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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
中国政治・経済・外交の最新動向(中)

沈 才彬
  • 「不着陸」状態が続く中国経済
  • 生産過剰リスクは要注意
  • 人民元の行方        
  • 中国発世界同時株安の衝撃        
  • 2)中国経済の最新動向

    ●「不着陸」状態が続く中国経済

    中国経済は2002年から新たな拡張期に入り、03年から4年連続で10%成長が続いている。06年の成長率が10.7%に達し、アジア通貨危機以来の最高を記録した。今の中国経済は過熱気味を帯びているのが明らかである。

      中国のGDP成長率の適正水準は7−9%である。9%を超えれば経済は過熱状態となり、逆に7%を下回ると景気は冷え込み、雇用不安や不良債権問題表面化など様々な問題が出てくる。過熱状態下の経済を適正水準に戻すことは政府の仕事だ。それができれば「軟着陸」と言い、逆に7%以下に落ちれば「硬着陸」と言う。

    筆者は、「中国経済は2010年までに軟着陸もせず、かといって硬着陸もせず、このまま「不着陸状態」が続くだろう」と予測している(沈才彬著「今の中国がわかる本」、三笠書房)。今秋には5年に一度の共産党全国大会の開催があり、新しい中央執行部が選出される。これまでの経験則によれば、共産党全国大会の開催の年には経済成長率はなかなか下がらない。また、2008年には北京五輪開催という歴史的イベントがあり、1964年東京オリンピック開催、88年ソウルオリンピック開催のように、国挙げての盛り上がりムードの下では経済成長率は9%を下回るようなシナリオが考えにくいからである。

    中国経済の実態の推移は当センターの予測を裏付けている。政府のマクロコントロール政策と金融引き締め政策の導入にもかかわらず、過熱状態はなかなか収まらない。国家統計局の発表によれば、前年同期に比べ、今年1―3月期のGDP成長率は11.1%増(政府目標は8%)、固定資産投資23.7%増、鉱工業生産18.3%増、小売総額14.9%増、消費者物価指数2.7%増、貿易黒字231億ドル増となっている。伸び率を見れば、固定資産投資を除くほかの指数はいずれも前年同期より拡大しており、「高空飛行」状態が続いている。

    だが、2010年上海万博開催まで「不着陸」状態が続くとしても、その後は「軟着陸」か「硬着陸」かの選択が迫られる。下手をすれば、「硬着陸」のシナリオ、つまりバブル崩壊もあり得る。過熱経済の行方は特に要注意である。

    ●生産過剰リスクは要注意

    過熱経済のほか、次のいくつかの動向も注意が要る。まずは生産過剰の懸念である。現在、一部の産業分野の過剰投資が目立ち、その結果は必ず生産過剰をもたらす。粗鋼生産を例にすれば、2006年中国の粗鋼生産は日本の3.6倍に相当する4億2000万トンにのぼり、世界全体の33.8%を占め、日・米・EU(25カ国)の合計(3億8800万トン)も遥かに上回る規模になっている。

    日本鉄鋼連盟の予測によれば、今年中国の粗鋼生産はさらに前年比17.1%増で、4億9000万トンに達する見通しとなる。また、高尚全・中国体制改革研究会会長によれば、建設中または計画中の案件がすべて完成すれば、2010年の粗鋼生産は6億トンに達し、国内需要(4億トン強)を大幅に上回ることになる。

    自動車の生産過剰も懸念される。06年中国の自動車生産台数は728万台で、前年(571万台)より157万台も増加した。曹玉書・中国マクロ経済研究会副会長によれば、2010年に中国自動車の生産能力(32社のキャパシティ合計)は1800万台に達し、1000万台前後の実需より800万台も多い。

    生産が過剰になれば必ず輸出に回し、鉄鋼、自動車分野のバックファイアが懸念される。実際、2006年中国の鉄鋼輸出は前年比109.6%増の4301万トンにのぼり、日本を抜き世界最大の鉄鋼輸出国になった。自動車の輸出も年々増え、06年は完成車の輸出は前年比2倍増の34万台にのぼった。

    生産過剰は2つの問題を引き起こしかねない。1つは将来、経済成長が変調した場合、必ず大量の企業倒産が発生し、雇用問題を悪化させる。もう1つは貿易摩擦の多発である。現在、中国の繊維製品の生産量は既に世界の半分を占めおり、中国製品をめぐる貿易摩擦も繊維製品中心の「糸へん(繊維)摩擦」が特徴である。しかし、これからは徐々に鉄鋼製品および鉄鋼を原材料とする製品中心の「金へん(鉄鋼)摩擦」へシフトする可能性が高いと思われる。中国政府はこの2つの問題にどう対応するかが大きな課題となろう。

    ●人民元の行方

    2つ目は、人民元の動向である。2005年7月、人民元レートは1ドル=8.27元から1ドル=8.11元へと約2%切り上げられた。以降、緩やかな元高が続き、2007年5月31日まで累計で約8%(2%を含む)も切り上げられた。

    本来ならば、元高は中国の輸出競争力を削ぐ結果になるが、しかし、実態は元高にもかかわらず、中国製品の国際競争力が落ちておらず、輸出は依然として高い水準で推移している。それはいったい何故だろうか?

