【中国経済レポ−ト】
中国経済の行方−その影響と日本企業の対応−
沈 才彬
《Engineering》2005年2月号
●世界経済成長の第5の波
2004年10月末、経済同友会主催の第30回日本・ASEAN経営者会議は東京で開かれ、筆者は「発展する中国のASEAN・日本経済への影響」をテ−マに特別講演を行った。日本・ASEAN経済界のリ−ダたちの会議だが、主な議題の1つは中国経済の影響であり、陰の主役は中国と言っても言い過ぎではないだろう。
それでは今なぜ中国か。実際、21世紀に入って、世界経済にとって最も重要な変化は、中国は世界経済に影響される方から影響する方に変わったことである。存在感と影響力を急速に増している中国とどう向き合うか、いかに中国の高度成長からエネルギ−と活力を取り入れ、自国の経済成長に繋がるかは、日本を含むアジア各国の課題となっている。
世界経済史から見れば、中国の躍進はいったいどういう位置づけだろうか。近代史において、これまで世界の経済成長に巨大な影響を与えた歴史的な出来事は4回あった。18世紀半ば英国の産業革命、19世紀後半米国の台頭、20世紀半ば日本・西ヨ−ロッパ諸国の高度成長、20世紀90年代米国のIT革命である。21世紀にBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれるエマ−ジング諸国の離陸、特に中国の躍進は、正にこれらに次ぐ世界経済成長の第5の波となる。
西側先進7国総人口の2倍に相当する巨象・中国という新しいス−パ−パワ−の出現は、世界を震撼させるほどインパクトがある。現在、中国は世界経済のエンジンとなっており、東アジアでは中国の高度成長から恩恵を受けない国がいない。一方、仮に中国経済は変調すれば、アジア諸国にとって大きなダメ−ジも避けられない。中国経済を抜きにして自国の景気動向を語れないことは東アジアの現実となっている。
●巨大市場は「妄想」か?
ところが、いまだに中国の巨大市場の現実を否定するマスコミの論調がある。2005年1月17日号『Nikkei Business』誌は「巨大市場は妄想だ」という目立つ見出しで同誌編集長の取材記事を掲載し、中国は「頑張って、せいぜい世界の工場という程度で、巨大市場となるのはかなり先のことだ」と結論つけた。
本当に中国の巨大市場は「妄想」か?事実をして語らしめよう。
輸入規模は一国の市場の大きさを測る重要なデ−タである。03年中国の輸入総額は前年比40%増の4150億ドルにのぼり、99年に比べ2.5倍拡大した。同年世界ランキングでは、中国は一気にフランス、イギリス、日本3カ国を追い抜き、第6位から第3位へ躍進した。04年中国の輸入総額はさらに前年比36%増の5614億ドルに膨んだ(図表1)。筆者の予測によれば、06年に中国はドイツを凌ぎ世界第二位の輸入大国となり、10年に輸入規模は1兆ドル前後に拡大し米国に迫る見通しである。
次に、日本にとって対中輸出は中国が巨大市場であるかどうかを測る最重要な指標と思われる。日本経済はいま確実に景気回復に向かっているが、その牽引役は実は対中輸出である。2003年日本の総輸出は円ベ−スで前年に比べ4.7%増えた。同年米国向け輸出はマイナス9.8%で、金額べ−スでは1兆4603億円減少した一方、対中輸出(香港を含まず)は前年比33.3%増(円べ−ス。ドルべ−スでは43%増)を記録した。通年日本の総輸出増加分2兆4533億円のうち、中国向け増加分は1兆6580億円にのぼり、香港向け増加分の2802億円を加算すれば、輸出増加分の8割近くが中国の貢献である。対中輸出の増加がなければ、2003年日本の輸出拡大も景気回復も語れないことは自明の理である。日本の景気回復を支える陰の主役は中国と言っても決して過言ではない。
04年1-11月、日本の対中輸出は更に拡大し、中国向けは前年同期比21.8%増の7兆2717億円、香港向けは11.7%増の3兆5003億円となり、合計10兆7720億円で米国の12兆5379億円(2%増)に肉薄している。
対中輸出の急増によって、日本の輸出構造には大きな変化が起きている。総輸出に占める米国のシェアは、98年の30.5%から03年の24.6%、04年1-11月期の22.5%へ低下したのに対し、中国(香港を含む)のシェアは98年の11%から03年の18.5%、04年1-11月期の19.3%へと急速に拡大している。2年前、筆者は2010年前後に中国が米国に代わり日本の最大輸出市場となると予測していたが、実際は予測より3年前倒しで07年までに実現する可能性が出てきた。
