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【中国経済レポ-ト】
【中国経済レポ-ト】
中国経済と日中関係はどこに向かうか

-拙著『検証 中国爆食経済』出版記念講演録-
沈 才彬
  • 中国の台頭をどう見るか
  • 日中関係の行方
  • 中国経済はどこに向かうか
  • 人民元はどこに行くか
  • 三つの視点が必要
  • 質疑応答
  • *****************************************************************************************************  2006年2月20日、三井物産戦略研究所中国経済センター/時事通信出版局は拙著『検証 中国爆食経済』の出版を記念して新春講演会を共催しました。中国大使館の呂公使、国広・元中国大使、大手企業経営幹部など約200人が出席されました。筆者は「中国経済と日中関係はどこに向かうか」を題とする出版記念講演を行いました。次は録音に基づき整理した講演録です。

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     本日の講演のテーマは「中国経済と日中関係はどこに向かうか」です。先日、社会経済生産性本部主催の東京トップマネジメントセミナーに出席し、3人の財界人と私を含めた2人の学者の合計5人のパネリストで「日米中関係と対アジア戦略」というテーマについて2時間にわたり議論しました。その際、私は3つの問題を提起しました。1つは中国が今急速に台頭しているが、世界経済史から見てどういう位置づけになっているか。2つ目は、今、日中関係が1972年国交回復以来最悪の状態を迎えているが、これから日中関係はどうなるか。そして3つ目に日本企業がアジアまたは中国でビジネスを展開する際どんな視点と戦略が必要なのか。本日この3つの問題意識を踏まえて「中国はどこに行くか」「日中関係はどこに行くか」「中国経済はどこに行くか」「人民元はどこに行くか」について話を進めたいと思います。この4つの問題はいずれも大きな問題で、明確な答えを出すことは非常に難しいですが、問題提起として、皆さんと問題意識を共有したいと思います。

    中国の台頭をどう見るか

     中国は今急速に台頭しています。その台頭のスピード及び経済成長の規模は我々の想像を遥かに超えています。まさに中国の衝撃です。昨年の具体的な実績を挙げると、中国の経済成長率は9.9%、つまり3年連続10%前後の高度成長が続いています。経済規模は米ドル換算で2兆2,400億ドルでこれはアメリカ、日本、ドイツに次ぐ世界第4位の規模です。中国の1兆ドル規模から2兆ドル台への躍進はわずか6年で実現しました。これは世界的に見てもあまり前例がありません。そして中国の貿易量ですが、昨年の輸出入合計は1兆4,000億ドルで輸出、輸入いずれも世界第3位です。香港の貿易量を加算すると実質上第2位になります。中国の外貨準備高は昨年末時点で既に8,100億ドルを超えています。これは日本に次いで世界第2位です。香港の持つ外貨準備高を加算すると世界1位です。このような膨大な外貨準備高の多くは実際、アメリカの国債を運用しています。膨大な中国の外貨準備高と膨大なアメリカ国債は中国にとって大きな力になり、投機資金に対抗できる実力を持っています。アメリカとの交渉の際には大きなカードにもなります。

     ここで2つの実例を紹介させていただきます。まず1997年アジア通貨危機前の「香港ドル防衛戦」。97年香港返還直前、アメリカのソロス氏が率いるヘッジファンドが香港ドルを攻撃しました。香港の親中派華人財閥はこの情報をキャッチし、当時の中国の筆頭副首相、朱鎔基さんに報告しました。北京当局は、香港ドルがヘッジファンドの攻撃によって暴落すれば香港返還に大きなマイナス影響を及ぼしかねないと判断し、朱鎔基副首相は自らアメリカのルービン財務長官に「中国政府は香港ドルを防衛するために米国債を売らざるを得ない」というメッセージを送ったといいます。それを受けアメリカ政府はどのようにソロスさんに働きかけたかを知りませんが、結果的には、その後ソロスさんは香港ドルに対する攻撃をやめました。朱鎔基さんのメッセージをアメリカ政府は真剣に受け止めた結果とも言えます。

