【中国経済レポ−ト】
中国の高成長に立ちはだかる6つの壁
沈 才彬
《エコノミスト》誌2002年12月8日号
WTO加盟の実現と2008年北京オリンピック開催決定を追い風に、中国の経済成長はいま加速している。2020年まで年平均GDP成長率は7%と一般的に予測され、00年に1兆ドルの大台に上がった中国経済規模は、10年に2兆ドル強、15年に約3.5兆ドル、20年に約5兆ドルに達する見通しである。25年前後に日本を追い越し世界第2位の経済大国になる可能性が高い。
しかし、中国経済は一直線で伸び上がるとは考えにくい。不良債権問題、デフレ懸念、雇用不安、貧富格差の拡大、犯罪の多発、腐敗の蔓延、エネルギ−問題、深刻な水不足と砂漠化、経済改革と政治改革のアンバランスなど、中国の前に立ちはだかる壁が多いからである。あるタイミングで経済成長はいったん挫折することもありうるが、挫折を乗り越えれば再び成長の軌道に乗る――というのが中国経済の未来像かもしれない。
高成長の陰に不良債権問題
中国国家統計局の発表によれば、今年1−9月期の国内総生産(GDP)は約7兆1700億元(1元は約15円に相当)で前年同期比7.9%増、鉱工業総生産は12.2%増、固定資産投資は21.8%増、小売総額は8.7%増、輸出は19.4%増、 外国直接投資は契約ベースで38.4%増、実行ベースで22.6%増となり、引き続き高成長が続く様相を示している。
しかし、経済好調が続く一方、不良債権問題の懸念も高まっている。中国人民銀行(中銀)の発表によれば、全国金融資産の8割を占める工商銀行、建設銀行、中国銀行、農業銀行など四大国有商業銀行はここ数年、資産管理会社を通じて1兆4000億元の不良債権を売却したにもかかわらず、01年末時点で不良債権比率は依然25.4%にのぼっている。もし国際基準の債権5段階分類基準に基づき計算すれば、不良債権の比率は30%を遥かに超えるという。この比率は世界大手銀行ベスト20行の平均不良債権比率3.27%(2000年)、米国銀行の平均0.67%、欧州銀行の平均2%より異常に高いのみならず、国際的な警戒ライン10%や中国中央銀行の規定上限15%も遥かに上回っている。
不良債権拡大の反面、銀行の自己資本率が低下している。四大国有商業銀行の自己資本比率は、工商銀行4.57%、中国銀行6.38%、建設銀行3.79%、農業銀行1.44%で、いずれも国際決済銀行(BIS)の既定下限8%を大きく下回っている。
四大国有商業銀行の資産収益率も低い。工商銀行0.13%、中国銀行0.14%、交通銀行0.3%、農業銀行0.01%で、米シテ−バンクの1.5%、英香港上海銀行(HSBC)の1.77%に比べれば、資産収益率の低さが際立っている。
こうした「1高(不良債権比率)2低(自己資本比率と資産収益率)」の実態は、中国の金融リスクが確実に存在することを裏付けている。
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無視できない金融リスク
中国の金融リスクはWTO加盟によって、これからさらに増大する恐れがある。中国の金融界に激震をもたらした「南京エリクソン事件」はその典型的な実例である。
02年3月21日、中国政府のWTOに対する約束に基づき、アメリカのシティバンク上海支店は金融当局から中国域内における全ての客先を対象とする外貨取り扱い業務の許可を得た最初の外資系銀行となった。それと同時に、南京市最大の外資系企業・南京エリクソンは、その資金のメーン借り入れ先を中国系銀行からシティバンク上海支店へ変えた。
南京エリクソンは南京市の優良企業で業績が良い。これまで中国系銀行が南京エリクソンに貸し出した債権は全て優良債権であり、銀行利益の源泉ともなってきた。南京エリクソンのような優良客先の外資系銀行へのシフトは、中国系銀行にとって優良債権と利益の流失に他ならず、そのマイナスが大きい。これはいわゆる「南京エリクソン事件」である。
