涛氏を総書記とする党の新執行部が選出されたのに続き、3月5日に開かれる予定の「全人代」(国会に相当)で胡錦涛氏が国家主席に、温家宝氏が首相に選ばれ、中国の新体制が正式に発足する見通しである。胡錦涛新体制を読むポイントは何か。新体制はどんな課題を抱えているか。中国経済の肥大化は日本にどんなインパクトを与えるか。日本企業は中国市場を攻めるにはどんな対中国戦略が必要なのか。新体制中国と日本経済のかかわりを具体的に検証したい。
初めての平和的なトップ交代
昨年の第16回党大会の最大の注目点は言うまでも無く、江沢民から胡錦涛へのバトンタッチだった。59歳の胡錦涛氏は中国共産党のプリンスとして、共産主義青年団書記、貴州省党書記、チベット自治区党書記を歴任した後、当時の最高実力者ケ小平氏と党内長老・宋平氏の推薦を受け、1992年に49歳の若さで中央執行部入りを果たし、政治局常務委員(7人)の最年少メンバ−となった。その後、胡氏は江沢民総書記を補佐し、中央書記局書記、中央党校(党の高級幹部養成学校)校長、国家副主席、中央軍事委員会副主席など重要ポストを無事にこなしてきた結果、遂に昨年の党大会で総書記に選ばれた。
新中国樹立後、中国共産党はこれまで4回のトップ交代を経験したが、いずれもク−デタ(例えば毛沢東死去後の四人組逮捕による華国鋒のトップ就任)や前任者の失脚(例えば、華国鋒、胡耀邦、趙紫陽)に伴うものだった。今回の江から胡へのバトンタッチは、そのプロセスに確かに不透明な一面がまだ残るが、新中国史上初めて平和的な党トップ交代を実現した点では評価すべきである。
* トップに戻る *
「国民政党」への脱皮が始まる
政治面の注目点は、江沢民氏が提起した「3つの代表論」が党規約に明記されたことだ。「3つの代表」とは、中国共産党は「先進的な文化」、「先進的な生産力」および「最も広範な人民の利益」を代表することをいう。そのキ−ポイントは「最も広範な人民の利益」の代表にあり、私営企業経営者の共産党入りに道を開いた点にある。もともと中国共産党は資本家・資産家たちを敵として戦ってきた政党であるが、今は昔の敵を身内に取り込む。共産党の変質振りは我々の想像を超えている。それは一体なぜか。
実際、改革・開放策導入以降、中国の経済基盤は大きく変わってきた。2001年末時点で中国の私営企業(個人資本で8人以上を雇用)は202万社、個人企業(個人資本で8人未満を雇用)は2423万社、両者合計で鉱工業総生産の3分の1、GDP全体の20.1%を占めている。また、両者の従業員総数7474万人で、都市部雇用全体の31.2%に相当する。1996−01年の5年間、私営・個人企業の雇用増加人数は2999万人に達し、同期全国新規雇用の4分の3を占めている。私営・個人企業は国有企業リストラ人員の最も重要な受け皿となっており、無視できない存在となっている。
そこで中国共産党は私営・個人経営企業の経営者たちを党内に取り込むことで、共産党支配の正当性を維持しょうとしている。「3つの代表論」の党規約明記によって、共産党の「階級政党」という従来の性格から「国民政党」への脱皮が始まる。筆者は党大会閉幕直後、中国へ取材に行ったが、北京から上海へ向かう飛行機の中で、スイス留学・勤務の経験があるというある民間企業の経営者・資産管理会社の会長に出会った。彼は「3つの代表論」を中国共産党の「社会民主党宣言」と見ており、中国共産党はこれから徐々に今の欧州社会民主党のような政党に変わって行くと予測した。
* トップに戻る *
トップは地方行政の経験者
人事面では地方実力者の台頭が注目される。中央政治局メンバ−24人のうち、13人が北京、上海、広東など各地方のトップで占められている。また、政治局常務委員9人のうち、4人が北京、上海、山東、広東から来た地方実力者である。中央入りを果たした地方実力者の多くは、中等規模の国に相当するほどの人口を抱える省のトップであり、彼らの地方での行政経験はある意味で治国のための「修業」とも言える。胡錦涛本人も貴州省とチベットのトップを経験している。実際、華国鋒、趙紫陽、江沢民ら歴代の中国のトップたちには地方行政の経験者が多く、この点では政府首脳のほとんどが自民党派閥から出る日本と違い、大統領の多くが州知事から出るアメリカと似ている。
