【中国経済レポ−ト】
講演抄録:「2013年中国経済は日本を抜く」−自由企業研究会第8回中国研修旅行事前勉強会にて講演−
沈 才彬
『自由企業研究』第373号
(本稿は、平成18年8月29日開催の第8回中国研修旅行事前勉強会における講演を抄録したものです。文責:事務局)
司会(緒方研究委員長) 今日は三井物産戦略研究所中国経済センター長の沈才彬さんにお越しをいただきました。中国経済についてのお話をおうかがいするということですが、ご紹介者の渡辺さんからご紹介をお願いしたいと思います。
渡辺(国際委員長代理) 皆さん、おはようございます。詳細なプロフィールは配布資料に譲りまして、簡単にご紹介させていただきたいと思います。沈さんは先ほどご紹介ありましたが、三井物産戦略研究所の中国経済センター長として、所長の寺島実郎君とともに2枚看板を張ってご活躍中の方でございます。中国の政財界並びに学会に広い人脈をお持ちで、その人脈から得られる情報をベースに独自の味のあるコメントをされておりまして、そのすばらしさに定評がございます。私も物産卒業後も引き続き、折にふれてご指導を仰いでおりまして、今回我がミッションの出発に先立ちまして、何か参考になるお話をうかがいたいとお願い致しましたところ、快くお引き受けいただいた次第でございます。
それでは沈さん、よろしくお願いいたします。
沈:ご紹介戴きました三井物産戦略研究所の沈でございます。渡辺さんとは昔は上司と部下の関係で、私にとっては非常にお世話になった方です。いつも私に対して愛情を込めてよくご指導いただきました。ですから、今回のお話は、渡辺さんのご指示、命令です。渡辺さんは物産を卒業されましたが、私にとっては永遠の上司でして、非常に尊敬しています。私は自由企業研究会で初めて講演させて戴くチャンスを非常に光栄と存じております。
今日は、戴いたテーマ、と言うより私が提案したテーマですが、“2013年中国経済は日本を抜く”というテーマで進めていきたいと思います。
講演に入る前に、私の中国についての問題意識をお話したいと思います。私は、常に中国について、いくつかの問題意識を持っています。1つは、中国経済がどういう状態か、これからの見通しについてです。2つ目は、中国経済はいま過熱気味です。これから中国経済はどうなるのか。ソフトランディングか、ハードランディングか、あるいはノーランディングか。そういう3つの選択肢があるわけですが、どういう見通しなのか。3つ目は、中国経済は高度成長を続けています。但し、それは素材とエネルギーを“爆食”することを特徴とする高度成長です。脆弱さも否定できません。そうした“爆食経済”の行方はどうなるか。四つ目は、ここにおられる方の多くはビジネスの現場に立たれる方々ですから、ビジネスの観点から見れば注目すべき中国の構造的な転換は何か。また、注目すべき産業分野は何か。注目すべきビジネス・リスクは何か。五つ目は、皆さんも関心がおありと思いますが、人民元はこれからどうなるのか。六つ目は、皆さんご存知のとおり、日中関係は1972年の国交回復以降、いま最悪の状態を迎えていますが、これからの日中関係はどうなるのか。特に日中経済関係、これまでは相互依存、相互補完の関係でしたが、これから変わるのか。最後に、いま日本は少子高齢化時代に突入していますが、そうした時代を迎えた日本の進路を考える時、どういう視点が必要なのか、どういう問題意識を持つべきか、どんな戦略が必要なのか、ということです。
これらの問題はいずれも私の個人的な見方ですが、ぜひ皆さんと問題意識を共有していきたいという思いで、本日の講演にまいりました。
■1.2013年中国経済は日本を抜く
*誰も予測できなかった中国の台頭
次に、問題別に話を進めていきたいと思います。
まず1つ目の問題ですが、中国の台頭をどう見るか。実際、中国の台頭は我々の想像以上に、急ピッチで進展しています。そのスピードを誰も予測できませんでした。1つの実例を申し上げますと、携帯電話です。私が長期滞在者として日本に来たのは1989年です。その年の中国における携帯電話の保有台数は、中国の政府機関の計測ではわずか1万台です。当時これは高級消費財で、国の計画では2000年時点において80万台に拡大するというものでした。しかし、実際の携帯電話の保有台数は、00年時点で8,000万台、計画の100倍と、中国政府の予測をはるかに超える状態となっています。最新データとして06年6月末時点では、中国の携帯電話の保有台数は4億2,000万台超です。日本の約4倍、米国の約2倍です。つまり、中国では携帯電話は急速に普及しているわけです。
携帯電話の普及、インターネットの普及によって、中国の国民も、今は、簡単に情報が取れる状態となっています。実際、今、中国の携帯電話で広がっている人気NO.1のジョーク作品は何かというと、割に上品な形で、少し下品な内容を表現するジョーク作品です。つまり、外国のブランド名で男性の下半身を表現するジョーク作品です。具体的に言いますと、30代の男性は日立、40代の男性はマイクロソフト(マイクロソフトの中国のブランド名は「微軟」です)、50代の男性は松下(松下の中国語の意味は、「弛んでぶら下げる」という意味です)というジョークですが、これは成人男性でも成人女性でも、ものすごく人気があります。ここにおられる方々は私も含めて60代の方が多いと思いますが、60代の男性は残念ながら論外です。これはあくまでもジョーク作品ですが、いま中国で最も流行っているショートメールといわれています。
そういうふうに、今、中国では携帯電話がものすごく普及しているのですが、インターネットも普及していまして、政府としては情報コントロールできない状況にもなっています。数年前にSARSが発生した時、政府は一所懸命に情報コントロールしようとしましたが、インターネットや携帯電話のショートメールでSARSの発生、そして蔓延を皆知ってしまいました。そして、昨年の反日デモもインターネット、携帯電話の役割が大きかったのです。
