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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
中国の食糧危機は回避できるか?

沈 才彬
『エコノミスト』誌臨時増刊10月9日号

  • 問題再提起――誰が中国を養うのか?
  • 食糧生産のピークは98年
  • 関東1都5県の広さの耕地が1年間で消滅
  • 2030年に4億〜5億人分相当の穀物不足         
  • 中国の食糧危機=日本の食糧危機
  • ●問題再提起――誰が中国を養うのか?

     1994年、米国の民間研究機関・地球政策研究所のレスター・ブラウン所長は「誰が中国を養うのか」という研究リポートを発表し、中国の食糧問題に警鐘を鳴らした。

     このリポートによれば、人口12億(当時)を抱える中国は、今後40年間に人口増加や食生活の向上で穀物需要が急増する半面、工業化により耕地面積が逆に減少するため、2030年には3億トン以上の穀物が不足し、大幅な穀物輸入国になる。しかし、世界の穀物総輸出量は92年では約2億3000万トンで、地球ではこれだけの穀物を中国に供給できる国はないとして、穀物価格の高騰だけでなく、世界的穀物不足という深刻な食糧危機を招きかねないと主張した。

     12年たった現在、ブラウン所長が警告した食糧危機はいまのところ起きていないが、氏が指摘した中国の食糧需給アンバランスがますます深刻化していることは確かだ。特に、3年前から中国は穀物輸出国から純輸入国に転落し、食糧不足の厳しさを増している。世界的な食糧危機の懸念は依然として根強く残っている。

     日本は世界最大の食糧輸入国であり、自給率は先進国では最低水準の40%以下である。「食の安全」という観点から見れば、仮に隣国の中国が大幅な食糧不足になれば、日本にとっては決して対岸の火事ではない。

     それではなぜ中国は昔の食糧輸出国から純輸入国に転落し、いま慢性的な食糧不足に陥っているのか。将来的に中国は本当に食糧危機が起きうるだろうか。日本はいまからどう対応し、何をすべきであろうか。本稿は、これらの問題に焦点を当て、客観的に分析を進める。

    ●食糧生産のピークは98年

     中国はかつて穀物(主にトウモロコシと米)の輸出大国として知られてきた。ところが、3年前から情勢が一変し、中国は穀物の輸出国から純輸入国に転落した(図1)。その背景にはいったい何が起きたか。結論から言えば、それは需給バランスが崩れた結果にほかならない。

     03年、中国の総人口は98年の12億4761万人から12億9227万人へと5年間で4466万人増えた。言うまでもなく、人口の増加によって穀物の需要も増える。また、国民の生活水準が向上しており、食生活の多様化による食肉の摂取が増加し、家畜の飼料としての穀物消費も増えている。

     人口の増加、食生活の多様化などの要素によって、中国の穀物需要が拡大している。だが、穀物需要の大幅な増加にもかかわらず、生産量は98年がピークで、その水準を回復していない。特に03年に中国の食糧生産量は前年比約6%減の4億3070万トンとなり、98年に比べ15%も減少した(図2)。需給バランスが崩れた結果、トウモロコシや米など中国の穀物輸出が減少し、大豆や麦(小麦と大麦)の輸入を大幅に増やし、穀物の純輸入国に転落した。

    ●関東1都5県の広さの耕地が1年間で消滅

     それではなぜ穀物生産量が大幅減少したのか。さまざまな原因があるが、耕地の減少がまず挙げられる。

     03年、中国の経済成長率は10・1%にのぼったが、高度成長と同時に、資源の「爆食」、環境破壊も深刻化している。典型的な事例は各地方の工業開発区の乱立であり、04年8月時点でその数は6866にのぼる。その結果、耕地は大幅減少し、03年は2万5400平方キロも減った。1年間の耕地減少面積は東京、神奈川、千葉、埼玉、群馬、栃木など関東地域1都5県の土地面積の合計(2万6053平方キロ)に相当する。

     その後、「爆食経済」に対する反省もあり、中国政府は資源と環境にも配慮する「調和の取れた成長」を唱え始め、開発区規制に乗り出した。04年末まで撤廃された開発区は4813に達し、その結果、同年の耕地面積は8000平方キロ減、05年3620平方キロ減となった。耕地減少のスピードは確かに鈍化したものの、減少傾向がなお続いている。工業開発区の乱立のほか、砂漠化や水不足の深刻化も耕地減少の一因と見られる。

     二つ目の理由は急速な都市化による農村の衰退である。96年以降、中国の農村部人口は毎年1000万人ずつ減り、都市部人口も毎年2000万人ずつ増え続けている。95年に比べ、03年末時点で農村部人口は8・6億から7・7億へと1億人近く減少し、都市部人口は3・5億から5・2億へと1・7億人も増えた。

     1960、70年代の日本のように、農村部から都市部への人口大移動が起きている。この人口大移動は結果的に農村の衰退をもたらしている。

     三つ目の理由は所得格差の拡大に対する農民たちの不満および生産意欲の減退である。近年、都市部と農村部の所得格差は3・5倍(実質は6倍)に拡大している。中国の農村はまさに格差社会の象徴とも言える。格差の拡大は農民たちの農村脱出を加速させ、農業の荒廃が一層深刻化している。

     四つ目の理由は遅れた農業改革、低い農業生産性にある。図3に示すとおり、中国の農林水産業従事者数は世界最大規模だが、1人当たりの生産性は日本のわずか42分の1、米国の80分の1にすぎない。

