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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
特別講演 「発展する中国のASEAN・日本経済への影響」

沈 才彬
第30回日本・ASEAN経営者会議にて 2004年10月28日

●さる2004年10月28日、経済同友会主催の第30回日本・ASEAN経営者会議は東京で行われました。中川経済産業大臣は基調講演を、沈・三井物産戦略研究所中国経済センタ−長は特別講演を、千野・アジア開発銀行総裁はランチスピ−チを、町村外務大臣は夕食会ご挨拶をそれぞれ行いました。本稿は、沈センタ−長の特別講演をもとにとりまとめたものである。

●はじめに 中国の躍進:世界経済成長の第5の波

21世紀に入って、世界経済にとって最も重要な変化がいま起きている。それはほかでもなく、中国は世界経済に影響される方から影響する方に変わったことである。存在感と影響力を急速に増している中国とどう向き合うか、いかに中国の高度成長からエネルギ−を取り入れ、自国の経済成長に繋がるかは、日本、ASEANにとって避けては通らない課題となっている。

それでは世界経済史から見れば、中国の躍進はいったいどういう位置づけだろうか。近代史において、これまで世界の経済成長に巨大な影響を与えた歴史的な出来事は4回もあった。18世紀半ば英国の産業革命、19世紀後半米国の台頭、20世紀半ば日本・西ヨ−ロッパの高度成長、20世紀90年代米国のIT革命であった。21世紀にBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれるエマ−ジング諸国の離陸、特に中国の躍進は、正にこれらに次ぐ世界経済成長の第5の波となる。

西側先進7国総人口の2倍に相当する巨像・中国。この新しいス−パ−パワ−の出現は、世界を震撼させるほどインパクトがある。現在、中国は世界経済のエンジンとなっており、東アジアでは中国の高度成長から恩恵を受けない国がいない。一方、仮に中国経済は変調すれば、アジア諸国にとって大きなダメ−ジも避けられない。中国経済を抜きにして自国の景気動向を語れないことは東アジアの現実となっている。

●1.新たな拡張期に入った中国経済

中国経済はいま1つの転換点に来ている。アジア通貨危機以降ずっと続いて来た成長率低迷の局面から脱却し、新たな拡張期に入った。02年の8%成長に続き、03年は9.3%、今年上半期は9.7%にのぼり、経済拡張の勢いが凄まじい。一方、長引いてきたデフレ圧力も後退し今年からインフレ懸念が強まっている。

新たな拡張期は次の3つの特徴を持っている。まずは経済規模拡大の加速。日本の経験によれば、一国のGDP総額は一旦1兆ドル大台に到達すれば、経済規模の拡大は加速状態に入る。戦後、日本のGDP総額が1兆ドルに到達したのは1979年で、到達までに33年もかかった。しかし、1兆ドルの大台から2兆ドル(1986年)へ躍進したのにわずか7年。2兆ドルから3兆ドル(1991年)へは5年、3兆ドルから4兆ドル(1993年)へは2年だった。

勿論、その背景には様々な要素があった。例えば急激な円高。従って、日本の経験はそのまま中国に当て嵌まるものとは思われない。しかし、2000年に既に1兆ドル大台に上がった中国の経済規模は、これから拡大の加速に入ることは確かだ。予測によれば、中国の経済規模は2006年に1兆8000億ドル前後に拡大し、フランスとイギリスを追い越し世界第4位となる。さらに2010年前後にドイツを、2020年前後に日本を、2050年前後に米国を凌ぐ世界最大の経済パワ−になる可能性も高い。これはあくまで現在の為替水準をべ−スに試算した結果である。仮に人民元の切り上げ要素を考えれば、実際の中国経済規模は更に大きくなる。

2つ目の特徴は市場規模の拡大も拍車がかかる。現在、鉄鋼、銅、工作機械、携帯電話、家電製品及びビールをはじめ多くの分野では、中国の消費規模は既に日米を抜いて世界1位を占めているが、こうした分野は今後さらに増える。