ですから、今、情報は速いスピードで広がっています。これは中国社会の1つの変化です。要するに、話は戻りますが、中国の台頭は予想以上に急ピッチで進んでいるということです。これは携帯電話だけではなく、GDP、輸出入いずれもそうです。例えばGDPは、中国政府の計画、所謂4倍増計画では(これは80年代始めに作った計画ですが)、00年は1兆ドル、10年は2兆ドル、20年は4兆ドルというものですが、実際は、昨年時点で2兆2,300億ドルになっています。5年前倒しで倍増になってしまいました。貿易について、中国政府は、00年時点での5カ年計画では、05年は8,000億ドルとしていましたが、昨年時点で、1兆4,000億ドルになってしまったのです。ですから、中国はいま誰も予想できなかったスピードで台頭しているわけです。
*ゴールドマン・サックスレポートも中国の台頭を過小評価した
この中国の台頭については、03年10月、米国の有名な投資会社ゴールドマン・サックスがBRICsという有名なレポートを発表しましたが、その中で16年に中国の経済規模は日本を抜くとしていました。つまり、5兆ドルの規模で日本の5兆ドル弱を上回る規模になるということです。これはBRICsリポートの予想ですが、私の試算した結果では、16年ではなく13年に中国の経済規模は日本を抜くという可能性が非常に高いと思います。何故かというと、3つの理由でBRICsというレポートは中国を過小評価しています。1つは、00年時点で、ゴールドマン・サックスが採用している基礎データは、既に中国経済を過小評価しています。
2つ目は予測と実績の乖離。05年のゴールドマン・サックスの予想は1.7兆ドルでしたが、昨年の中国の実際の経済規模は2兆2,300億ドルになりました。ゴールドマン・サックスの予想では、01年から05年の中国の経済成長率は7.2%でしたが、実際は9.5%です。はるかに上回っています。
もう1つ、人民元切り上げの予想は、実際計算に入っていなかったのです。ところが、昨年7月21日、中国は人民元を2%切り上げ、昨年末までに2.5%まで切り上げられたわけです。多分これからは毎年、年間ベースで約3%の切り上げが予想されます。
*2013年中国経済は日本を抜く
ですから、基礎データの変更、GDP成長率・実績ベース、人民元切り上げという3つの要素を考えれば、私の予測では(「資料1・図表4」参照)、向こう5年間の中国の経済成長率は約8.6%、11年から15年は7.5%という設定値がベースになると言えます。それから、人民の元切り上げ幅は、年間ベースで3%です。そういうベースで試算すると、13年には中国の経済規模は5兆2,000億ドルとなり、日本の5兆1,000億ドルを上回って、世界第2位の経済大国になるのではないかと予測しています。私の設定した日本の予想経済成長率は、向こう5年間は1.9%です。これは、割に高い水準を設定していますが、実際はそれを下回る可能性は十分ありうると思います。11年以降は1.4%と設定しています。これも割に高い水準ですが、過大評価の恐れがあります。要するに、13年に中国の経済規模が日本を抜く可能性は、100%とは言えませんが、9割以上は私の予測は当たると見ています。但し、中国の経済規模全体では日本を上回っても、15年時点で国民1人当たりの所得でも、まだ日本の10分の1程度しかありません。ですから、1人当り国民所得で日本を上回るのはかなり先のこととなります。この点を我々としては留意しなければなりません。
*世界経済史から見た中国の台頭の位置づけ
世界経済史から見た中国の台頭は、どういう位置づけなのか。私なりの説明ですが、これまでの世界経済史から見れば、近代に入って世界経済成長に重大な影響を及ぼした歴史的な出来事は4回ありました。1回目は18世紀半ば頃の英国の産業革命です。2回目は19世紀後半の米国の台頭です。3回目は20世紀、50年代、60年代の日本と西ヨーロッパ諸国の高度成長です。4回目は20世紀、90年代の米国のIT革命です。そして、21世紀に入ってからBRICsと呼ばれるエマージング諸国、特に中国の台頭は世界経済成長の第5の波という位置づけです。
*中国台頭のインパクト――素材・エネルギーを実例に――
これは私なりの表現ですが、BRICsの台頭、特に中国の躍進のインパクトはものすごく大きいのです。1つの例を申し上げますと、素材・エネルギーです(「資料2・図表8」参照)。00年から04年の5年間、世界の川上分野(素材・エネルギー)の需要増加分の中で中国の寄与率はどのくらい大きいかというと、例えば鉄鉱石は、00年に比べ04年の需要増加分の100%が中国の貢献です。つまり、04年時点で鉄鉱石需要増加分は、世界全体では1億3,000万トンですが、これがどこに行ったかというと、全部中国に行ったわけです。それから、銅の中国の寄与率は109%です。これはどういうことかというと、もし中国の需要増加がなければ、世界の銅の需要は減少することになります。また、スチールの中国の寄与率は、なんと67%です。アルミニウムは60%、原油は33%です。
何故、今、世界の原油価格が急騰しているのかと言えば、その1つの要因を需要サイドから見れば、やはり、中国の原油需要増加はものすごいスピードで増加していることがあります。中国の原油消費量は04年時点で既に日本を上回って、世界第2位の石油消費国になったのです。それでは、何故中国の石油需要が急増しているかというと、その背景には急ピッチでモータリゼーションが進んでいることがあります。具体的なデータを申し上げますと、04年時点で、00年に比べると、世界全体の自動車販売台数の増加台数は合計で292万台ですが、中国1国だけの需要増加台数は297万台です。つまり、102%が中国の需要増加分です。因みに、昨年の中国の国内需要、新車販売台数は575万台です。日本は585万台ですが、今年は、間違いなく中国の国内需要が日本を上回って、世界第2位の自動車消費大国になります。また、予測ですが、中国の新車販売台数は10年には1,000万台を突破して、米国に近づくことになります。
これらは、川上分野における中国インパクトの1例です。つまり、中国の台頭が世界経済に与えているインパクトはものすごく大きいのです。中国は、今、世界経済の牽引車、エンジンという役割を果たしている一方、国際市場の価格破壊の要素ともなっています。今、素材価格、エネルギー価格は急騰しています。それは需要サイドから見れば、中国の影響がものすごくインパクトが大きいのです。ですから我々としては、中国インパクトを見るときは、プラス要素とマイナス要素両方を複眼的に見ておかなければならないのです。
■2.中国経済は「軟着陸」か「硬着陸」か、それとも「不着陸」か?
