【中国経済レポ−ト】
脱「爆食型成長」へ政策転換
沈 才彬
《エコノミスト》2005年4月26日号
******中国の資源は限られているし、世界の資源も無尽蔵ではなく、「爆食型成長」を是正しなければ、結局どの国も中国の高度成長を支えきれない。******
中国はいま高度成長が続き、ものすごいスピ-ドで変化している。中国経済拡張の規模、成長のスピ-ド、および世界へのインパクトなどはいずれも人々の予想を遥かに超えてきた。現代人の誰も経験したことがない「中国の台頭」という歴史的な出来事に対し、日米欧を含む諸外国は勿論のこと、中国自身も心の準備ができておらず、戸惑いを隠せない。まさに「中国の衝撃」である。
一方、当面続いている中国の経済拡張は素材・エネルギ-の爆食を特徴とするものであり、資源や環境に配慮せず、効率も伴っていないため、その脆弱さを否定できない。
●急成長 3つの特徴
◎猛スピ-ドで続く経済拡張
中国は2002年から新たな経済拡張期に入り、その経済規模と市場は加速度的に膨張しつつある。新たな拡張期の特徴を改めて分析しょう。
まずは経済規模の加速度的な拡大である。GDP成長率は2002年8.3%、03年9.3%に続き、04年はさらに9.5%を記録した。2004年中国のGDP規模は1兆6490億ドルに達し、拡張期に入った前の2001年に比べれば3年で1.5倍も拡大した。シェアで言えば、まだ世界全体の4%に過ぎないが、増加分で言えばその寄与度は18.2%にのぼり、世界経済のエンジンとなっていることは明らかである。
筆者の予測によれば、2006年に中国の経済規模は2兆ドル近くに達し、英国、フランスを抜き世界第4位になる。2010年には約2兆8000億ドルとなりドイツを抜いて世界第3位へ、2020年前後には5兆ドル以上にのぼり日本を凌ぎ世界第2位へ、そして2050年前後には米国を抜いて世界最大の経済大国になるであろう。ただし、これは現在の為替水準に基づく試算であり、もし人民元を切り上げ要れば、ドル換算で中国の経済規模拡大は更に早くなる。
◎大量生産・大量消費
経済拡張の2つ目の特徴は、大量生産・大量消費である。2001年に比べれば、中国は僅か3年間で粗鋼生産量は8割、鋼材8割強、造船8割、化繊7割、自動車1.2倍、カラ-テレビ8割、冷蔵庫1.2%倍、洗濯機8割弱、エアコン1.8倍、石炭7割弱、発電量5割弱と急増しており、膨張のスピ-ドはわれわれの想像を超える。現在、中国の粗鋼、石炭、セメント、化繊、化学肥料、家電など主要工業製品の生産量はいずれも世界の1位を占め、「世界の工場」という実態が浮き彫りになっている。
大量生産の背景には旺盛な国内需要があり、大量消費がもたらす結果とも言える。現代的消費の象徴とも言われる「3M」(自動車my car、住宅my home、携帯電話 mobile telecom)を例にすれば、2004年の消費量は2001年に比べ、自動車は倍増、携帯電話保有台数は2.3倍に拡大、都市部住宅建築面積は2000年から03年まで倍増した。
鉄鉱石、粗鋼、銅、アルミ、原油など素材・エネルギ-消費量もいずれ大幅な増加を示している。1995年に比べれば、03年中国の鉄鉱石海上輸送量(輸入)は4100万トンから1億4800万トンへと261.0%増、粗鋼消費は1億110万トンから2億4417万トンへと141.5%増、銅消費量は114万トンから309万トンへと171.1%増、アルミは194万トンから519万トンへと167.5%増、石油は328バレル/日から549バレル/日へと67.4%増となっている。
