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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
中国「2007年体制」への展望−政治−

沈 才彬
『世界週報』2007年3月13日号

  • 上海トップ更迭は胡錦濤2期目体制への準備
  • 「団派」の台頭と「建国後世代」の活躍
  • 人文社会系専門家官僚の復権
  • 安定を脅かす腐敗構造にメスを
  • 経済成長に専念し平和的発展を
  • 2008年は中国にとって極めて重要な年になる。北京オリンピックが開催される(8月)のみならず、国家主席・首相選出の中国の全人代選挙(3月)、ロシアの大統領選挙(3月)、台湾の「総統」選挙(3月)、アメリカの大統領選挙(11月)という4つの重要な選挙があるからだ。中国を除く3つの国・地域はいずれもトップが交代され、国際環境が大きく変わる可能性も出てくる。

    一連の選挙と五輪開催に備え、事前に体制を整えるために、今秋に5年ぶりに第17回共産党全国大会は開催され、新しい執行部を選出する。胡錦濤総書記の続投が確実視され、「2007年体制」が発足する。

    ●上海トップ更迭は胡錦濤2期目体制への準備

    二期目の胡錦濤政権は江沢民・前国家主席の影響から脱却し、自分のカラーを前面に打ち出すことが予想される。

    中国の場合、権力に就いた直後に自分のカラーを出しすぎるのは賢いやり方ではなく、非常に危険なことである。

    そのことを示唆する例がいくつかある。たとえば、胡耀邦元総書記の失脚だ。彼は1期目から自分のカラーを全面に押し出していった。これを最高実力者のケ小平は嫌った。このことが胡耀邦の失脚した1つの原因ともなっている。趙紫陽元総書記も1期目から自分のカラーを打ち出し、結果的にケ小平の怒りを買って失脚した。

    こうした前任者の教訓を生かしたのが江沢民前総書記で、そういう点で彼は非常に賢かった。彼は1期目では自分のカラーを出さずに、ケ小平のいうとおりに動いた。ところが2期目から自分の権力基盤を強化し、全面的に自分のカラーを打ち出すようになったのだ。

    胡錦濤総書記も教訓を生かし、江沢民のやり方を踏襲している。事実、胡錦濤1期目の現中央執行部をみてみると、江沢民前総書記の人脈が多数残っている。江氏に配慮をみせながら、胡錦濤総書記は自分のカラーを出すことを控えていた。しかし、2期目からは人事、経済、政策のすべての場面で胡錦濤カラーが出てくるだろう。

    2006年9月の上海市トップの更迭も、江沢民勢力を政権からできるだけ排除するための一環だといえないこともない。こうした手段をとって前政権の勢力を排除することは、実のところ江沢民自身も行なっていたのだ。

    1995年、江沢民も北京市トップの更迭に乗り出した。そのときの北京市のトップは陳希同だった。汚職に手を染めていた陳希同を更迭したかった江沢民だが、陳希同はケ小平と仲がよく、江沢民にとっては手の出しづらい存在だった。そこで江沢民はまず、ケ小平を持ち上げ、彼への忠誠を存分にみせておいてから、陳希同をばっさり切り捨てたのだ。

    上海トップ更迭事件の際もまったく同じである。胡錦濤総書記は事件の1カ月前に江沢民氏の著書を出版し、大々的に宣伝した。彼は、江沢民の理論を継承すると公言し、彼への忠誠心を存分に示した後、江沢民の出身母体であった「上海閥」の重鎮・陳良宇氏を更迭したのだ。この上海トップ更迭劇は、@胡錦濤政権の腐敗一掃の決意表示、A中央政府のマクロコントロール政策に対する抵抗勢力の排除、B江沢民「上海閥」との権力闘争、という3つの側面がある。これはまさしく2期目への準備作業の一環であり、2期目に向けての人事をやりやすくするための行動とみていい。