「南京エリクソン事件」の衝撃は事件自体にあらず、客先の連鎖反応を引き起こす懸念にある。中国のWTOに対する約束通りに金融分野を開放すれば、外資系銀行は外貨業務のみならず、中国元取り扱い業務も可能になる。中国系銀行に比べれば、外資系銀行の金融サービスの質が良く、範囲も広く、従業員の給料も5〜6倍高いため、これまで中国金融機関が持っている顧客と人材は外銀へシフトし、不良債権拡大など金融リスクが増大する恐れが出てくる。
勿論、中国経済のファンダメンタルズ(基礎条件)が良く、外貨準備高が潤沢で、資本市場が開放されておらず、通貨も自由に兌換できないため、アジア通貨危機のような金融危機は当面起きる可能性が低い。しかし、中国の金融機関は抜本的な改革をしなければ、増大する金融リスクは将来、金融危機に繋がる可能性が否定できない。
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高まるデフレ懸念
中国の統計によれば、今年1−6月期の小売総額は前年同期に比べ8.6%増となっているが、伸び率は前年同期比1.5ポイント減少した。1−7月の小売物価指数と消費者物価(サ−ビスを含む)指数はそれぞれ前年同期比1.9%、0.8%と下落した。特に消費者物価指数は今年8月までに連続12カ月の下落を記録し、アジア通貨危機以来の2番目の厳しいデフレ状態が続いている。
生産財価格と原材料価格の下落にも歯止めがかからない。2001年12月の生産財価格は同年1月に比べ7.2%低下、今年1−4月はさらに昨年同月比それぞれ6.3%減、5.4%減、4.7%減、4.4%減となっている。原材料価格も昨年の連続下落に続き、今年1−4月の価格はさらに昨年同月比それぞれ4.8%減、4.6%減、4.7%、3.8%減を記録した。4月以降も生産財価格と原材料価格の下落が止まりそうな気配を見せていない。
国民消費は中国GDP全体の60%以上を占めるため、デフレ再燃は企業の減産、従業員の収入減、個人購買力の減退というマイナスの連鎖反応を引き起こす懸念が高まり、経済成長の行方に対する悪影響は無視できない。
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「世界最大の雇用戦争」
経済成長に立ちはだかるもう1つの壁は雇用問題である。中国の失業率には3つの数字がある。1つは中国の公式発表である。01年末時点で都市部登録失業者総数は680万人で失業率が3.6%である。しかし、この失業率には「下崗」(レイオフ)人員が入っていない。実際に96−00年の4年間、国有セクタ−の従業員全体の28%に相当する3142万人がリストラされ、集団企業の従業員も1500万人減少した。両者合計で4600万人に達し、韓国の総人口に相当する。そのうち、約3600万人は新しい就職先を見つけたが、残る1000万人が「下崗」のままである。もし、この1000万人の「下崗」人員を失業率に計上すれば、中国の都市部の実質的な失業率は8%を超える。
一方、中国の農村部にはまだ1億5000万人の余剰労働力がいる。もし農村部の余剰労働力を失業率に入れると、中国の実質的な失業率は27%となり、世界最大かもしれない。
この膨大な失業大軍は今後数年間、さらに拡大する可能性が高い。江沢民国家主席はこの前開かれた「全国再就職活動会議」で演説し、雇用状勢の厳しさを率直に認め、失業・レイオフ人員の再就職支援活動を「党と政府活動の急務」と位置づけている。
一方、朱鎔基首相の出身母校清華大学教授・胡鞍鋼博士は「世界最大の雇用戦争」という表現で、雇用問題の深刻さを訴えている。胡氏によれば、02年に新規雇用年齢に入る全国人口数は1400万人で、05年までにこの人口の累計数は4650万人に達する。2002年に失業者、「下崗」人員、出稼ぎ失業者、就職先を決めない大卒生などは約1900万人もいる。農村からの出稼ぎ労働者はこれから毎年800−1000万人増える。上記3者を合計すれば、2001−05年の5年間に1億近くの職場ポストを創出する必要があるが、実際創出可能なのはその半分以下になる。