こうした中国市場の大きな変化を無視し、いまだに「巨大市場は妄想だ」と主張する『Nikkei Business』誌の論調は、その客観性と信憑性が疑われ、隔世の感を否めない。
●中国に需要・消費ショック
ビジネス実務の観点から見ても、「中国の巨大市場は妄想だ」という論調は明らかに有害無益なものである。中国要素による国際市場への大きな影響を無視して日本企業をミスリ−ドするからだ。
現在、鉄鋼、銅、工作機械、携帯電話、家電製品及びビールをはじめ多くの分野では、中国の消費規模は既に日米を抜いて世界1位を占めているが、かような分野は今後さらに増える。実際、中国はいま需要ショックと消費ショックが起き、世界経済に大きなインパクトを与えている。チャイナインパクトがいかに大きいかを消費分野別に見てみよう。
中国の粗鋼消費は1995年の1億110万トンから03年の2億4417万トンへと141.5%増となり、同期世界粗鋼消費増加分の71.8%を占める。このほか、鉄鉱石海上輸送量(輸入)は4100万トンから1億4800万トンへと261%増、銅消費量は114万トンから309万トンへと171.1%増、アルミは194万トンから519万トンへと167.5%増、石油は328万バレル/日から549万バレル/日へと67.4%増、大豆は1410万トンから3890万トンへと175.9%増、自動車は156万台から439万台へと181.4%増となっている。中国一国の消費増加分が世界需要増全体に占める割合は、鉄鉱石91.5%、銅52.3%、アルミ46.9%、石油24.8%、大豆35.3%、自動車33.5%にのぼる。
粗鋼、鉄鉱石、銅、アルミ、石油、大豆などの商品はいずれも中国の国内生産が需要に追付かず、海外から大量輸入せざるを得ず、結果的には国際価格の大幅な上昇をもたらした。中国に起きた需要ショックと消費ショックは、日本を含む世界経済を牽引するエンジンとなる一方、国際市場価格の上昇など世界経済を圧迫するマイナス要素とも指摘されている。実際、需要サイドから見れば、最近大幅な原油高や鋼材、鉄鉱石、スクラップ、ニッケル、石炭など素材価格急騰の最大の要素はいずれも中国である。日本企業は中国の動きが国際価格を大きく左右する現実を直視し、早急に対応策を講じなければならない。
●高まる日本の対中依存度
中国の高度成長持続と巨大市場化によって、ここ10年、日本・韓国・ASEAN経済の対中国依存度は急速に高まっている。輸出の対中依存度(総輸出に占める対中輸出の比率)は、94年に比べ03年は日本2.5倍増(4.7%→12.1%)、韓国3.3倍増(6.1%→20.1%)ASEAN3倍増(2.6%→8.2%)。GDPの対中依存度(GDPに占める対中輸出の比率)は、日本3倍増(0.4%→1.3%)、韓国4.3倍増(1.5%→6.5%)、ASEANは5倍近く増加(1.2%→5.8%)。2010年前後、日本の対中依存度はさらに拡大することが予想される。
対中依存度の急拡大によって、これまで米国の景気動向のみを注目すれば良かった時代は確実に終わり、中国のマ−ケットを抜きにして日本の景気動向も産業発展も語れない時代が訪れた。日本企業はこの重要な変化に応え、新しいビジネス戦略の構築を急がなければならない。
●誰が中国の巨大市場を牽引するか
これまで中国は「世界の工場」と言われてきたが、いまは急速に「巨大市場」へ変わりつつある。それではいったい誰が中国の巨大市場を牽引しているか。深く掘り下げれば、国民の豊かさの実現、急速な都市化、3大成長エリアの形成および富裕層の出現という4つの要素が浮上する。そのうち、急速な都市化は巨大市場を牽引する主な原動力と見られる。
中国の都市化のスピ−ドアップは1996年頃から始まったものである。これまで都市人口は毎年約1000万人ずつ増え続けてきたが、96年以降毎年2000万人ずつ増え続けている(図表4)。中国都市部では「1人子政策」を比較的に徹底しているため、毎年2000万人増は都市人口の自然増加ではなく、主に工業化の進展と急速な都市化による農村部からの人口移動と考えられる。これは中国の人口構造の変化からも裏付けられている。
96-03年の8年間、中国の総人口に占める農村人口の割合は95年の70.96%から03年の59.47%へと11ポイント下がった一方、都市人口の比率は29.04%から40.53%へ増加した。人口構造の変化の背景には、都市化の進展に伴う農村部から都市部への大規模な人口移動があることが明らかである。
