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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
日・米・中関係と対アジア戦略

−社会経済生産性本部主催「東京トップ・マネジメント・セミナ−にて講演(要旨)−
沈 才彬


2006年2月2−3日、社会経済生産性本部主催「東京トップ・マネジメント・セミナ−」が品川プリンスホテルにて開催された。筆者はパネル討議の講師としてこのセミナ−に出席した。福井・日銀総裁の基調講演の後、第二セッションが開かれ、筆者のほか、小林陽太郎・富士ゼロックス会長、渡辺・日本貿易振興機構理事長、チャ−ルズ・レイク・アメリカンファミリ−生命保険副会長、国分良成・慶應大学教授ら5人が日・米・中関係と対アジア戦略をめぐってそれぞれ講演し、熱く議論した。次は筆者の講演要旨である。

私はこの場を借りて、次の3つの問題を提起し、ぜひとも皆さんと問題意識を共有したい。

@世界経済史から見れば中国の台頭はどういう位置づけなのか。また中国の台頭を阻止することが可能かどうか

A日中対立の深層底流にはいったい何があったか。日中関係は何処に向かうか

B日本企業の進路を考える時、どんな視点、どんな戦略が必要なのか

次は問題別に話を進めたい。

●1.中国の台頭とそのインパクト

中国はいま急速に台頭している。2005年中国経済の実績から見れば、中国台頭のスピードは遥かにわれわれの想像を超えている。まずはGDPで見よう。昨年、中国の経済成長率は9.9%に達し、3年連続10%前後の高度成長が続く。経済規模は2兆2400億jで、日本の5割弱に相当。フランス、イギリスを抜いて世界第四位。ドイツ、日本を追い抜くのは時間の問題だ。

次は貿易規模を見よう。昨年、中国の輸出入総額は23%増の1兆4421億jで、日本の1.3倍に相当、米・独に次ぐ世界第3位。香港を入れると実質上の世界第2位。貿易最大国・米国を抜くのも時間の問題だ。

3つ目は外貨準備高。前年比2089億j増の8189億jで、日本(8469億j)に次ぐ世界第2位。香港(1243億j)を加算すれば、実質上の世界1位。理論的には、膨大な外貨準備高と米国債を武器に、米国の市場を混乱させる力をもつ。米中交渉を考える時、これは大きなカ−ドにもなる。

要するに、中国の台頭は現代人の誰も経験したことがなく、日米など諸外国は勿論のこと、中国自身も心の準備ができておらず、まさに中国の衝撃である。

それでは世界経済史から見れば、中国の台頭はいったいどういう位置づけだろうか。近代史において、これまで世界の経済成長に巨大な影響を与えた歴史的な出来事は4回もあった。18世紀半ば英国の産業革命、19世紀後半米国の台頭、20世紀半ば日本・西ヨ−ロッパ諸国の高度成長、20世紀90年代米国のIT革命であった。21世紀にBRICsと呼ばれるエマ−ジング諸国の離陸、特に中国の躍進は、正にこれらに次ぐ世界経済成長の第5の波となる。13億人口の中国というス−パ−パワ−の出現は、世界を震撼させるほどインパクトがある。

中国の素材とエネルギー需要の急増ぶりを見れば、中国インパクトがいかに大きいかは一目瞭然である。2000年に比べれば、04年世界需要増加分のうち、中国の寄与度は鉄鉱石100%、銅109%、鋼材67%、石油33%。石油と関連がある自動車も102%にのぼる。中国は世界経済を牽引すると同時に国際価格の撹乱要素でもあることは明らかだ。

現在、中国の経済大国化、巨大市場化、世界の工場化という3つの流れは歴史の潮流となっている。それを阻止すれば、洪水氾濫となり日米を含む世界経済に甚大な被害をもたらすことが避けられない。むしろ中国を国際ル−ル、秩序の遵守に誘導することが世界各国の利益に適う。日米は「中国脅威論」を取らずに建設的な発想で「日米中利益共同体」を構築すべきである。

●2.日中関係は何処に向かうか

極東・東アジアではいま、2つの潮流が並存している。1つは相互接近の流れ。中韓連携、中印和解、中ロ接近、中国・ASEAN友好ム-ド演出はその象徴である。2つ目は相互乖離の流れ。日中対立、日韓乖離、日朝敵対、日ロ停滞はその象徴と言える。世界地図で見た場合、中国は日本を除いて周辺諸国とは皆仲良しだが、日本から西のユーラシア大陸に目を向ける時、仲が悪い国ばかりで、大きな壁が出来ている。これは日本にとって非常にまずい。

「相互接近」の背景に最も重要な要素が2つある。1つは中国の路線転換。毛沢東時代の「革命最優先」路線からケ小平時代以降の「経済成長最優先」路線への転換である。経済成長に専念するためには、平和的な国際環境が不可欠であり、中国は周辺諸国との関係改善に積極的に乗り出し、ロシア、インド、韓国、ベトナムなど昔の中国の敵国と相次いで和解を実現した。

2つ目は中国の巨大市場の魅力と威力である。2000-04年ASEAN、韓国、インド、ロシアの対中貿易も輸出も2倍から5倍拡大。一方、対日本貿易・輸出はいずれも微増にとどまっている。グラフで見れば、中国市場の魅力の大きさ、日本市場の魅力の無さが一目瞭然だ。