特に輸入規模の拡大から見れば、中国の巨大市場の加速が明らかだ。03年中国の輸入総額は前年比40%増の4150億ドルにのぼり、99年に比べ2.5倍拡大した。世界ランキングでは、昨年中国は一気にフランス、イギリス、日本3カ国を追い抜き、第6位から第3位へ躍進した。もし過去5年間の輸入伸び率の実績をべ−スに試算すれば、06年に中国はドイツを凌ぎ世界第二位の輸入大国となり、10年に輸入規模は1兆ドル前後に拡大し米国に迫る見通し。

  3つ目の特徴はバブル懸念の強まりである。現在、中国経済は投資、銀行貸出、マネ−サプライという3つのバブル懸念を抱えている。そのうち、特に不動産、鉄鋼、セメント、電解アルミなど4つの投資分野は明らかに過熱状態となっている。放置すれば、バブル崩壊の恐れがある。

過熱経済の行方につき、次の3つの言葉を申し上げたい。1つは人間の体温に喩えるならば、中国経済はいま摂氏38度ぐらいの発熱状態となっている。解熱剤を投入しなければ、40度ぐらいの高熱に上がって倒れる恐れがある。2つ目は、中国政府は今年4月からマクロコントロ−ル政策と金融引締め政策を導入し、過熱抑制に動き出し、効果も徐々に出ている。政府の過熱抑制によって、経済成長は減速があっても失速はない。3つ目は2008年北京オリンピック開催まで経済成長の波が多少あっても、年平均8%の高成長は続くという見通しには変わりがない。

●2.「世界の工場」から「巨大市場」へ

これまで中国は「世界の工場」と言われてきたが、いまは急速に「巨大市場」へ変わりつつある。それではいったい誰が中国の巨大市場を牽引しているか。深く掘り下げて見れば、国民の豊かさの実現、急速な都市化、3大成長エリアの形成および富裕層の出現という4つの要素が浮上する。言い換えれば、われわれは中国のマ−ケットに目を向ける時、次の4つの人口数字を特に注目する必要がある。

まずは13億の全国人口。03年中国の1人当たりGDPは1090ドルにのぼり、10年前に比べ2.6倍拡大した。2010年に2000ドルを突破する見通しである。国民豊かさの実現は市場拡大と経済成長の相乗効果が期待できる。

  2つ目は5億2000万人の都市部人口。工業化の進展と急速な都市化によって、1996年から中国の農村人口は毎年1000万人ずつ減少し、都市部人口は毎年2000万人ずつ増加している。農村部から都市部への人口大移動が実際に起きている。周知のとおり、中国の都市部と農村部の収入格差が約6倍あり、消費市場の主力は言うまでもなく都市部人口である。消費の視点から見れば、毎年2000万人ずつ都市部人口が増加することは意味が大きい。単純に計算すれば5年ごとに1億人規模の新しい巨大市場が出現する。今後、急速な都市化は続く見通しであり、2010年までに都市部人口はさらに1億5000万人増える。増加分だけで日本の総人口を遥かに上回り、市場へのインパクトが絶大である。

3つ目は3億人の三大成長エリア人口。中国では経済成長が最も進み、富裕層が集中している地域は3つある。香港と隣接している珠江デルタ(広東省)、長江デルタ(上海市とその周辺地域)と渤海湾地域(北京、天津、大連、青島およびその周辺地域)。2003年時点で、中国では人口100万人以上、1人あたりGDPが3000ドルを超える大都市は合計24あり、そのうちの21は3大成長エリア(珠江デルタ6市、長江デルタ9市、渤海湾地域6市)に集中している。この三大エリア自体は正に巨大市場そのものである。