     もう1つの実例は「香港株式防衛戦」ですが、97年7月2日、アジア通貨危機が発生しアメリカのヘッジファンドの攻撃によって、タイ、マレーシア、インドネシア、韓国の通貨が相次いで暴落しました。その後、アメリカの投機資金の次の標的は香港の株式市場で、大量売却による香港株式市場の暴落をねらう攻撃を始めました。株式の暴落をもって香港ドルの暴落を狙うことは投機筋の目的です。そこで香港特別行政区政府は自分の持つ外貨準備高で株式を買い取るという禁じ手を打ちました。政府としてマーケットに直接介入することは禁じ手ですが、特別な時期だということで香港政府はそのような手を打ちました。しかもその際中国政府も数百億ドルの外貨準備高を動員し、香港特別行政区政府を支援しました。最終的にアメリカの投機資金が惨敗を喫し、やむを得ず、香港株式市場から撤退しました。

     要するに、中国が今膨大な外貨準備高と膨大なアメリカ国債を持っていることはアメリカと交渉する際に大きなカードになります。それでは中国の台頭は世界経済史から見て一体どういう位置づけなのでしょうか。私は世界の経済成長の「第5の波」だと表現します。近代史において、世界の経済成長に重大な影響を及ぼした歴史的な出来事はこれまでに4回ありました。1回目は18世紀半ばごろのイギリスの産業革命、2回目は19世紀後半のアメリカの台頭、3回目は、20世紀1950年代、60年代の日本と西ヨーロッパ諸国の高度成長、そして4回目は、20世紀90年代のアメリカのIT革命です。21世紀に入ってからBRICsと呼ばれるエマージング諸国の台頭、特に中国の躍進は先ほど申し上げたこの4回の波に次ぐ第5の波だという位置づけです。特に人口13億人を持つ大国中国の台頭のインパクトはものすごく大きいです。

     2004年、2000年に比べ川上分野の製品の消費は、世界全体の消費増加分のうち中国の貢献度が鉄鉱石で100%、銅は109%、鋼材の見かけ消費は67%、石油は33%です。中国のインパクトがいかに大きいかは一目瞭然です。中国は今世界経済の牽引役で、それと同時に国際市場の価格の破壊要素、攪乱要素ともなっています。実際、今原油高の原因の1つは中国要素です。例えば、2004年の中国の自動車の新車販売台数は2000年に比べ298万台も増加しています。世界全体の増加分は292万台なので中国の貢献度は102%です。これはやはり中国のインパクトがものすごく大きいということです。したがって、われわれは中国インパクトを見る時、そのプラス面とマイナス面の影響を両方複眼的に見ておかなければならないのです。

     今、中国の経済大国化の流れ、巨大市場化の流れ、世界の工場化の流れ、という3つの流れは世界の潮流となっています。これを阻止すれば洪水氾濫を招き、日米を含む世界経済に大きな被害をもたらすことになりかねない。従って中国の台頭を阻止するよりはむしろ中国を国際ルール遵守に誘導していくことが日米を含む世界各国の利益にかなうことです。実際、今アメリカの対中政策のキーワードは「ステークホルダー」、日本語に訳せば「利害関係者」です。つまり中国に責任ある利害関係者になってもらうことなのです。  これから中国はどこに行くかという問いに対しては2つの問題があります。1つはやはり日本とアメリカは中国とどう向き合うか、中国を脅威ととらえるかどうかです。もう1つは中国側の問題ですが、中国の将来ビジョン、価値観の明示と透明性の向上です。

    日中関係の行方

     今、日中関係は1972年国交正常化以来最悪の局面を迎えています。象徴的な事例として昨年4月に中国各地で起きた大規模な反日デモがあります。日中関係悪化の深層、底流には何があるのでしょうか。現在、東アジアと極東地域に2つの潮流が併存しています。1つは相互接近の潮流、もう1つは相互乖離の潮流です。相互接近の流れとしては、中国と韓国の連携強化、中国とロシアの接近、中国とインドの和解があげられます。中国とASEAN諸国の友好ムードの演出も相互接近の具体的な表れです。反対に相互乖離の潮流の象徴的な出来事としては、日中対立、日韓乖離、日本と北朝鮮の敵対関係、日本とロシアの関係停滞などです。

