《次のレポ−ト レポートリストへ戻る 前回のレポート≫

【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
講演抄録:中国最新政治・経済動向−日本工業倶楽部第512回産業講演会講演要旨−

沈 才彬
『日本工業倶楽部会報』第512号(2007年5月)

  • はじめに
  • 世界の潮流は「イラク戦争の行方」、「中国の台頭」
  • 中国の台頭は世界経済成長の第五の波
  • 変貌する共産国家
  • 人事から見た胡錦濤二期目体制の特徴
  • 「不着陸」状態が続く中国経済
  • 「爆食経済」の行方
  • 「節約型経済成長」への転換は日本のビジネスチャンス
  • 急速な都市化と富裕層の急増         
  • 中国発世界同時株安の衝撃
  • 腐敗現象の蔓延
  • 中国市場開拓の戦略は「楊長避短」
  • ●はじめに

    本日は「最新中国政治・経済動向」というテーマで、政治と経済の両面についてお話致しますが、本題に入る前に私が中国について持っていますいくつかの問題意識を紹介したいと思います。

    ●世界の潮流は「イラク戦争の行方」、「中国の台頭」

    先ず一つ目は今世界の潮流と、それに対する中国の関わり方ということ。二つ目に最近の政治動向とその特徴について。三つ目は今中国経済は絶好調とも言える反面で過熱気味であり、その行方について。四つ目に今中国経済は確かに高度成長が続いているけれども、そうした高度成長を支える素材とエネルギーを大量に消費する、私が名付けたところの「爆食経済」の行方はどうなるのか、及びそれが日本企業に及ぼす影響について。五つ目としてビジネスの観点から見た中国経済の注目すべき動きとビジネスリスクは何か。六つ目に日本は少子高齢化社会時代に突入しているが、これを乗り切るためには対中との関連でどういう視点、戦略が必要なのかということです。

    先ず一つ目の今日の世界の潮流については、アメリカのタイム誌の今年の第一号と第二号の表紙が端的に示しております。

    その第一号の表紙ですが、真ん中にイラク駐留米軍兵士の顔写真を載せ、「イラク駐留米軍の増派には何か意味があるか?」というキャプションがつけられています。つまりアメリカ人の今最大の関心事は泥沼化しているイラク戦争です。同時にこれは世界の関心事でもあるわけです。

    今アメリカのかなり多くの国民はイラク戦争に反対しています。昨年アメリカの中間選挙でブッシュ共和党は大敗しましたが、その背景にはイラク戦争に反対の立場を明確にしつつあるアメリカ国民の声があります。イラク戦争の開戦の理由は二つあります。大規模な破壊兵器の存在と、フセイン政権とテロ組織アルカイダとのつながりです。開戦以来三年かかってもその二つの根拠となる証拠は見つからなかった。従ってアメリカ国民は今この戦争はどういう戦争かと疑問を持つようになっているんです。

    イラク戦争の失敗によって、アメリカ政府はこれまで取ってきた一国主義政策から国際協調へと政策の転換をせざるを得ない立場に追い込まれています。その意味で今世界の潮流は「脱九・一一時代」に入っていると考えております。

    それから『タイム誌』の第二号の表紙では、真ん中に中国の万里の長城があって、その後ろから黄色の大きな星が昇ってきている構図となっています。つまり中国の台頭を象徴的に表現すると共に「中国、一つの新王朝の始まり」とのタイトルが添えられています。そして本文では「中国の世紀」というタイトルの特集記事が掲載されていて、最後には次のように書いてあります。「中国のグローバルな台頭は達成可能であり、必ずしもドイツと日本の台頭のように恐怖をもたらすものとは限りません。中国の平和的台頭に乾杯しましょう。但し、あまり安心し過ぎてはいけない。今世紀、アメリカのパワーが落ち、中国のパワーが上がることは確実だ」と。この表紙及び特集記事の内容は、今日の世界の潮流はイラク戦争の行方と中国の台頭ということを如実に示していると思います。

    これを示す実例を申し上げますと、昨年十二月、北京で「米中戦略的経済対話会合」が開かれました。会議にはアメリカ側からポールソン財務長官を始め八人の閣僚が、中国側からは呉儀副首相始め十三人の閣僚が出席しました。つまり米中両国で二十人以上の閣僚が出席したんですが、こういう会合はあんまり前例がありません。これは今アメリカがいかに中国を重要視しているか、また逆に中国はアメリカとの関係をいかに重要視しているかを裏付けています。中国の台頭は正に今のアメリカの最大の関心事の一つなのです。