4つ目は5000万人の富裕層人口。富裕層とは10万ドル以上の個人資産を持つ人達をいう。中国国民の平均所得水準はまだ低い(2003年に1人当たりGDPは1090ドル)が、収入格差が大きいため富裕層も大量出ており、個人資産10万ドル以上を持つ人口は既に5000万もあると言われる。物価水準の低い中国では、10万ドル以上の資産といったら莫大なものである。日本の感覚でいえば一億円以上の資産をもっている。5000万人富裕層人口の存在は意味が大きい。03年中国の自動車新車販売台数が一年間で114万台増加という世界にもあまり前例がない出来事の背景には富裕層の大量存在がある。今後、この富裕層人口は毎年10%増のスピ−ドで増加すると見られる。

上記4つの要素は巨大市場の原動力となっており、需要ショックと消費ショックを引き起こしている。1995年に比べ、2003年世界粗鋼消費増加分の71.8%、鉄鉱石海上輸送量増加分の91.5%、銅の52.3%、アルミの46.9%、石油の24,8%、大豆の35,3%、自動車の33.5%は実際、中国の貢献である。粗鋼、鉄鉱石、銅、アルミ、石油、大豆などの商品はいずれも中国の国内生産が需要に追付かないため、海外から大量輸入している。中国に起きた需要ショックと消費ショックは、国際市況価格を影響する最重要ファクタ−の1つとなりつつある。

●3.中国市場の巨大化で日本・ASEANにインパクト

中国市場の巨大化は日本・ASEAN経済に大きなインパクトを与えている。03年日本経済は長引く不景気というトンネルから抜け出したが、実際、景気回復の陰の主役は中国である。日本財務省の貿易統計によれば、昨年日本の総輸出4.7%増(円ベ−ス)、米国向けマイナス9.8%に対し、中国向けは33.3%増(ドルべ−ス43%増)を記録した。通年日本の総輸出増加分2兆4533億円のうち、中国向け増加分は1兆6580億円にのぼり、香港向け増加分の2802億円を加算すれば、輸出増加分の8割近くが中国の貢献である。対中輸出の増加がなければ、日本の輸出拡大も景気回復も語れないことは自明の理である。

日本のみならず、ASEAN諸国の景気拡大の背景にも中国要素が大きい。IMFの統計によれば、2003年ASEANの対中輸出は前年比80%以上伸び、経済成長を牽引する一大エンジンとなっている。

中国向け輸出の急増によって、日本・ASEANの輸出構造に大きな変化が起きている。米国シェアが急ピッチで低下し、中国シェアは急速に拡大している。仮に過去10年間の対米・対中輸出伸び率実績をべ−スに試算すれば、03年に韓国で既に起きた米中逆転は、2010年までに日本やASEANでも起きる。日本・ASEANにとって、中国は米国に代わり、最大の輸出市場となるのは時間の問題である。

中国の高度成長持続によって、ここ10年、日本・ASEAN経済の対中国依存度は急速に高まっている。輸出の対中依存度(総輸出に占める対中輸出の比率)は、94年に比べ03年は日本が2.5倍増(4.7%→12.1%)、ASEANは3倍増(2.6%→8.2%)。GDPの対中依存度(GDPに占める対中輸出の比率)は、日本は3倍増(0.4%→1.3%)、ASEANは5倍近く増加(1.2%→5.8%)。2010年前後、日本・アジアの対中依存度はさらに拡大することが予想される。

  対中依存度の急拡大によって、これまで日本・ASEANが米国経済のみを注目すれば良かった時代は確実に終り、中国マ−ケットを抜きにして景気動向も産業発展も語れない時代が訪れてきた。

●4.中国をめぐる4つの懸念材料

発展する中国は日本・ASEANに多くのビジネスチャンスをもたらしている。しかし一方、中国ビジネスリスクも見落としてはいけない。短期的には前に述べた3つのバブル懸念を抱えているが、中長期的に見れば、「2006年問題」、「2008年問題」、「2010年問題」、「2015年問題」などが懸念される。

