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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
特別講演 「今後の中国経済展望〜成長の可能性と限界」

沈 才彬
『JMC』2005年2月号

 日本機械輸出組合では、去る12月7日に世界経済セミナーを開催し、三井物産戦略研究所中国経済センタ-長の沈才彬氏から標記のテーマでご講演をして頂きました。本稿は、同講演をもとに事務局がとりまとめ、同氏のご校閲を得て掲載するものです。

●はじめに

 本題に入る前に、まず私の問題意識について述べておきたい。一つは、中国の高度成長が続いているが、世界経済史から見るとどういう位置づけられるか。二つ目は、いま中国経済は新たな拡張期に入っているが、これはどういう特徴を持っているか。三つ目は、中国経済が好調な秘密は何か。四つ目は、確かに中国経済は元気だが懸念材料もあり、ビジネスの観点から見た主な懸念材料は何か。五つ目は、中国のマーケットはますます巨大化しているが、それは日本経済に対してどのようなインパクトを与えているか。六つ目は、今後、人民元は切り上げられるか、もし切り上げられるとすると、どんな形で、どれ位切り上げられるか。最後は、日本企業は中国ビジネスにおいてどのような課題を抱えているか、この課題を解決するためにどうすればいいか、ということである。

●中国高度成長の世界史的位置付け

 去る10月28日の第30回日本・ASEAN経営者会議で講演を行った。本来は日本とASEANの経済関係が主な議題であるはずだが、中国経済が中心となった。中国経済が日本だけでなく、ASEANにも影響力を増している事例であろう。21世紀に入って世界経済の最も大きな変化は、中国経済が世界経済に影響を及ぼすようになったことであろう。

 中国の高度成長は、世界経済成長の第五波に位置付けられる。第一波は18世紀半ばのイギリスの産業革命で、第二波は19世紀後半の米国の台頭、第三波は1950〜60年代の日本と西ヨーロッパ諸国の高度成長、第四波が1990年代の米国のIT革命である。21世紀に入って、BRICsと呼ばれるエマージング諸国の台頭、とりわけ中国の躍進は第五の波と言えるだろう。中国の総人口は13億人で、G7の合計人口の2倍である。

●新たな拡張期に入った中国経済

 中国経済は今、一つの転換点を迎えている。その一つが経済成長率である。中国経済は、1997年のアジア通貨危機以降低迷してきたが、2002年には低迷から脱却し、新たな拡張期に入った。経済成長率は2002年には8.1%であったが、2003年は9.3%、2004年上期は9.7%であった。つまり、中国の経済成長は明らかに新たな拡張期に入っている。二つ目は、デフレからインフレへの転換である。97年のアジア通貨危機以降、中国は日本と同じようにデフレ局面に陥ったが、03年後半からデフレ局面は終息し、逆にインフレ懸念が高まった。この二つの現象から中国経済は今、一つの転換点に来ていると見られる。

 この新たな経済拡張期には三つの特徴がある。

 第一は、中国経済はこれから規模拡大の加速状態に入るということである。日本経済は、1979年にGDPが1兆ドルの大台に達すると規模拡大が加速状態に入った。日本は1兆ドルに達するまでに戦後33年かかったが、1兆ドルから2兆ドルまでは7年間、2兆ドルから3兆ドルが5年間、3兆ドルから4兆ドルまでがわずか2年間であった。つまり、1兆ドルを超えると加速度的に成長した。日本の経験がそのまま中国経済に当てはまるものではないが、中国の経済規模は2000年時点で1兆ドルの大台を超えており、これから加速状態に入ることは間違いない。2006年前後には1兆8千億ドルとなり、英国、フランスを抜き世界第4位になる。2010年には2兆5千億ドルになりドイツを抜いて世界第3位へ、2020年前後には5兆ドルになり日本と並び世界第2位へ、そして、2050年前後には米国を抜いて世界最大の経済大国になるであろう。ただし、これは今の為替水準での試算であり、今後20〜30年間に人民元は2倍くらいに切り上げられる可能性があり、もっと早く成長する可能性もある。

 第二の特徴は、市場の加速度的拡大である。多くの市場分野で、中国は既に日米を超えて世界1位になっている。例えば、ビール、鉄鋼、銅、工作機械、携帯電話の消費量は世界一である。携帯電話の保有台数では、2003年末時点で2億6千万台と米国の1億5千万台をはるかに凌いでいる。日本の消費規模と比較してみると、鋼材は2.5〜3倍、銅は2倍、DVDプレーヤーは3倍、携帯電話2.5倍、ビール3倍、繊維製品5倍、ピアノ5倍などとなっている。つまり、消費財から生産財に至るまで幅広い分野で中国は日本をはるかに上回る規模に拡大している。21世紀は中国市場抜きに日本の産業発展を語れなくなっていることを十分に留意すべきであろう。実際に中国の輸入規模を見ても中国市場の巨大化は明らかである。中国の輸入規模は2002年が2,900億ドルで世界6位であったが、2003年には前年比40%増の4,100億ドルに達して日本、英国、仏を抜いて3位になり、2004年には5千億ドルを突破することは確実である。2006年には多分、ドイツを抜いて世界第2位へ、2010年前後には1兆ドルになり、米国に迫るであろう。これは、日本企業にとってはビジネスチャンスの拡大を意味している。

