【中国経済レポ−ト】
中国の巨大市場は妄想か?
沈 才彬
《世界週報》2005年4月19日号
さる1月下旬、財務省は2004年日本の対中国(香港を含む)輸出入合計が前年同期比17%増の22兆2005億円に達し、米国の20兆4795億円(1.2%増)を上回る結果を発表した。この米中逆転劇によって、米国は戦後60年近くずっとキープしてきた日本の貿易相手国トップの座を中国に明け渡した。歴史的な出来事であった。
ところが、いまだに中国の「巨大市場は妄想だ」と主張するマスコミの論調がある。本当に中国の巨大市場は「妄想」か?事実をして語らしめよう。
●中国の輸入規模は日本の1.2倍
輸入規模は一国の市場の大きさを測る重要なデ−タである。2003年中国の輸入総額は前年比40%増の4150億ドルにのぼり、99年に比べ4年で2.5倍拡大した。同年世界ランキングでは、中国は一気にフランス、イギリス、日本3カ国を追い抜き、第6位から第3位へ躍進した。04年中国の輸入総額はさらに前年比36%増の5614億ドルに膨らんだ。
筆者の予測によれば、06年に中国の輸入規模は8000億ドル近くにのぼり、ドイツを凌ぎ世界第二位の輸入大国となる。10年には1兆ドル超に拡大し第1位の米国に迫り、日本の2倍になる見通しである。
現時点で世界第3位を占め、輸入規模は日本(4545億ドル)の1.2倍強に相当する中国を「巨大市場は妄想だ」と断定したあるビジネス誌の主張は、中国の現実とビジネスの実態から甚だ乖離したものと言わざるを得ない。
中国の輸入規模の拡大は外国企業にとって、対中輸出チャンスの拡大を意味するものである。日本企業は中国の輸入規模急拡大の動きを見逃さずに、戦略ビジョンをもって迅速な対応を取らなければならない。
●日本の対中輸出は米国向けに肉薄
次に、日本にとって対中輸出は中国が巨大市場であるかどうかを測る最重要な指標と思われる。
本誌2004年11月2日号に掲載した筆者の論文に述べたように、日本経済はいま確実に景気回復に向かっているが、その牽引役は実は対中輸出である。2003年日本の総輸出は円ベ−スで前年に比べ4.7%増えた。同年米国向け輸出はマイナス9.8%で、金額べ−スでは1兆4603億円減少した一方、対中輸出(香港を含まず)は前年比33.3%増(円べ−ス。ドルべ−スでは43%増)を記録した。通年日本の総輸出増加分2兆4533億円のうち、中国向け増加分は1兆6580億円にのぼり、香港向け増加分の2802億円を加算すれば、輸出増加分の8割近くが中国の貢献である。対中輸出の増加がなければ、2003年日本の輸出拡大も景気回復も語れないことは自明の理である。日本の景気回復を支える陰の主役は中国と言っても決して過言ではない。
04年、日本の対中輸出は更に拡大し、中国向けは前年比20.5%増の7兆9963億円、香港向けは10.9%増の3兆8315億円となり、合計11兆8277億円で米国の13兆7205億円(2.3%増)に肉薄している。総輸出に占める米中のシェアも大きく変わっている。米国のシェアは98年の30.5%から03年の24.6%、04年の22.4%へ低下したのに対し、中国(香港を含む)のシェアは98年の11%から03年の18.5%、04年の19.3%へと急速に拡大している。筆者の予測では、2007年までに中国は米国の代わりに日本の最大輸出市場となるだろう。
こうした日本の輸出構造の大きな変化を無視し、いまだに中国の「巨大市場は妄想だ」と主張する論調は、その客観性と信憑性が疑われ、隔世の感を否めない。
●国際価格を左右する中国インパクト
ビジネス実務の観点から見ても、「中国の巨大市場は妄想だ」という論調は明らかに有害無益なものである。中国要素による国際市場への大きな影響を無視して日本企業をミスリ−ドするからだ。
現在、鉄鋼、銅、工作機械、携帯電話、家電製品及びビールをはじめ多くの分野では、中国の消費規模は既に日米を抜いて世界1位を占めているが、かような分野は今後さらに増える。実際、中国はいま需要ショックと消費ショックが起き、世界経済に大きなインパクトを与えている。チャイナインパクトがいかに大きいかを消費分野別に見てみよう。
中国の粗鋼消費は1995年の1億110万トンから03年の2億4417万トンへと141.5%増となり、同期世界粗鋼消費増加分の71.8%を占める。さらに2004年中国の粗鋼生産が2億7000万トンに達したのにもかかわらず、海外から2930万トンを輸入した。同年の消費規模(国内生産量+輸入量−輸出量)は2億8507万トンにのぼり、前年比16.8%増えた。
04年中国の原油消費は前年比14.1%の630万バレル/日にのぼり、消費増加分(78万バレル/日)は米国(47万バレル/日)の1.7倍、世界需要増全体の約3分の1に相当する。