     現在中国と周辺諸国との関係は良好で、敵対関係にある国はありません。ところが日本からユーラシア大陸を見るとロシア、北朝鮮、韓国、中国と関係がよくない国ばかりで大きな壁ができています。これは日本にとって非常に不利です。  中国と周辺諸国の相互接近の流れの背景には2つの要素があると思います。その1つは中国側の路線転換です。中国は毛沢東時代の革命最優先路線で、当時の中国と周辺諸国はかなり緊張的な関係にありました。1950年には朝鮮戦争が勃発し、中国と韓国、米国が戦いました。1960年には中国とインドの国境戦争が起きました。そして1969年中国と旧ソ連の間で国境戦争が起きました。1979年、中国とベトナムでまた国境戦争が起きました。当時周辺諸国から見た中国は非常に不安定な要素でしたが、80年代に入り、中国と周辺諸国との間で戦争は1回も起きませんでした。それどころか中国は昔の敵対関係にある国々、例えばロシア、韓国、ベトナムやインドとの関係を相継いで改善し、和解を実現しました。その背景には中国は革命最優先路線から鄧小平時代以降の経済成長最優先路線に転換したことがありました。経済成長最優先とすれば平和的な国際環境の構築が不可欠であり、そのため中国は積極的に周辺諸国との関係を改善しました。

     2つ目の要素は中国市場の魅力と威力です。例えば中国とロシア、韓国、インド、ASEAN諸国との貿易、これらの国・地域から中国向けの輸出は2000年~04年の5年間で2倍から5倍拡大しました。逆に中国に比較した場合、これらの国・地域にとって、日本市場の魅力はあまりありません。過去5年間、日本とこれらの国、また地域との貿易はいずれも微増にとどまっています。昨年4月、中国の温家宝首相はインドを訪れシン首相とトップ会談を行い合意文書を発表し、両国の戦略的なパートナーシップ構築に合意しました。それだけではなく、両国の国境問題も政治決着の形で解決するという点でも合意しました。その背景には中印間の「経熱」があったことが明らかです。実は温家宝首相のインド訪問の直前に日本の政府高官もインドを訪問したのですがインドの貿易大臣から「日本は口だけだ」「経済交流での実際行動では中国のほうが日本よりはるかに熱心だ」と厳しく指摘されたようです。昨年5月、小泉首相が再びインドを訪れ経済交流拡大に合意した文書を発表しましたが、これからいかに口だけでなく実際の行動で対印貿易、また対印投資を拡大するかがキーポイントになります。行動で示さなければ日本はインドに見捨てられる恐れがあります。

     次に、相互乖離の流れですが、典型的な事例は日中対立で、昨年4月に中国各地で大規模な反日デモが起きました。なぜ今、日中が激しく対立し中国各地で大規模な反日デモが起きたかをエコノミストの立場から見ると、その深層、底流にはやはり歴史的な要素があったと判断します。中国は戦争の被害国であり、国民の記憶から戦争の被害を消すことは容易なことではなく、非常に難しいのです。しかし歴史要素だけではなく現実的な要素もあります。一番大きな現実的要素は、日中間2つの政経乖離です。まず日本側の政経乖離である「変化した経済と貿易構造、そして変わらぬ政治構造のねじれ現象」です。

