【中国経済レポ−ト】
2006〜10年の中国をこう読む(上)
沈 才彬
今年3月14日、日本の国会に相当する中国全国人民代表大会(全人代)は、国民経済・社会の発展に関する第11次5カ年計画綱要(2006〜10年)の決議案を可決して閉幕した。今後5年(2006〜10年)中国の政治・経済はどう変わるか。日本企業は中国のダイナミックな変化にどう対応し、どんなビジネス戦略を取るべきか。このレポートは筆者が今年3月上旬に行った現地調査の結果を踏まえて、分析を進める。
向こう5年間(2006〜10年)、中国は一体どこに向かうか。筆者は中国の政治・経済に関する10大変化を次のように予測する。
@胡錦涛体制が継続、「三和主義」政策は鮮明に
2002年秋に党の総書記、翌年3月に国家主席、04年に中央軍事委員会主席に就任し、党・政府・軍隊三権をすべて掌握した胡錦涛氏は、新型肺炎の制圧や高度成長の持続など実績を積み重ね、権力基盤を着実に固めている。突発事件がなければ、胡錦涛氏は2007年秋に総書記を再任し、胡・温(家宝首相)体制は2012年まで続く確率が高い。
もし「江規胡随」(江沢民前国家主席が決めた政策・方針は胡錦涛氏が引き続き実行する)を第一期目の胡錦涛政権の特徴とすれば、第二期目からは胡氏独自のカラ−が益々前面に打ち出される。いわゆる「三和(3つの和)主義」政策は今後5年間、胡錦涛政権の内政外交の主な特徴となろう。
「三和主義」政策とは、国内には「和諧(調和の取れた)社会」の構築を目指し、国際には「平和的台頭」を目指し、台湾問題では「平和的解決」を目指すことをいう。国内には内乱を回避し、台湾・国際問題には武力衝突を避け、経済成長に全力投球したいのは胡錦涛政権の本音である。
中国の歴史から見れば、異民族の侵入は大きな脅威であったことは確かだが、歴代王朝にとって最大の脅威は農民蜂起、つまり内乱である。毛沢東の共産党政権も農民革命の形で蒋介石の国民党から政権を取ったのである。内乱回避は古今を問わず、中国歴代政権の最重要課題である。現在、中国には貧困層と富裕層の貧富格差、農村部と都市部の所得格差、内陸部と沿海部の地域格差が拡大し、高度成長から取り残される貧困層、農村部、内陸部の人たちは不満が溜まっており、各地に暴動も散発的に起きている。また、進む経済改革と進まぬ政治改革という政経乖離が起きており、腐敗現象の蔓延に加えて、国民の政治不信も強まっている。政治と経済、人間と自然環境および社会階層間、地域間の不調和が目立ち、胡錦涛政権はこうした不安定要素を決して無視できない。そこで中国政府は「和諧社会」の構築を提起し、内乱の芽を摘む狙いがある。
国際的には中国の急速な台頭と政治・軍事面の不透明感によって、「中国脅威論」は高まっている。中国政府が「平和的台頭」と台湾問題の「平和的解決」を目指すことは、「中国脅威論」を意識し、アメリカをはじめ外国の懸念を緩和させる狙いがある。
現在、「唯一の超大国」アメリカと「潜在的超大国」中国というライバル関係には変化がないが、冷戦時代の米ソ対決のような構図も米中に適用しない。両国経済は互いに深くビルトインされているからだ。現在、胡錦涛政権は、ケ小平氏が自ら決めた16文字方針「信頼増加、麻煩(トラブル)減少、協力拡大、対決回避」(1990年)という対米融和政策を継承し、米国挑発や米主導国際秩序挑戦などの意図がない。一方、中国の台頭を背景に米国内では「中国脅威論」がなお根強いが、「9・11事件」以降、ブッシュ政権の基本姿勢は「積極関与論」に傾き、中国を国際秩序・ル−ル遵守の責任あるstakeholder(利害関係者)に誘導する政策は対中政策の主流となっている。「一見対立、水面下では緊密連携」という米中関係の基本構図は暫く続くと思われる。
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A成長方式は「爆食型成長」から「省エネ・節約型成長」へ
成長方式は「資源・エネルギー爆食型成長」から環境・資源にも配慮する「省エネ・節約型成長」への転換を目指す。言い換えれば、中国政府は「量の拡大」から「質の追求」へという成長方式の根本的な転換を求め、経済の安定的な持続成長を図る。
第9次5カ年計画(1996-2000年)期間に、中国は石油換算のエネルギー消費を増やさずに年率8.6%成長を実現したのに対し、第10次5カ年計画期間(2001-05年)では9.5%成長を維持するために、年平均1.5億トンのエネルギー消費を増やさなければならなかった。エネルギーの「爆食」は明らかだ。
