【中国経済レポ−ト】
2006〜10年の中国をこう読む(下)
沈 才彬
前回は筆者の予測として、向こう5年間(2006〜10年)中国の政治・経済はどう変わるかについて述べてきたが、次は中国のダイナミックな変化に対し日本企業はどう対応すべきかに焦点を当てる。筆者の現地調査の結果を踏まえ、広州進出の日本自動車メーカービッグ・スリーを実例に少子高齢化時代を迎える日本企業の進路を議論する。
豊田佐吉氏の示唆−「障子をあけて見よ、世界は広いぞ」−
今年2月下旬、筆者は静岡県湖西市の三上市長の招きで同市主催の企業トップセミナ−にて講演した。この湖西市はトヨタ自動車の創業者・豊田佐吉氏の生家であり、「豊田佐吉記念館」も開設されている。「障子を開けてみよ。世界は広いぞ」という佐吉氏の名言は、記念館のパンフレットの表紙も飾っている。100年前の佐吉氏のこの言葉はまさに今の「世界のトヨタ」の原点であり、グローバル時代の日本企業の進路も示唆されたものと思われる。
日本の人口は05年から減少傾向に入り、少子高齢化がいっそう加速している。グローバルの中の日本の進路を考える場合、次の3つの視点は極めて重要と思われる。
まずは「もはや国内だけでは飯が食えない」という視点である。現在、一部の新興分野を除き、日本の産業分野のほとんどは国内需要がほぼ飽和状態となり、市場規模の縮小傾向が鮮明になっている。今後、総人口の減少によって、国内需要のさらなる縮小が避けられず、日本企業は生き残るために海外市場の開拓が不可欠である。
自動車産業の例を見よう。05年の国内販売台数は585万台で、ピーク期の90年の777万台に比べれば、25%も縮小した。これと同時に、国内生産台数も90年の1349万台から1080万台へと約2割減少した。ところが、国内生産と販売の減少にも関わらず、トヨタ、ホンダ、日産など主要メーカーは相次いで最高益を更新し、自動車産業全体も好景気が続いている。それはいったいなぜか。答えは海外市場開拓の結果だ。海外生産の台数は90年の326万台から04年の980万台へと3倍も拡大したからである。言い換えれば、海外市場の拡大で国内需要の縮小を補った結果、自動車産業の好景気が支えられている。
2つ目はBRICsの視点である。現在、アメリカもEUもほとんどの分野では日本と同じように国内需要は飽和状態となっている。日本にとって、実際に頼るのはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれるエマ−ジング市場である。昨年日本貿易の46.6%、輸出の48.4%を中国、韓国、ASEANなどアジアのエマ−ジング諸国が占めたことはその裏づけである。日本企業はBRICsに代表されるエマ−ジング市場の開拓に力を入れなければならない。
3つ目は中国ダイナミズムの視点である。BRICs4カ国のうち、日本にとって巨大市場といえるマ−ケットは現段階ではまだ中国だけである。2005年、日本のBRICs4カ国向け輸出はト−タルで14兆円弱。そのうち中国(香港を含む)向け輸出は13兆弱で、ブラジル、インド、ロシア3カ国合計(1兆円強)の12倍となり、中国市場の存在感がいかに大きいかがわかる。
前号に述べたように、中国の経済成長の持続に伴う国民の豊かさの実現、急速な都市化、富裕層の増加、元切り上げなど要素によって、国民の購買力は益々高まり、巨大市場のさらなる拡大が期待される。日本企業が長期的な視野に立ち、引き続き中国市場の開拓に注力すべきである。日本自動車メーカービッグ・スリーの中国進出、特に広州ホンダの成功はほかの日本企業の参考にもなる。
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予想される中国自動車市場の2つの逆転
1997年にホンダが広州に進出。2003年に東風日産が広州に生産拠点を設立。04年にトヨタが広州に進出。1つの都市に日本自動車メーカービッグ・スリーが集中することは世界的に見ても極めて珍しいことだ。