     昔、日本は政治も経済構造も全てアメリカ中心でした。ところが21世紀に入り日本の貿易、経済構造が大きく変わりました。昨年の日本の貿易構造の中で、アメリカのシェアはわずか17.8%です。中国のシェアは20%を超えています。インドやASEAN、韓国、その他のアジアの国々の貿易シェアを入れるとアジア全体では46.7%です。つまり今、日本の貿易構造は昔の「アメリカ中心」から「アジア中心」、特に中国中心に変わってきました。  ところが経済や貿易構造が変わったにもかかわらず政治構造は旧態依然のアメリカ中心のままです。小泉政権が発足してからの5年間はますますアメリカ一辺倒になってしまいました。アジア諸国から見た日本の外交はアメリカ一辺倒のアジア軽視で、日本に対する信頼感がありません。このため今アジアにおいて日本は「隣人あっても友人なし」という状況です。非常に寂しくて悲しい局面に陥っています。政治と経済が大きくずれており、人間に例えるなら頭と身体がねじれています。この政経乖離を是正しないと日本経済は将来的には持ちません。あと10年、20年続けば日本経済は持たないという恐れがあります。  一方、中国側でも政経乖離が起きています。それは進む経済改革と進まぬ政治改革のずれです。中国の経済改革は想像以上に進んでいます。ところが政治改革は天安門事件以降、あまり進んでいないのが実情です。中国では今社会主義市場経済のもとで経済活動の自由は認められていますが政治活動の自由、例えば新聞報道の自由、集会の自由、そして言論の自由はまだ厳しく規制されています。また、経済成長が進む一方、貧困層と富裕層の貧富格差、都市部と農村部の経済格差、そして内陸部と沿海部の地域格差が拡大しています。経済成長からあまり恩恵を受けていない農村部、内陸部、貧困層の人たちの間に不満が溜まっています。そして不満がたまっているのにもかかわらず、はけ口があまりないことが問題です。昨年4月の大規模な反日デモは中国国民の不満のはけ口として起きたと考えられます。もちろん中国国民の不満の矛先の9割以上は小泉政権の親米反中政策に向けられていたものですが、不満の一部は中国政府にも向けられていたのです。この二つの不満、つまり外への不満と内なる不満が合流した結果が反日デモだったのです。

     日中対立を見るときには歴史的な要素と、現実的な要素の両方を見なければいけません。そして中国も政経乖離を是正しないと将来的には経済成長の挫折は避けられないと思います。実は1978年改革開放政策を導入してから今まで、中国は経済成長の挫折を1982年、86年と89年に合計3回も経験しました。これはいずれも政治と民主化の壁にぶつかった結果で、経済問題で経済成長が挫折したケースは1度もありませんでした。この意味ではやはり政治民主化の問題は中国の経済成長の前に横たわる最大の壁といっても過言ではありません。これからいかに政経乖離を是正するかが中国政府にとっても大きな課題です。日本も中国もこれからの最大の課題は政経乖離の是正です。日中対立の深層底流にある歴史的な要素と現実的な要素の両方を複眼的に見ておかなければいけません。

     それではこれからの日中関係はどうなるのでしょうか。日本の政治家の一部は中国は脅威だと喧伝していますがこれは極めて危うい論調です。歴史の教訓を忘れてはいけません。1937年3月、林内閣の佐藤尚武外務大臣が就任演説の中で「今日、日本は危機だ危機だと言う人が多いのですが、一体我々の周囲のどこに危機があるのですか。危機は想像から引き起こされるもので、我々は危機の有無をよく把握しなければなりません。特に危機がないのに自分で危機を勝手につくる言行には注意しなければなりません」と話しました。残念ながらこの演説の3カ月後、林内閣が総辞職に追い込まれ、佐藤外相も辞任しました。彼の発言はそのときの日本の軍部に対する批判でもあったのです。それから3ヵ月後に盧溝橋事件、つまり日中戦争が勃発しました。

     このような歴史から学べることは、脅威がないのにあたかも脅威があるようにイメージし脅威論をあおると大変危険だということです。今の中国、胡錦涛政権の「三和主義政策」には日本を攻撃する意図はありません。この政策は、国際的に平和的な台頭を目指し、国内では調和のとれた社会の構築を目指し、台湾問題においても平和的な解決を目指すというものです。中国に日本を攻撃する意図がないのにもかかわらず中国は脅威だという論調は歴史の教訓が示すように非常に危険です。  小泉内閣のもとでの日中関係の改善は非常に難しいと思います。中国政府も小泉政権に対し幻想を持たずに、「民をもって官を促す」という方針を明確に示したのです。つまり民間交流に重点を置き、民間交流をもって政府間交流を促すという方針です。当面、日中関係は「つかず離れず」関係は続くという見通しです。

     経済関係での相互依存、相互補完の関係は簡単に変えることはできないと思います。今、日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、2番目の輸出市場です。一方、中国にとっても日本は3番目の投資国、3番目の貿易相手国です。日中経済はお互いに深くビルトインされているため、相互依存、相互補完の関係はこれからも続きます。ただし、相互依存の度合い、力関係はこれから微妙に変わっていくと思います。