いわゆる「2006年問題」は不良債権の問題である。2003年中国のGDP規模は日本の3分の1強に過ぎないが、不良債権総額は日本の1.1倍、不良債権比率は日本の2.3倍、不良債権総額がGDPに占める比率は日本の3.6倍となり、不良債権問題がいかに深刻化しているかが裏付けられている。中国政府のWTOに対する公約によれば、2006年に人民元取り扱い業務に対する外資規制を撤廃しなければならない。金融市場の開放によって、中国金融機関が持つ顧客と人材は外資系銀行にシフトし、不良債権問題はさらに悪化し、金融危機に繋がる恐れがある。

「2008年問題」とは台湾独立の懸念をいう。2008年に4年一回の台湾総統選挙があり、独立かどうかが総統選挙の最大の争点となり、中台関係の緊迫が予想される。2008年は北京オリンピック開催の年でもある。中台関係が緊迫する中で、オリンピック開催が成功できるかどうか、厳しい試練を待ち受けている。

いわゆる「2010年問題」は政治民主化のリスクである。改革・開放政策実行以降、これまで中国は経済成長の挫折を3回も経験した。1981年、86年、89年である。いずれも民主化運動の壁にぶつかった結果であった。経済問題だけで成長挫折のケ−スは一度もなかった。その意味では、政治民主化問題は中国の経済成長に横たわる最大の壁と言えよう。

これまでの経験則によれば、国民は豊かになればなるほど、経済の自由化のみならず政治の民主化も求める。1人当たりGDPが2000ドルを突破すれば、政治民主化実現の可能性も出てくる。例えば、欧州のスペイン、アジアの韓国と台湾地域などはいずれも2000ドルの壁を突破した段階で民主化が実現したのである。2010年に中国の1人当たりGDPが2000ドルを突破し、大きな転換点になる可能性が大きい。1989年「天安門事件」のような民主化運動が発生すれば、政治混乱のリスクが懸念される。

「2015年問題」とは石油危機の恐れである。96−03年中国のGDP成長率(年率8.3%)と原油需要伸び率(同6.4%)の実績(GDP成長率を1ポイント押し上げるには0.8ポイントの原油需要増が必要)をべ−スに試算すれば、2015年に中国の原油需要は03年の2倍、原油輸入は3倍に拡大する見通しである。安定的な原油供給が確保できるかどうかが懸念され、確保できない場合は石油危機が起こり、経済成長の挫折が避けられない。

●終りに 巨大隣人・中国とどう向き合うか−東アジア経済共同体を視野に−

02年8月、当時のゴ−チョクトン・シンガポ−ル首相が日本の川口外相と会談した際、主な議題は「いかに中国を地域経済に取り込むか」であり、最後にゴ−チョクトン首相は「それが成功できなければわれわれは負け犬になる」と締め括ったという。この発言は実に示唆に富む。中国をはじめBRICsの台頭は21世紀世界経済の最大のインパクトといわれる中、巨大隣人中国とどう向き合うかが日本とASEANにとって最大の課題といっても過言ではない。

中国の活力を取り込み、地域経済の安定と繁栄に繋がるという観点から見ても、また東アジアはEUやNAFTAと対等に向き合うという観点から見ても、ASEANおよび日中韓を含む東アジア経済共同体の実現は不可欠である。共生、共存、共栄のアジア。公開、公正、公平のアジア。これはわれわれが追求すべき目標である。東アジア経済共同体の実現には関係国の提携、特に経済大国の日本と中国はEUにおけるドイツとフランスのようなリ−ダ−シップを発揮する必要があると思われる。

東アジア経済共同体の構築にあたって、「情熱」と「冷静」という2つのキ−ワ−ドが必要。つまり、日本もASEANも中国も情熱を持って積極的に東アジア経済共同体の構築という課題を取り込むべきである。一方、関係国の間に摩擦やトラブルが起きた場合、冷静な対応も極めて大切である。



 

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