鉄鉱石輸入量は04年に2億809万トンへと前年比71.1%増となり、世界需要増の大半は中国一国が占めて入る。
04年自動車の国内新車販売台数は前年比15%増の507万台にのぼり、今年は600万台を突破し、日本を上回る見通しとなる。
粗鋼、鉄鉱石、銅、アルミ、石油、大豆などの商品はいずれも中国の国内生産が需要に追付かず、海外から大量輸入せざるを得ず、結果的には国際価格の大幅な上昇をもたらした。中国の需要喚起と消費拡大は、日本を含む世界経済を牽引するエンジンとなる一方、国際市場価格の上昇など世界経済を圧迫するマイナス要素とも指摘されている。
実際、需要サイドから見れば、最近大幅な原油高や鋼材、鉄鉱石、スクラップ、ニッケル、石炭など素材価格急騰の最大の要素はいずれも中国である。日本企業は中国の動きが国際価格を大きく左右する現実を直視し、早急に対応策を講じなければならない。
●高まる日本の対中依存度
中国の高度成長持続と巨大市場化によって、ここ10年、日本・韓国・ASEAN経済の対中国依存度は急速に高まっている。輸出の対中依存度(総輸出に占める対中輸出の比率)は、94年に比べ03年は日本2.5倍増(4.7%→12.1%)、韓国3.3倍増(6.1%→20.1%)ASEAN3倍増(2.6%→8.2%)。GDPの対中依存度(GDPに占める対中輸出の比率)は、日本3倍増(0.4%→1.3%)、韓国4.3倍増(1.5%→6.5%)、ASEANは5倍近く増加(1.2%→5.8%)(図表4)。今後、日本の対中依存度はさらに拡大することが予想される。
対中依存度の急拡大によって、これまで米国の景気動向のみを注目すれば良かった時代は確実に終わり、中国のマ−ケットを抜きにして日本の景気動向も産業発展も語れない時代が訪れた。日本企業はこの重要な変化に応え、新しいビジネス戦略の構築を急がなければならない。
●「もはや日本国内だけでは飯が食えない」
ビジネスの観点から、次の3点は日本企業にとって極めて重要であり、常に念頭に置くべきだと思われる。
まずは、「もはや国内だけでは飯が食えない」という現状認識が必要である。現在、バイオ、ナノテク、液晶、デジタルなど一部の新興分野を除き、日本の産業分野のほとんどは国内需要がほぼ飽和状態となっている。次は産業分野別に述べる。
●携帯電話
携帯電話契約数は既に9000万人突破し、普及率は75%に達している。月ごとの契約増加数は04年5月に過去最低を記録し、端末の国内出荷も同年2月から6カ月連続で前年割れが続く。日本国内市場の飽和が明らかになっている。
一方、中国の携帯電話保有台数は04年末時点で世界最大規模の3億3000万台にのぼり、03年末より7000万台増え、第2位のアメリカより1億5000万台も多い。にもかかわらず、普及率でいえばなお25%にとどまり、市場の潜在力の大きさが裏付けられる。
●紙・パルプ
日本の紙・パルプの国内需要はいずれも2000年から縮小傾向に入った。紙類は2000年の3186万トン、パルプは同年の1440万トンをピ−クに、今は下り坂を辿っている。
一方、中国の紙類消費規模は既に日本を上回り、世界2位を占めているが、1人あたり消費量が02年時点で33.2キロ・グラムにとどまり、韓国の5分の1、日本の7分の1、米国の9分の1に過ぎず、世界の平均水準(53.7キロ・グラム)にも達していない。
●自動車
日本の国内販売台数は最高を記録したのは、1990年(777万台)のことであり、その後は減少傾向が続き、03年の販売台数は600万台を割り、582万台にとどまった。一方、03年中国の新車販売台数は前年比36%増の439万台となり、04年も15%の500万台を超え、日本に迫る勢いである。しかし、自動車保有台数は3000万台弱であり、普及率でいえば2%程度にとどまっている。予測によれば、中国の自動車の国内需要は05年に日本を上回り、20年米国を凌ぐ見通しとなっている。
●鉄鋼
日本の銑鉄需要は1974年(9171万トン)をピークに、粗鋼需要は90年(9903万トン)をピークにいずれも国内市場が縮小している。粗鋼を例にすれば、03年の内需規模は90年の7割強となっている。一方、中国の粗鋼需要は日本の3倍となっているが、1人あたり消費量では日本の3分の1強に過ぎない。3M(マイカー、マイホ−ム、モバイルテレコム)ブームを考えれば、中国の粗鋼需要が伸び続けることは確かである。
●エチレン
日本のエチレン需要は1991年(604万トン)、プラスチック需要は1997年に最高を記録した後、需要低迷が続いている。
●酒類