それではなぜ日本のビッグ・スリーが広州に集中しているか。3月上旬、筆者は広州市を訪問した際、その理由を広州市社会科学院に聞いた。同院の説明によれば、主な理由は次の3つある。1つは富裕層の大量出現。広東省は中国の最も豊かな地域の1つであり、マイカーを買えるリッチ層の3分の1はこの地域に集中している。2つ目は産業集積。広州は香港に近い利便性があり、インフラも整備している。完成車メ−カ−の進出は部品メ−カ−の進出を呼び、産業集積の基盤が整っている。3つ目は産業文化のオ−プン性、多様性。広州は日本企業に対する偏見が少なく、進出しやすい環境が出来ている。
日本勢の相次ぐ広州進出または生産拠点設立によって、広州市の自動車産業は著しい成長を遂げている。01年に広州の乗用車生産台数はわずか5万台(全国シェア7.3%)に過ぎず、上海の28万台(シェア41%)に遥かに及ばなかった。しかし、05年広州は39万台(シェア13.2%)に拡大し、第一位の上海(61万台、シェア20%)との格差を大きく縮め、全国第二位に躍進した。広州市社会科学院の予測によれば、08年に広州VS上海の逆転が起こり、広州は中国最大の乗用車生産基地となる。
言うまでもなくこの逆転劇の影の主役は日本勢である。広州および日本勢の動向が注目される中、欧米勢が集中している上海は非常に神経を尖らせている。上海GMはまだ業績が良いが、本体は未曾有の経営危機に直面しており、上海VW自体は業績不振に陥っている。欧米勢が勢いを失し、日本勢が気を吐いている中、先日、筆者が上海で調査した際、2年前に訪問したことがある上海GMからは今回の面談を断られた。警戒されている為と思われる。
日本ビッグ・スリーの進出によって、中国の自動車産業地図が塗り替えられた。01年中国の乗用車市場規模は69.8万台で、日本勢(16.9万台)は欧米勢(47.3万台)に大差をつけられた。ところが、05年日本勢は83.2万台(トヨタ、ホンダ、ダイハツ、日産、スズキ5社合計)の実績で欧米勢(102.9万台)に迫る(図表16)。2008年に中国における日本勢VS欧米勢の逆転が期待される。
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中国に戦略的な布石を着々と打つトヨタ
次は広州進出の日本ビッグ・スリーの現地調査をレポートする。
トヨタは04年に広州進出を果たし、現地企業の広州汽車との合弁会社を設立した。現在、広州トヨタは225万平米の敷地面積を確保し、昨年からはエンジン生産を開始し、今年6月からは高級感がある新車カムリ(camry,中国名は凱美瑞)の生産を開始する予定。これは米国向け仕様でも日本向け仕様でもなく、中国向け仕様である。しかも部品の国産化率は中国規定の50%を遥かに超える。
葛原徹・広州トヨタ社長、江積哲也・同販売部長の説明によれば、トヨタはいま中国市場の開拓を同社の最重要課題と位置づけている。今年カムリの生産・販売目標は5万5000台で、来年は倍増の11万台、さらに2010年に20万台を目指している。06年2月末まで広州トヨタはカムリの販売拠点(106店舗)の選定作業を終え、現在、店長からスタッフまで総数2500人の研修も実施中。
目標達成について、葛原社長は「売れるところで車を作るのはトヨタの哲学だ。当社独自の調査によれば、中国では年収20万元(約300万円相当)前後の富裕層は既に7000万人を超える。カムリの販売対象はまさにこうしたリッチたちだ。当社は中国の自動車分野の活性化に貢献できると確信している。目標達成はできるのではないかと思う」と自信を見せている。
東北地域に長春一汽トヨタ、渤海湾地域にトヨタ傘下の天津シャレ−ド、内陸地域には成都トヨタ(バス生産)、華南地域には広州トヨタ。戦略的布石を着々と打っている中、「慎重過ぎる」、「出遅れた」などと言われてきたトヨタは、中国市場で気を吐く日が見えてきた。
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中国で高く評価されるホンダ