 第三の特徴は、バブル懸念の強まりである。中国には今、三つのバブルがある。一つ目は投資バブルである。2003年の固定資本投資は前年比27%増であったが、04年第1四半期は同43%増で、特に不動産、鉄鋼、セメント、アルミニウム分野への投資は明らかに過熱状態である。二つ目は銀行貸出である。2003年の銀行の新規貸出は前年比75%増であった。2004年第1四半期の貸出残高は前年同期比21%増で極めて高い。銀行貸出の急増は決して悪いことではないが、貸出先の多くが国有企業であるということが問題である。国有企業の多くは業績不振にある。もし、将来的に経済成長が変調すれば、新たな不良債権の源になりかねないからである。三つ目はマネーサプライである。2003年度の実績は前年比20%増で、2004年第1四半期も同20%増であった。このマネーサプライの急増によってインフレ懸念が強まっている。この三つのバブルによって景気の過熱状態が生まれており、中国政府の経済運営を難しくしている。

 この中国経済過熱の行方であるが、現在の状態を人間の体温に例えると38℃位の発熱状態で、解熱剤を投入しなければ40℃位の高熱となり倒れる恐れがある。中国政府は2004年4月にマクロコントロールと金融引締め政策を導入して過熱抑制に動き始め、その効果が徐々に出始めている。この過熱抑制策によって経済成長は減速するけれども失速はないものと見ている。今後、2008年のオリンピック開催までは多少の波はあっても、年平均8%の成長を維持するであろう。

●「世界の工場」から「巨大市場」へ

 中国は世界の工場と言われてきたが、今、巨大な市場に変わりつつある。中国の巨大市場化を牽引している原動力は4つある。@国民の豊かさの追求、A急速な都市化の進展、B三大成長エリアの形成、C富裕層の出現である。

 日本企業が中国市場に目を向ける際には、次の4つの数字に注目すべきである。

 第1は13億人という中国の人口である。2003年時点での1人当りGDPは1,090ドルで、過去10年間に2.5倍となった。2010年には多分2,000ドルになるだろう。国民の豊かさは、市場規模の拡大と、経済成長のシナジー効果によって実現される。

 第2は、5億2,000万人という中国都市部の人口である。すなわち、総人口の4割が都市人口である。中国では96年までは毎年1,000万人ずつ都市人口が増え、96年からは毎年2,000万人ずつ増えている。工業化の進展によって、過去8年間に都市人口が1億7,000万人増え、これは日本の総人口をはるかに上回る規模である。中国では、都市部と農村部の1人当りの所得には6倍の格差があるが、都市人口の増加は消費市場として大きな意味を持ってくる。2010年には、今より1億7,000万人増えて、都市人口は7億人近くなる。5年ごとに1億人の巨大市場が出現するということは大変な意味をもってくる。例えば、都市部では毎年2000万人分の住宅が必要になり、膨大な鉄鋼、セメントなどが必要になってくるということである。

 第3は、3億人という三大成長エリアの数字である。中国では最も経済成長が進んでいる地域が三つある。一つは香港と隣接している広東省地域、二つ目は上海と上海市の周辺地域、つまり長江デルタ地域、三つ目は渤海湾地域、つまり北京、天津、青島、大連の四つの都市とその周辺地域である。2003年時点で人口100万人以上、1人当りGDP3,000ドルを超える大都会は24あり、そのうち21はこの三大成長エリアに集中している。この三大成長エリアが最も豊かな地域で、巨大市場そのものである。

 第4は、5,000万人の富裕層の人口である。中国での富裕層概念は、個人資産を10万ドル以上持つ人である。日本円に換算すれば1,100万円前後である。日本では富裕とは言えないが、中国は物価が安いので日本では1億円相当の価値をもっている。5,000万人の富裕層のもつ意味を3つの実例で説明したい。1つは、中国の新車販売台数であるが、04年が439万台で前年に比べ114万台増加した。この114万台の増加は世界でも例のない数字である。日本が新車販売台数で最高を記録したのが1990年で、その年の販売台数は777万台、89年に比べ52万台増加した。つまり、中国での増加販売台数は日本のピーク時の2倍以上の増加伸び率になっている。この自動車ブームの背景には大量の富裕層の存在がある。

 2つ目は、ドイツのBMW最高級車がドイツ以外で最も売れているのが中国であり、その背景にも富裕者層の存在がある。3つ目は、日本のホンダの「アコード」の価格である。アコードの中国での販売価格は日本国内の2倍近くになる。日本円に換算すれば2002年時点で450万円であった。2002年の中国の1人当りGDPは970ドルで、普通の中国人では一生働いても買えない値段の車が爆発的に売れているのである。2002年の販売台数は5万台であったが、2003年は12万台と倍増した。その背景には、このリッチマンがいる。5,000万人の富裕者層の出現は、ビジネスの観点からは非常に大きな意味をもっている。