相互乖離の典型は日中対立であり、昨年4月に起きた大規模な反日デモがその象徴的な出来事といえる。なぜ反日デモが起きたか。その深層底流には2つの要素があり、1つは歴史的な要素。被害国は加害国と違い、侵略戦争の被害は中国の国民の記憶から消えるのは容易なことではない。もう1つは現実要素であり、日本と中国の2つの政経乖離が最大の現実要素と思う。

日本の政経乖離とは「脱米入亜」の経済構造と「脱亜入米」の政治構造のねじね現象という。21世紀に入って、日本の経済・貿易構造は大きく変わり、昔のメリカ中心から今のアジア中心、特に中国中心に変わってきた。2004年、中国は米国を凌ぎ日本の最大の貿易相手国となった。韓国・ASEANなどを含むと、アジア全体のシェアは5割近くになり、米国の2割弱を大きく上回った。換言すれば日本の経済・貿易構造は「脱米入亜」した。

しかし、経済・貿易構造は大きく変わったにもかかわらず、政治構造・外交政策は旧態依然のアメリカ中心である。特に2001年小泉政権が誕生してからは益々「アメリカ一辺倒」になり、アジアから見れば日本の政治は「脱亜入米」している。

正に人間の「頭」と「身体」が捩れているように、経済はアジアに依存しているが、政治ではアジアを信頼しない。アジアも日本を信頼しない。不幸の連鎖がいま起きている。その結果、日本はアジアにおいて「隣人あれども友人なし」という寂しくて悲しい局面に陥っている。中国で起きた反日デモは、まさに日本の「脱亜入米」政治に対する中国国民の不満の爆発である。

長期的に見れば、こうした「政経乖離」を是正しなければ日本経済は持たない恐れがある。

実際、中国にも「政経乖離」が起きている。経済改革は進んでいるが、政治改革はあまり進んでおらず、政治と経済のねじれ現象が生じている。「社会主義市場経済」の下で、国民は経済活動の自由があるが、言論・集会など政治の自由が厳しく制限される。また、ここ数年、貧富格差が拡大し、内陸部、農村部、貧困層の不満が貯まっている。しかし、政治の自由が厳しく規制されるため、不満が貯まっても捌け口がない。

昨年に起きた反日デモは正に国民の不満のはけ口として起きた。この不満は主に「親米反中」の小泉政権に対するものであったことは確かだが、不満の一部は中国政府に向けられたことも事実である。外向けの不満と内なる不満の合流は、今回の大規模な反日デモを作った。

中国は改革・開放政策導入以降、経済成長の挫折を3回も経験した。いずれも政治民主化の壁にぶつかった結果である。この意味では政治民主化は中国の経済成長に横たわる最大の壁と言っても過言ではない。長期的に見れば、中国は経済改革と政治改革の乖離を是正しなければ、経済成長の挫折が避けられない。

日中関係はどこに向かうか?アジアの歴史から見れば、嘗てない日中二強並立は誰も未経験、日中双方の心の準備が出来てない。今は過渡期にあり、摩擦や対立はある意味で不可避。当面は「付かず離れず」関係が続く見通し。しかし互いに誠意を持って対応すれば、対立解消は不可能ではない。日中経済は互いに深くビルトインされる相互依存・相互補完の関係にあるからだ。

現在、日本にとって中国は最大の貿易相手国、二番目の輸出市場。中国マーケットを抜きにして日本の景気動向も産業発展も語れない。一方、中国にとって日本は三番目の貿易相手国、三番目の投資国。3万社の日本企業は中国に進出、200万人以上の現地雇用を創出し中国の経済成長に貢献している。日中関係の改善は双方の利益になる。

●3.中国ダイナミズムと日本企業の進路

日本企業の進路を考える時、次の3つの視点が必要と思う。まずは「国内だけでは飯が食えない」の視点。昨年から日本は人口減少傾向に入った。人口減少によって、国内市場の縮小が避けられず、海外市場の開拓は不可欠となる。海外市場といえば、一番有望な市場はBRICsと呼ばれるエマジング市場だ。

従って2つ目の視点、BRICsへの視点が必要である。但し、BRICsと言っても、現実には日本企業にとって巨大市場と言えるマ-ケットはまだ中国のみ。2005年日本のBRICs4カ国向けの輸出全体は14兆円弱。そのうち13兆円弱は中国一国向けの輸出で、ほかの3カ国合計は1兆円強。中国市場開拓の継続が絶対必要だ。

そこで3つ目の視点は中国ダイナミズムの視点が必要だ。中国経済の注目すべき動きは2つ。1つは急速な都市化。96年から毎年2000万人増。農村部から都市部への人口大移動が起きて、単純に計算すれば5年ごとに一億人の巨大市場が新たに出てくる。もう1つの動きは富裕層の出現。個人資産10万ドル以上を持つ人は5000万人もいると言われる。マイカ-ブ-ム、レジャーブ-ムの主役は正に富裕層である。今後、中国ダイナミズムをどう活かして日本の経済活性化に繋げるかがわれわれ経済人の課題である。

中国語には「揚長避短」の熟語があり、長所を活かして短所を回避するという意味。これは正に日本企業の取るべき戦略である。日本企業の長所は優れた技術にあり、短所、弱みはコスト高にある。日本企業は優れた技術力を活かして、付加価値が高い新しい技術・素材・製品の創出に注力する一方、コスト高を是正するために、中国・アジア企業との分業体制を構築することも不可欠だ。

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