     増えつつある需要、減少し続ける生産。需給バランスの崩壊は中国の穀物輸入を加速している。

    ●2030年に4億〜5億人分相当の穀物不足

     中国社会科学院の予測によれば、2030年に中国は人口のピークを迎え、総人口はさらに2億増加の15億人に達する見通しである。人口の増加、国民生活水準の向上、バイオ・エネルギー(例えば自動車燃料用のバイオエタノール)の開発に伴うトウモロコシ需要の急増、工業化の進展に伴う耕地面積の減少などを考えれば、2030年に4億〜5億人分相当の穀物不足が起きる可能性が高い。05年1人当たり穀物消費量390キロをベースに試算すれば、2030年に最大2億トンの穀物が不足し、海外から輸入せざるを得ない。その場合、中国のみならず、地球規模の食糧危機発生の可能性も高い。

     現在、中国の胡錦濤政権は食糧問題に対する危機感を強めており、04年から3年連続で中央政府第1号通達の形で三農問題(農業、農村、農民)解決の必要性と農業改革の重要性を訴え、農業重視の姿勢を示している。また、今年からスタートした第11次5カ年計画も食糧生産量を05年の4・8億トンから10年の5億トンへ、農民1人当たり純収入を401ドルから512ドルへ増やすと同時に、5年間の耕地減少面積を200万ヘクタール(2万平方キロ)にとどめるなど具体的な数字目標を掲げている。問題は胡錦濤政権の農業重視政策がいったいどれほど効果があるかにある。

     実際、中国政府は農業問題において、二つのジレンマに陥っている。一つは土地私有権を認めるかどうかのジレンマ。農業改革のカギは土地の所有権にかかわっている。周知のとおり、中国は社会主義国家であり、すべての土地は国が所有する。農民たちは土地の使用権はあるが、所有権はない。土地私有権を認めない限り、農民たちの生産意欲を高めることは難しく、三農問題の抜本的な解決もほぼ不可能と見ていい。しかし、土地私有権を認めると、社会主義制度の根幹を揺るがしかねない。土地私有権を認めるかどうか。中国はいま岐路に立っており、胡錦濤政権はこのジレンマで悩んでいる。

     二つ目は工業化・都市化と農村弱体化のジレンマ。05年現在、中国の農村部人口は7・4億人あり、総人口の57%を占める。農村の余剰労働力もまだ1・5億人いる。先進国の経験から見れば、農村余剰労働力の吸収も近代化の実現も工業化や都市化の進展を抜きにしては語れない。一方、工業化と都市化の進展は結果的には耕地の減少や農村の弱体化をもたらしかねない。このジレンマをどう解くかが難しい課題だ。

     結論から言えば、中国政府は思い切った改革を行い、有効な農業・農村・農民対策を打ち出さない限り、将来的には食糧危機が爆発する可能性は高い。

    ●中国の食糧危機=日本の食糧危機

     日本は世界最大の食糧輸入国であるため、13億人の中国の食糧不足は決して対岸の火事ではない。近年、中国の石油、鉄鉱石など資源の爆食により世界の素材・エネルギー価格が暴騰している。もし中国が食糧危機に陥り、本格的に海外から食糧を大量輸入すれば、地球規模の食糧争奪戦が起きかねない。その場合、日本は食糧の安定的供給をどう確保するかが大問題となる。この意味では中国の食糧危機=日本の食糧危機と言っても過言ではない。

     中国語には「居安思危」という諺があるが、安全の時でも危機管理対策をしっかり考えなければならないという意味である。「食の安全」という観点から、われわれは次の二つの問題を考えるべきである。一つは仮に中国で食糧危機が起きた場合、日本はどうすればいいか。もう一つはそういう事態にならないために日本は何をすればいいか。

     今年6月、筆者はフジテレビの番組「報道2001」に出演した際、もう一人の出演者、料理専門家の服部幸應・服部栄養専門学校理事長は「バーチャル・ウォーター」と「フードマイレージ」という概念を提起した。「バーチャル・ウォーター」とはご飯1杯分の穀物を生産するためにペットボトル135本分の水が必要となり、日本は穀物輸入を減少することで間接的に中国などの国々の水不足解消に貢献することができるという。また日本の農産物の消費を促進するために、地産地消奨励の「フードマイレージ」の概念を導入すべきであると、服部氏は唱えた。大変ユニークな発想と思う。

     一方、筆者は日中利益共同体構築の観点から、中国の食糧危機を防ぐために日本は何ができるかを考えるべきだと主張した。日本は次の分野で中国の食糧不足解消に支援できると思う。(1)中国の農業に日本の最新技術を導入し、生産性を向上させる。(2)中国の若手農業経営者の育成を支援する。(3)砂漠化阻止のために、中国の植林事業を支援する。(4)中国の水不足を解消するために、技術で支援する(例えば汚水処理技術、海水淡水化技術など)。(5)中国に新しいビジネスモデルを導入する。

     実際、中国の農業改革にビジネスを通して参加しようという日本企業のプロジェクトも始まった。アサヒビールは中国農業改革を支援し、山東省莱陽市に1000億円を投資し、今年5月に第1号モデル農園(100ヘクタール農地確保)を開業した。同農園は日本の最新技術を導入し、付加価値の高い安全・安心な最高の農産物を生産する。しかも種苗から生産・加工・流通・販売の一貫システムを導入し、新しいビジネスモデルを構築する。このビジネスモデルに知財権を付与して他地域への展開も図る。まさに意義ある新しい挑戦である。アサヒビールの挑戦は「共存共栄」という日中協力の新たなモデルケースになるかもしれない。