    ●中国の台頭は世界経済成長の第五の波

    中国は実際にものすごいスピードで台頭しています。実例で申し上げますと、私が来日した一九八九年、中国の携帯電話保有台数はわずか一万台でした。そこで中国政府は二〇〇〇年時点で保有台数を八十万台に増やすという長期計画を作りました。ところが二〇〇〇年時点での台数は何と計画の百倍の八千万台に達していました。因みに昨年末時点での中国の携帯電話台数は四億二千万台です。日本の四倍ぐらいの規模になっています。しかし普及率で言えばまだ三五%しかありませんので、これから更に拡大する余地があるということです。

    もう一つは日本の貿易構造の変化です。これまでは日本にとって最大の貿易相手国はアメリカでした。しかし昨年度は中国(香港を含まず)が最大の貿易相手国になりました。つまり米中逆転が起きたんです。

    このように二十年前、三十年前、誰も予測できなかったことが今起こっています。これは正に「中国の衝撃」と言ってよいと思います。中国自身にとっても心の準備ができていないし、日本、アメリカを含む他の国々も心の準備はまだできていない。それ故に衝撃も大きくならざるを得ません。

    こういう中国の台頭は世界経済史から見れば一体どういう位置付けになるかということですが、私の表現で言えば「世界経済成長の第五の波」だという位置付けになります。世界の経済成長に重大な影響を及ぼした歴史的な出来事は、これまで四回ありました。一回目は十八世紀中頃のイギリスの産業革命、二回目は十九世紀後半のアメリカの台頭、三回目は一九六〇年代、七〇年代の日本の高度成長及び西ヨーロッパ諸国の高度成長、四回目は九〇年代のアメリカのIT革命です。

    二十一世紀に入ってからこれに次ぐ新しい波が生まれています。それがBRICSと呼ばれるエマージン諸国の台頭ですが、特に人口十三億の中国の台頭は「第五の波」だと位置付けるに十分なインパクトを持っていると思います。

    そのインパクトがどれほど大きいか、具体的なデータで申し上げますと、例えば二〇〇〇年に比べると、鉄鉱石の二〇〇五年時点での世界全体の需要増加分に占める中国の貢献度は六八%、同じく粗鋼は六二%です。また銅では一〇三%になっていますので、仮に中国の需要増加がなければ、世界の銅の需要は増加するどころか減少していたことになります。それから石油の貢献度は二九%です。このような中国の需要急増が素材、エネルギー産業の活況をもたらしています。

    世界経済は二〇〇二年から同時好況が続いていますが、その最大の牽引車となっている国はは二つです。一つはアメリカ経済、そしてもう一つは中国経済なのです。

    しかしその一方で、中国の台頭、なかんずく素材・エネルギーの大量消費がそれらの国際価格の値上がりを引き起こしています。例えばここ五年の間に、石油価格は約三倍、鉄鉱石同三倍に値上がりしていますし、銅に至っては約五倍に上がっています。つまり今中国の需要増が国際価格の攪乱要素ともなっているんです。ですから中国のインパクトを見る時は、世界経済を牽引するエンジンという積極的な役割と同時に、国際価格の攪乱要素というマイナス面、両方を複眼的に見ておかなければいけないということになります。

    ●変貌する共産国家

    次に中国の政治動向ですけれども、これには二つの注目点があります。一つの注目点は中国という共産国家の変質ぶりです。中国共産党は五年前の二〇〇二年九月党大会で資産家・資本家、つまりプライベート企業経営者が共産党に入党することを認めました。更に今年の三月の全人代で物権法が採択されました。つまり個人資産・私有財産を保護することを主旨とする法律が採択されたわけです。ご存知の通り毛沢東の共産革命は資本家・資産家を敵として戦い、私有財産否定を主張しながら勝利を収めたものです。ところがその中国は今資産家の共産党入党を認め法律で私有財産を保護する国に変質している。このように昔の敵を身内に取り込んでいる中国という共産国家の変質ぶりは、我々の想像を超えるものがあります。

    その背景には一体何があったのかと言いますと、国有企業の不振と、それとは対照的な私営企業、個人企業の台頭です。ここ十年の間に国有企業や集団企業の従業員は七千万人リストラされましたが、そのうち六割が個人経営企業、私営企業に吸収されています。ですから今中国政府は私営企業、個人企業を無視できないだけでなく、共産党一党支配の正当性を維持するために私営企業、個人企業の経営者を共産党に取り込むことが必要がありました。これはやはり大きな変化です。