確かに05年単年度で見れば、原油の輸入量は前年比3.3%増、消費2.1%増で、04年(輸入34.8%増、需要16.8%増)に比べ伸び率は大幅に鈍化した。それは原油高による石油消費抑制および石炭・天然ガス消費への切り替えが主な原因と思われる。しかし、エネルギー消費全体は前年比9.5%増(中国側発表)と依然高い水準にとどまり、「爆食」の実態に大きな変化がなかった。
素材の爆食も深刻だ。05年主要素材消費は鋼材が前年比20.1%増の4億トン、酸化アルミが同21.7%増の1561万トンとなり、いずれも同年の経済成長率9.9%を大幅に上回っている。まさに「爆食型成長」であった。
しかし、資源や環境にあまり配慮せず、効率も伴わない「爆食型成長」は、素材分野の投資過熱、エネルギー需給バランスの崩れ、環境破壊、炭鉱やガス田爆発事故多発、生産性の低下など様々な歪みをもたらし、いま限界に来たことは明らかだ。中国政府も危機感を強め、そこで資源や環境にも配慮し、「調和の取れた成長」を目指す方針を打ち出した。「爆食型成長」から「資源・エネルギー節約型成長」へという成長方式の転換は、第11次5カ年計画の最重要課題の1つと位置づけられ、その具体化が次の3つの数字目標に示されている。
1つは今後5年間の経済成長を年率7.5%と設定し、第10次5ヵ年計画(2000〜05年)の実績(9.5%)より2ポイントも下げている。2つ目は10年まで単位GDPのエネルギー消費(1万ドルGDPを創出するために使われるエネルギー消費量)を20%削減し、06年は前年比4%削減しなくてはならない。3つ目は10年の主要汚染物排出量は05年より10%削減しなければならない
年率7.5%成長を遂げながらエネルギー消費を毎年4%近く削減するというのは理論上、普通有り得ない。しかし、中国のエネルギー効率は極端に悪い(日本の約6分の1程度)ため、利用効率を向上させれば実現不可能ではない。
成長方式の本格的な転換によって、中国経済は06年から調整局面に入り、成長減速が避けられない。しかし、中国の経済成長の適正水準は7〜9%にあり、2010年まで北京五輪と上海万博の開催があるため、経済成長に急ブレーキがかかることが考えられず、減速があっても失速がないだろう。今年の成長率は8.8%前後、10年までの年平均伸び率は8%キ−プは可能と思われる。
中国の成長方式転換と経済調整によって、日本企業への影響も避けられない。これまで中国の「爆食型成長」から恩恵を大きく受けてきた素材メーカーなどは、ある程度ダメージを受けざるを得ない一方、省エネ、新エネ、環境ビジネスなど分野の日本企業の出番が大いに増える可能性も出てくる。
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B経済規模第3位、貿易規模第2位、外貨保有量第1位へ
昨年、中国の経済成長率は9.9%に達し、3年連続で10%前後の高度成長が続いている。経済規模は日本(名目GDP4兆5047億ドル)の5割弱に相当する2兆2400億ドルにのぼり、フランス、イギリスを抜いて世界第4位に躍進した。輸出入総額は前年比23.2%増の1兆4421億ドルで、日本の約1.3倍に相当、米・独に次ぐ世界第3位。外貨準備高は前年比2089億ドル増の8189億ドルに達し、日本(8469億ドル)に次ぐ世界第2位。
今後5年間、年率8%成長、元切り上げ幅15%で試算すれば、2010年に中国の経済規模は約3.5兆ドルに膨らみ、ドイツを抜き世界第3位の経済大国になる。また、年平均10%伸びで試算すれば、2010年中国の貿易規模は2.3兆ドルに拡大し、米国に次ぐ世界第2位になる。
外貨準備高について、香港(1243億j)を加算すれば、中国は昨年末時点で実質上の世界1位となり、今年単独で日本を上回る見通しである。膨大な外貨準備高の多くは米国債を運用されており、理論的に中国はこれを武器に米国の市場を混乱させる力を持ち、対米交渉の大きなカ−ドにもなれる。
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C富裕層急増で、世界第2位の自動車消費大国へ
2005年中国の1人当たりGDPは1700ドルで、先進国に比べ国民所得はまだ低い水準にとどまっている。しかし、中国の所得格差が日本より遥かに大きいため、富裕層も大量に出ている。04年時点で個人資産10万ドル(1100万円に相当)以上の人口数は既に5000万もあるといわれる。物価水準の低い中国では、1100万円以上の資産といったら莫大なものである。日本の感覚でいえば一億円以上の資産をもつ。