     過去10年間、日本の対中貿易依存度は約3倍拡大し、GDPの対中依存度(対中輸出がGDPに占める割合)は約4倍拡大しました。日本経済はますます中国に依存しているということです。ところが中国経済の日本への依存度は低下しています。輸出の依存度は過去10年間約3割縮小し、GDPの対日依存度は大体横ばいです。方向性としてはこれから中国経済の対日依存度はますます低下していくと思います。

    中国経済はどこに向かうか

     中国は2002年から新たな拡張期に入っています。この新たな拡張期の特徴の1つに経済規模の拡大が加速状態に入っているということが挙げられます。過去4年間、中国の経済規模は5割も拡大し、昨年時点では既に2兆2,400億ドルになり世界第4位でした。2010年まで中国の経済成長率を8%、人民元の切り上げ幅を15%で計算すれば、中国の経済規模は2010年時点では3.5兆円になり、ドイツを抜き世界第3位になる可能性が高い。2016年に中国の経済規模は5兆ドルで日本を抜いて世界第2位の経済大国になる可能性も十分あり得ます。アメリカの投資会社、ゴールドマン・サックスのレポートは、2050年中国の経済規模は44兆ドルで、アメリカの35兆ドルを大幅に上回り、世界最大規模の経済大国になると予測しています。

     2つ目の特徴は大量生産、大量消費です。昨年中国の粗鋼の生産量は3億5000万トンで、日本の約3倍です。鋼材の生産量は3億9000万トン、自動車の生産台数は570万台ですが、いずれも大量生産しています。大量生産自体は問題ではありませんが問題は一部の生産分野で製品が過剰になっていること。生産過剰になれば輸出に回すことになり、貿易摩擦が多発します。中国をめぐる貿易摩擦はこれまで大体「糸へん」の摩擦、つまり繊維製品の摩擦ですが、これからは「金へん」、つまり鉄鋼製品の摩擦が主流になる可能性が大きいです。  そして大量消費ですが、例えば中国の携帯電話の保有台数は4億台近くになっており、鉄鋼の消費量、ビールの消費量、工作機械の消費量のいずれも世界1位です。これから世界1位を占める中国の消費分野はますます増えてきます。大量生産、大量消費は中国は「世界の工場」だという実態を浮き彫りにしている一方、巨大市場でもあるという一面も浮き彫りにしています。日本企業としてはやはり「工場」と「市場」という2つの視点から中国を見る必要があります。

     3つ目の特徴はバブル懸念の強まりです。中国は今3つのバブル懸念を抱えています。1つは投資のバブル懸念、2つ目は銀行貸し出しのバブル懸念、3つ目はマネーサプライのバブル懸念です。この3つのバブル懸念により中国経済は今、明らかに加熱状態となっています。過熱経済の行方がどうなるかが日本企業の大きな関心事です。中国のバブルがはじけるとその反動は必ず日本にやってくるからです。

     そこで、中国の加熱経済の行方について私から3つの言葉を申し上げたい。まず1つ目は「今の中国経済をもし人間の体温に例えるならば38度ぐらいの発熱状態だ」ということです。解熱剤を投入しなければ40度ぐらいの高熱状態となって倒れる、つまりバブルがはじける恐れがあります。2つ目は一昨年後半から中国政府はマクロコントロール政策と金融引き締め政策を導入しました。つまり解熱剤を投入し始め、効果は緩やかですが徐々に出ています。中国政府の加熱抑制政策により経済成長には減速があるが失速はない、と見たほうが中国経済の実態に近いと思います。3つ目は、中国の経済成長は多少波があっても2008年オリンピック開催まで年平均8%の高度成長は続くという見通しには変わりがないということです。