消費が爆発的に伸びる背景には国民所得水準の向上、急速な都市化、国民消費の近代化および鉄を中心とする重工業時代への突入という4つの要素がある。中国の都市部と農村部は1人当たり所得格差が実質上6倍あり、1人当たりエネルギ-消費量も3.5倍の格差があるため、1995年から毎年2000万人ずつ増え続ける都市部人口の急増は、国内消費を刺激する最大の要素と見られる。
◎素材・エネルギ−の「爆食」
急速な経済拡張の3つ目の特徴は、素材・エネルギ−の爆食である。
10年前の実績に比べれば、最近の消費急増は一目瞭然である。
まず素材分野を見よう。1995年中国は1億ドルGDPを創出するために消費した素材は粗鋼1万4686トン、銅165トン、アルミ282トンだった。それに対し、03年にそれぞれ1万7236トン(17.4%増)、217トン(31.5%増)、366トン(29.8%増)に増えた。
エネルギ-消費も同じ傾向を示している。1991-2001年の11年間、中国のGDP年平均伸び率は9.9%に達したが、基準炭換算のエネルギ-消費量は91年の10.4億トンから01年の13.5億トンへと1億トン増だけで、年平均すればほぼ横ばいであった。
ところが、2002−04年経済拡張期の3年間、GDP年平均伸び率9%に対し、基準炭換算のエネルギ-消費量は13.5億トンから19.7億トンへと急増し、年平均すれば毎年2億トン増の計算となる。言い換えれば、1991-2001年はエネルギ-消費量をほとんど増やさずに高度成長を実現したが、2002−04年経済拡張期では1ポイントのGDP成長率を押し上げるために、1.58ポイントのエネルギ-需要増を必要とした。エネルギ-の「爆食」ぶりと利用効率の急低下が明らかだ。
国際的に見れば、中国の素材・エネルギ−爆食のインパクトがものすごく大きい。中国『瞭望』週刊2005年2月28日記事によれば、2004年中国は9.5%の成長率で世界GDP全体の4%を創出したが、消費した原油は世界全体の8.1%、鋼材は27%、石炭は31%、セメントは40%を占めている。
特に、素材・エネルギ-需要増加分で見れば、世界経済に与えるチャイナインパクトは際立つ。1995年に比べ、2003年中国一国の消費増加分が同期世界需要増全体に占める割合は、粗鋼71.8%、鉄鉱石91.5%、銅52.3%、アルミ46.9%、原油24.8%にのぼった。2004年さらに世界原材料需要増加分の約71%は中国に吸い込まれた。旺盛な中国の国内需要は巨大なブラックホ−ルのような存在となっていることが浮き彫りになる。
●過剰消費経済の歪み
しかし、資源や環境にあまり配慮せず、効率も伴わない「爆食型成長」は素材分野の投資過熱、エネルギ−分野の需給バランスの崩れ、環境破壊、炭鉱やガス田爆発事故多発、生産性の低下など様々な歪みをもたらし、いま限界に来ていることは明らかだ。
まずは素材分野の投資過熱である。03年電解アルミの投資は前年比92%増、鉄鋼97%増、セメント121%増といずれも大幅な伸びを示した。2004年1〜3月期、上記3分野の投資はさらに熱を上げ、鉄鋼107%増、セメント101%増、電解アルミ39%増に達した。仮に建設中また計画中の投資案件が全部完成すれば、05年末までに上記3分野の生産能力は需要をはるかに上回る結果となる。こんな投資バブルを放置すれば、06年には設備・生産過剰の発生は避けられない。
◎深刻化する電力不足
エネルギ−分野の需給バランスも崩れている。2003年に全国31省・直轄市・自治区のうち、21が電力不足に陥り、上海、江蘇、浙江、広東など6省・市が一時的に停電に追い込まれた。2004年エネルギ−逼迫はさらに深刻化し、電力不足に陥った省・直轄市・自治区は24に増えた。
◎汚染排出量世界一
