【中国経済レポ−ト】
中国政治・経済・外交の最新動向(上)
沈 才彬
1)中国政治の最新動向
●「共産」から「私産」へ―注目される共産国家の豹変
今年3月に開かれた「全人代」において、個人資産の保護を主旨とする「物権法」が採択され、私人の物権は国家や集団の物権と同等に、「法律の保護を受け、いかなる組織や個人も侵犯してはならない」と扱いされるようになった。
「物権法」の採択は政治的意義が大きい。周知のとおり、毛沢東の共産革命は私有財産否定の共産主義を標榜しながら勝利を収めたものである。今回の私産保護を主旨とする「物権法」の採択は、共産革命を否定するほど画期的な意義を持ち、「共産」から「私産」へという共産国家中国の豹変ぶりが覗える。
実際、中国共産党の変質は「物権法」の採択から始まったものではない。胡錦濤氏が総書記に選ばれた2002年秋の共産党全国代表大会に、共産党は「最も広範な人民の利益を代表する」と標榜し、私営企業経営者の共産党入りに道を開いた。もともと中国共産党は資本家・資産家たちを敵として戦ってきた政党であるが、今は昔の敵を身内に取り込む。共産党の変質振りは我々の想像を超えている。
昔の敵は身内へ、「共産」から私産」へ。この激変の背景にはいったい何があったか?実際、改革・開放策導入以降、中国の経済基盤は大きく変わってきた。2005年末時点で、中国の私営企業(個人資本で8人以上を雇用)は430万社、従業員5824万人、個人経営企業(個人資本で8人未満を雇用)は2464万社、従業員4900万人にのぼった。現在、都市部雇用の23%、農村部郷鎮企業雇用の31%は私営・個人企業の貢献によるものである。10年前の1995年に比べ、国有セクター(政府機関と国有企業を含む)の従業員数は4773万人減少、集団セクターは2337万人減少し、両者合計で7110万人減少した。一方、都市部の私営企業は2973万人増加、個人企業は1218万人増加し、両者合計で4191万人増加した。言い換えれば、私営・個人企業は国有企業や集団企業のリストラ人員の最も重要な受け皿となり、無視できない存在となっている。
こうした国有と私営企業の勢力図の変化を背景に、中国共産党は私営・個人経営企業の経営者たちを党内に取り込み、私有財産を法律で保護することで、共産党一党支配の正当性を維持しょうとしている。「階級政党」から「国民政党」への脱皮が始まり、謝韜・元中国人民大学副学長は、「中国はスウェーデンのような民主社会主義の道を目指す」と分析している(「炎黄春秋」2007年第2号)。
●上海トップ更迭は胡錦濤2期目体制への準備
今秋、中国共産党は第17回全国代表大会を開き、胡錦濤総書記は続投が確実と見なされ、2期目政権に入ることになる。2期目の胡錦濤体制は江沢民・前国家主席の影響から脱却し、自分のカラーを前面に打ち出すことが予想される。
中国の場合、権力に就いた直後に自分のカラーを出しすぎるのは賢いやり方ではなく、非常に危険なことである。そのことを示唆する例がいくつかある。たとえば、胡耀邦元総書記の失脚だ。彼は1期目から自分のカラーを全面に押し出していった。これを最高実力者のケ小平は嫌った。このことが胡耀邦の失脚した1つの原因ともなっている。趙紫陽元総書記も1期目から自分のカラーを打ち出し、結果的にケ小平の怒りを買って失脚した。
こうした前任者の教訓を生かしたのが江沢民前総書記で、そういう点で彼は非常に賢かった。彼は1期目では自分のカラーを出さずに、ケ小平のいうとおりに動いた。ところが2期目から自分の権力基盤を強化し、全面的に自分のカラーを打ち出すようになったのだ。