    米ドル対主要国通貨の為替レートを調べて見た。昨年ドル安が進み、12月8日時点で05年末に比べ、対人民元で3%、対ユーロで11%下がった。人民元対ドルの切り上げ幅がユーロなど主要国通貨の対米ドルの切り上げ幅より小さいため、人民元の実勢レートは元高ではなく、元安という結果が判明された。

    2010年上海万博開催まで、人民元切り上げの余地はまだ十分にあり、緩やかな元高傾向が続くことは間違いない。ただし、プラザ合意後の急激な円高のようなシナリオは有り得ず、年間切り上げ幅は中国政府の許容範囲の5%以内にとどまると思う。2005年の2%を含めて、2010年まで人民元の累計切り上げ幅は20%前後になるだろう。

    また、完全な変動相場制への移行は、米国など外国政府の圧力にかかわらず、北京五輪までに実施する可能性がほとんどないと見て良い。資本市場の開放、人民元兌換性の実現、不良債権の処理という3つの条件をクリアしなければ、拙速な変動相場制への移行は極めて危険であるからだ。中国政府はあくまでも「主体的、コントロ−ル可能、漸進的」(周小川・中国人民銀行総裁)という三原則の下で、自国の経済成長に悪影響を与えずに、人民元改革を慎重に進めていく。一気呵成ではなく、段階接近法的に完全な変動相場制を目指し、その移行は早くても2008年北京オリンピック開催以降になるだろう。

    ●中国発世界同時株安の衝撃

    3つ目は株・不動産バブルのリスクである。ここ数年、中国の不動産市場はバブル様相を示し、価格は2倍以上値上がりした。上海株価総合指数も昨年1年間で130%上昇した。こうした株・不動産バブルは大きなリスクを孕んでいる。今年2月末の株価暴落はまさにバブル膨張に警鐘を鳴らしたのである。

    さる2月27日、上海株価総合指数と深せん株価指数はそれぞれ8.8%、9.3%(中国の値幅制限は10%)と暴落した。中国の株価暴落は、株式利益税の導入という噂の広がり、金融引き締め強化に対する市場の警戒感、昨年株価急騰に対する反動など複数の要素が作用した結果と見られる。

    問題は中国の株価暴落を受け、アメリカ、欧州、アジア、大洋州、中南米など主要国の株価も相次ぎ急落し、一週間で数兆ドル規模の株価が蒸発し、世界同時株安という予想外の展開を招いたことである。それではなぜ世界同時株安は起きたか?アメリカ経済失速への懸念、円キャリートレードなどの要素もあったことは確かだか、中国の株価暴落が世界同時株安のきっかけになったことは事実であり、我々はそれを重く受け止めざるを得ない。

    今回の世界同時株安を分析すれば、連動型、連鎖型、連想型という3つの株安パターンが存在していたことがわかる。まずは連動型株安パターン。米国、香港、シンガポールなど3カ国・地域はいずれも中国と同じ日に株価急落が起きたのである。この3カ国・地域の共通点は、中国企業の海外上場先ということである。200社超の中国企業はいまニューヨーク株式市場に上場しており、香港株式市場の銘柄数の約半分が中国企業であり、シンガポールにも中国企業が上場している。中国本土の株価が暴落すれば、上記3市場の中国系銘柄が連動し、ほかの銘柄にも影響を与え、株価急落という結果をもたらした。

    2つ目は連鎖型株安パターン。日本、韓国、台湾、シンガポールなどはそのパターンに属し、いずれも対中輸出依存度が高い国・地域である。2005年の統計によれば、韓国の対中国(香港を除く)輸出依存度は21.8%、台湾21.6%、日本13.4%、シンガポール9.5%にのぼり、中国の株価暴落を受けて、連鎖反応が起きたのは当然のことである。

    3つ目は連想型株安パターン。ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、ロシア、オーストラリアなど資源国の株安はそのパターンに属している。これらの国々は連鎖型株安パターンの国々ほど対中国輸出依存度が高くはないが、ここ数年中国の鉄鉱石、銅、石油など素材・エネルギー需要急増による国際価格の急騰から大きな恩恵を受けている。中国の株価暴落は中国経済の変調の前兆ではないか、中国経済が変調すれば素材・エネルギー需要も減少するのではないか、という投資者の連想から株価の急落が起きたのである。

    2月27日から3月5日までの一週間の株価下落率から見れば、上記3つの株安パターンのうち、最も高い下落率を記録したのは連想型パターンの資源国である。例えば、アルゼンチンは12.4%、ロシアは11.8%、ブラジルは10.9%にのぼった。その次は対中輸出依存度が高い連鎖型パターンの国・地域である。例えば、シンガポール、日本、台湾の下落率はそれぞれ9.9%、8.6%、7.0%を記録した。この各国の株価下落率は、ある意味では、将来的に中国経済が挫折した場合、世界経済にどんな影響を及ぼすかのシミュレーションとも言える。

    10年前の1997年、東アジア諸国の経済バブルがはじけ、アジア通貨危機が起きた。周辺諸国は大きなショックを受け、特に韓国、ロシアは同じく通貨危機に陥った。今の中国経済規模は当時のASEANより遥かに大きく、仮に中国でバブルがはじけた場合、その衝撃もアジア通貨危機を遥かに超えるだろう。

    経済成長にはサイクルがあり、今の世界同時好況は永続する筈がない。なんらかのきっかけで、不況に転落する可能性は非常に高い。中国発になるかどうかはわからないが、10年前のアジア通貨危機の教訓を忘れてはいけない。