【中国経済レポ−ト】
2007年中国経済の展望と日本の課題
沈 才彬
『日本貿易会月報』2007年新春特集
2006年12月4日、日本貿易会は日本貿易会月報2007年新春特集座談会を開き、沈才彬・三井物産戦略研究所中国経済センター長、水野和夫・三菱UFJ証券褐o済調査部チーフエコノミスト、岩田伸人・青山学院大学経営学部長が出席し、柴田 明夫・丸紅経済研究所長は司会を務めた。このレポートは沈才彬の発言をまとめたものである。
●2007年世界経済を展望するうえでのキーワード
2007年の世界経済のキーワードは、「『減速』ただし失速はない」である。2002年は世界経済の転換点であった。この年、中国経済は新たな拡張期に入り、また世界経済は主要国同時好況状態に入った。それまでは、必ずマイナス成長の国があったが、2002年後半からは日本も景気回復局面に入った。そして、この主要国同時好況という世界経済の新しい局面が3年以上続いているが、2006年がピークで2007年は減速するのではないか。ただし、緩やかな減速であり、失速はないとみている。その判断理由の1つは、今、世界経済を牽引するエンジンは米国経済と中国経済の2つである。米国経済は減速の兆しがすでに出始めており、2007年は緩やかに減速するであろう。中国の2006年の経済成長率は10.5%になるが、2006年が経済拡張期のピークの年となり、2007年は緩やかな減速が避けられないであろう。2つ目の理由は、日本と欧州も減速の可能性は高いが、失速の懸念は小さい。3つ目はBRICsというエマージング諸国の景気好調が続くことである。これらを総合的に判断すれば、2007年の世界経済は少し減速するが、失速はないとみている。
●2007年中国経済の展望と課題
中国経済は、現在絶好調と言っても言い過ぎではなく、2006年は10.5%前後の高成長が見込まれている。2002年に新たな拡張期に入ってから、2003年から2006年まで連続4年で10%台の高度成長が続いている。ただ、10.5%はあまりにも高過ぎ、中国国内では今、中国経済の今後はソフトランディングかハードランディングかという大論争が起きている。しかし、その論争にはナンセンスな側面がある。なぜなら少なくとも向こう3年間の中国経済は、軟着陸でも硬着陸でもなく、不着陸状態が続くことになるからである。
2006年は、中国の第11次5ヵ年計画スタートの年であり、これまでの経験からすると、このスタートの年の経済成長率はなかなか下がることはない。また、2007年は、5年に1度の中国共産党全国大会が開催され、新しい執行部が選出される。新しい執行部が選出される年もやはり、経済成長率は下がらないという経験則がある。さらに、2008年には北京オリンピックが開催され、全国皆が盛り上がるので、これもやはりなかなか下がらないであろう。したがって、向こう3年間は不着陸状態の高空飛行が続く状態になるとみている。ただし、2008年オリンピック開催以降、特に2010年上海万博開催後は、ソフトランディングかハードランディングかの選択に迫られるであろう。
2007年の中国経済の見通しは、多少鈍化すると思う。経済成長の3つの要素である、輸出、投資、個人消費を見ると、まず輸出であるが、2003年と2004年は35%前後増、2005年は30%弱増、今年の1〜10月期は26.8%増で、おそらく2007年の輸出は鈍化する。ただし、まだ中国の国際競争力は強いので大きな下落ではなく、緩やかな鈍化で、伸び率は15〜20%の間になるのではないかとみている。次に、投資については、過去3年間の実績を見ればあまり大きな変動はなく、大体25〜26%増の間で動いている。現在、中国政府はマクロコントロールを導入し、いくつかの分野の過熱投資を抑制する方針を打ち出している。そのため、投資は多少鈍化するが、2007年の投資も25%前後になるのではないかとみている。個人消費は、2007年に多少増える見通しである。個人所得は10%を超える高度成長が続いたこの4年間、個人消費もかなり増えてきており、2007年は13%超の見通しである。したがって、総合的に判断すると、2007年の中国経済の成長は緩やかな減速はあるものの、失速する懸念はなく、成長率で言えば2007年は9.5〜10%へと若干低下するとみている。
現在、中国経済の高度成長を牽引する2つの車輪は輸出と投資で、個人消費はいまひとつである。投資はこの4年間、高水準が続き、その半面で生産も確かに拡大してきた。ただし、過剰投資の結果から必ず設備過剰と生産過剰という結果をもたらすことになる。
例えば、2005年の中国の粗鋼生産高は3億5,000万トンで、日本の3倍の規模であり、1年間で7,000万トンの増加であった。日本最大の鉄鋼メーカー新日本製鉄の年間生産規模は3,200万トン程度で、つまり中国の1年間の粗鋼増加量は、日本の新日本製鉄を2つ増設した規模となる。また、2006年の粗鋼生産は4億トンを突破する見通しであるが、4億トンという規模は、日本+米国+EU25ヵ国のトータルに相当する規模である。さらに、2010年までの建設中あるいは計画中建設案件がたくさんあり、仮にこれらが全部完成すれば中国の粗鋼生産高は6億トンとなる。ところが、私が試算する2010年の中国の粗鋼実需は4億トン程度で、つまり2億トンの生産過剰となる。生産過剰となれば、輸出に回すしかなく、そうなると中国の鉄鋼製品をめぐる貿易摩擦が多発することになる。
これまでの中国製品をめぐる国際的な貿易摩擦は、私の表現では「糸偏摩擦」、つまり繊維製品が中心であったが、これからは「金偏摩擦」、つまり鉄鋼製品や鉄鋼を原材料とする製品の摩擦が主流になるであろう。これに中国政府がどのように対応するのか、また世界経済がどのように対応するかが大きな課題である。