     中国経済の新たな拡張期の4つ目の特徴が「素材とエネルギーの爆食」です。具体的なデータでは、2004年中国のGDP規模はわずか世界全体の4%にすぎないのにもかかわらず中国1国だけが消費した素材とエネルギー、例えば石油は世界全体の8.1%、石炭は31%、鋼材は27%、セメントは40%で爆食が明らかです。そして効率がものすごく悪いです。世界石油メジャーBPの資料によると、中国の1万ドルGDPを創出するために使われたエネルギー消費量はアメリカの約3.5倍、ドイツの6倍、日本の6.5倍です。中国のエネルギー効率は日本のわずか6分の1弱です。効率が悪い上に爆食している、ということで問題が起きます。つまり、爆食型成長は長く続くことができません。なぜならば、中国のエネルギー資源は非常に乏しいからです。1人当たりの石油資源占有量は世界平均水準の11%、天然ガスの1人当たり占有量は世界平均水準のわずか4.5%です。もし今のまま爆食型成長が続けば中国の石油資源はあと14年で終わり、天然ガス資源はあと32年で終わります。中国の資源ではやはり爆食型成長を支えることができません。それどころか世界のどの国も中国の爆食型成長を支えることができません。なぜならば、中国の1人当たりエネルギー消費量はまだアメリカの約8分の1、日本の4分の1と低い水準にとどまり、仮に中国の1人当たりエネルギー消費量をアメリカ並みの水準に高めたら、中国のエネルギー消費量は今の8倍になります。世界全体のエネルギー資源を動員しても、中国1国だけのエネルギー需要を賄うことができません。今の中国の爆食型成長は既に限界に来ており、経済成長方式の転換は避けられません。

     そこで中国政府は昨年から爆食型成長から「省エネルギー型・節約型成長」への成長方式の転換を唱え始めました。今年3月に「全人代」が開催されますが、今年の目玉は第11次5カ年計画の採択です。第11次5カ年計画の中心的な内容はまさに成長方式の転換です。これから中国は本格的に成長方式の転換に取り組むことになります。中国が成長方式の転換をすれば、経済成長の減速は避けられず、これまでの約10%の成長率はもう期待できません。今年は9%前後になる見通しですが徐々に減速していくということは必然です。ただし急速な経済減速の可能性も極めて低いです。私は中国経済を「自転車経済」と表現しますが、走行中の自転車のスピードが速すぎれば危険です。しかしスピードが遅すぎると倒れてしまうので、一定のスピードを保つことは必要です。一定のスピードといえば7~9%のGDP成長率は適正水準です。言い換えれば、これから2010年までの中国のGDP成長率の適正水準は7%から9%の間で推移していく、という見通しになります。

     中国経済成長方式の転換による日本経済への影響ですが、ダメージを受ける分野が出てくるでしょう。これまで中国の経済拡張から大きな恩恵を受けてきた鉄鋼業、工作機械、建設機械、化学品分野、海運業、造船業はある程度、ダメージを受け、対中輸出がこれから鈍化します。ただしダメージを受ける分野だけではなく出番が増える分野も出てきます。中国は爆食型成長から省エネ・節約型成長に転換するため、これからは技術やノウハウの蓄積がある日本企業の省エネ、新エネ、環境ビジネス分野での出番が増えます。

    人民元はどこに行くか

     昨年7月21日、中国は2%人民元を切り上げました。政府としてはこれから慎重に人民元改革に取り組む方針なのですが、2%の切り上げ水準は決して市場が満足できる水準ではありません。アメリカにとっても満足できる水準ではありません。そのため今年、アメリカは中国にさらに元を切り上げるよう圧力をかける見通しです。ただし中国がアメリカの圧力に屈する可能性は極めて低いです。中国はあくまでも自主的な判断で人民元改革をやっていくという考えで、日本の1985年プラザ合意後の急激な円高のようなシナリオは考えにくいです。人民元をめぐってアメリカと中国の攻防はこれからさらに激しくなる可能性が極めて高いです。アメリカが使うカードの1つはやはり関税カード、つまり一律に中国製品に対して27%の特別関税を徴収するということです。もう1つのカードは中国を為替操縦国に認定することです。いずれも制裁カードです。