*2002年から新たな拡張期入り、アジア通貨危機以降、最高を記録したGDP成長率
2つ目の問題に入りたいと思います。つまり、中国経済はこれからどうなるかということです。02年から中国は新たな経済拡張期に入りました。中国経済は連続3年、10%前後の高度成長を続けています。今年上半期の経済成長率は10.9%です。これはアジア通貨危機以来かつてない高水準です。
*当面は「軟着陸」も「硬着陸」もなく「不着陸」で高空飛行が続く
中国国内では今、中国経済が「軟着陸」で行くのか、「硬着陸」で行くのか、かなり熱く議論されていますが、個人的な見方としては、少なくとも08年までは「軟着陸」でもないし「硬着陸」でもない「不着陸」の状態、高空飛行が続くというのが中国の現実に近いと思います。つまり、着陸できない状態です。
何故、着陸できないかというと、今年が第11次5カ年計画スタートの年だからです。過去の経験から見ると、5カ年計画スタートの年は、なかなか経済成長率は下がりません。また、来年07年は5年に1度の共産党全国大会が開催され、新しい執行部が選出されます。過去の経験から見ると、これもなかなか経済成長率が下がりません。08年には北京オリンピックが開催されます。これもなかなか下がりません。ですから、中国経済は、ここ3年間は不着陸状態で、空中給油機の形で高空飛行が続くのではないかと私は見ています。
*2010年上海万博以降はバブル崩壊もあり得る
但し、問題が残ります。つまり、08年以降、あるいは上海万博が開催される10年以降は軟着陸か、硬着陸、つまりソフトランディングか、ハードランディングかという選択を迫られます。今、具体的な過熱抑制措置を取らないと、08年以降あるいは10年以降はハードランディニング、つまりバブル崩壊の恐れがあります。そういう可能性は十分ありうると思います。実際に今、不動産や鉄鋼分野での過熱状態が続いています。私の表現で言えば、中国経済はいま、人間に例えるならば38度くらいの発熱状態となっています。いま解熱剤を投入しないと、将来的には40度くらいの高熱状態になり、倒れる恐れがあります。ですから、中国政府は、今、マクロ・コントロール政策と金融引き締め政策を導入しています。つまり、解熱剤を投入し始めたわけです。
私の個人的な見方ですが、今年の実質的な経済成長率は10.5%、来年も再来年も9%を下回るシナリオは考えにくいのです。多分、9%以上です。ただし、09年は一度少し下がって、10年は再び上昇しますが、10年以降は経済成長率が低下する傾向に入るのではないかと、私は見ています。特に2つのビックイベント、北京オリンピックと上海万博という国家イベントがありますから、中国政府は国の威信をかけて成功させるため、国民も一致団結して努力します。しかし、さまざまな社会的な矛盾や問題もたくさんあります。今のところ、中国政府はなんとか抑えることができていますが、10年以降、下手をするとこれまで蓄積してきた問題、矛盾が一気に爆発する恐れがあります。ですから、10年は我々にとって要注意の年であり、気をつけなければならないわけです。
■3.中国「爆食経済」の行方
*素材・エネルギー「爆食」の実態
次の問題は、中国「爆食経済」の行方です。中国の高度成長はよいことなのですが、今、質の問題がクローズアップされています。つまり、素材とエネルギーの利用効率がとても悪いのです。私の表現では、今の中国経済は「爆食経済」、つまり「爆食」型成長なのです。具体的に申し上げますと、04年、中国の経済規模は世界全体のわずか4%に過ぎないにも拘らず、中国1国だけで消費した素材とエネルギーは、世界全体に占めるシェアでは石油が8.1%、鋼材は27%、石炭は31%、セメントはなんと40%を超えています。つまり、素材とエネルギーの爆食は明らかなわけです。
*極端に低いエネルギー効率
爆食しているのは効率がものすごく悪いからです。世界メジャーであるBPの資料によりますと、1万ドルのGDPを創出するために使われるエネルギー消費量は、中国がドイツの6倍、米国の3.5倍、日本の6.5倍です。逆に言いますと、中国のエネルギー効率は日本の僅か6分の1弱と、極端にエネルギー効率が悪いのです。そこで問題が起きるわけです。つまり、中国のエネルギー資源が今のような爆食型成長を支えることができるかどうかということです。結論から言えば、中国のエネルギー資源は今のような爆食型成長を支えることはできません。何故できないかと言えば、中国のエネルギー資源が非常に乏しいからです。
具体的なデータを申し上げますと、一人当たりのエネルギー資源の占有量は、石油は世界平均水準の僅か11%、天然ガスは僅か4.5%しかありません。今の爆食型成長が続くならば、中国の石油資源はあと14年で終わってしまいます。天然ガス資源はあと32年で終わってしまいます。石炭はまだ豊富ですが、それでも90年で終わってしまいます。要するに、中国のいまの資源は爆食型成長を支えることができないことが既に明らかになっています。
中国の資源が爆食型成長を支えることができないとすれば、世界のどの国が支えることができるのかと言えば答えは、どの国も支えることはできません。何故かというと、中国の一人当たりのエネルギー消費量がまだ低い水準に留まっているからです。およそ日本の4分の1、米国の8分の1に留まっています。もし、中国の一人当たりのエネルギー消費量を米国並に高めたとするならば、現在の8倍になります。つまり、世界全体のエネルギー資源を動員しても、中国1国のエネルギー需要を賄うことができないという状態です。ですから、今、中国の爆食型成長を支える国はどこにもないのです。
*「爆食型成長」の限界
そのため、中国政府は、今、危機感を強めており、成長方式の転換を唱え始めています。今年3月にスタートした第11次5カ年計画の中心的な内容は成長方式の転換であり、爆食型成長から省エネルギー成長、節約型成長に転換することが明確に示されました。
そこで、そうした中国政府の方針が本当に実現できるかということが問題になります。省エネルギー成長、節約型成長の具体的な数値目標は、1万ドルのGDPを創出するために使われるエネルギー消費量を、10年では05年より20%カット、今年は4%カットというものです。ところが、今年上半期の実績から見ると、減少するどころか去年より0.8%増加しました。ですから、今年は目標達成が絶望的な状態になっています。
これについて中国はものすごく危機感を強めているわけです。これから、どうするのか。このままではうまくいきませんから、これからはエネルギー、素材を爆食型成長から節約型成長にどういうふうに転換するか、中国政府にとって喫緊の課題になっているわけです。
*成長方式の転換で日本企業のビジネス・チャンスは?