「1人子政策」のため、中国の人口伸び率は90年代初頭から鈍化し毎年約1000万人ずつ増え続け、04年の総人口は95年より9000万人増加した。都市部に比べ、農村部では「1人子政策」が徹底していないため、この9000万人の総人口増加は主に農村部人口の自然増加と見られる。
ところが、人口の自然増加にもかかわらず、農村人口は1995年にピ-クの8億5947万人を記録した後、減少傾向に入り、96年から毎年約1000万人ずつ減り続けてきた。その結果、95-04年の10年間、農村人口は約1億人も減少した一方、都市人口は逆に2億人も増加した。
周知のとおり、中国の都市部と農村部の収入格差が大きく、1人あたりGDPで見れば、実質6倍(名目は3倍)以上のギャップがある。言うまでもなく、中国消費市場の主力は都市人口である。消費の視点から見れば、中国毎年2000万人ずつ都市人口の増加は意味が大きく、単純に計算すれば5年ごとに1億人規模の新しい巨大市場が出現する。住宅消費を例にすれば、毎年2000万人分の住宅を建てなければならず、膨大な鉄鋼、セメントなどが必要になる。これは不動産、鉄鋼、セメントなどの分野が過熱になる重要な要素と見られる。
●過熱経済の行方
日本を含む世界各国に大きな影響を与えている中国経済は、いま1つの転換点に来ている。アジア通貨危機以降ずっと続いて来た成長率低迷の局面から脱却し、新たな拡張期に入った。02年の8%成長に続き、03年のGDP伸び率は9.3%、04年1−9月期は9.5%にのぼり、経済拡張の勢いが凄まじい。一方、長引いてきたデフレ圧力も後退し04年からインフレ懸念が強まっている。
新たな経済拡張期に入った中国GDPの拡大が目立つ。2000年に1兆ドル大台に上がったGDPは、04年1.5兆ドルに膨らみ、僅か4年間で5割も拡大した。筆者の予測によれば、中国のGDP規模は10年前後に2.5兆ドルにのぼりドイツを抜き世界第3位へ。20年前後に5兆ドルに拡大し日本と肩を並べるかそれを上回る世界第2位へ。50年前後に米国を凌ぐ世界最大の経済パワ−になる可能性も高い。これはあくまで現在の為替水準をべ−スに試算した結果であり、仮に人民元切り上げ要素を考えれば実際の経済規模は更に大きくなる。
しかし一方、バブル懸念も強まっており、過熱経済の行方は心配される。現在、中国経済は投資、銀行貸出、マネ−サプライという3つのバブル懸念を抱え、そのうち不動産、電解アルミ、鉄鋼、セメントなど一部の分野の投資過熱ぶりが特に際立つ。過熱を放置すれば、バブル崩壊の恐れがある。
過熱経済の行方につき、次の3点を述べたい。1つは人間の体温に喩えれば、中国経済はいま摂氏38度ぐらいの発熱状態となっており、解熱剤を投入しなければ40度ぐらいの高熱に上がって倒れる恐れがある。
2つ目は、中国政府は今年4月からマクロコントロ−ル政策と金融引締め政策を導入し、過熱抑制に動き出し、効果も徐々に出ている。過熱抑制によって、経済成長は減速があっても失速はないだろう。
3つ目は2008年北京オリンピック開催まで経済成長の波が多少あっても、年平均8%の高成長は続くという見通しには変わりがない。
●「もはや日本国内だけでは飯が食えない」
ビジネスの観点から、次の3点は日本企業にとって極めて重要であり、常に念頭に置くべきだと思われる。
まずは、バイオ、ナノテク、液晶、デジタルなど一部の新興分野を除き、日本の産業分野のほとんどは国内需要がほぼ飽和状態となっており、「もはや国内だけでは飯が食えない」という厳しい現実に直面していることである。
ピ-ク時に比べれば、日本の国内需要は粗鋼3割減、自動車3割減、酒類4割減、新設住宅着工戸数4割減、工作機械7割減、紙・パルプ1割減、エチレン1割減、プラスチック1割減となっており、市場規模の縮小傾向が鮮明になっている。エンジニアリング分野も同様な傾向を示している。
予測によれば、2006年から日本の人口は減少傾向に入り、少子高齢化はいっそう加速する。総人口の減少によって、国内需要のさらなる縮小が避けられない。日本企業は生き残るために、海外市場の開拓が必要だが、アメリカ市場もEU市場も日本と同じように飽和状態に近づいている。頼るのはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれるエマ−ジング市場であり、そのうち現実的に最も有望なのは中国市場である。日本企業は長期的な視野に立つ対中戦略の構築を急ぐ必要がある。
●「政冷経熱」から「政経両熱」へ
