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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
三井物産戦略研究所 中国経済センター長 沈 才彬が語る 「日中双方向ビジネス」-急激に変化する中国との共創関係作り-

沈 才彬
関西電力機関紙『RELATION』2005年5月号

  • ヒト、モノ、カネの流れに構造的な変化
  • 5年ごとに新たに人口1億の市場
  • 狙うべきは富裕層         
  • 「揚長避短」戦略         
  • 中国の活力を活かすために      
  • ものすごいスピードで中国が変化している。

    その経済規模や市場は加速度的に膨張しつつあり、

    いまや世界経済に強烈なインパクトを与える存在だ。

    量的な変化は近い将来臨界値を超え、質的な変化に転換するだろう。

    うなりをあげ猛スピードで変わっていく巨大な隣国と、

    我々はどう付き合っていけばいいのだろうか。

    win-win体制を創りあげていくための課題を探る。

    ヒト、モノ、カネの流れに構造的な変化

     人流、物流、金流。この3つの流れがいま中国では構造的に変化しています。

     まず人の流れですが、中国は観光客の受け入れ国から一転して輸出国になりました。2004年は2850万人が出国し、1680万人の日本を大幅に上回り、アジア最大の観光客輸出国なんですね。日本が本気で観光による経済活性化をめざすなら、中国からの観光客をいかに呼び込むかに尽きると言っても良いほどです。

     中国は「世界の工場」にとどまらず、世界的な「巨大市場」にもなってきています。その結果、物流では双方向の流れが生まれてきた。中国は、輸出だけでなく輸入についても、世界第3位の貿易大国です。日本においても中国は輸入先として1位、輸出先としてもアメリカに迫る勢いとなり、2004年についに中国が日本の最大の貿易相手国となりました。

     お金の流れでも逆流現象が始まっています。これまでの中国は、純粋な投資受け入れ国でした。海外から膨大な資本を取り込むことで経済成長を牽引してきた。しかし最近では、中国から海外へ向かう資本の流れが生まれている。例えば、日本の中堅印刷機械メーカーだとか、歴史を有する工作機械メーカーが、中国企業に買収されました。2004年末には、世界的なメーカー米IBMのパソコン事業が中国のPCメーカー最大手の聯想集団に売却され、大きく報道されたのは記憶に新しいところです。

     日本メーカーを買収した上海企業の幹部に聞くと、彼らは「できるものなら世界トップクラスの電気メーカーさえ買収したい」と考えているのです。

     このようにこれまでは一方的だったヒト・モノ・カネの流れがいずれも双方向になってきた。こうしたダイナミックな変化が起こる時には、必ずビジネスチャンスが生まれます。それを見逃さないことです。

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    5年ごとに新たに人口1億の市場

    中国の変化は世界経済に強烈なインパクトを及ぼしています。1995年から2003年にかけての世界の商品消費の動きをみると、いかに中国の存在が大きいかがわかるでしょう。例えば鉄鉱石ではこの期間の増加分の実に92%が中国向けです。なぜ、そんなにも大量の鉄鉱石が必要なのか。大きな要因の一つと考えられるのが、急速に進む都市化です。

     95年まで中国では毎年、都市人口が1000万ずつ増えていました。これが96年以降は、年間2000万へと倍増、農村部から都市部への人口大移動が起こっている。農村部と都市部では所得格差(※1)が6倍ほどあるため、豊かさを求めて人々は都市へと移動しているのです。

     その結果、毎年、都市人口が2000万ずつ増える。ということは、それだけの住宅需要があるわけです。だから住宅を建てるために鉄やセメントがものすごい勢いで消費されているのです。いうまでもなく巨大市場・中国で消費の主役となっているのが、この都市人口です。

     仮に都市人口が年に2000万ずつ増えれば、6年で1億2000万人ですが、2010年には7億人近くになるでしょう。つまり、あと6年で中国にはいまの日本の総人口に相当する大きな市場が新たに生まれるのです。この市場を、どう取り込んでいくかを日本は考えなければならない。

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    狙うべきは富裕層

     中国の一人当たりのGDPは、まだそれほど高くありません。しかし、注目すべきは個人資産10万ドル以上を持つ富裕層の存在です。10万ドルを単純に日本円に換算すれば1000万円強ですが、日中間の物価水準の違いを計算に入れれば、日本では1億円ぐらいに相当するでしょう。つまり中国には1億円の個人資産を持つ富裕層が5000万人もいるのです。

     いま中国で自動車を買っているのは、この富裕層です。2003年度における中国での自動車販売台数は439万台、これは前年比114万台の増加にあたります。一国の自動車販売台数がわずか1年でこんなにも増えた例などはどこにもありません。日本ではバブル最盛期の90年が増加数は最大でしたが、それでも年間増加台数は52万台でした。中国はその倍以上ですからね。