日本大手自動車メーカーのうち中国進出の先駆けの役割を果たしたのはホンダである。ホンダの現地法人広州ホンダは中国で高い評価を得ている。05年4月、中国各地で大規模な反日デモが発生していた最中にもかかわらず、広州ホンダは、北京大学と「経済観察報」の共同作業で発表する「最も尊敬される企業ランキング2005」上位20社に入選した唯一の日系企業となった。また、今年1月、中国の大手新聞社の「南方日報」と中国人民大学と共同で、中国での投資額、納税額、雇用者数、環境保全およびブランド力を元に「2005年貢献度の高い外資企業ランキング」を発表し、ホンダは第10位にランクされ、日系企業の最上位であった。胡錦涛国家主席、温家宝首相及び江沢民前国家主席、朱鎔基前首相ら中国の指導者たちは相次いで広州ホンダを視察し、「日中協力のモデル」と高く評価した。
それではなぜホンダが中国側に高く評価されたか。広州ホンダの高橋慶孝・総務部副部長は次のように説明してくれた。「消費者のニーズ、市場の声に素直に答え、最新鋭車種を中国に導入し現地生産・販売することは、ホンダとして当たり前のことだが、中国人消費者にとっては自分のプライドを満足させた結果となった。これは主な理由の1つではないか」と。
また、同じ質問で広州市社会科学院に聞いたところ、次のように答えてくれた。「1998年、広州ホンダは北米で発売していた最新車種アコードの生産を決めた当時、中国市場において上海GMのビュイック車以外にライバルがなく、ほかのメーカーの車種はアコードに比べ10年ぐらい遅れていた。これは広州ホンダの成功した決定的な理由と思う。10年前の1996年仏プジョーの広州撤退によって、当時の広東省長は『これから自動車産業を本省の基幹産業にしない』方針を示した。しかし、広州ホンダの成功はわが省の自動車産業基地建設の自信を深め、現在自動車は三大基幹産業の1つとなっている。広州ホンダが果たした役割は実に大きい」と。
現在、広州ホンダは先発組の優位性を活かし中国全土に専売店290店舗を展開している。今年の販売台数は昨年の23万台から26万台に拡大し、そのうちの3万台を欧州向け輸出する。高橋氏によれば、「2010年中国の自動車市場規模は1000万台。そのうち、乗用車は約700万台で、05年の2.4倍に相当し、年平均19%増の計算だ。当社は具体的な数字目標を立てないが、中国市場の伸び率を上回る伸びを目指している」と。また、同氏の説明によれば、ホンダの海外生産車の中で、広州ホンダのアコードは「品質が一番良い」という。
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R&D分野で一歩リードする日産
日本勢のうち、2005年中国における乗用車販売台数の伸び率が唯一3桁にのぼったのは東風日産である。同年の実績は15万7500台で、前年比159%も増えた。2007年30万台、2010年50万台の販売目標も目指している。2003年に広州に生産拠点を置いた東風日産は最近、R&D強化という新たな攻め手を打ち出した。4000万ドルを投資して広州東風日産乗用車R&Dセンター設立した。4月20日にR&Dビルディングのオープンセレモニーが行なわれた直前、同センターを訪問することができた。
案内してくれた垣下春輔・同センター第三部副部長の説明によれば、乗用車R&Dセンターは「現在200人の研究・開発要員を抱え、そのうち18人が日本人である。これまで東風日産は東京本部の支援を得て乗用車の国産化を行なってきたが、これからは当センターが主体となり、市場ニーズに合わせて中国の国産車を開発する」と。現時点で、広州に進出した日系三社のうち、R&Dビルディングを持つのは東風日産だけである。
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「揚長避短」の戦略が必要−日本ビッグ・スリーの示唆