2つ目は中国における日本のプレゼンスの低下と日中関係の「政冷経熱」の現状である。日本における中国のプレゼンスの向上と対照的に、中国における日本のプレゼンスが相対的に低下している。中国の税関統計によれば、04年中国の輸出入合計は前年同期比35.7%増の1兆1574億ドルにのぼり、貿易相手国のうちEUが1位(1772億ドル)に浮上、米国は2位(1696億ドル)へ躍進、これまでずっとトップの座をキ−プしてきた日本は3位(1678億ドル)へ転落。
現在、日中関係は「政冷経熱」(冷たい政治関係、熱い経済交流)が続いている。小泉首相の靖国神社参拝をきっかけに、中国国民の対日感情は急速に悪化し、日中政府首脳同士の相互訪問は3年間も途絶えている。領土・領海問題を加え、最近、日中間の険悪な雰囲気が漂っている。日中関係を改善しないと、経済交流にも悪影響を及ぼしかねず、中国における日本のプレゼンスの更なる低下が避けられない。いかに「政冷経熱」から「政経両熱」へ転換するかが日中両国の共通の課題である。
●中国の経済成長に4つのハ−ドル
3つ目は中国ビジネスリスクである。発展する中国は日本を含む世界各国に多くのビジネスチャンスをもたらしている。しかし一方、中国ビジネスリスクも見落としてはいけない。短期的には前に述べた投資、銀行貸出、マネ−サプライという3つのバブル懸念があるが、中長期的に見れば、「2006年問題」、「2008年問題」、「2010年問題」、「2015年問題」なども懸念される。
いわゆる「2006年問題」は不良債権の問題である。2003年中国のGDP規模は日本の3分の1強に過ぎないが、不良債権総額は日本の1.1倍、不良債権比率は日本の2.3倍、不良債権総額がGDPに占める比率は日本の3.6倍となり、不良債権問題がいかに深刻化しているかが裏付けられている。中国政府のWTOに対する公約によれば、2006年に人民元取り扱い業務に対する外資規制を撤廃しなければならない。金融市場の開放によって、中国金融機関が持つ顧客と人材は外資系銀行にシフトし、不良債権問題はさらに悪化し、金融危機に繋がる恐れがある。
「2008年問題」とは台湾独立の懸念をいう。2008年に台湾総統選挙があり、独立かどうかが総統選挙の最大の争点となり、中台関係の緊迫が予想される。2008年は北京オリンピック開催の年でもある。中台関係が緊迫する中で、オリンピック開催が成功できるかどうか、中国は厳しい試練を待ち受けている。
いわゆる「2010年問題」は政治民主化のリスクである。改革・開放政策実行以降、これまで中国は経済成長の挫折を3回も経験した。1981年、86年、89年である。いずれも民主化運動の壁にぶつかった結果であった。経済問題だけで成長挫折のケ−スは一度もなかった。その意味では、政治民主化問題は中国の経済成長に横たわる最大の壁と言えよう。
これまでの経験則によれば、国民は豊かになればなるほど、経済の自由化のみならず政治の民主化も求める。1人当たりGDPが2000ドルを突破すれば、政治民主化実現の可能性も出てくる。例えば、欧州のスペイン、アジアの韓国と台湾地域などはいずれも2000ドルの壁を突破した段階で民主化が実現したのである。2010年に中国の1人当たりGDPが2000ドルを突破し、大きな転換点になる可能性が大きい。1989年「天安門事件」のような民主化運動が発生すれば、政治混乱のリスクが懸念される。
「2015年問題」とは石油危機の恐れである。96−03年中国の年平均GDP成長率8.3%に対し、原油需要伸び率は6.4%に達した。言い換えれば、GDP成長率を1ポイント押し上げるためには、0.8ポイントの原油需要増が必要である。この実績をべ−スに試算すれば、2015年に中国の原油需要は03年(552万b/d)の2倍、原油輸入(03年193万b/d)は3倍に拡大する見通しである。安定的な原油供給が確保できるかどうかが懸念され、確保できない場合は石油危機が起こり、経済成長の挫折が避けられない。
要するに、日本企業は中国ビジネスを展開する時、チャンスとリスクの両方を複眼的に見ておかなければならない。
日本の景気動向や産業の発展が中国市場に益々大きく依存する現在、いかに中国の活力を取り込み、その成長から最大限に利益をとるかが日本企業の最重要課題となっている。言うまでも無く、日本企業は情熱をもって中国の巨大市場を取り込むべきである。一方、バブル懸念、不良債権問題などビジネスリスクに対し冷静な頭脳を持つことも極めて大切である。
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