    ●人事から見た胡錦濤二期目体制の特徴

    それから二つ目の注目点は、一連の人事から見た胡錦濤体制の特徴です。今年の秋、第十七回共産党全国大会が開かれます。胡錦濤総書記の続投は確実な状態となっている。つまり胡錦濤政権は二期目の体制に入るわけですけれども、それに向けての準備作業とも言うべき人事の一つが昨年秋の上海市トップの更迭です。九月に更迭された陳良宇さんは上海市党委員会書記の職にありましたが、彼は江沢民前主席が胡錦濤さんの後継者にしようと考えていた人です。従って胡錦濤さんとしては、自分の政権基盤を強化するためにはできるだけ江沢民の上海閥の勢力を排除しなければいけなかったのです。汚職疑惑が逮捕の表向きの理由ですが、真の理由は上海閥の排除です。

    二期目の政権への人事の特徴としては、一つ目はやはりバランス重視、二つ目はバナナ族の台頭です。「バナナ族」というのは欧米留学組のことです。欧米留学組の人達は、中国人の顔色、バナナのような黄色だけれども、中身は欧米人の意識(白)を持っているというので「バナナ族」と揶揄されているわけですが、今政権内でバナナ族が台頭しているのです。今年四月末、四人の新しい閣僚人事が発表されました。その内の二人がバナナ族です。一人は外務大臣に就任した楊○○(ようけっち)氏です。彼はイギリス留学後、アメリカ大使館で十年以上勤務し、その後駐米大使(二〇〇一年から二〇〇五年)を経て米国担当の外務次官を務めていました。もう一人は科学技術大臣になった万鋼氏です。彼はドイツ留学を経て自動車メーカー大手のアウディに十年以上勤務した後、上海大学の名門・同済大学の学長を務めていたのです。来年の三月に全人代が開かれますけれども、ここで選ばれる新しい閣僚にも、多分何人かのバナナ族が選ばれる見通しです。

    三つ目の特徴は、「団派」の活躍です。「団派」とは共産主義青年団の出身者のことです。胡錦濤国家主席はかつて共産党青年団のトップでしたから、自分の政治基盤を強化するためにも団派の人脈を活用するはずです。今年秋の党大会では複数の団派出身者が中央執行部に入る確率が高いと言われています。

    四つ目は建国後世代の台頭です。中華人民共和国が誕生した一九四九年以降に生まれた世代は建国後世代と呼ばれます。つまり革命の経験がない世代ですから、イデオロギーの殻が薄く、むしろ実務の傾向が強いのが建国後世代の特徴です。これからはこの世代が活躍する時代がやってくる。要するに幹部の若返りが始まるということです。

    ●「不着陸」状態が続く中国経済

    次に中国経済の動向ですけれど、何と言っても過熱経済の行方が気になるところです。ご存知の通り二〇〇三年から四年連続一〇%の成長が続いていますが、昨年は一〇・七%、今年第一・四半期はなんと一一・一%と、明らかに過熱傾向が出ている。このために中国経済は「軟着陸」するか、それとも「硬着陸」かと、国内で大論争になっているのですが、私から見ればこの大論争はナンセンスとしか言いようがありません。何故ならば、私は少なくとも向こう二年間、中国経済は「軟着陸」もないし、「硬着陸」でもない、「不着陸」状態が続くと見ているからです。

    「不着陸」状態とはどういうことか。中国の経済成長の適正水準は七%から九%です。九%を超えると過熱状態。また七%を下回ると景気冷え込みと判断して、政府は積極財政を発動して景気刺激対策を打ち出しますが、現状は過熱経済ですから適正水準に戻すことが政府の仕事になります。しかし、少なくとも今年と来年は適正水準に戻すことはまず無理です。九%を下回ることはまずない。つまりこれが私が言う「不着陸」状態です。

    理由は二つあります。既に申し上げた通り秋に中国共産党全国大会が開かれ、新しい執行部が選出されますけれども、これまでの経験則から言って、新しい執行部が選出される年は経済成長率は下がらない。これが一つの理由です。もう一つは来年は北京オリンピックの開催があります。六四年の東京オリンピック、八八年にソウルオリンピックが開催されましたが、この時日本も韓国も大変盛り上がりました。中国も来年はに向けて全国を挙げて大いに盛り上がる。そういうムードの下では経済成長率はなかなか下がらないことです。