中国政府が唱える爆食型成長から省エネルギー成長への成長方式の転換によって、日本企業にどのような影響があるのか、結論から言えば、これらから日本企業の出番が増えるわけです。何故か。爆食型から省エネ型への成長方式の転換によって、日本の得意な分野――省エネ、新エネルギー、環境ビジネスの3つの分野について日本企業には技術、ノウハウの蓄積がありますから、日本企業の出番が増えます。例えばCO2排出権ビジネス、これは中国でも徐々に広がっていますが、いくつかの日本企業が中国で既に実績が出来ています。これからそういう分野でビジネス・チャンスが拡大する見通しです。
さらに、省エネルギーです。今、原油高で1バレル80ドルに近づいていますが、日本経済への影響は微々たるものです。その理由には2つの要素あります。1つは円高です。もう1つは石油危機以来、日本企業は努力を重ねて、省エネルギー技術が普及しています。ですから、日本の経験は中国にとって十分参考になるわけです。
こういう分野で日本企業は十分に貢献できるわけですから、日本企業の出番が増える場面がこれから出てくるわけです。
■4.注目すべき中国社会構造の変化、産業分野及びリスク
*注目すべき中国社会構造の変化
ビジネスの世界の人間にとっては、これから中国の注目すべき社会構造の変化は何かというと、2つあります。
○急速な都市化――毎年2000万人増の都市部人口――
1つは、急ピッチな都市化です。私が調べたところでは、中国の人口構造には今大きな変化が起きています。農村部の人口は毎年減っており、都市部の人口は毎年増えています。どのくらいの人口の変化があるかというと、95年まで都市部人口は毎年1,000万人増でしたが、96年以降は毎年2,000万人ずつ増え続けています。これは、どういうことかというと、60年代、70年代の日本のように農村部から都市部への人口の大移動が起きています。単純に計算すれば5年毎に1億人の新たな巨大市場が生まれることになります。何故かというと、中国の都市部の所得と農村部の所得の格差は、名目では3.5倍ですが、実質的には6倍です。ですから、中国の消費市場の主力は、明らかに都市部人口にあります。
5年毎に1億人の巨大市場が新たに生まれてくるということは、日本企業にとっても新たなビジネス・チャンスと言えます。今、何故中国で不動産がブームになっているかというと、その背景には急ピッチな都市化があります。毎年2,000万人ずつ都市部人口が増えているわけですから、人口増加分の新しい住宅を提供しなければならないのです。ですから、いま不動産がブームとなっているわけです。また、その2,000万人分の住宅を造るためには鉄鋼やセメント、ほかの建築材料が必要です。何故、中国の鉄鋼分野、セメント分野が過熱状態となっているかと言えば、その背景にはニーズがあるわけです。
恐らく、今後10年までは、中国の都市部人口は毎年2,000万人ずつ増えると私は見ています。5年で1億人の都市部人口が増える見通しです。ですから、我々日本企業が中国マーケットに目を向ける時は、急激な都市化の動きに注目すべきだということです。ノーベル賞を受賞した米国の有名な学者、スティグリッツ・コロンビア大教授が「21世紀の世界経済の最も注目すべき動きは、2つある。1つは米国のハイテクの発展。もう1つは中国の都市化の進展」だとしています。急速な都市化は、中国の注目すべき社会構造の変化の1つです。
○富裕層の急増
もう1つは富裕層の大量出現です。中国では「富裕層」という概念は、10万ドルの個人資産を持つ人と言われていますが、10万ドルを日本円に換算すると1,100万円程度です。日本では決してリッチマンとは言えませんが、中国の物価水準は安いですから、日本人の感覚で言えば1億円相当の価値を持っていると言えます。今、1億円相当の資産を持っている人達は5,000万人です。これは04年の推計ですが、毎年10%前後のスピードで増加していまです。
富裕層の増加は、日本企業にとっては意味が大きいのです。何故、今中国でマイカー・ブームになっているかと言えば、その背景には富裕層の大量存在があるわけです。
まだ一部の日本企業は古い発想を持っています。つまり、中国の一人当たりの所得水準はまだ低い、だから、安い商品を売ればいいというものです。しかし、これはもう時代遅れです。何故、時代遅れなのか。中国の国民、消費者が日本企業に求めているのは安い品物ではありません。安い品物なら中国マーケットに溢れています。日本企業は低付加価値分野では中国企業に対抗できません、勝てません。むしろ、高付加価値分野で中国企業と勝負すべきだというのが私のアドバイスです。これから日本企業が中国でどういうビジネス戦略を描くかは、1つの大きな課題となっているわけです。
*注目すべき産業分野
以上は注目すべき社会構造の変化ですが、注目すべき産業分野は何かというと、4つの産業分野が挙げられます。
○自動車
1つは、自動車産業です。自動車の保有台数はいま約3500万台ですが、人口比率で言えば普及率はまだ3%弱です。中国は今後ますます豊かになるわけですから、自動車の普及率が拡大することは十分あり得ると言え、10年の中国の新車販売台数は1,000万台を突破する見通しです。自動車産業は裾野がものすごく広いですから、我々としてはこの分野を注目しなければなりません。
○住宅
2つ目は、住宅産業です。皆さんご存じのとおり、ただ住宅だけではありません。住宅産業の裾野もものすごく広いですから、これも注目すべき産業分野です。
○IT
3つ目は、携帯電話を中心とするIT産業です。いまは4億台ですが、中国の人口は13億人ですから、まだまだ拡大する余地があります。
○レジャー
4つ目は、レジャー産業です。昨年の中国の国民所得は1740ドルですが、私の試算では10年には3,000ドル弱になります。倍増にはなりませんが、6、7割拡大する見通しです。国民が豊かになれば、レジャー産業も十分に拡大する可能性が出てきます。
1つの例を申し上げますと、昨年の中国人の出国人数は3100万人です。日本は1,770万人ですから、中国は日本より1300万人多いのです。つまり、中国は日本を上回って、アジア最大の観光客輸出国になったわけです。
ですから、我々は中国のレジャー産業をビジネスの視野に入れなければならないわけです。