人事面のもう1つの注目点は、評論家より実務派を重視した点だ。政治局常務委員9人が全員理工系大学出身、政治局委員24人のうち19人が理工系出身の技術官僚である。中国では理工系大学出身の方は実務志向が強く、人文社会系出身者は評論家体質が多い。ケ小平氏は評論家が好きではなかった。彼は10年前に、重大事項につき「論争せず」という方針を打ち出した。行動しなければ論争ばかりでは何もできないからだ。「大胆に実践、果敢に挑戦」は彼の一貫姿勢である。今回の人事は、こうしたケ小平氏の実務派重視の方針を踏襲したものと見られる。
* トップに戻る *
当面は「江規胡随」
昨年の党大会で温家宝副首相(60歳)は党内序列3位に浮上し、事実上、朱鎔基首相の後任と決められた。今後、胡温新体制の下で、中国の政治・経済運営が行われることになる。ただし、総書記のポストから退いた江沢民氏は、中央軍事委員会主席の一時的留任および本人が提起した「3つの代表論」の党規約明記によって、事実上の最高実力者として影響力を残す。当面は「江規胡随」(江沢民が決めた政策・方針は胡錦涛新体制が引き続き実行する)と見ることは妥当であろう。
日本では江沢民から胡錦涛へのバトンタッチによって、中国の対日政策も大きく変わるのではないかと期待感が高まっている。しかし、過剰期待は禁物である。実際、胡錦涛氏も温家宝氏も「知日派」ではなく「嫌日派」でもない。胡新体制の対日政策は、基本的に江沢民体制の対日政策を踏襲するものと見て良い。さらに、胡錦涛・温家宝よりもっと若い政・官・産・学界リ−ダには欧米留学組が多く、彼らは欧米に目を向けており、日本に対しては基本的に無関心である。われわれは中国のこの流れに十分に留意する必要がある。
* トップに戻る *
「GDP4倍増プラン」は実現するか
経済面の注目すべきポイントは「経済成長最優先」路線と改革・開放政策の継続にある。胡錦涛新体制が江沢民体制から受け継いだ最も貴重な財産は、言うまでも無く高度成長の継続である。実際、第16回党大会で採択された「政治報告」の中で、「国内総生産(GDP)を2020年までに2000年の4倍にする」という「GDP4倍増プラン」が掲げられている。つまり、中国のGDPを2000年の1兆ドル強から2020年の4兆ドル以上に増やす計画である。先進国との1人当たりGDP格差、沿海部と内陸部の地域格差、都市部と農村部の収入格差という3つの「落差パワ−」を旨く活かせば、「GDP4倍増プラン」は達成される可能性が大きい。
ただし、中国経済は一直線で伸び続けるとは考えにくい。次に述べる不良債権問題、雇用不安、政治民主化問題のほか、デフレ進行、貧富格差の拡大、腐敗の蔓延、エネルギ−問題、深刻な水不足と砂漠化など、中国の前に立ちはだかる壁が多いからである。08年北京五輪、2010年上海万博開催以降のあるタイミングで経済成長はいったん挫折することもありうる。挫折を乗り越えれば再び成長の軌道に乗り、これは中国の実態に近い見通しになると思う。
* トップに戻る *
4大商業銀行で不良債権比率30%
今、中国経済は景気好調が続いている。02年経済成長率は8%、GDP総額は1億2300億ドル、1人当たりGDPは1000ドル近く、輸出入総額と直接投資(実績ベ−ス)はそれぞれ史上最高の6207億ドル、527億ドルに達成した。しかし、高成長の陰に問題も山積しており、胡錦涛新体制の重圧ともなりそうである。
まずは不良債権問題である。中国人民銀行(中銀)の発表によれば、全国金融資産の約8割を占める工商銀行、建設銀行、中国銀行、農業銀行など四大国有商業銀行はここ数年、資産管理会社を通じて1兆4000億元の不良債権を売却したにもかかわらず、01年末時点で不良債権比率は依然25.4%にとどまっている。もし国際基準の債権5段階分類基準に基づき計算すれば、不良債権の比率は30%を遥かに超えるという。その比率は世界大手銀行ベスト20行の平均不良債権比率3.27%(2000年)、米国銀行の平均0.67%、欧州銀行の平均2%より遥かに高いのみならず、国際的な警戒ライン10%と中国中央銀行の規定上限15%も大きく上回っている。
不良債権が拡大する一方、銀行の自己資本率が低下している。四大国有商業銀行の自己資本比率は、工商銀行4.57%、中国銀行6.38%、建設銀行3.79%、農業銀行1.44%で、いずれも国際決済銀行(BIS)の既定下限8%を大きく下回っている。