    こういう二つの理由から今後二年間は経済成長率は九%を下回ることはまずあり得ないし、いわゆる高空飛行が続くだろうと見ております。しかしオリンピックが終わってから後は変化起こる。特に二〇一〇年の上海万博が終わってからは「軟着陸」か「硬着陸」かの選択を迫られ、下手をすれば「硬着陸」のシナリオ、つまりバブル崩壊の可能性があります。そういう意味では過熱経済の行方を占う上で、特に二〇一〇年以降の動向は特に要注意になるということです。

    ●「爆食経済」の行方

    二つ目に注目すべき点は、やはり爆食経済の行方です。爆食経済の実態を具体的なデーターで申し上げますと、二〇〇五年には中国のGDPは世界全体のわずか五%でしかなかったにもかかわらず、中国一国だけで消費したエネルギーと素材のうち、例えばエネルギーは世界全体の一五%を占めています。また素材では鋼材が世界全体の三〇%を、セメントは同五四%をそれぞれ消費しています。これは明らかに中国の高度成長が素材とエネルギーの爆食によって支えられていることを示しています。

    ところがこの大量消費は効率が極端に悪いことの現れでもあります。イギリスの石油メジャーBPの資料によりますと、中国で一万ドルのGDPを創出するために使われたエネルギー消費量は日本の六倍、アメリカの三・七倍です。逆に言いますと、中国のエネルギー利用効率は日本のわずか六分の一と、極端に悪い。

    そこで問題は中国のエネルギー資源保有量から見て今の爆食型経済成長をいつまで支えることができるかということなんです。結論から言えば爆食型成長は持続できない。何故なら中国の資源は乏しいからです。中国の一人当たりのエネルギー資源保有量を世界の平均水準に比べると、例えば石炭資源は世界平均水準の五〇%。石油資源同七・四%。天然ガスはわずか六%です。つまり今の中国のエネルギー資源保有量から見ると、爆食型経済成長はいずれ支えることができなくなる、限界に来るということです。

    では中国の資源自体で爆食型成長を支えることができなくなるとすればどうするか。その先には二つのシナリオが考えられます。一つは世界のどこかからか資源を調達して爆食型成長を支えるというシナリオです。しかしこれは結論から言うと、どの国も支えることができない。何故かと言うと、今の中国の一人当たりエネルギー消費水準は、先進国に比べればまだ低い水準にとどまっている。例えば日本の四分の一、アメリカの七分の一でしかない。従ってこれから日本並、アメリカ並みの消費になると、人口が多いですから、絶対消費量は爆発的に増大することになります。中国は二〇〇四年から既に日本を上回って世界第二位の石油消費大国になっています。もしアメリカ並みの水準になれば、エネルギー消費量は今の七倍になるわけですから、世界のエネルギー資源全体を動員しても、中国一国の消費需要を賄うことができない。つまり今の中国の爆食経済は世界のどの国も支えることができないということです。

    そこでもう一つのシナリオ、即ち成長方式の転換をやらざるを得ないということになります。現に中国政府自身も「このままでは持続成長は不可能だ」として、危機感を持ち始めています。昨年から中国政府が成長方式の転換を唱え始めたのは、まさしくその危機感の現れにほかなりません。

    ●「節約型経済成長」への転換は日本のビジネスチャンス

    中国が今後節約型成長に転換するとすると、これは日本企業にとっての出番であり、大きなビジネスチャンスであると思います。省エネルギー、新エネルギー、環境ビジネスの三つの分野は日本企業が得意とするところです。日本もかつて六〇年代から七〇年代初頭にかけて素材とエネルギーを爆食しました。ところが一九七三年に石油危機が起きまして、日本の経済成長はマイナスに転落し、産業界は大きなショックを受けました。その時から日本企業は省エネルギー技術の開発に注力し始め、それ以来三十年以上の努力を積み重ねた結果、今日本企業の省エネルギー技術は世界最高レベルに到達してきています。新エネルギー分野、環境ビジネス分野についても同じことが言えます。

    昨年三月、私は広東省の広州に出張しました。広州には日本の自動車メーカー、トヨタ、日産、ホンダのビッグスリーが大工場を持っているんですが、これら三社の社長、開発部長、総務部長の方々から聞いた話によりますと、今日本の車が中国の消費者の中で人気が急上昇し、昨年の市場シェアは日本車がナンバーワンだったそうです。