*注目すべきビジネス・リスク
○反日感情
次に、注目すべきビジネス・リスクについてですが、1つは反日感情です。特に小泉さんの靖国神社参拝をきっかけに、今、中国の日本に対する国民感情が悪化していることは事実です。これは、欧米企業にはないリスクを日本企業は背負っているということです。下手をすると中国人の反日感情が爆発するという恐れがありますから、気をつけなければなりません。
○貧富格差の拡大
2つ目は、貧富格差の拡大です。今、中国各地では散発的な暴動が起きています。今はまだ規模は小さいですが、下手をすれば大規模な暴動が起きる可能性があるわけです。
○鉄鋼・自動車の生産過剰
3つ目は、鉄鋼分野、自動車分野の生産過剰です。これも我々が注目しなければならないビジネス・リスクです。例えば、昨年の粗鋼生産は3億6,900万トンですが、今年は4億トンを突破する見通しです。昨年時点で日本の約3倍、僅か1年で6500万トンの増加です。日本の最大の鉄鋼メーカーは新日鉄さんですが、年産規模は3000万トン強です。つまり、1年間で2つの新日鉄さんが増設された計算です。
今年は間違いなく4億トンを突破します。10年には、今計画中・建設中の案件が全部完成するとすれば、中国の粗鋼生産量は6億トンになります。10年の実需はだいたい4億トン前後ですから、2億トンが生産過剰になります。生産過剰になれば輸出に回されることになります。輸出に回されると外国との貿易摩擦が多発することになります。
自動車も10年の生産能力、キャパシティはだいたい1,800万台です。ところが、先ほど申し上げたとおり、中国の実需は1,000万台です。800万台の生産過剰になる可能性が高く、また、中国が自動車の輸出大国になる可能性も出てくるわけです。
生産過剰、つまりバックファイアが起きるわけです。これまで中国と外国との貿易摩擦は、繊維製品でした。つまり、糸偏摩擦が中心でしたが、これからは糸偏から金偏、つまり鉄鋼製品の摩擦が中心になる可能性が出てきます。これも我々が留意しなければならないビジネス・リスクです。
○政治民主化のリスク
4つ目は、政治民主化のリスクです。一般論ですが、国民が豊かになればなるほど、経済の自由化だけでなく、政治の民主化も求めるのです。世界的な経験則から見れば、1人当りGDP2,000ドルが1つの目安です。一人当たりGDP2,000ドルを突破しないと、民主化は発生しても、定着できません。しかし、2,000ドルを突破すれば民主化運動が起き、しかも定着していくという経験則があります。例えば、スペイン、韓国、台湾地域です。この3つの国また地域は、いずれも一人当たりGDP2,000ドル突破した段階で、政治民主化が起き、定着したわけです。中国の一人当たりGDPは、昨年1,740ドルですが、10年には間違いなく2,000ドルを大きく突破することになります。ですから、10年は要注意の年です。政治民主化運動の大きな転換点になることもあり得ます。もし、89年の天安門事件のような政治民主化運動が発生すれば、大きな政治混乱に陥ることになります。経済も混乱に陥り、経済成長が挫折することになります。これが政治民主化のリスクです。
仮に、政治民主化運動が起きた場合、何がきっかけになるか。1つは貧富格差の拡大に対する国民の不平不満の爆発、もう1つは腐敗現象の蔓延に対する国民の不平不満の爆発です。共産党幹部の腐敗現象に対する国民の不平・不満がきっかけになる可能性があります。日本では政治家、役人が掌中の権力を金銭とチェンジすることを「金権政治」と言いますが、中国では「腐敗」と言います。「腐敗」の「腐」という文字は、非常におもしろい文字です。上に「政府」の「府」、下に「肉」がついていますね。つまり、昔の中国では肉は高級食品です。役人への賄賂手段としてよく使われてきたのです。ですから、「お役所が肉とくっついたら必ず腐る」、これが「腐敗」の「腐」という文字の従来の意味らしいのです。
ところが、今中国では腐敗現象が蔓延しています。国際透明度組織の発表によりますと、04年、世界主要輸出国19カ国の中で、中国はいちばん賄賂が横行している国だそうです。
今、中国で拡がっている腐敗現象の特徴には2つあります。1つは、腐敗幹部の収賄金額が巨額だということです。日本円に換算すれば、億単位のスキャンダルが後を絶ちません。最近、摘発された北京市の副市長、去年摘発された副大臣クラスの幹部達は、いずれも億単位のスキャンダルです。これが1つの特徴です。
もう1つの特徴は、腐敗幹部の背後には必ず女性がいるということです。つまり、愛人スキャンダルです。中国のマスコミ記事によりますと、中国の腐敗幹部の95%は愛人を持っています。ある市の局長さんは一人で同時に15人の愛人を持っていたのです。毎日忙しいですが、15人の愛人の間でどうバランスを保つかが重大問題となって、最終的にはアンバランスになって、ばれてしまったわけです。愛人問題がばれて、汚職問題もばれて、それで逮捕されたのです。
要するに、中国では腐敗現象の特徴の1つはお金、1つは女性問題だということです。今、中国の知識人の間では、1つのジョークが流行っています。どういうジョークかというと、私がさきほど申し上げた「腐敗」の「腐」の書き方は時代遅れだ、肉はもう高級食品ではない、誰でも簡単に手に入る食品だから、今、肉を持って役人に贈賄すれば、間違いなく門前払いです。ですから、今、私が申し上げた2つの腐敗現象の特徴を示すためには、「腐敗」の「腐」は、上は「政府」の「府」、下は左が「金」で右が「女」だと言うのです。
これはあくまでもジョークですが、中国に腐敗現象が蔓延していることは事実です。腐敗減少の蔓延は、我々日本企業にとって対岸の火事ではありません。他人事ではないのです。何故かというと、中国はまだ人脈社会ですから、人脈を持たないと大きなビジネスはできないと言っても言い過ぎではありません。ですから、中国でビジネスを展開する時は、必ず人脈づくりに注力すべきだと言えます。但し、その一方で腐敗現象が蔓延しているわけですから、下手をするとスキャンダルに巻き込まれる恐れがあります。ですから、私のアドバイスとしては、中国でビジネスを展開するときは、人脈づくりに注力する一方、スキャンダルに巻き込まれないよう細心の注意を払う必要があるということです。
■5.人民元は再び切り上げられるか?