日本の酒類全体とビールの1人当たり消費量はいずれも1994年をピークに減少傾向が続いている。一方、中国のビール消費規模は既に世界1位、日本の3倍強に相当するが、1人あたり消費量は日本の3分の1に過ぎない。
●工作機械
日本の工作機械の国内需要は急速に縮んでいる。金額べースでは03年の実績はピーク期(1990年)の3割弱に過ぎない。
●新設住宅
日本の新設住宅着工戸数は1972年の186万戸がピークとなり、03年の実績(116万戸)はピーク期の6割に過ぎない。中国の都市部人口は毎年2000万人ずつ増え続けているが、1家庭4人家族で考えれば、単純計算で都市部増加人口だけで毎年500万戸の新設住宅が必要となり、日本の新規需要の4倍となる。
要するに、一部の新しい分野を除いて、日本の国内需要は飽和状態となっており、市場規模の縮小傾向が益々鮮明になっている。日本企業は「もはや国内だけでは飯が食えない」時代に突入している。さらに2006年から日本の総人口は減少傾向に入り、少子高齢化はいっそう加速する。総人口の減少によって、国内需要のさらなる縮小が避けられない。日本企業は生き残るために、新興分野の創出と海外市場の開拓が不可欠である。
しかし海外市場といえば、アメリカ市場もEU市場もほとんどの分野では日本と同じように飽和状態にある。頼るのはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれるエマ−ジング市場であるが、そのうち日本にとって現実的に巨大市場といえるのは中国だけである。
2004年、日本の中国(香港を含む)向け輸出(11兆8277億円)はブラジル向け(2540億円)の46.6倍、インド向け(3291億円)の35.9倍、ロシア向け(3416億円)の34.6倍となり、これらの数字を見れば中国市場の持つ意味がいかに大きいかが一目瞭然である。日本企業は長期的な視野に立つ対中戦略の構築を急ぐ必要性が自明の理である。
●中国をめぐる人流・物流・金流の構造的変化に注目
2つ目は中国をめぐる人流(ヒトの流れ)、物流(モノの流れ)、金流(資本の流れ)の構造的な変化に注目することである。
中国をめぐる人流(ヒトの流れ)、物流(モノの流れ)、金流(資本の流れ)の構造的な変化は、まさに中国ダイナミズムの具現である。日本企業はこの3つの流れの激しい変化に迅速に対応できなければ、世界の潮流から外される恐れがある。
まずは人流の変化である。中国はこれまで外国観光者受け入れ国として知られてきた。2004年海外からの入国者は1億人を突破し、一泊以上の入国者は4100万人で、世界第4位の観光者受入国となった。一方、高度成長持続の恩恵を受け、中国の国民生活水準が向上した結果、海外観光もいまブームとなっており、2004年出国者数は前年比41%増の2850万人にのぼる。日本の1683万人より約1200万人も多く、アジア最大の観光者輸出国となった。2020年まで、毎年10%以上の出国者伸び率が期待できる。
こうした中国をめぐる人流の変化は観光立国を目指す日本にとっては、大きなチャンスになる。いかにより多くの中国人観光客を日本に来てもらうかが、経済の活性化に大きくかかわる重要な課題となる。
●日本を基点とする物流構造が中国中心へ
次は中国をめぐる物流構造の変化である。現在、中国の輸出入の急増によって、世界の物流構造は激しく変化している。2003年世界の港のコンテナ取扱量は1位香港、2位シンガポール、3位上海、4位深?、5位斧山、6位高雄の順で、ベスト6はいずれも中国関連業務が中心である。
日本を基点とする物流構造も大きく変わっている。これまで米国を中心とする日本の物流構造はいま中国中心へ変わっていく。図表6のとおり、財務省の貿易統計によれば、04年日本を基点とする物流(貿易)全体に占めるシェアは、中国(香港を含む)はトップで20.1%、2位の米国(18.6%)を大きく上回り、今後この変化はさらに加速する見通しである。日本企業はこの物流構造の大きな変化を見逃してはいけない。
●一方通行から双方向交流に変わる金流の変化
最後は金流の変化である。2004年中国の対内直接投資は600億ドルを超え、米国に次ぐ世界第二位の直接投資受入れ国となっている。統計によれば、04年末までに、中国に進出した外国企業は累計で50万社超、契約べース金額では1兆ドル超、実績べース金額では5600億ドルを超えている。対内直接投資累計額がGDPに占める割合は36%にのぼる。膨大な外国投資は高度成長の原動力の1つとなり、大きな役割を果たしている。中国商務省の資料によれば、2002年中国GDPの20%、鉱工業生産の33%、輸出の52%、税収の21%、雇用の11%は外資系企業の貢献によるものである。