さらに、WTO加盟に伴う市場開放措置によって、競争力がない産業分野は激しい競争に淘汰され、企業倒産が急増し、失業問題はさらに深刻化する可能性が大きい。中国側の試算によれば、自動車50万人、鉄鋼50万人、機械58万人、紙・パル30万人は職場ポストを失うことになる。
実際、中国の労働紛争事件が年々増えている。中国の労働紛争仲裁委員会によれば、2001年に同委員会が受理した件数は前年比14%増の15万5000件で、紛争事件にかかわった労働者数は11%増の46万7000人にのぼったという。今後、いかに失業者に新しい職場ポストを提供し、失業者の離反・造反を回避するかは、胡錦涛新体制にとって最も頭が痛い問題になりそうである。
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農民の離反・造反
WTO加盟で最も大きな打撃を受けそうな産業分野は農業である。01年12月、朱鎔基首相は北京で日中経済シンポジウム代表団と会見した時、次のように述べたことがある。「(WTO加盟による)最大のチャレンジは農業だ。生産規模が小さく、競争力がない。海外から多量の農産物が入ると、農民の収入は大きな打撃を受けかねない。」
現在、小麦、トウモロコシ、大豆、綿花など農産物の国内卸売り価格はそれぞれ国際価格より2−4割程度高い。WTO加盟後、関税率の引き下げと輸入割当制度の廃止に伴って、米国産の小麦、トウモロコシ、大豆など安い外国農産品の輸入急増が予想され、農民・農家に対する大きな打撃が避けられない。中国側の試算によれば、農業分野を開放すれば、小麦農家だけで年間54.6億元(1元は15円に相当)の被害を受け、農業全体では966万人の農民たちが職業を失うことになる。今後数年間、農民の痛みは相当なものであり、造反行動が起きてもおかしくない状態となる。
地域格差の拡大も懸念される。ここ20年、中国経済の急成長が実現した一方、沿海部と内陸部の地域格差拡大など歪みも顕在化している。01年、最も豊かな地域・沿海部の上海市の1人当たりGDPは約4516ドルで、中進国並の水準に到達しているが、最も貧しい地域・内陸部の貴州省は僅か346ドルで、両者の格差は13倍(98年は12倍)。また都市部住民と農村部住民の収入格差も2.8倍ある。地域格差と収入格差の拡大は、社会の不安定要素になりかねない。
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政治民主化が最大の壁
このほか、犯罪の多発、腐敗の蔓延、エネルギ−問題、水不足と砂漠化など環境問題など経済成長の前に立ちはだかる壁が少なくない。しかし、最大の壁は言うまでも無く政治民主化問題である。
実際、中国は80年代以降、経済成長の挫折を3回も経験したが、いずれも政治民主化の壁にぶつかり、中央指導部の意見が分かれて政局混乱に陥った結果である。1回目は1981年華国鋒党主席が党内闘争に敗れて失脚したことで、同年のGDP成長率は前年の7.8%から5.2%へ低下した。2回目は1986年12月、学生運動に旨く対応できなかった胡耀邦総書記は責任を問われ辞任に追い込まれた事件で、同年のGDP成長率は13.5%から8.8%へ下がった。3回目は1989年天安門事件で、趙紫陽総書記が失脚し、GDP伸び率は11.3%から4.1%へ急落した。
今後、国民は豊かさの実現によって、経済の自由のみならず政治の民主化も求めるだろう。中国政府はこうした国民の政治民主化の要請にどう対応するか、経済成長の必要条件である政局の安定をどう保つかが大きな課題となろう。
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