日本企業は世界に目を向ける時、どんな戦略が必要であろうか。日本自動車メーカービッグ・スリーの中国進出およびそのパフォーマンスはわれわれに多くの示唆を示した。
中国語には「揚長避短」という四文字熟語があり、長所・強みを活かして短所・弱みを回避するという意味である。これは正にグローバル時代に生き残る日本企業の取るべき戦略であり、日本ビッグ・スリーの成功にも裏付けられた正しい選択と思われる。
日本企業の長所・強みは優れた技術力とブランド力にあり、短所、弱みは国内市場の飽和とコスト高にある。日本企業は優れた技術力・ブランド力を活かして、付加価値が高い新しい技術・素材・製品の創出に注力すべきである。その一方、コスト高を是正し、海外市場を開拓するために、中国・アジア企業との分業・協力体制を構築することも極めて大切である。近年、中国消費者の日本車に対する認知度と人気度が急上昇している。これは品質、ブランド力、省エネ技術、デザインなど日本企業の本来の実力の現れであり、弛まぬ中国市場開拓の努力と現地企業との分業・協力によるものと思われる。正に「揚長避短」の結果である。
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日本自動車メーカーの課題
一方、中国進出の日本自動車メ−カ−は多くの課題も抱えている。まずは「グレーター上海」をどう攻めるかである。
周知のとおり、上海、江蘇省、浙江省を含む長江デルタ地域、つまり「グレーター上海」は中国では最も豊かな地域であり、最大のマ−ケットでもある。過去の経緯もあるが、「グレーター上海」は今もGMやVWなど欧米勢の牙城であり、ビック・スリーを含む日本勢は生産拠点を1つも持っていない。生産拠点を持たないという弱点をどう克服し「グレーター上海」の市場を開拓するかは日本自動車メーカーの課題となる。
2つ目は欧米勢、韓国勢、中国勢の値下げ攻勢にどう対応するか。現在、上海VW、一汽VWなど欧米勢は業績不振から抜け出すため、中国勢、韓国勢は市場シェア拡大のために、相次いで値下げ攻勢をかけている。日本勢はこれらの動きに追随するかどうかに迫られる。追随しないとすれば、有効な対抗策があるかどうか。日本勢の対応は注目される。
3つ目は中国勢の台頭にどう対応するか。昨年、中国の国産メーカー奇瑞汽車は、前年比114%増の18万5000台の販売実績で中国乗用車販売台数ランキング第7位に躍進した。今後、もっと多くの国産メーカーが出てくるだろう。現段階では、品質、デザイン、ブランド力、省エネ技術の面において、日本勢の優勢はいずれも動かぬ状態にあり、中国勢は脅威にならない。しかし、将来的には中国勢は努力によって日本勢の強いライバルになることも十分あり得る。日本メーカーは先手を打たなければ、中国勢に追い越されることは杞憂ではない。
4つ目はR&Dの現地化と知財保護の両立をどう図るか。外国自動車メ−カ−は中国に進出する際、完成車の場合、50%以上の部品国産化率が義務づけられている。また、R&Dの現地化も中国側に強く求められている。ビジネス拡大の観点から見れば、外資企業の人材、部品調達、R&Dの現地化推進は当たり前のことであり、ローカリゼーションはグローバル企業にとって不可欠である。しかし一方、中国ではコピ−製品が横行し、知財保護は徹底していない。下手をすれば、日本企業は知財を侵害される恐れがある。R&Dの現地化と知財保護をどう両立させるかが難しい課題として依然残る。
5つ目は中国の自動車キャパシティ過剰にどう対応するか。現在、世界主要自動車メーカーのほとんどは中国に進出しており、投資と競争の過熱化が懸念される。実際、2004年から中国の乗用車の販売価格は下落が続き、投資の収益は悪化している。前号に述べたように、2010年中国自動車キャパシティは1800万台、うち乗用車は1000万台にのぼり、実需よりそれぞれ800万台、300万台多い。日本メーカーは競争激化に備え、「利益なき繁忙」を回避するために早急に対応策を講じなければならない。