ちなみに、03年日本の対内直接投資対GDP比はわずか2.1%にとどまり、米22.1%、ドイツ25.7%、イギリス37.5%、フランス42.6%に比べ極端に低い。対内直接投資の低迷は日本経済の景気低迷の一因だったことは確かである。
しかし、これまで中国をめぐる資本の流れは基本的に一方通行であり、中国から海外への投資は極めて少ないのが特徴である。だが、これから中国からの資本逆流が起こる。現在、中国政府は「走出去」(海外進出)戦略を打ち出し、企業の海外投資を奨励している。日本政府も経済活性化対策の一環として、対内投資誘致策を打ち出している。海爾(ハイアール)、上海電気のような中国有力企業は既に日本に進出している。高度成長の持続と企業実力の増強によって、中国企業の海外進出は大きな流れとなり、日中資本の真の双方向交流の時代が訪れてくる。日本の各地方自治体はこうした金流の変化を掴み、中国資本と中国企業を積極的に誘致する努力が必要である。
要するに、中国をめぐる人的・物的・資本の流れが大きく変化し、その変化から多くのビジネスチャンスが生まれてくる。日本企業はそのチャンスを逃さずに迅速に対応できる戦略を構築しなければならない。
●チャンスとリスクを複眼的に見る
3つ目は中国ビジネスのチャンスとリスクの両方を見ることである。発展する中国は日本を含む世界各国に多くのビジネスチャンスをもたらしているのは確かだ。しかし一方、中国ビジネスリスクも見落としてはいけない。
短期的に中国経済は投資、銀行貸出、マネ−サプライという3つのバブル懸念を抱え、そのうち不動産、電解アルミ、鉄鋼、セメントなど一部の分野の投資過熱ぶりが特に際立つ。過熱を放置すれば、バブル崩壊の恐れがある。
中長期的に見れば、「2006年問題」、「2008年問題」、「2010年問題」、「2015年問題」なども懸念される。
いわゆる「2006年問題」は不良債権の問題である。2003年中国のGDP規模は日本の3分の1強に過ぎないが、不良債権総額は日本の1.1倍、不良債権比率は日本の2.3倍、不良債権総額がGDPに占める比率は日本の3.6倍となり、不良債権問題がいかに深刻化しているかが裏付けられている。中国政府のWTOに対する公約によれば、2006年に人民元取り扱い業務に対する外資規制を撤廃しなければならない。金融市場の開放によって、中国金融機関が持つ顧客と人材は外資系銀行にシフトし、不良債権問題はさらに悪化し、金融危機に繋がる恐れがある。
「2008年問題」とは台湾独立の懸念をいう。2008年に台湾総統選挙があり、独立かどうかが総統選挙の最大の争点となり、中台関係の緊迫が予想される。2008年は北京オリンピック開催の年でもある。中台関係が緊迫する中で、オリンピック開催が成功できるかどうか、中国は厳しい試練を待ち受けている。
●「2010年問題」も念頭に
いわゆる「2010年問題」は政治民主化のリスクである。改革・開放政策実行以降、これまで中国は経済成長の挫折を3回も経験した。1981年、86年、89年である。いずれも民主化運動の壁にぶつかった結果であった。経済問題だけで成長挫折のケ−スは一度もなかった。その意味では、政治民主化問題は中国の経済成長に横たわる最大の壁と言えよう。
これまでの経験則によれば、国民は豊かになればなるほど、経済の自由化のみならず政治の民主化も求める。1人当たりGDPが2000ドルを突破すれば、政治民主化実現の可能性も出てくる。例えば、欧州のスペイン、アジアの韓国と台湾地域などはいずれも2000ドルの壁を突破した段階で民主化が実現したのである。2010年に中国の1人当たりGDPが2000ドルを突破し、大きな転換点になる可能性が大きい。1989年「天安門事件」のような民主化運動が発生すれば、政治混乱のリスクが懸念される。
「2015年問題」とは石油危機の恐れである。96−04年中国の年平均GDP成長率8.4%に対し、原油需要伸び率は7.2%に達した。言い換えれば、GDP成長率を1ポイント押し上げるためには、0.9ポイントの原油需要増が必要である。この実績をべ−スに試算すれば、2015年に中国の原油需要は04年(630万b/d)の2倍、原油輸入(04年260万b/d)は3倍に拡大する見通しである。安定的な原油供給が確保できるかどうかが懸念され、確保できない場合は石油危機が起こり、経済成長の挫折が避けられない。
このほかに貧富格差の拡大、腐敗の蔓延、環境破壊など「近憂遠慮」も多い。要するに、日本企業は中国ビジネスを展開する時、チャンスとリスクの両方を複眼的に捕らえ、バランスを取れる戦略を構築すべきである。
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