*米中間の「金融恐怖バランス」
5つ目の問題は、人民元の話です。人民元はこれからどうなるか。米国はかなり圧力をかけていますが、米中関係は非常におもしろい関係です。前のクリントン政権のサマーズ財務長官は、「金融恐怖バランス」という表現で、米中関係を表現しています。これはどういうことかというと、中国と米国の間で、もし貿易戦争、金融戦争が起きれば、米国も中国も経済破綻になりかねません。ですから、例え貿易面の摩擦が高まっても、緊張感が高まっても、戦争状態にはならないというのがサマーズさんの理論です。
つまり、中国は毎日、市場介入で米国ドルを買い取っています。これは実際、米国経済を支えています。また、中国は大量の米国債を買って、米国経済を支えています。もし、これをやめれば、米国の金利が急騰して、米国経済は混乱に陥る可能性が高いわけです。だから、貿易摩擦があっても、米国は中国に制裁を発動することがなかなかできないのです。一方、中国も米国ドルの買い取り、米国債の購入が止められないのです。止めると米国国民の購買力が下がり、米国経済、世界経済にも重大な影響を及ぼしかねず、中国経済自体も危うくなりかねないからである。米中はこういうステークホルダーの関係にありますため、「金融恐怖バランス」ということです。
金融恐怖バランスのイメージとしては(「資料3・図12」参照)、米国からは毎年、巨額の対中貿易赤字、昨年は2,000億ドルが貿易赤字として中国に入り込んでいます。また、直接投資は数十億ドル規模で中国に毎年入っています。逆に、中国からは米国企業の利益還流として資金が米国に入っています。これは米国の商工会の発表ですが、昨年の利益還流は30億ドル以上にのぼります。また、米国債購入の形で大量の資金が中国から米国に還流しています。この規模は毎年、数百億ドルですが、こうした資金の流れのしくみ、所謂「金融恐怖バランス」ができているわけです。
但し、このバランスがいつまでも保たれているとは考えにくいのです。いつ、崩れるかわかりませんが、日本企業はこの「金融恐怖バランス」が崩れるリスクに備える必要があると、私は見ています。
*緩やかな元高が続き、2010年まで20%の切り上げは可能
結論から言えば、昨年のような1回きりの2%の人民元切り上げは当面はないと思います。但し、緩やかな元高はこれからも続くと思います。年間ベースでは、恐らく3%前後になります。10年までは昨年の2%を含めて20%前後の切り上げも十分あり得ます。
米国は今圧力をかけていますが、我々が米中関係を見るときは、2つのキーワードを頭に入れておかなければなりません。1つは「対立」、もう1つは「連携」です。米中関係の特徴は一見、対決するように見えますが、水面下では緊密に連携しています。ここで1つの実例を申し上げますと、例えば昨年、米国政府は中国に対し、人民元切り上げへのものすごい圧力はかけていますが、7月21日の中国の人民元切り上げの電撃発表の直前、2週間前に米国政府は急速に論調を変えました。ブッシュ大統領は、英国で開かれたG7の首脳会議において、人民元の切り上げさえ言及しませんでした。スノー財務長官も、それまでは、中国を為替操作国と認定することを辞さない姿勢を貫いてきたのですが、発表直前の1週間前、彼は米国のTVに生出演して、人民元切り上げは中国の主権にかかわる問題で、これを決めるのは中国で米国政府ではないという、中国政府を援護する発言をしたのです。何故かというと、その時点で米中間の暗黙の合意ができたのです。この裏付けは発表の1時間前、中国政府から米国ブッシュ政権に連絡が入ったのです。僅か1時間前ですが、外国政府に対して連絡があったのは、ブッシュ政権だけです。日本には何も連絡はなかったのです。
ですから、米中関係は非常に複雑な関係ですが、「対立」と「連携」という2つのキーワードを我々は頭に入れておかなければなりません。
*完全変動相場制への移行は北京五輪以降
要するに、人民元は当面、緩やかな元高が続くということです。変動相場制への移行は、おそらく08年、北京オリンピック開催以降です。何故かというと、3つの条件を中国はまだクリアしていないからです。1つは資本市場の完全な開放、2つ目は人民元の兌換性の実現、3つ目は不良債権処理です。今のところ、この3つの条件を完全にクリアしていませんから、完全な変動相場制への移行は極めて危険です。ですから、中国は恐らく漸進的な人民元改革をやりながら、緩やかな元高方向を容認する政策を取るのではないかと、私は見ています。
■6.どうなる日中経済関係?
*中国にとって小泉さんは既に過去の人物・関係改善の可能性はあるが、過剰期待は禁物
日中関係は今最悪の関係ですが、中国にとって小泉さんは既に過去の人物です。むしろ中国の目線はポスト小泉にシフトしています。ですから、日中間の接触は、今、水面下では行われていますが、改善の可能性は十分あるわけです。但し、過剰な期待は禁物です。改善する可能性は高いのですが、抜本的な改善はすぐにはできません。例え靖国神社参拝問題が解決しても、まだ多くの問題が残りますから、抜本的な改善を期待してはいけないわけです。関係が改善する可能性は高いけれども、時間がかかるだろうという見通しです。
*「交」が欠けている日本外交
私は先日、天城会議(日本IBMをスポンサーとする日本の有識者会議)にe-アクセスの千本会長と一緒に出席しましたが、その会議で日本の外交の中枢にいた人物、外務審議官の田中均氏の発言に私は同感しました。氏によれば、外交のコアは「交」にありますが、今の日本外交はコアの部分が欠けているのです。これから日本は、中国、韓国、アジア諸国と「交」を重ねていかなければなりません。
■終わりに 日はまた昇るか?――少子高齢化時代の日本の進路を考える――
*3つの問題提起
最後になりますが、日本企業はどういう視点、どういう問題意識、どんな戦略が必要かを簡単に説明します。
私は先日の天城会議で3つの問題、3つの視点を提起しました。
@G7先進7カ国のうち、日本ほど食料、石油、石炭、鉄鉱石など戦略的物資の自給率が低い国はない。安定的な供給をどう確保するか?
3つの問題提起の1つ目は、いまG7先進7カ国の中で日本ほど戦略的な物資、食料、石油、石炭、鉄鉱石などの自給率の低い国はありません。例えば日本の鉄鉱石は100%輸入です。石油も100%、石炭も100%、食料は60%以上です。ですから、いかにこうした戦略的な物資を確保するか、安定的な供給を確保するかが大きな課題です。
AG7先進7カ国のうち、日本ほど近隣諸国と仲が悪い国はない。孤立したままで本当に良いのか?
2つ目は、G7先進7カ国の中で日本ほど近隣諸国と関係が悪い国はなく、孤立したままで本当にいいのかということです。
BG7先進7カ国のうち、日本ほど少子高齢化が急ピッチで進展する国はない。国内市場の縮小と労働力不足にどう対応するか?