     ところが中国もカードを持っています。中国が持つカードは米国債と市場カードです。中国は膨大なアメリカ国債を持っているので、これを大量に売却するとアメリカの金利市場が混乱に陥ります。これはアメリカにとって望ましくない事態なので中国にとっては大きなカードです。もう1つは市場カードです。1995年中国の海賊版CDつまり知的有権をめぐる米中交渉が挙げられます。最終的にアメリカと中国はお互いに妥協して決着をつけましたが、中国が持つ市場カードの影響が大きかったのです。ボーイング、モトローラなどの米大手企業はアメリカ政府の中国に対する制裁に反対し、そのためぎりぎりの段階で米中が相互妥協し、制裁を回避したのです。中国もアメリカもお互いにカードを持っているため交渉決裂にはなりにくいのです。米中関係を見る際には「対立」と「連携」の両方を見なければいけません。一見対立しているように見えますが、水面下では緊密に連携している、これは米中関係の特徴とも言えます。

     1つの例として、中国は昨年7月21日人民元を切り上げましたが、これまでアメリカの政府は中国に対し強い圧力をかけていました。ところが切り上げの直前1週間前から、ブッシュ政権の高官からは中国政府を弁護する発言が目立ちましたが、この背景には米中間の合意が既にあったということです。しかも中国政府は元切り上げ発表の1時間前、ブッシュ政権に元切り上げの連絡をしました。外国政府に対し連絡をとったのはアメリカだけでした。

     これから人民元はどうなるか。当面、昨年のような1度きりの人民元切り上げの可能性は極めて低いです。可能性が高いのは変動幅の拡大です。中国政府の発表によると毎日の変動幅は0.3%以内ですが、調べたところ昨年7月21日から先週末(06年2月17日)までの時点で1日の変動幅が0.1%を超える営業日は1日もありませんでした。現在中国政府は定めた変動幅を十分に活用していないので、これからは人民元の切り上げ幅を拡大し、対応していくのではないかと思います。

     一方、完全な変動相場制への移行は2008年オリンピック開催以降のことになると見ています。なぜならば、完全な変動相場制移行には3つの条件が必要ですが、それをまだクリアしていないからです。その条件の1つは資本市場の開放、2つ目は人民元の兌換性の実現、3つ目は不良債権の処理で、この3つの問題をクリアできるのが多分2008年オリンピック前後になるという見通しで、完全な変動相場制移行は2008年オリンピック開催以降になるのではないかと私は見ています。

     これから徐々に元高方向になっていくのは間違いないです。2010年まで、昨年の2%の切り上げを含め20%前後の切り上げはあり得ます。元高に向かうと日本経済にどんな影響があるのでしょうか。プラス面の影響として、中国の市場はますます拡大し日本企業にとっては輸出のチャンスが増えます。反対にマイナス面の影響は、既に中国に進出している多くの輸出志向型日系企業の輸出コストの上昇につながるおそれがあります。そのため一部の日本企業は今、生産拠点を中国からほかの地域、例えばインドやベトナムにシフトするという動きが出ています。これはリスク分散になりますが、問題なのはリスク分散にもリスクがあるということです。生産拠点を中国からインドやベトナムにシフトする場合、コストと時間がかかり、しかも移転先にリスクがないわけではありません。日本企業はリスク分散と分散リスクの両方を見きわめた上で判断するべきです。これからの人民元の動向を我々は十分に注意しなければならないと思います。

    三つの視点が必要

     最後に、日本企業が中国でビジネス展開するときに必要な視点と戦略ですが、3つの視点が必要だと思います。1つ目は「国内だけではもう飯が食えない」という視点です。日本の人口は既に減少傾向に入り、人口が減少すれば国内市場が縮小する恐れがあります。現在、産業分野の多くは国内需要が飽和状態になっており、国内だけでは生き残れないことが明らかになっています。海外市場の開拓が非常に重要になっています。そこで2つ目の「BRICsの視点」が必要になってきます。アメリカ市場もヨーロッパ市場も、実際は日本と同じような状態です。これから一番有望な市場はBRICs(ブラジル、インド、ロシア、中国)と呼ばれるエマージング市場です。ただし日本企業にとってBRICs4ヶ国のうち、今現実的に巨大市場といえるマーケットはまだ中国だけです。昨年の日本からBRICs4カ国に向けた輸出の合計は14兆円弱ですがそのうち13兆円弱は中国1国向けの輸出です。ほかの3カ国合計では1兆円強にすぎません。ですから引き続き中国市場の開拓に力を入れなければならないという、3つ目の「中国ダイナミズムの視点」が必要なのです。