    ●「団派」の台頭と「建国後世代」の活躍

    それでは「2007年体制」はいったいどんな特徴を持つだろうか。人事面の特徴としては、「団派」(共産主義青年団出身者)の台頭、「建国後世代」の活躍、人文・社会系の復権および中央集権の強化などが挙げられる。 まずは「団派」の台頭である。胡錦濤氏は嘗て共産主義青年団のトップであった。胡氏は権力基盤を固めるため、彼の出身母体である共産主義青年団出身者を抜擢し、「団派」人脈を活用すると見られる。地方では李克強・遼寧省書記、汪洋・重慶市書記、李源潮・江蘇省書記、張慶黎・チベット自治区書記、劉奇葆・広西チワント自治区書記、杜青林・四川省書記、袁純清・陝西省長代行、秦光栄・雲南省長代行、周強・湖南省長代行など、中央では李徳洙・民族委員会大臣、李至倫・監察省大臣、李学挙・民政省大臣、呉愛英・司法省大臣、張維慶・人口・計画出産委員会大臣、劉鵬・国家体育総局長などはいずれも共産主義青年団出身である。

    今秋に開かれる第17回党全国代表大会で、李克強・遼寧省書記ら複数の「団派」幹部が中央執行部(中央政治局)メンバーに選ばれる確率が高い。胡錦濤国家主席は、政権内の重要ポストを団派出身者で固めることによって、江沢民前国家主席の影響を排除しながら自分の権力基盤を固めることになる。

    特に注目する必要あるのは、現在、遼寧省書記を務めている李克強氏。共産主義青年団出身の彼には日本での研修経験があり、小沢一郎民主党代表宅にホームステイしたこともある人物である。06年に訪中した小沢氏は、わざわざ李氏に会いにいったという。

    2つ目の特徴は「建国後世代」の活躍である。建国後世代というのは、1949年新中国樹立以降に生まれた人たちのことを指す。革命の経験がないということもあり、これらの人たちはイデオロギーのカラーが薄く、実務志向が強いのが特徴である。

    建国後世代の代表は、すでに触れた李克強・遼寧省書記。彼は55年生まれである。汪洋・重慶市書記も55年生まれ。習近平・浙江省書記は54年生まれ、上海市の韓正市長は54年生まれ、張春賢・交通大臣は53年生まれ、劉志軍・鉄道大臣は53年生まれ、孫政才・農業大臣は63年生まれ、周強・湖南省長代行は60年生まれ、胡春華・共産主義青年団書記は63年生まれといった具合で、これらの人たちはみんな建国後世代である。こうした人のなかから何人かが07年の党大会を経て中央執行部に選出されるだろう。

    ●人文社会系専門家官僚の復権 3つ目は人文・社会系の復権である。江沢民時代や現胡錦濤政権では、清華大学卒を中心とした理工系大学の出身者たちが重要なポストを担ってきた。確かに、朱鎔基前首相を代表として、これまで政府内で活躍してきた理工系出身の政治家や官僚たちは頭もよく、有能な人材が多かった。反面、昔のイメージが影響しているせいか、人文社会系の人たちはイデオロギー論争にこだわりがちで、空論に時間を費やすと見られていた。

    空論が大嫌いだった最高実力者ケ小平氏は、イデオロギーへの関心が低く、実務的傾向が強い理工系出身者たちを重用した。こうしたことがあって、ケ小平時代から江沢民、現胡錦濤政権までは、中央執行部は理工系出身者たちで占めるという状況が続いたのである。

    ところが理工系出身者たちにも弱点がある。彼らは実務には強いが、法律の知識などには疎いという一面がある。国内での法整備を進め、重要さを増すであろう外交や貿易などを考慮した場合、彼らでは荷が重い。そこで、法律やビジネスなどを専門的に学んできた人文社会系の人材の登用が求められているのである。

    実際、すでに抜擢が噂されている李克強遼寧省書記や李源潮江蘇省書記は北京大学出身者である。こうした北京大学を中心とする人文社会系のリーダーたちが、2012年以降のポスト胡錦濤体制を担っていく次世代リーダーとなり、今後は、理工系の技術官僚中心から人文社会系の専門家官僚が活躍する時代に中国は変化していく。

    ●安定を脅かす腐敗構造にメスを

    4つ目の特徴は中央集権の強化で、国民の不平不満が高まっている「金銭・土地・権力交易」という腐敗構造にメスを入れることである。 2006年に入ってから、中央政府は相次いで北京市副市長、天津市検察長、上海市書記、青島市書記などの汚職事件を摘発し、彼らを更迭した。一連の汚職事件の共通点は土地を仲介とする金銭と権力の取引であり、いわゆる「金銭・土地・権力腐敗構造」である。