    その理由の一つは、やはり日本車はデザインがいいし品質がいい、つまりブランドイメージが中国の消費者の中で定着していることです。そしてもう一つの重要な理由が、省エネルギー性能です。欧米車、韓国車、中国の国産車に比べてガソリン消費量は少ない。昨年中国ではガソリン価格が急騰しています。ですから消費者はやはり省エネの日本車を選択しているわけです。

    省エネルギー技術は自動車分野だけに限りません。他の分野もたくさんありますから、これからは日本の企業のビジネスチャンスが増えるわけです。そういう意味でも我々は中国の安定成長への転換を注目していく必要があります。

    ●急速な都市化と富裕層の急増

    三つ目の注目すべき動きはやはり急速な都市化と富裕層の急増です。私が調べたところ、一九九六年から中国は毎年二千万人ずつ都市部の人口が増え続けている。つまり中国では今、日本の六〇年代、七〇年代の高度成長期のような、農村部から都市部への人口大移動が起きています。都市部の所得は農村部の所得の三・五倍です。これは統計上で、実質上は六倍以上ありますので、中国の消費市場の主力は言うまでもなく都市部人口です。

    都市部人口が毎年二千万人ずつ増加しているということは、五年ごとに一億人の新たな巨大市場が出てくることになりますが、これもまた日本企業にとっては、大きなビジネスチャンスであります。都市部人口が毎年二千万人増加すれば、その分の住宅を周辺地域に新たに作らなければなりませんので、そのためる鋼材、セメントその他の建築材料、新しい家電製品その他家具の需要が発生するからです。

    それから急速な都市化に伴って富裕層が急増しています。正確な統計はないんですけれども、十万ドル以上の個人資産を持つ人達は既に五千万人を超え、しかも毎年増え続けている。中国ではマイカーブームが起こっていまして、昨年の自動車新車販売台数は七二一万台で、日本を上回って世界第二位の自動車大国になりましたが(日本は五七一万台)、その背景には富裕層の急増があるわけです。ですから我々ビジネス界の人間としてはやはりこの状況に注目しないわけにはいかないと思います。

    四つ目の注意点はバブルの動きです。特に不動産と株式においてバブルの発生が見られます。不動産価格はここ二、三年で二倍に急騰しています。また株式も昨年一年間で一三〇%値上がりし、今年はわずか四ヶ月間で五一%も急騰している。つまり一年半で三・五倍になっているわけですから、明らかに過熱状態です。

    ●中国発世界同時株安の衝撃

    今年二月末に世界同時株安が起こりました。その引金となったのは中国の株価急落です。これまでにこういうことは一回もありませんでした。しかるにそれが今年起きたということは、実際の中国の経済規模がそれだけ大きくなり、世界経済に対する影響が大きくなっていることの証左だと思います。

    今年二月末から三月初めまでの一週間で世界株式市場の動きを詳しく分析しますと、大体三つのパターンによって世界同時株安が起きたのが分かります。

    その一つ目のパターンは連動型です。中国国内企業の中の二百社以上がニューヨーク市場で上場し、香港の株式市場では半分ぐらいを中国企業が占めております。シンガポール市場にも複数の中国企業が上場しているのですが、これらの市場で株価が急落しました。これは中国の株価が暴落したことによって三つの市場に上場している中国の銘柄株が暴落し、他の銘柄にも波及したケースです。従って連動型と言えます。

    二つ目のパターンは連鎖型です。これは日本、韓国、台湾、シンガポールの四つの国または地域で見られたパターンですけれども、共通する条件は中国に対する輸出依存度はものすごく高いことです。例えば韓国の中国に対する輸出依存度は二一・八%、台湾は二一・六%、日本は二〇%(香港を含む)です。シンガポールは九・五%です(台湾を含めれば二〇%弱)。これだけ依存度が高いと、中国での株価暴落につられて連鎖下落が起きるのは当然のことです。

    三つ目のパターンは連想型です。これはブラジル、メキシコ、アルゼンチン、ロシア、オーストラリアの国々で起こったパターンです。共通点は資源です。ここ数年中国が素材・エネルギーを爆食していることの影響で国際市場の資源価格は急騰しています。これらの国々は中国に対する輸出依存度はそんなに高くはないんですけれども、資源価格の急騰を引き起こしている中国の高度成長から間接的に大きな恩恵を受けている。従って中国で株価暴落が起こったのは中国経済の変調の前兆ではないか、これによって素材とエネルギーの需要は減少するのではないかという連想が働いて株価が下落したと考えられます。株価の下落率が一番大きかったのはこの連想型の国々であります。