富裕層の急増を背景に、モータリゼーションはいま急速に進展している。中国国家統計局の発表によれば、2005年中国の自動車新車生産台数は12.1%増の570万台、販売台数は13.5%増の575万台にのぼり、市場規模は世界第二位の日本(585万台)に迫る。今年1〜3月期、中国の自動車生産と販売はいずれも前年同期比36%増を記録し、通年の販売実績は650万台前後にのぼる見通しである。日本を上回り世界第2位の自動車消費大国になるのは確実な状態となっている。また、年率10%増で試算すれば、2010年に中国の自動車市場規模は1000万台前後にのぼり、米国に近づく。
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D急速な都市化で巨大市場は一層拡大へ
数年前、米国の有名な経済学者スティグリッツ・コロンビア大教授が次のように指摘した。「21世紀の世界経済成長を影響する2大要素は、1つはアメリカのハイテクの進歩、もう1つは中国の都市化の進展」と。
1996年以降、中国の都市部人口は毎年2000万人ずつ増え続け、都市化が急ピッチで進んでいる。その背景には、かつて日本の高度成長期のような、農村部から都市部への人口大移動がある。その結果、農村部の人口はピ-ク期(1995年)の8.6億人から05年の7.4億人へと、10年間で1億2000万人も減少した。逆に、同期の都市部人口は3億5000万人から5億6000万人へと2億1000万人増加した。全国人口に占める都市部人口の割合も1995年の29%から05年の43%へと14ポイント増えた。今後、急速な都市化が続き、2010年までに都市部人口はさらに1億人増え、6億6000億人に達する見通しである。これはあくまで戸籍変動による人口変化だが、このほかにいわゆる「農民工」、つまり農村戸籍のまま都市部で働いている出稼ぎ労働者はまだ1億人もいる。これを加算すれば、2010年に実際に都市部に居住する人口は8億近くにのぼり、農村部との人口比重を逆転させる。
周知のとおり、中国の都市部と農村部の所得格差が大きく、1人あたりGDPで見れば実質6倍以上のギャップ(名目は3倍)がある。言うまでもなく、中国消費市場の主力は都市部人口であり、毎年2000万人ずつ都市部人口の増加は意味が大きく、単純に計算すれば5年ごとに1億人規模の新しい巨大市場が出現する。これはまさに中国の高度成長と巨大市場化の原動力である。
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E天津浜海開発区の発足で、渤海湾地域の開発が加速へ
地域開発の観点から見れば、これまでの中国の高度成長は、1980年代は珠江デルタの開発が中心で、シンボルは深?など4経済特区の設立だった。90年代は長江デルタの開発がエンジン役を果たし、そのシンボルは上海浦東開発区の設立だった。これからの10年間は渤海湾地域の開発が牽引役となり、そのシンボルは第11次5カ年計画にも盛り込まれた天津浜海開発区の設立である。渤海湾地域の開発加速によって、隣接する華北地域と東北地域への波及効果が期待される。
現在、中国では経済成長が進み、富裕層が集中している地域は3つある。珠江デルタ(広東省)、長江デルタ(上海市とその周辺地域)と渤海湾地域(北京、天津、大連、青島およびその周辺地域)であり、人口は約3億人いる。この三大成長エリア自体は正に巨大市場そのものである。しかし一方、沿海部と農村部の格差は益々拡大し、社会の安定を脅かす要素ともなっており、この格差をどう是正するかが注目される。
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F人民元切り上げ幅は20%前後、株式が急騰へ
昨年7月人民元切り上げ実施後、緩やかな元高が続き、今年3月末時点の人民元対米ドルレートは1ドル=8.01元で、切り上げ前の1ドル=8.27元より3%強上昇した。しかし、この水準はマーケットも日米欧諸国もまだ満足できるものではない。特に05年対中貿易赤字が2000億ドルに拡大された米国は苛立ちを隠さず、中国政府に対し為替政策の一層の柔軟化を求め、元切り上げ圧力を強めることが必至である。
ただし、資本市場の開放、通貨兌換性の実現、不良債権の処理という3つの条件をクリアせずに、中国は外国の政治圧力に屈して早急に完全な変動相場制へ移行することは考えられない。政府と金融当局は、あくまでも「主体的、コントロ−ル可能、漸進的」(周小川中国人民銀行総裁)という三原則の下で経済成長に大きな影響を与えずに人民元改革を慎重に行い、完全な変動相場制への移行は「北京五輪開催以降になるのではないか」という見方は妥当と思われる。