環境破壊も深刻化している。中国のCO2排出量は米国に次ぐ世界2位だが、ほかの汚染物排出量はいずれも世界1位。前出『瞭望』記事によれば、2004年中国の酸化窒素排出量は日本の27.7倍、ドイツの16.6倍、米国の6.1倍、インドの2.8倍に相当。SO2排出量は日本の68.7倍、ドイツの26.4倍に相当。現在、国土面積の3分の1は酸性雨に侵食され、大中都市340市のうち、60%は大気汚染に見舞われている。中国は環境汚染の超大国といわざるを得ない。
旺盛な国内需要のため、安全を無視して素材・エネルギ−生産を無理矢理に拡大する動きが全国各地で見られている。その結果、炭鉱やガス田爆発事故は後を絶たない。
◎エネルギ−利用効率は日本の4分の1
国際的に見れば、中国のエネルギ−利用効率の低さが目立つ。2004年、中国は1万ドルGDPを創出するためのエネルギ−消費量は世界平均水準の2.4倍、ドイツの5倍、日本の4.4倍、インドの1.6倍となっている(『瞭望』記事)。言い換えれば、中国のエネルギ−利用効率は世界平均水準の半分以下、ドイツの5分の1、日本の4分の1に過ぎず、同じ途上国のインドにも及ばない。
現在、中国の1人当たりエネルギ−消費量は先進国に比べまだ低く、約5分の1にとどまっているが、もし中国もアメリカ並みの水準に達すれば、世界エネルギ−のすべては中国一国の消費を満たせない状態となる。
中国は原材料・エネルギ-資源が乏しい国である。1人当たり資源占有量は、石炭が世界平均値の79%、鉄鉱石42%、銅18%、アルミ7.3%、石油11%、天然ガス4.5%となっている。1人当たり水資源占有量は、世界平均値の31%に過ぎず、2002年全国600都市の400市が水不足に陥った。
要するに、いまのような「爆食型成長」が続けば、中国自国の資源は勿論のこと、世界中どの国も中国の高度成長を支えることができない。素材・エネルギ−「爆食型成長」に明らかに限界にきており、「省エネルギ-・省原材料型成長」への転換、量的成長から質的成長への転換が行わなければ、高度成長の持続が難しい。
●政策転換で2006年から経済調整期
「爆食型成長」が限界に来ていることに対し、中国政府も危機感を強め、資源や環境に配慮し、人間と自然の調和、経済と社会の調和、経済と政治の調和を主な内容とする「調和の取れた成長」を目指す方針を打ち出している。この方針は今策定中の第11次5カ年計画の中心的なテ-マとなり、来年3月に開かれる全人代での採択を経て実行する見通しである。
「調和の取れた成長」転換の具体的な動きも出始めている。今年3月、国務院は鉄鋼業のマクロコントロ-ル強化を再確認した。鉄鋼製品の輸出を制限するため、なるべく早い時期にビレットとインゴットの輸出税還付を取り消し、鉄鉱石の輸入についても規制を厳しくする方針を示した。
「爆食型成長」から「調和の取れた成長」への本格的な転換によって、経済調整が避けられない。2002年から始まった経済拡張期は年内に終わりを告げ、来年からは経済調整期に入る見通しである。
調整局面に入れば、9%台の高度成長が期待されず、経済減速が予想される。ただし、今の中国経済は正に走行中の自転車のように、速度が速すぎれば(成長率が9%を超える場合)危険が大きいが、逆に失速すれば(7%を下回った場合)倒れる恐れも出てくるため、一定の速度を保つことが必要である。また、北京五輪(2008年)、上海万博(10年)も控えているため、仮に経済調整期に入っても、急ブレ-キがかかることが考えられず、失速はしないだろう。今年の経済成長率は8.5%前後になり、北京五輪開催まで7.5-8%成長が続くという見方は妥当と思われる。
●日本企業の出番が増える
ここ10年、日本経済の対中依存度も急速に高まっている。輸出の対中依存度(総輸出に占める対中輸出の比率)は、94年に比べ03年は2.5倍(4.7%→12.1%)、GDPの対中依存度(GDPに占める対中輸出の比率)は3倍(0.4%→1.3%)も拡大した。
