【中国経済レポ−ト】
講演抄録:大中華圏は日本の商機−第9回世界華商大会プレイベントにて記念講演−
沈 才彬
『毎日新聞』大阪朝刊2006年9月27日
神戸と大阪で来年9月に開催される「第9回世界華商大会」を後押しするためのプレイベント(毎日新聞社主催、兵庫県、神戸市共催)が14日、神戸市中央区の同県公館で開かれた。専門家らは小泉政権下で冷え込んだ日中関係を、民間の力で立て直す契機になるとして大会の意義を強調、約350人の参加者が熱心に耳を傾けた。第1部では沈才彬・三井物産戦略研究所中国経済センター長が「世界に広がる華僑ネットワーク」を題とする記念講演を行った。講演抄録は次のとおり。
◇「世界に広がる華僑ネットワーク」−−大中華圏は日本の商機
来年9月に世界華商大会が神戸と大阪で開かれることは非常に意味がある。大会は特に関西経済にとって追い風になります。
政治面でも意義が大きい。日中関係は国交回復以来最悪になっている。小泉首相の靖国参拝で日中の首脳会談が途絶えているんですね。この6年間で中国のトップは日本に1度も来なかった。02年4月12日に小泉さんが中国・海南島で開かれたボアオ・アジアフォーラムに出席するため訪中したとき、私は竹中大臣に招かれて、中国経済について進言した。中国の経済成長を脅威としてとらえずに、市場として活用すべきだと。
結果として小泉首相はフォーラムで「中国の成長は日本にとって脅威ではなく、チャンスだ」と発言をして、朱鎔基首相からも高く評価された。ところが、帰国後1週間でまた靖国を参拝した。それで中国のリーダーたちは「小泉に裏切られた。もう信用できない」との思いを持っている。
ただし、小泉首相がもうすぐ退陣することで回復の機運が高まっている。今、安倍陣営は水面下で中国と接触している。さらに来年は世界華商大会があるし、日本の遣隋使派遣1400周年の年でもある。華商大会をきっかけに胡錦濤国家主席、温家宝首相が訪日する可能性もある。だから華商大会は日中関係改善の起爆剤になる可能性が高いんです。
次に華僑、華人のネットワークの特徴は何かです。中国、香港、台湾、マカオという「大中華圏」の人口は13億4000万人。さらに世界の華人、華僑の人口は昨年時点で4000万人を突破したと推計されます。だから中国人と華人・華僑の合計は13億8000万人という数字になる。
東南アジアのタイ、マレーシア、インドネシアでは、華人は地元住民に比べると少数ですが、経済は抜群です。インドネシア、マレーシア、タイでは国の経済の5〜7割を華人が握っている。
華人ネットワークの特徴は四つあります。まず同族、血縁のつながり。二つ目は同郷、地縁のネットワーク。三つ目は同窓、同じ学校出身の学縁。四つ目は同業つまり仕事の縁です。
華人、華僑ビジネスには大中華圏の視点が不可欠です。シンガポールは華人国家ですが、大中華圏の概念には違和感がある。中国も。なぜか。大中華圏と言われると「中国脅威論」が出てくるからです。でもビジネスの観点では必要になる。大中華圏はあくまで地理的、経済的な概念です。特に2010年は、大中華圏で自由貿易圏ができる可能性が高い。ますます一体化します。
では大中華圏は、世界やアジアの中でどんな存在なのか。中国、台湾、シンガポール、香港の華人国家・地域のGDPは世界全体の6・5%です。大体日本の6割ぐらいです。ところが、輸出は14%を占めている。これは日本の2・5倍です。輸入は世界の12%。これは日本の3倍弱に相当します。
日本から見ると、貿易相手のうち米国のシェアは17・8%ですが、大中華圏のシェアは何と28・2%です。さらに外から日本向けの直接投資は昨年米国が2・8%なのに対し、大中華圏は59%。圧倒的に大中華圏の直接投資が多い。日本に来た観光客は米国が11%で、大中華圏は39%です。
要するに日本の物流、金流つまり資本構造、人流のいずれも今、日本は米国よりも大中華圏に依存している実態が浮き彫りになっている。ですから大中華圏は日本にとって非常に重要な存在になっているんです。
その中心の中国は急速に台頭している。そのスピードは我々の想像を超えている。日本を含む西側諸国も、中国自身も心の準備ができていない。ですからさまざまな問題が起きているんです。
私が89年に日本に来たとき、中国の携帯電話は1万台でした。中国政府は2000年に80万台に拡大する計画を立てたが、00年は8000万台になった。計画の100倍です。今年6月末時点での中国の携帯電話保有台数は4億2000万台を突破した。日本の4・5倍です。