3つ目はG7先進7カ国の中で日本ほど急ピッチで少子高齢化が進んでいる国はないということです。今、15歳以下の子どもの人口比率は、日本は13%台です。他の国は14%、あるいは15%台です。そうした人口の減少による国内市場の縮小、労働力不足、これに日本企業はどう対応するのか、国としてどう対応するのかが大きな課題です。
*3つの視点
@「国内だけでは飯が食えない」という視点
この3つの問題提起をした上で、私は3つの視点が必要だと強調しました。まず、「国内だけでは飯が食えない」という視点が必要です。日本の産業分野を見ると、一部の新興産業を除いて、ほとんどの産業分野がピークを超えています。国内市場は大きく縮小しています。例えば自動車です。自動車産業の国内市場のピークは90年です。ピーク時に比べて現在は25%縮小しているのです。国内生産は20%縮小しています。ところが、今自動車産業は絶好調です。つまり、海外市場の開拓です。今、海外生産は90年に比べると3倍拡大しています。ですから、日本国内だけで飯が食えないとすれば、どうすれば生き残れるのかというと、海外市場の開拓しかないわけです。これが1つ目の視点です。
Aアジアの視点
2つ目の視点は、アジアの視点です。今、日本がどのくらいアジアに依存しているかというと、貿易では、米国のシェアは僅か17.8%ですが、アジアのシェアは46.6%です。輸出シェアでは、米国は僅か22%ですが、アジアは48%です。これは物流構造です。
資本構造については、対外直接投資では米国は27%ですが、アジアは35.7%です。対内直接投資では米国は僅か2.8%です。これは昨年のデータですが、何故、それほど小さいかというと、統計手法が変わったからです。直接投資から撤退した投資分を差し引いた結果、米国は2.8%ですが、アジアはなんと59%です。これは所謂資本の流れです。
それから、人の流れから見れば、昨年日本に来た外国客数は米国が僅か12%、アジアはなんと69%です。観光客の受け入れは米国からは僅か11%、アジアからは72%です。つまり、日本の物流構造、金流構造、人流構造はいま、明らかに米国中心からアジア中心にシフトしているわけです。ですから、アジア抜きにしては日本は生きられないという状態がはっきりしていますし、アジアの視点はものすごく重要です。
BBRICsと大中華圏ダイナミズムの視点
最後の視点は、BRICsと大中華圏の視点です。今後、BRICsというエマージング市場は日本にとって最も有望な市場であることは間違いない。ただし、現実的にはChinaのCを除くBRIsは、日本にとってはまだバーチャル・マーケットです。リアル・マーケットではありません。昨年の日本からBRICs4カ国向けの輸出合計は14兆円弱です。そのうち13兆円弱は中国1国向けの輸出で、他の3カ国、ブラジル、ロシア、インド合計で中国の12分の1しかありません。現実的に巨大市場と言えるのは、まだ中国のみということです。ですから、日本は、中国との関係を改善して、日本企業は引き続き中国市場の開拓に力を入れるべきだということを強調したいのです。
*1つの戦略――「揚長避短」
最後に、どういう戦略が必要かというと、企業によってそれぞれ違い、一律には言えませんが、共通するものがあります。共通する戦略とは、私の表現では「揚長避短」の戦略が必要です。どういう意味かというと、自分の長所、強みを生かして、短所、弱みを回避するということです。日本企業の長所は何かというと優れた技術力、ブランド力です。短所、弱みは何かというとコスト高、国内市場の縮小です。ですから、自分の長所を生かして短所を回避するには、技術力、ブランド力を生かして付加価値の高い、新しい分野、新しい素材、新しい技術、新しい製品の創出に注力すべきだと思います。また、コスト高、国内市場の縮小という弱点を回避するためには、アジア企業、中国企業との分業体制の構築も極めて大切です。
本日は「揚長避短」というキーワードをもって、私の講演を終わらせていただきたいと思います。長時間ご清聴どうもありがとうございました。
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質疑応答
司会 沈先生どうもありがとうございました。多方面にわたるご指摘で、なかなかおもしろい話も織り交ぜてお話をいただきました。ご質問をお受けしたいと思いますが、ご質問のある方は挙手をお願いします。
Q:1つ大きな関心があるのは1党独裁による市場経済、自由主義経済がどこまで続くのか、大変答えにくい質問だと思いますが、沈先生の差し支えない範囲でお答えいただきたいと思います。
A:1党独裁が永続することは考えにくいです。恐らく将来的に中国は民主化の方向に向かうのではないかと、私は見ています。但し、どういうタイミングで民主化に向かうのか、どういう形で民主化に向かうのか、これはなかなか予測できません。
但し、これまでアジアの中では、民主化のパターンは、大別すると3つあります。1つは台湾・シンガポールパターンです。どういうことかというと、上からの民主化です。政府主導型の民主化です。2つ目はタイ・韓国パターンです。つまり、政府と民衆妥協型の民主化です。下から民主化運動が起きて、政府はある程度妥協し、相互歩み寄って民主化が実現したわけです。3つ目はフィリピンの人民パワーパターンです。フィリピンの2月革命、マルコス独裁政権を覆した人民革命のパターンです。
この3つのパターンの中で、中国はどのパターンで行くのかというと、私の個人的な見方では、人民パワーパターンは可能性としては一番低いと思います。何故かというと、フィリピンの現状を見れば、民主化はある程度実現しましたが、まだ定着はしていません。政局はまだ安定していません。ASEANの中では経済成長も一番不安定な状態となっています。これはコストがものすごく大きかったのです。
中国は、そういう政治的な混乱、経済の挫折は望んでいないので、そのパターンはできるだけ避けたいという思惑が非常に強いわけです。中国として一番望ましいパターンは、台湾・シンガポールパターンです。つまり、上からの民主化を混乱なく実現したいわけです。2番目は、タイ・韓国パターンです。つまり、政府と民衆妥協型のパターンです。
中国は今社会主義市場経済を標榜していますが、何故、社会主義市場経済か?実は中国は共産党1党独裁ですから、一直線で市場経済を導入すれば、その反発がものすごく強いのです。ですから、所謂小泉さんの述べたような「抵抗勢力」をできるだけ最小限に抑えて、スムーズに改革をやるためには、割に曖昧な表現で、ある意味では柔軟性のある表現を採っているわけです。例えば「1国2制度」も非常に柔軟性のある制度ですし、「社会主義市場経済」も同様です。社会主義市場経済というのは日本人から見れば、水と油のようで相容れませんが、結果としては中国では今のところうまくいっています。将来的には「市場経済」だけで、「社会主義市場経済」という表現もなくなると思います。実際、いまも市場経済だけですが。
ですから、将来的には経済は市場経済に向かい、政治は民主化に向かうという方向性は間違いありません。但し、どういうタイミングで政治民主化に向かうかはなかなか予測しにくいのですが、私がさきほど申し上げたとおり、10年以降は要注意だということです。
Q:だいぶ前から誰が中国を食わせるかということ大問題になっています。食糧問題です。工賃の問題とか自然条件とか一切変わっていません。いまのところ輸入だけで済んでしまって、この問題はいま消えているのでしょうか。