    中国ではすべての土地は国有であり、法律では所有権の売買は禁止されるが、期限付き使用権の取引は認められる。各地方政府は、安い価格で農民または都市部住民から土地使用権を取得し、高い価格で開発業者や企業に譲渡する。この土地譲渡の過程で、地方政府は莫大な資金を手に入れた。中国社会科学院によれば、2005年地方政府が土地譲渡によって取得した資金は5875億元(約8.8兆円)にのぼり、同年全国財政収入の18.6%、地方財政収入の35.5%を占める。各地方政府はこの巨額な資金をほとんど固定資産(インフラ整備、設備増設、不動産開発)に投資している。これはまさに中央政府のバブル抑制対策が効かず、過熱投資がなかなか収まらない根本的な原因と見られる。

    一方、地方政府による土地譲渡のプロセスの不透明さにより、その過程で賄賂が横行し、官(政府関係者)民(開発業者)癒着という構造的腐敗が蔓延している。この「金銭・土地・権力腐敗構造」に対する国民の不満がいま高まり、農民または市民暴動の引き金ともなっており、社会と経済の安定を脅かしている。

    胡錦濤政権は国民の不満を無視できず、この「金銭・土地・権力腐敗構造」にメスを入れようとしている。陳良宇・上海市書記の汚職疑惑で失脚した機をとらえ、中央政府は党地方委員会の規律検査部門トップの人事異動を断行した。北京、上海、天津の3直轄市などに中央から直接に高官を派遣し、広東省や浙江省など地方実力者がいるところにはほかの地方の高官をそれぞれ送り込んだ(表2を参照)。こうした監視・検察の強化によって、過熱経済や腐敗蔓延に歯止めをかけ国民の不満を緩和させる。 それと同時に、昨年末までに全国に中央政府直轄の9つの「土地督察局」も設立した。例えば、「上海土地督察局」は上海市のほか、江蘇、浙江、福建、安徽4省もその監督・検査の対象としている。地方政府への監督・検査を強化し、土地乱開発に歯止めをかけ、「金・地・権腐敗構造」にもメスを入れることは胡錦濤政権の狙いと言えよう。

    ●経済成長に専念し平和的発展を

    「三和主義」とは、国内には「和諧(調和の取れた)社会」の構築を目指し、国際には「平和的台頭」を目指し、台湾問題では「平和的統一」を目指すことをいう。これらの3つの目標のすべてに「和」の文字が入っているため、「三和主義」ともいわれている。国内には内乱を回避し、台湾・国際問題には武力衝突を避け、経済成長に全力投球したいというのが胡錦濤政権の本音である。

     中国の歴史から見れば、歴代王朝にとって最大の脅威は農民蜂起、つまり内乱である。毛沢東の共産党政権も農民革命の形で蒋介石の国民党から政権を取ったのである。内乱回避は古今を問わず、中国歴代政権の最重要課題である。現在、中国では貧困層と富裕層の貧富格差、農村部と都市部の所得格差、内陸部と沿海部の地域格差が拡大し、高度成長から取り残される貧困層、農村部、内陸部の人たちは不満が溜まっており、各地に暴動も多発している。また、進む経済改革と進まぬ政治改革という政経乖離が起きており、腐敗現象か蔓延し、国民の政治不信も強まっている。政治と経済、人間と自然環境および社会階層間、地域間の不調和が目立ち、胡錦涛政権はこうした不安定要素を無視できない。そこで中国政府は「和諧社会」の構築を提起し、内乱の芽を摘もうとしている。

     国際的には中国の急速な台頭と政治・軍事面の不透明感によって、「中国脅威論」は高まっている。中国政府が「平和的台頭」と台湾問題の「平和的解決」を目指すことは、「中国脅威論」を自ら意識し、アメリカをはじめ外国の懸念を緩和させる狙いがある。国内、国外の両方で敵をつくらず、経済成長に専念しながら平和的に発展していくことが、中国の望んでいる将来である。

     要するに、2007年の党全国大会を経て、胡錦濤政権は2期目に入り、江沢民前国家主席の影響から脱却し、自分のカラーが全面に出てくることは間違いない。中国は本格的な胡錦濤時代に入ることになろう。