米国の投資会社ゴールドマンサックスは03年10月にBRICsという有名なリポートを発表し、中国の経済規模が16年に日本を上回ると予測した。しかし、私の予測では13年です。
リポートは00年から05までの中国の経済成長率を8%と予測していた。ところが実績は9・5%です。向こう5年間の中国の成長率を年平均8・6%、11年から15年まで5年間を7・5%として計算すれば、13年に中国の経済規模は5兆2000億ドルになり、日本の5兆1000億ドルを上回って世界2位になります。
中国の台頭を経済史からみると、世界の経済成長の第5の波です。1回目は18世紀半ばの英国の産業革命。2回目は19世紀後半の米国の躍進。3回目は50、60年代の日本、西欧の高度成長。4回目は90年代の米国のIT革命です。
中国の台頭が世界経済に与えた影響の大きさは絶大です。例えば鉄鉱石。04年時点で00年と比べての需要増加分約1億3000万トンは中国に行った。中国は世界経済の牽引車であり、エンジンの役割を果たしているのが明らかです。
ただし、中国経済は人間の体温なら38度ぐらいの発熱状態です。もし、解熱剤を入れないと40度近くになって倒れる可能性がある。中国では中国経済が軟着陸するか、硬着陸するかの大論争が起きていますが、私は08年の北京五輪までは、不着陸状態つまり高空飛行が続くと見ています。ただし、五輪以降は軟着陸か硬着陸かの選択を迫られる。今のうちに過熱抑制対策を打ち出さないと、バブルがはじける恐れがある。
これから注目すべき中国の経済の動きは二つあります。
まず都市化です。96年以降、中国の都市人口は毎年2000万人ずつ増えている。単純計算では5年ごとに1億人の巨大市場が新たにできるんです。このため毎年2000万人分の住宅を新たに作らないといけない。住宅を作るには鉄鋼が必要です。セメントが必要です、ビジネスチャンスが大いに出てくる。
二つ目は富裕層の大量出現です。中国では大体10万ドル以上の個人資産を持つ人は富裕層です。日本円に換算すると1100万円程度。中国は物価が安いから日本の感覚で言えば1億円相当の価値があります。その富裕層が中国で5000万人いるというのです。一部の日本企業は、中国には安いものを売ればいいという発想を持っていますが、それは時代遅れ。中国国民が日本に求めているのは品質、デザインの良さです。
中国の国民はこれからますます豊かになる。豊かになればレジャーを楽しむ。昨年、中国の外国への出国者数は3100万人です。日本は1860万人です。中国はアジア最大の観光客輸出国になった。ですから神戸、兵庫、関西にいかに多くの中国人に訪れてもらうかが地域経済活性化の課題になるんです。
一方で中国にはビジネスリスクがあります。一つは中国の反日感情。日本企業は欧米企業にはないリスクを背負っている。両国関係の回復は、ビジネスの観点からも必要なんです。二つ目は貧富格差の拡大です。各地で散発的な暴動が起きている。三つ目は生産過剰のリスク。四つ目は、中国の政治民主化です。
世界の経験則では、一国の1人当たりGDPが大体2000ドルを突破した段階で、政治民主化運動が起き、定着していく傾向があります。中国の1人当たりGDPは2010年には間違いなく2000ドルを大きく突破して3000ドル前後になる。そうすれば2010年は中国の政治民主化の転換点になる可能性が高い。もし天安門事件のようなことが起きたら、中国の政治は混乱し、経済成長が挫折する。
日本企業が世界、アジア、中国でビジネスを展開する時に必要なのは「揚長避短(ようちょうひたん)」。中国語で自分の長所を生かして、短所を回避するという意味です。長所を生かすためには、優れた技術力とブランド力を生かして、付加価値の高い新しい技術、製品、素材を創出しなければならない。弱点を回避するためには、アジア、中国、華人企業との分業体制が極めて大切になります。
「揚長避短」をキーワードに講演を終わらせていただきます。
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■人物略歴
◇沈才彬(しん・さいひん)=三井物産戦略研究所中国経済センター長
1944年、中国江蘇省生まれ。61歳。中国社会科学院大学院修士課程(日本経済史)修了。同大学院助教授、一橋大学客員研究員、三井物産戦略研究所主任研究員などを経て01年から現職。著書に「検証 中国爆食経済」「チャイナショック」「中国経済読本」など。