胡錦濤総書記も教訓を生かし、江沢民のやり方を踏襲している。事実、胡錦濤政権1期目の現中央執行部をみてみると、江沢民前総書記の人脈が多数残っている。江氏に配慮をみせながら、胡錦濤総書記は自分のカラーを出すことを控え、「江規胡随」(江沢民が定めたルールを胡錦濤が追随する)姿勢を貫いてきた。しかし、2期目からは人事、経済、政策のすべての場面で胡錦濤カラーが出てくるだろう。
2006年9月の上海市トップの更迭も、江沢民勢力を政権からできるだけ排除するための一環だといえないこともない。こうした手段をとって前政権の勢力を排除することは、実のところ江沢民自身も行なっていたのだ。
1995年、江沢民も北京市トップの更迭に乗り出した。そのときの北京市のトップは陳希同だった。汚職に手を染めていた陳希同を更迭したかった江沢民だが、陳希同はケ小平と仲がよく、江沢民にとっては手の出しづらい存在だった。そこで江沢民はまず、ケ小平を持ち上げ、彼への忠誠を存分にみせておいてから、陳希同をばっさり切り捨てたのだ。
上海トップ更迭事件の際もまったく同じである。胡錦濤総書記は事件の1カ月前に江沢民氏の著書を出版し、大々的に宣伝した。彼は、江沢民の理論を継承すると公言し、彼への忠誠心を存分に示した後、江沢民の出身母体であった「上海閥」の重鎮・陳良宇氏を更迭したのだ。この上海トップ更迭劇は、@胡錦濤政権の腐敗一掃の決意表示、A中央政府のマクロコントロール政策に対する抵抗勢力の排除、B江沢民「上海閥」との権力闘争、という3つの側面がある。これはまさしく2期目への準備作業の一環であり、2期目に向けての人事をやりやすくするための行動とみていい。
●バランス重視
それでは胡錦濤2期目体制はいったいどんな特徴を持つだろうか。最近の一連の中央と地方の人事異動からいくつかの特徴が伺える。まずはバランス重視である。さる3月27日、汚職疑惑で解任された陳良宇・前上海市党委書記の後任に、習近平・浙江省党委書記が選ばれた。北京、上海、天津3直轄市および広東省のトップが中央政治局委員になるのは慣例であるため、上海市書記に就任した習氏は中央執行部入りが確実視され、李克強・遼寧省書記、薄熙来・商務大臣と並んでポスト胡錦濤の有力候補として注目を集めている。
それではなぜ習近平氏が上海市のトップに選ばれたか?彼は江沢民・前国家主席らの「上海閥」ではなく、胡錦濤国家主席らの「団派」(共産主義青年団出身者)でもなく、親が高級幹部である「太子党」である。「上海閥」と「団派」の双方が受け入れられる人選で、胡錦濤政権のバランス重視の姿勢が伺える。
しかし、バランス重視の人選とは言え、習近平氏は胡錦濤国家主席との接点がない訳でもない。2人の接点は胡耀邦・元総書記であった。1982年胡錦濤氏を甘粛省団委書記から共産主義青年団中央委員会書記に抜擢し、1985年さらに貴州省党委書記に重用したのは、当時の胡耀邦元総書記である。胡錦濤にとって、胡耀邦氏はまさに「知遇の恩義」がある方である。一方、胡耀邦元総書記が1986年12月に開かれた党内会議で長老たちに猛烈に批判され失脚した際、ただ1人異議を唱え、胡耀邦を擁護したのは習近平氏の父習仲・元副首相であった。その関係で、胡錦濤国家主席は習仲氏に一目を置き、彼の子息である習近平氏とも親しい関係にある。