    世界同時株安に見られる連動型、連鎖型、連想型の三つのパターンは、将来的には中国でもし株が崩壊すれば世界経済にどんな影響を及ぼすかを示していると思います。一つのシュミレーションが描けるわけです。十年前の一九九七年にアジア通貨危機が起きたのを多分ご記憶と思いますけれども、やはり世界同時好況は永遠に続くわけではなく、必ずあるタイミングで不況に転落する。そのきっかけが中国発かどうかは分かりません。しかし我々としてはアジア通貨危機の教訓を忘れてはいけない。その意味で中国の不動産と株式バブルのリスクは特に要注意ということだろうと思います。

    ●腐敗現象の蔓延

    注意点の最後の一つが腐敗現象の蔓延です。この腐敗はビジネスリスクとしては特に注意が必要です。日本では腐敗と言えば通常政治家や役人が権力、金銭を保持するために不正を働くことを指しています。そのために金権政治と言います。また腐敗の「腐」という文字は、上は政府の「府」、下は「肉」です。昔の中国では肉は高級食品でしたから、役人への賄賂の手段としてよく使われていた。ですからお役所が肉とくっ付いたら、必ず腐敗する。これが「腐」という文字の従来の意味らしいです。

    国際透明度組織の発表によりますと、世界主要輸出国十二カ国の中で中国は賄賂が一番横行している国になっています。その腐敗現象の特徴としては二つあります。一つは収賄の金額がものすごく大きくなっていて、日本円に換算すれば億単位のスキャンダルが後を絶ちません。もう一つの特徴は腐敗幹部の背後には必ず愛人、女性がいることです。

    今中国国民の中ではジョークが流行っています。腐敗の「腐」はもう時代遅れだ。これから「腐」という文字は、上は府、下の左は金、右は女と書くべきだというジョークです。それだけ腐敗現象が蔓延しているということになります。

    中国における腐敗の蔓延は日本企業にとっても他人事、対岸の火事ではありません。中国はまだ人脈社会です。中国でビジネスを展開する時は、やはり人脈作りに注力しなければならない。しかしその一方で腐敗現象が蔓延している。下手をすればスキャンダルに巻き込まれる恐れがあります。ですから中国でビジネスを展開する時は、人脈作りに注力するべきではあるけれども、スキャンダルに巻き込まれないように細心の注意を払う必要があります。私が強調したいのは、中国ではビジネスチャンスはいっばいある。その代わりにビジネスリスクもたくさんあるので、ビジネスを展開する時は常に両方を複眼的に見ておかなければならないということです。

    ●中国市場開拓の戦略は「楊長避短」

    最後に一言、少子高齢化社会の時代を乗り切るために日本企業はどういう戦略が必要かについて私の考えを述べますと、先ずもって日本国も日本企業も国内だけではもう飯が食えないという意識を持たなければならない。私が調べたところ、今日本の殆どの産業分野において国内需要はピークを超えています。ですからこれから人口が減少すればマーケットが縮小する可能性があるわけです。ですから少子高齢化時代を乗り切るためには、海外市場の開拓がどうしても必要になります。

    海外市場開拓と言えば、やはり国内市場が飽和状態となっているヨーロッパ、アメリカも同じです。ですから日本企業にとって一番有望なマーケットは、やはりBRICSと呼ばれるエマージン市場、特に中国市場の開拓に注力しなければならないのです。

    それでは、中国市場を開拓するためにはどういう戦略が必要かと言うと、これは四文字で表される戦略が必要です。つまり「揚長避短」です。意味するところは自分の長所、強みを生かして、短所、弱点を回避する戦略です。日本企業の長所、強みは優れたブランド力、優れた技術力にあります。これに対して日本企業の弱点はコスト高、人口減少による国内市場の縮小です。ですからこれからの日本企業は優れた技術力、優れたブランド力を生して付加価値の高い新しい製品、新しい技術、新しい素材の創出に注力すべきです。それと同時にコスト高を是正するためにやはりアジア企業、特に中国企業と分業体制を構築していくことが極めて大切だということです。

                              (文責在調査部)(終)

    ●講師紹介――一九四四年中国江蘇省に生まれる。一九八一年中国社会科学院大学院修士課程終了。同大学院助教授、東京大学・早稲田大学・一橋大学各客員研究員を経て、一九九三年三井物産戦略研究所主任研究員、二〇〇一年から現職。近著に「“今の中国”が分かる本」、「検証 中国爆食経済」、「チャイナショック」など。