A:今、慢性的な食糧不足が起きています。94年、米国の民間シンクタンク、地球政策研究所の所長、レスター・ブラウンさんは「誰が中国を養うか」というタイトルの大論文を発表して、一時的にマスコミは大騒ぎとなりました。彼の論文の趣旨は、中国は工業化の進展によって耕地は減少していく、人口は増加していく、国民生活水準の向上によって、食肉摂取のため飼料としての穀物の需要も増える、そういう3つの要素によって中国は、30年には2〜3億トンの食糧不足になる。2〜3億トンの食糧をどの国も提供できないため、食糧危機になるというわけです。食糧危機は今のところ起きていませんが、レスター・ブラウンさんが提起した3つの要素は今も変わりがありません。耕地減少は急ピッチで進んでいます。私が調べたところでは、例えば03年1年間で消えた中国の耕地は2万平方キロ以上であり、関東地域1都5県に相当する面積です。僅か1年間で関東地域1都5県が消えてしまったのです。
何故、耕地が急速に減少しているかというと、2つの原因があります。1つは開発区の乱立です。03年の開発区の数は、中央政府が認可した開発区、省レベルが認可した開発区、各県各市が認可した開発区の合計で約6000あります。そのため、中国は開発区の取り締まり強化に乗り出し、04年以降は耕地の減少が鈍化しました。昨年も鈍化しました。但し、耕地の減少傾向はまだ続いています。ですから、先ほど申し上げた中国の急速な都市化は続くと思いますので、耕地の減少に歯止めをかけようとしてもなかなか止まりませんし、その傾向は続くと思います。
もう1つの要素は、中国の水不足、砂漠化です。これは、かなり深刻な問題となっています。しかも、人口増加は変わりがなく、急ピッチな都市化も変わりがありません。それからもう1つ、中国は今エネルギーが足りません。そのためバイオエネルギー、ガソリン混入用のバイオエタノールの開発に力を入れています。その原料はトウモロコシです。これも食糧不足の要因となります。
私の試算ですが、もし、抜本的な農業改革をやらないと、30年には中国の人口はピークを迎え、15億人になります。すでに3年前から中国は、食料輸出大国から食料輸入国に転落しました。恐らく、このままでは、30年には3-4億人の食糧不足が起きる可能性が高いのです。日本は、今、世界最大の食料輸入大国ですが、中国がもし3-4億人の食糧不足になれば、このインパクトは日本にとってものすごく大きいです。つまり、穀物争奪戦になりかねないのです。そういう時代に備えて日本はきちんとした対策を取らなければならなりません。これから中国がどのような抜本的な農業改革、どのような政策を取るかが注目すべきところです。
Q:今の中国の発展を見ていると誠にすばらしい姿でありまして、これを知的財産権のほうから見ますと、日本の戦後の一時期と非常に似ています。高度成長、そして先進国に追いつけという時代はどうしても知的財産権は多少軽視して、物まねをして成長優先でいくということです。しかし、やがて経済が成熟してまいりますと、自前の科学技術も発達してきて、むしろ知的財産権を大事にしないと自国の利益を損なわれるというような段階になってきます。これは経済の成熟とだいたい軌を一にしていると思います。その辺に到達するのはだいたいどのくらいというふうに、大胆な予測で結構ですが、お考えでいらっしゃいましょうか。
A:知的財産権について、まず1つのエピソードを紹介させて戴きます。96年、中国の海賊版CDに対して米国政府が怒って、激しいやりとりがありました。米国は中国に対し、30億ドルにのぼる制裁リストを発表しました。つまり、通常の関税以外に100%の特別関税を徴収するということです。これに対し中国も逆制裁リストを発表しました。最終的には、ぎりぎりの段階で相互妥協して問題に決着をつけたわけですが、その1回目の交渉ではものすごく激しいやりとりがあったのです。
1回目の交渉は北京で行われましたが、関係者の話によりますと、この交渉は世界の交渉史上に残る名交渉だったということで、「強盗vs泥棒交渉」と名付けられました。交渉は、米国側がバーシェフスキー通商代表、「鉄の女」と言われた方です。中国側の代表は当時の呉儀貿易大臣(副首相)で、彼女も「鉄の女」と言われています。その交渉の席上、冒頭挨拶に立ったバーシェフスキーさんは、冗談気味に「本日我々は泥棒と交渉する」と言ったのです。つまり、中国側は海賊版CDですから泥棒行為ですね。これに対し、呉儀大臣が怒って立ち上がって、「本日我々は強盗と交渉する」と応酬したわけです。これについてバーシェフスキーさんはあまりピンと来なかったのですが、呉儀さんは続けて「中国の古代の4大発明である火薬、紙、印刷術、羅針盤は、いずれも欧州の発明より数百年早かった。米国はじめ西側諸国は我々の4大発明を使い続けてきた。ところが、ライセンス料を1銭も払ってはくれなかった。これは強盗行為じゃないか」というわけです。そういう激しいやりとりがあって、結局1回目の交渉は決裂したのです。
その後、交渉は何回も決裂して、最終的にはお互い制裁リストの発表にまで発展しました。つまり、貿易戦争は一触即発状態となったのですが、制裁発動の期限ぎりぎりになって相互妥協して決着をつけました。つまり、貿易戦争回避になったわけです。
それで、中国政府は海賊版CDメーカー8社を閉鎖したわけです。但し、その時、中国には知的財産権保護の意識はあまりありませんでした。正直に言いますと、知的財産権に対し、その時は誰も余り気づかなかったのです。
しかし、その後もコピーメーカーはどんどん出てきて、一層拡大しましたが、中国は01年末、WTOに加盟しましたから、これは約束事項でして、履行しなければならないわけです。その時以来、中国政府は積極的に知的財産権保護に動き出しましたが、国民レベルにまでまだ浸透していません。そこで米国は知的財産権問題でWTOに提訴することを辞さないという強硬措置を取り、中国政府も自ら知財保護に動き出しました。
いったい、誰が中国政府を決定的に説得したかというと、マイクロソフトのビル・ゲイツさんです。彼がどのように中国政府を説得したかというと、胡錦濤さんに対して知的財産権の侵害、コピーメーカー、コピー製品の最大の被害国は中国自体ですと言ったのです。何故、中国にブランドが少ないかというと、そういう開発に力を入れていません。何故、力を入れていないかというと、簡単にコピーして金儲けできるからです。今は利益が出ても、5年10年経ったとき、中国はえらいことになる。中国のためにも知的財産権を保護しなければならないと説得したのです。これはビル・ゲイツさんから胡錦濤さんに宛てた親書で強調されたのです。
それで、胡錦濤さんが今年4月に米国を訪問した時、わざわざマイクロソフト本社を訪れたのです。しかもビル・ゲイツ会長主宰の自宅でのパーティに出席ました。中国政府は、これから一層力を入れるという知的財産権保護の姿勢をアピールしたわけです。しかも最近、具体的な行動がありました。1つは北京のコピー製品専門街「秀水街」を閉鎖しました。これは呉儀副首相の命令で閉鎖したのです。上海にもコピー製品の専門街「襄陽路」がありますが、ここも上海市政府の命令で今年閉鎖されました。
ですから、これから中国は政府として、また地方政府として一層力を入れるということです。但し、国民レベルまで知財保護の意識が浸透するには時間がかかります。5年、10年という時間を見ておいたほうがいいのではないかと、個人的には思います。
司会:どうもありがとうございました。まだまだご質問したい方がおられますが、時間切れで申し訳ございません。今日は本当に事務局の予想を超える大勢のご出席をいただきまして、沈先生から大変興味深いお話をうかがわせていただきました。大変ありがとうございました。また、ご紹介いただいた渡辺さんにもお礼を申し上げます。