一方、中国も米国の反応も無視できず、人民元変動幅拡大の検討を急いでいる。現在、一日の元変動幅は0.1%程度にとどまり、それを公約の0.3%以内に拡大することは可能である。今後、人民元切り上げ問題をめぐる米中間の駆け引きは激しさを増すことは予想される。ただし、これまでの経験によれば、交渉決裂というシナリオは考え難く、ぎりぎりで妥結する可能性が高いと見て良い。今後、緩やかな元高傾向が続き、年間ベースでは5%前後の切り上げはあり得る。2010年まで人民元の切り上げ幅は累計で20%前後になる見通しである。
また、中国の株式市場、特に国内投資者向けのA株は、5年にわたり低迷が続いているが、今年調整局面にピリオドが打たれ、上昇局面に転じる可能性が高い。08年北京五輪開催までに株価指数は5割以上の急騰もあり得る。
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G鉄鋼・自動車・船舶のバックファイアが発生し、貿易摩擦は「糸へん」から「金へん」へ
2005年中国の粗鋼生産は前年比24.6%増の3億5239万トンにのぼり、日本の3倍に相当する。年間増加量は6957万トンで、新日鉄(04年3043万トン)を2つ増設したのに等しい。建設中または計画中の案件が完成すれば、10年の粗鋼生産は5億トンに達し、国内需要を大幅に上回る見通しである。
曹玉書・中国マクロ経済研究会副会長によれば、2010年に中国自動車の生産能力(32社のキャパシティ合計)は1800万台に達し、1000万台前後の実需より800万台も多い。造船業の世界シェアも2004年の14%から10年の25%へ急増する見通しである。
こうした鉄鋼、自動車、船舶の生産過剰によって、バックファイアが起こり、外国との貿易摩擦は一層多発する恐れがある。今後、中国製品をめぐる貿易摩擦の特徴としては、現在の「糸へん(繊維)摩擦」から徐々に「金へん(鉄鋼)摩擦」へシフトすると思われる。
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H2008年台湾海峡有事の可能性も
2004年に台湾総統選挙で再選を果たした陳水扁政権は、05年12月の地方選挙で惨敗を喫し、国会に相当する立法院においても主導権が完全に国民党・親民党・新党など野党側に奪われ、死に体になっている。現在、陳水扁政権は台湾独立の姿勢を一層強くアピールし、選挙民の支持を訴え、劣勢を挽回しようとしている。08年5月総統任期満了まで、陳水扁氏は絶えず中国大陸側を挑発し、台湾独立を加速させる行動を続々と取ることが予想される。中台関係は再び緊迫し、台湾海峡有事の可能性が否定できない。その行方次第で08年北京五輪開催に大きな影響を及ぼすこともあり得る。
ただし、台湾問題において、いま鍵を握っているのはアメリカの動向である。現在、イラク戦争が泥沼化し、イラン核開発問題も緊迫している中、アメリカはテロとの戦いや中東問題対応で精一杯となり、台湾有事に対応する余裕がない。また、台湾海峡の現状維持はアメリカにとって中台双方に対し影響力を保持し、最大限に国益を追求することができるため、ブッシュ政権が陳水扁政権の一方的な台湾海峡現状変更の行動を支持することは考え難い。アメリカのバックアップがなければ、台湾独立はあり得ない。一方、中国政府は台湾独立には強く反対するが、台湾との統合を急ぐわけでもない。大陸の経済を発展させ、台湾との経済格差を縮めながら、時間をかけてできるだけ平和的に台湾問題を解決するのは中国政府の本音である。結局、当面は台湾の独立も統一もなく現状維持が続くという結論に至る。
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I2010年は政治民主化の転換点にも
政治民主化と経済成長の関連性につき、学界では「2000ドルの壁」という仮説がある。あくまでも経験則だか、一国の一人当たりGDPは2000ドルの壁を突破すれば、民主化運動が発生しやすく、しかも定着していくという内容である。実際、欧州のスペイン、東アジアの韓国および台湾地域などはいずれも2000ドルの壁を突破した段階で民主化が実現したのである。
中国は2005年時点で1人あたりGDPが1700ドルに達し、10年に2000ドルを大きく突破することは確実視される。政治民主化の転換点になる可能性も出てくる。ただし、1989年の天安門事件のような民主化運動が発生すれば、政治が混乱し、経済成長も挫折する。これは中国の政府も国民も望むことではない。
今後、国民は豊かさの実現によって、経済活動の自由のみならず政治活動の自由も求めるだろう。中国政府はこうした国民の民主化要請にどう応えるか、経済成長の必要条件である政治の安定をどう保つかが大きな課題となろう。 (つづく)