     富裕層が何を求めているのか、それを取り違えないことが大切です。彼らが日本製品に求めるのは、品質の高さやデザインの良さ。要するに、ブランド品なのです。特に付加価値を求めない実用品であれば、国産品で十分なわけですよ。それからまだ、「中国の所得水準に合わせて安いものを売ればいい」という古い発想が一部残っているようですが、それはすぐに捨てるべきです。日本企業に勝ち目があるとすれば高付加価値商品なのです。これは中国でビジネスを展開する上で、極めて重要なポイントです。

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    「揚長避短」戦略

     中国経済がこのまま順調に伸びていくかどうかについては議論が分かれるでしょう。現時点でもすでにいくつかのリスクが考えられます。しかし、少々の減速はあっても失速することはなく、少なくとも2008年までは、8%成長が続くと見ています。

     では、日本企業は中国とどのように付き合っていけばよいのか。大前提として認識しておかなければいけないことは、日本は今後、「中国を抜きにしてはやっていけない」ということです。これが大前提です。輸入に関してはすでに中国が最大の相手国ですが、輸出についてもアメリカ向けが98年の30%から2004年には22%まで下がったのに対して、日本の中国向けは同じ期間に11%から19%まで増えています。日本の輸出は、恐らくここ3年の間に、米中の割合が逆転するでしょう。

       日本の国内市場はすでに飽和状態と言っても良い状態です。さらに今後の人口減少を計算に入れれば、日本の市場は縮む一方です。日本企業はどこかに新たな市場を探さなければならない。「BRICs(※2)」が注目されていますが、日本がめざすのは何といっても中国がメインです。

     そこで取るべき戦略は何か。ひと言で表すなら『揚長避短』です。日本は長所である技術力やブランド力で勝負する。この分野はまだまだ中国には真似のできないところです。付加価値の高い技術開発や、新製品・新素材の創出に全力を注ぐ。一方で短所である高コスト構造を中国と国際分業体制を敷くことで回避していく。長所を伸ばし、短所を中国の力をうまく活用して補うのです。

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    中国の活力を活かすために

     日本企業が中国を戦略的に活用していくための課題は、大きくわけて3つあります。

     第一には、今後ますます巨大化していく市場をどう取り込むかを考える。わずか5年で日本の人口を超えるような市場が新しく生まれるのです。ここで、いかに優位なポジションを確保できるか。次が、中国の低コスト構造を活かすことです。さらには安価でかつ優秀な中国の人材活用を考えること。この3点をポイントとして、中国のエネルギーをいかに取り入れ、そこから最大限の利益を得ることを考えなければいけない。そう思いますね。

     そして、中国戦略を具体化していくためには、情熱を持って中国市場に飛び込む気概が必要です。併せて、中国特有のカントリーリスクに目を配りながら、ビジネスに取り組んでいく冷静さも求められます。

     日本の中でも、関西は歴史的に中国と縁の深い地域です。中国の王毅駐日大使の話によれば、大阪港で扱われる貨物の60%が中国関連であり、関西国際空港の外国向け発着便では中国が最多だと言います。この一件を見てもわかるように関西と中国の間にはすでにしっかりしたパイプがあると考えていいでしょう。

     このパイプをさらに強固なものとし、いかにwin-winの関係を創っていけるか。そして「競争」ではなく、「共創」という意識で中国と向き合う。関西活性化のカギはこの点にかかっている、と私は思います。

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    ■脚注

    ※1:所得格差

    たとえば上海市民の平均所得はすでに5000ドルを超えている。一方で内陸部では1000ドルに満たない省がある。中国の今後の経済情勢については、こうした内陸部、西域の開発が大きな課題となっている。

    ※2:BRICs

    ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の英語頭文字をつなげた造語。米ゴールドマン・サックス証券が2003年10月に発表した投資家向け報告書「Dreaming with BRICs: The Path to 2050」のなかで初めて使用して以降、広く使われるようになった。この4カ国が現在のペースで経済発展をつづけると、2039年までにBRICsのGDPの合計が、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアのGDP合計を上回り、さらに2050年には、GDPの順位が、中国、アメリカ、インド、日本、ブラジル、ロシア、イギリスの順になると予想される。

    ■プロフィール

    沈 才彬 シン サイヒン

    テレビ・ラジオ・新聞・雑誌各メディアでの活躍のほか、企業や経済団体の講演で人気、注目を集めている中国経済アナリスト。

    1944年、中国江蘇省生まれ。81年中国社会科学院大学院修士課程終了。同年、中国社会科学院大学院専任講師に就任。84年東京大学客員研究員。その後早稲田大学、お茶の水女子大学、一橋大学の客員研究員を歴任し、2001年より三井物産戦略研究所中国経済センター長。著書に『チャイナ・ショック』『動き出した中国巨大IT市場』『中国経済読本』などがある。

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