さらに、2004年中国はアメリカに代わり日本の最大の貿易相手国になった。中国経済は減速すれば、日本の対中輸出に打撃を与え、いま踊り場にある日本経済へのダメ-ジも避けられない。日本企業は調整局面の到来に備え、早急に適切な対策を取らなければならない。
日本企業にとって、新たなビジネスチャンスの創出はより大切と思う。中国の成長方式の転換に伴い、鉄鋼、化学などの素材分野および造船、海運、建設機械、工作機械など関連分野では、経済拡張期のような対中輸出大幅増がもはや期待されない。だが、省エネ・新エネなどのエネルギ−関連ビジネス、脱硫など大気汚染防止、水浄化、汚水処理、海水淡水化など環境ビジネスのチャンスが増える。
例えば海水淡水化である。中国では長江以南の地域は水資源が豊富で洪水被害に苦しむ年が多いが、北方地域では逆に水不足が深刻な問題となっている。中国政府は「南水北調」(南方の水を北方に調達する)プロジェクトを実施し、北方地域の水不足を解決しょうとしている。しかし、「南水北調」のコストは1トン当たり約4元(1元約13円相当)で相当高い。
励以寧・北京大学教授によれば、現在、海水淡水化の1トン当たりコストは約5元で、もし4元以下に低減できれば、「南水北調」を行わなくても、黄海・渤海の海水を淡水化すれば水不足の問題が解決できるという。中国はこうした分野の技術を求めている。
省エネ・新エネ、環境ビジネスなどの分野はいずれも日本の得意な分野であり、技術・ノウハウの蓄積がある。「調和の取れた成長」に向かい、日本企業の出番がむしろ増えてくるだろう。
●日中双方向ビジネスの時代が訪れる
さらに、中国のヒト、モノ、カネの流れの構造的な変化に着眼すれば、日中双方向ビジネスも広がる。まずはヒトの流れである。中国はこれまで外国人観光客の受け入れ国として知られてきたが、2004年に一転してアジア最大の観光客輸出国となった。中国の出国者人数は前年比41%増の2850万人にのぼり、日本の1683万人より約1200万人も多い。より多くの中国人観光客を誘致することは、日本企業のレジャ−関連ビジネスのチャンスになるのみならず、日本経済の活性化にも繋がる。
次はモノの流れである。現在、中国は「世界の工場」にとどまらず、巨大な市場にもなっている。中国の輸出入の急増によって、世界の物流構造は激しく変化している。2004年世界主要港のコンテナ取扱量は1位香港、2位シンガポール、3位上海、4位深?、5位斧山、6位高雄の順で、ベスト6はいずれも中国関連のビジネスに関係している。
これに伴い、日本の物流構造も、これまで米国中心から中国中心へ変わりつつある。財務省の貿易統計によれば、04年日本を基点とする物流(貿易)全体に占めるシェアは、中国(香港を含む)はトップで20.1%、2位の米国(18.6%)を大きく上回っている。
最後はカネの流れである。これまで中国をめぐる資本の流れは基本的に一方通行で、中国は海外から膨大な資本を取り込むことで高度成長を牽引してきた。しかし最近では中国から海外に向かう資本逆流が起きている。例えば、2002年に日本の中堅印刷メ-カ-の秋山印刷機械、2004年には老舗の工作機械メ-カ-、池貝は相次いで上海無電気に買収された。昨年末に中国のパソコンメ-カ-最大手の聯想(レノボ)集団が米IBMのパソコン事業を買収したのも記憶に新しい。中国企業の海外進出は大きな流れとなり、日中資本の双方向交流の時代が訪れてくる。
中国への一方的なヒト・モノ・カネの流れがいずれも双方向になってきた。ダイナミックな変化が起きつつある。そこには必ずビジネスチャンスが生まれるだろう。日本企業はこの時代の変化を敏感に捉え、「日中双方向ビジネス」の創出に注力すべきである。
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