●資源・エネルギーをめぐる国際情勢の展望と課題
資源問題について、中国の世界経済に与えるインパクトがいかに大きいかということを具体的に言うと、2004年の資源・エネルギー価格を2000年と比べると、例えば鉄鉱石の世界需要の増加分は1億3,000万トンであるが、その増加分はすべて中国に向けられ、つまり世界需要増加分に対する中国の寄与率は100%である。同じように銅の中国の寄与率は109%であり、中国の需要増加がなければ、世界の銅の需要増加はマイナスであった。スチール鋼材の中国の寄与率は67%、アルミニウムは60%、原油33%である。つまり、ここ数年世界経済が同時好況になった理由のひとつには、中国の資源・エネルギーに対する需要急増がある。
一方、国際価格の破壊要因も中国にある。鉄鉱石の価格はこの3年間で倍増以上、銅の価格も石油価格も急騰している。投機などの他の要因もあるが、需要サイドから見れば最大要因は中国であることは間違いない。中国の今の高度成長は、爆食経済によるものであり、資源・エネルギーを必要以上に大量消費している。例えば、中国の2004年GDP規模は世界全体のわずか4%しか占めていないが、中国一国が消費した資源・エネルギーは、石油が世界全体の8%、スチール鋼材が27%、石炭が31%、セメントが40%と、明らかに爆食である。また、効率が極端に悪い。英国の石油メジャーBPの2005年統計によれば、中国が1万ドルのGDPを創出するために使ったエネルギーは日本の6.5倍で、ドイツの6倍、米国の3.5倍であった。これからこの爆食経済をどのように是正していくかが、中国政府の最重要課題である。今の爆食型成長から節約・省エネ型成長への転換が不可欠であり、そうしないと今日の高度成長は長く続くはずがない。
中国の課題は、投資・輸出主導から内需主導型の成長への転換であり、できなければ高度成長の持続は難しい。農村人口が6割弱で、農村の所得と都市部の所得の名目格差は国の統計で3.5倍、実質は6倍以上ある。農民の購買力はまだ低いので、いかに農民の所得を増やすかが内需拡大の鍵を握っている。中国はこれから内需拡大をどのように実現するのか、過剰輸出と過剰投資をどのように抑えるのか、農村の振興をどのように実現するのか、この3大課題は中国経済の行方を左右する要素で、しかも世界経済に大きな影響を与える。
●人民元のゆくえ
緩やかな元高がこれからも続くだろうとみている。中国政府は、2005年7月21日に2%切り上げを実施したが、それ以降も緩やかな元高傾向が続いており、2006年11月29日まで3.45%切り上げられた。
このような元高方向になっているにもかかわらず、中国の輸出は好調である。ここ数ヵ月間、特に第3四半期は、米ドル安傾向が加速している。人民元の為替政策は米ドルを中心とするバスケット方式である。人民元の対米ドルの切り上げ幅は主要国通貨の対米ドルの切り上げ幅より小さいため、実質上の人民元レートは元高ではなく、元安である。第3四半期の輸入品価格の値上がり率は9.1%で、輸出製品価格の値上がり率4.7%の2倍相当となっている。その結果、中国の輸出競争力は低下することなく、むしろ上昇したと言える。
2006年以降も人民元の切り上げ余地は十分にある。ただし、中国の許容範囲は5%程度で、5%を超えると中国の輸出企業に相当大きな打撃を与える。また、中国の外貨準備高が1兆ドル(うち、米ドル資産が6、7割)を超える中、もし人民元の大幅な切り上げ、つまり米ドルが例えば1割下落すれば、中国の外貨資産は61、7,000億ドルの損失が発生することになる。これは中国政府にとっては容認できない動きである。結論から言えば、来年も緩やかな元高傾向が続くことは間違いない。ただし、年間ベースでの切り上げ幅は累計5%以内に収まると見ている。さらに、2010年までの累計ベースでは、2005年の2%を含めて20%前後の切り上げはあり得るというのが、私の見方である。
●日本の課題、商社の課題
今、大手商社のほとんどは最高益を更新している。その理由は資源にある。製品の工程をまとめると3つの工程があり、川上の原材料・素材、川中の少し加工した中間財、それから川下の最終製品である。ここ3年間の世界経済全体の傾向は、川上はインフレで、川中の中間財は横ばい、川下の最終製品はデフレである。大手商社は、全世界で川上の資源権益を確保すべく資本投資しており、近年の資源価格の上昇により投資収益が相当大きくなり、これにより最高益を更新している。その他の理由もあるが、この川上分野のインフレに負うところが大である。しかし、川上分野のインフレが今後何年も続くはずはなく、現状に安住することなく新しい分野への挑戦が必要である。
また、日本全体の問題であるが、少子高齢化社会に今後どのように対応するのか。一部の新興産業は別として、日本の産業分野のほとんどは国内需要のピークをすでに過ぎている。少子高齢化で人口減少傾向に入り、国内市場の需要は縮小していく。人材不足も起きている。今後、相当厳しい局面を迎えざるを得ない。海外市場に活路を見いだすにしても、米国市場と欧州市場は、日本と似たような状態にある。最も有望なマーケットは、BRICsに代表されるエマージング諸国であり、これらの市場の開拓は日本企業には不可欠なものとなろう。もうひとつ、人材不足問題の解消も大きな課題である。OECDの「高度技能機能者人材に占める外国人の割合に関する加盟国一覧表」によると、一番高いのはルクセンブルグの95%で、OECD加盟国の平均は11.1%であった。最も低い国は韓国の0.4%、2番目は日本の0.7%であった。日本がいかに外国人材の活用が遅れているかという実態が浮き彫りになっている。これからいかに外国人材を誘致し活用するかが、日本の、日本企業の大きな課題であろう。