     中国ダイナミズムの1つの実例として、昨年の中国から外国への出国者人数は3,100万人です。日本の出国者人数はわずか1,740万人で、中国の方が日本より1,300万人も多いです。いかに中国の観光客を日本に誘致し、経済活性化につなげるかが日本の課題です。

     最後に、日本企業のとるべき戦略を中国の4文字の熟語「揚長避短」で表します。自分の長所や強みを活かして自分の短所、弱みを回避するという意味ですが、日本企業は長所であるすぐれた技術力を活かし付加価値が高い分野、製品、技術、素材の創出に注力する一方、弱みであるコスト高構造を是正するための中国企業との分業体制の構築が極めて重要だと思います。今後日本企業は「情熱」と「冷静」という2つのキーワードで中国市場に取り組むべきだと強調させていただきます。中国の巨大市場に対し情熱を持って積極的に取り組む一方、中国のビジネスリスク、例えば不良債権問題や反日感情、それから腐敗の蔓延というようなビジネスリスクに対し冷静な頭脳、冷静な判断を持つことも極めて大切であると考えます。

    質疑応答

    ◆質問① 中国がアメリカのTBをうまく戦略的に活用するというお話はよくわかりましたが、反面中国がもしアメリカのTBを売り、揺さぶりをかければ、それはドルの暴落につながり、結果として中国の持つ外貨準備の大半が暴落し、自らの首を絞めることになるので必ずしもカードにならないのではというリスクもありますが、それについて御説明ください。

    ◆沈 米中はお互いにカードを持っていることは事実です。しかし、簡単にそのカードを切ることはお互いにプラスどころかマイナスになるため考えにくいです。アメリカも簡単に制裁カードを切ることが出来ない一方中国側もカードを簡単に切ることができないので、初めはお互いに牽制しあいますが、最終的にはぎりぎりの段階で相互妥協する、というのがこれまでの米中交渉のパターンです。海賊版CDの問題でも、その後の人民元切り上げの問題でも、最近の繊維製品のセーフガード発動問題でも交渉決裂のケースはまだ1回もありません。基本的にはお互いを牽制しながら、ぎりぎりの段階で相互妥協し解決する、これは米中交渉の基本的な方向性になるのではないかと、私は見ています。

    ◆質問② 「日本企業のとるべき道」についてですが、現在我々はソフトのパートナーを持ちソフトを現地で作って日本に輸入する、という仕事はやっていますが、現地市場開拓のほうはなかなか成功しておりません。R&D、研究開発分野での日本企業の進むべきあり方、また今後の方向性についてぜひアドバイスをお願いいたします。

    ◆沈 研究開発分野の対中進出におきまして、日本企業は欧米企業に遅れをとっています。研究開発は日本で行い製品販売は中国で行うことはこれまでの日本企業の基本的な戦略でした。ところが欧米企業の研究開発拠点の中国シフトにより、この基本的戦略が壁にぶつかっています。日本で研究開発した製品は必ずしも中国現地のニーズに合うとは限りません。実際、日本で開発し、現地で販売された多くの製品は現地のニーズに合わず、日本に持ち帰り改善されています。それらを再び中国に持っていったらもう間に合わなかったというケースがたくさんあります。3年前、私はアメリカ企業の中国現地法人、マイクロソフト中国研究院と中国モトローラを訪問しました。この2社は実際中国にR&D、研究開発拠点を持ち、現地の市場ニーズに合わせてかなり先端的な開発を行っています。日本企業は欧米企業に比べ遅れをとっているのは事実ですが、しかし最近では日本企業も研究開発拠点を中国にシフトするという動きが広がっています。例えば松下電器、ソニー、ホンダ、トヨタ、日産などの大手企業が相継いで中国に研究開発拠点を移しています。

     やはり現地の市場ニーズをキャッチすることは極めて重要です。キャッチするために研究開発拠点を中国にシフトすることも不可欠ですが、シフトするときは知的財産権をしっかり守るという点も極めて大切です。

                                                 〔了〕

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