勿論、習近平氏が上海市のトップに選ばれたのは、ただ「太子党」の背景だけではなく、主に彼の実績である。習氏は浙江省書記在任中、民営企業の振興、内需の拡大、貿易・外資導入の推進など改革・開放に力を入れ、全国をリードする実績を上げた。例えば、2005年、浙江省1人あたりGDPは3342ドルにのぼり、上海、北京、天津3直轄市を除く省・自治区レベルでは全国1位。国民消費水準は上海、北京に次ぐ全国3位。個人経営・私営企業会社数(210万社)、私営企業(個人経営を除く)従業員数(305万人)および納税額(219億元)などはいずれも全国1位。現在、浙江省では分厚い中間層ができており、社会も安定し、農民暴動や失業者デモなどがほとんど発生していない。まさに中央政府が唱える「和諧(調和の取れた)社会」の模範である。これは習近平氏が胡錦濤政権に抜擢された最大の理由と思われる。
●「バナナ族」の活躍
2つの特徴は「バナナ族」の活躍である。さる4月27日、中国政府は外務省、科学技術省、国土資源省、水利省など4つの中央官庁のトップ交替を発表した。そのうち、特に注目されるのは外務省と科学技術省の新任大臣である。
67歳の李肇星外務大臣からバトンを受けたのは、57歳の楊潔虎・外務次官である。楊氏は1973年から2年間にわたり英国のロンドン経済政治学院に留学し、駐米大使などアメリカ大使館勤務経験10年以上をもつ「欧米派」である。一方、科学技術省大臣に任命されたのは上海同済大学学長の万鋼(54歳)である。 1985年ドイツのClausthal大学機械学部に留学し、工学博士号取得後、1991年ドイツ自動車大手のオーディ社に就職した。2000年末帰国後、燃料電池などグリーンエネルギー車の開発に本領を発揮し、頭角を表わした。また、万氏は中国致公党副主席でもあり、非共産党員の大臣就任は35年ぶりの出来事である。
楊潔虎、万鋼両氏の大臣就任によって、中国人の顔色と欧米人の意識を両方持つ、「バナナ族」という欧米留学組は脚光を浴びている。来年3月に開かれる「全人代」でさらに多くの「バナナ族」の入閣が予想され、彼らの活躍はいっそう注目される。対照的に「知日派」の存在感は依然として薄い。
●「団派」の台頭
3つの特徴は「団派」(共産主義青年団出身者)の台頭である。胡錦濤氏は嘗て共産主義青年団のトップであった。胡氏は権力基盤を固めるため、彼の出身母体である共産主義青年団出身者を抜擢し、「団派」人脈を活用すると見られる。地方では李克強・遼寧省書記、汪洋・重慶市書記、李源潮・江蘇省書記、張慶黎・チベット自治区書記、劉奇葆・広西自治区書記、杜青林・四川省書記、袁純清・陝西省長、秦光栄・雲南省長、周強・湖南省長などはいずれも共産主義青年団出身である。
今秋に開かれる第17回党全国代表大会で、李克強・遼寧省書記ら複数の「団派」幹部が中央執行部(中央政治局)メンバーに選ばれる確率が高い。胡錦濤国家主席は、政権内の重要ポストを団派出身者で固めることによって、江沢民前国家主席の影響を排除しながら自分の権力基盤を固めることになる。
●「建国後世代」
4つ目の特徴は「建国後世代」の活躍である。建国後世代というのは、1949年新中国樹立以降に生まれた人たちのことを指す。革命の経験がないということもあり、これらの人たちはイデオロギーのカラーが薄く、実務志向が強いのが特徴である。
楊外務大臣をはじめ4人の新任大臣は全員1950年代生まれ。そのほか、李克強・遼寧省書記、汪洋・重慶市書記は55年生まれ。習近平・浙江省書記、韓正・上海市長は54年生まれ。張春賢・湖南省書記と劉志軍・鉄道大臣は53年生まれ。さらに孫政才・農業大臣、胡春華・共産主義青年団書記は63年生まれ、周強・湖南省長は60年生まれ。幹部の若返りが進む中、こうした「建国後世代」から何人かが今秋の党大会を経て中央執行部に選出されるだろう。中国はこれから「建国後世代」の時代に入るといっても言い過ぎではないだろう。