四大国有商業銀行の資産収益率(利益が総資産に占める比率)も低い。工商銀行0.13%、中国銀行0.14%、交通銀行0.3%、農業銀行0.01%で、米シテ−バンクの1.5%、英香港上海銀行(HSBC)の1.77%に比べれば、資産収益率の低さが際立っている。
中国はWTOに対する公約通りに金融分野を開放すれば、外資系銀行は外貨業務のみならず、中国元取り扱い業務も可能になる。中国系銀行に比べれば、外資系銀行の金融サービスは質が良く、範囲も広く、従業員の給料も5〜6倍高いため、これまで中国金融機関が持っている顧客と人材は外銀へシフトし、不良債権拡大など金融リスクが増大する恐れが出てくる。中国の金融機関は抜本的な改革をしなければ、増大する金融リスクは将来、金融危機に繋がる可能性は否定できない。
* トップに戻る *
「世界最大の雇用戦争」
経済成長に立ちはだかるもう1つの壁は雇用問題である。中国の失業率には3つの数字がある。1つは中国の公式発表である。2002年末時点で都市部登録失業率は4.0%である。しかし、この失業率には「下崗」(レイオフ)人員が入っていない。実際96−01年の5年間、国有セクタ−の従業員全体の32%に相当する3621万人がリストラされ、集団企業の従業員も1856万人減少した。両者合計で5477万人に達し、韓国の総人口を上回る。そのうち、約4000万人は新しい就職先を見つけたが、残る1000万人強が「下崗」のままである。もし、この1000万人以上の「下崗」人員を失業者と見なせれば、中国の都市部の実質的な失業率は8%を超える。
一方、中国の農村部にはまだ1億5000万人の余剰労働力がある。仮に農村部の余剰労働力を失業率に入れると、中国の実質的な失業率は27%となり、世界最大かもしれない。
清華大学教授・胡鞍鋼博士は「世界最大の雇用戦争」という表現で、雇用問題の深刻さを訴えている。胡氏によれば、2002年に新規雇用年齢に入る全国人口数は1400万人で、2005年までにこの人口の累計数は4650万人に達する。2002年に失業者、「下崗」人員、出稼ぎ失業者、就職先を決めない大卒生などは約1900万人もいる。農村からの出稼ぎ労働者はこれから毎年800−1000万人増える。2001−05年の5年間に合計1億近くの職場ポストを創出する必要があるが、実際創出可能なのはその半分以下になる。
さらに、WTO加盟に伴う市場開放措置によって、競争力がない産業分野は激しい競争に淘汰され、企業倒産が急増し、失業問題はさらに深刻化する可能性が大きい。実際、中国の労働紛争事件が年々増えている。中国の労働紛争仲裁委員会によれば、2001年に同委員会が受理した件数は前年比14%増の15万5000件で、紛争事件にかかわった労働者数は11%増の46万7000人にのぼったという。今後、いかに失業者に新しい職場ポストを提供し、失業者の離反・造反を回避するかは、胡錦涛新体制にとって最も頭が痛い問題になりそうである。
* トップに戻る *
政治民主化が最大の壁
このほか、地域格差の拡大、腐敗の蔓延、エネルギ−問題、水不足と砂漠化など経済成長の前に立ちはだかる壁が少なくない。しかし、最大の壁は言うまでも無く政治民主化問題である。
中国は80年代以降、経済成長の挫折を3回も経験したが、いずれも政治民主化の壁にぶつかり、中央指導部の意見が分かれて政局混乱に陥った結果だった。1回目は1981年華国鋒党主席が党内闘争に敗れて失脚したことで、同年のGDP成長率は前年の7.8%から5.2%へ低下した。2回目は、1986年12月学生運動に旨く対応できなかった胡耀邦総書記は責任を問われ辞任に追い込まれた事件で、同年のGDP成長率は13.5%から8.8%へ下がった。3回目は1989年天安門事件で趙紫陽総書記が失脚し、GDP伸び率は11.3%から4.1%へ急落した)。
今後、国民は豊かさの実現によって、経済の自由のみならず政治の民主化も求めるだろう。中国政府はこうした国民の要請にどう対応するか、経済成長の必要条件である政局の安定をどう保つかが大きな課題となろう。
* トップに戻る *
中国経済の肥大化で日本にインパクト
中国経済の動きとして、今後、経済大国化、巨大市場化、世界工場化という3つの流れは一層加速する見通しである。中国経済の肥大化は、輸出と輸入両面から日本の景気動向を大きく左右することは避けられない。中国経済のインパクトは益々増大する。
日本の輸出構造には今、異変が起きている。財務省の統計によれば、2002年、中国向け輸出は4兆9,799億円に達し、98年に比べ90.2%も増えた。一方、米国向けの輸出は減少が続き、98年に比べて02年は約4%縮小した。その結果、日本の輸出全体に占める米国シェアは低迷しているが、中国(含香港)シェアは98年の11%から02年の15.7%に上昇した。対中輸出の急増は景気低迷が続く日本経済の下支え要素ともなりつつある。
もし過去5年間の対中、対米輸出の実績をベ−スに計算すれば、2010年前後に米中逆転が視野に入り、中国(含香港)は米国の代わりに日本の最大の輸出相手国となる。日本の景気動向は中国経済の行方に大きく左右され、中国マ−ケットを抜きにして日本の産業発展を語れなくなる時代がやってくる。
一方、中国から日本への輸出も急増している。財務省の貿易統計によれば、日本の輸入全体に占める中国(含香港)シェアは98年の13.8%から2002年の18.7%に拡大し、逆に米国シェアは98年の23.9%から2002年の17.1%へ低下してきた。中国はトップに立ち、米国に代わり日本の最大輸入対象国となった。安い中国製品の輸入急増で、日本国内に価格破壊が起き、デフレ進行の一因ともなっている。
* トップに戻る *
中国市場攻略に4つの戦略
現在、日本企業の多くは確かに中国を最重要市場として認識しているが、問題は中国市場をどう攻めていくかにある。私見だが、中国市場を攻めるには、次の4つの戦略が必要である。
まず、「総合戦略」が必要。日本企業は中国進出の際、いったい中国の市場をタ−ゲットとするか、それとも中国を生産拠点や部品調達先として活用するか、或いは中国の安価・豊富かつ優秀な人材を活用するか。つまり進出の目的をはっきりさせた上に具体的な対中国戦略ビジョンを描くべきである。ただし、急速変化中の中国の現実を考えれば、いま日本企業にとって必要なのは、市場とか工場とか人材という単眼的活用を超えて、三者を複眼的に活用するという「総合戦略」だと思われる。
第二の戦略は「グレ−タチャイナ戦略」である。現在、中国と台湾の間には政治的な隔たりは依然として埋まっていないが、経済的な融合はわれわれの想像以上に進んでいる。例えば、いま中国にとって最大の直接投資は、アメリカでも日本でもなく、イギリス領のバージン諸島から来ている。昨年同島の対中直接投資は126億ドル。そのうち、相当の部分は台湾マネーで、つまり台湾企業の迂回投資なのだ。統計ではこれまで台湾の対中投資は累計で約300億ドルと日本と同じくらいだが、台湾のプラスチックグル−プの王永慶会長によれば、実際、中国に入ってきた台湾マネーは1,000億ドルを超えている。「グレ−タチャイナ」(中国・香港・台湾)の経済的融合の流れは多くの日本企業のビジネス実務にも反映されており、その香港現地法人、台湾現地法人が行っているビジネスの多くは実際、中国関連だ。日本企業はこうした時代の流れを直視し、迅速に「グレ−タチャイナ戦略」を構築し、人的・物的・財的資源の効率的再配置を行うべきである。
3つ目は「地域戦略」である。中国の国土は広いため、1つのまとまりとして捉えるには無理がある。むしろ発展段階が違う「3つの世界」に分けて中国を捉える方は現実的だ。胡鞍鋼教授によれば、購買力平価計算で、「第一の世界」と呼ばれる中国の上海、北京、深?など高所得地域の一人当たりGDPは既に先進国並みの水準に到達し、「第二の世界」と呼ばれる沿海地域の広東、福建、江蘇、浙江、山東、天津など6省市は中進国並の水準に達している。中部地域と西部地域は「第三の世界」でいずれも途上国の水準にとどまっている。日本企業はこうした発展段階が違う地域の市場二−ズに合わせ、それぞれ特徴がある地域戦略を描き、製品を開発して売り込むべきである。
最後は「産学連携戦略」である。中国の大学は人材育成、科学研究のほか、研究成果の商品化も行っている。言い換えれば、企業のようにビジネスもやっている。01年現在、中国の大学から生まれた産学連携型企業は約5000社あり(日本は263社)、もし国の研究機関から生まれたベンチャ−企業を含めば6000社を超える。今、中国のIT産業をリ−ドしている聯想、北大方正、清華同方などは正に産学連携型企業だ。これまで日本企業の中国ビジネスは主に「企業」に目を向けてきたが、新しいビジネス分野の開拓と新しいビジネスモデルの構築を考えれば、清華大学など中国有力大学との連携も視野に入れなければならない。
* トップに戻る *