 中国の巨大市場を牽引しているのは、これまで述べた4つの要素であり、日本企業はこの4つの要素を見極めて、中国ビジネス戦略を構築しなければならない。日本企業の一部には、中国の所得水準はまだ低い、だから安いものを売れば良いといった時代遅れの考え方をしている企業があるが、それは間違いである。中国国民が日本企業に求めているのは安い品物ではない。安い品物ならば中国に溢れており、日本企業は低付加価値分野では中国企業には勝てない。今、中国国民が日本企業に求めているのは、品質の良い、デザインの優れた、ブランド製品である。日本企業は高付加価値分野で勝負をかけるべきであろう。

 先ほどの4つの要素によって中国市場は巨大化しており、中国では需要ショックと消費ショックが起きている。図表4は1995年から2003年までの8年間の世界の総需要増加分に占める中国の割合であるが、中国は極めて大きなシェアーを占めている。例えば、世界の粗鋼需要増加分の75%、鉄鉱石の92%、銅の52%、アルミニウムの47%、石油の25%、大豆の35%、自動車の34%が中国一国の増加分である。チャイナ・インパクトがいかに大きいかが分かるであろう。

 需要サイトから見れば、石油価格の上昇は主に中国の消費ショックと需要ショックから引き起こされたものであり、中国のインパクトについては、プラス面とマイナス面を見ておかねばならない。

●中国エコノミックパワーの秘密

 中国エコノミックパワーの秘密はどこにあるか。マスコミは安い人件費、豊かな労働力と言っているが、これはあくまで表面的な理由である。深層底流にある理由は次の4つであろう。

 第1は、競争メカニズムの浸透である。2003年の3月にPC最大手の聯想集団公司を訪問した。同社は5年前にワーストワン淘汰制を導入した。ワーストワン淘汰制度とは、全ての従業員を対象に業績評価を行う制度である。6ヶ月ごとに3段階の評価を行っている。第一段階は「優秀」で、社員の2割程度が選ばれる。第二段階は「合格」で社員の7割程度が選ばれる。第三段階が「要改善」で不合格となり、残りの1割程度が選ばれる。2回連続で要改善と評価されるとこの従業員は解雇される非常に厳しい制度である。

 実際、この会社では毎年、従業員の5%が解雇されている。同社の人事責任者に、業績が良いにもかかわらず導入した理由を尋ねると、「確かに厳しい制度であるが、今はスローフィッシュがクウィックフィッシュに喰われる時代であり、当社が他社との競争に負ければ、会社自体が潰れることになるので、そのような最悪の事態を回避するために導入した」と説明した。つまり、ワーストワン淘汰制度の導入により、従業員の緊張感、危機感を高めているのである。同社がこの制度を導入した後では増収・増益が続いている。

 この制度を導入している企業は、同社にとどまらず、家電最大手の海爾(ハイアール)も導入している。ハイアールでは、評価結果を毎週土曜日に社員食堂の掲示板に貼り出している。もし、連続数週間にわたって悪い評価が続けば、その社員は給与が減額されるか、解雇される。幹部も同じで悪い評価を受けると降格処分を下される。

 競争メカニズムは想像以上の速さで中国社会に浸透しており、「競争」という意味では、中国は日本よりも資本主義的な社会になりつつある。  第二は、幹部も若返りである。

 今、中国の産官学の幹部が急ピッチで若返っている。例えば、北京市の副市長は36歳、上海市の市長は40代、南通市の女性副市長も40代の若さである。企業経営者でも聯想集団公司社長兼CEOの楊氏は39歳で、4年前には社長に就任している。自動車最大手の第一汽車社長は46歳、ソフトウエアー最大手の東方軟件の劉会長も40代、家電最大手のハイアール会長兼CEOの張氏は55歳であるが、社長に就任したのは18年前の37歳である。中国では30代、40代が経営トップに就任することは普通であり、トップの若返りは決断が速まっていることを意味している。日本企業の現地法人トップも同じ認識を持っており、中国企業のスピードにはなかなかついて行けないと言っている。いかに中国企業の決断の早さに対応するかが日本企業のもう一つの課題である。

 第三は、バナナ族の台頭である。バナナ族とは欧米留学組のことである。つまり、皮は黄色いが中身は白い。中国人の顔をしているが、欧米人の意識を持っている人達のことである。2003年3月に発足した温家宝内閣では、閣僚27人中7人がバナナ族である。企業経営者でも聯想集団公司社長兼CEOの楊氏は英国留学組、東方軟件の劉会長、ネットサイト最大手・捜狐の張CEOは米国留学組である。つまり、こういう人達が今の中国の幹部となっており、彼らの経営手法、意識、理念は、欧米企業のトップと余り変わらない。こういう人達が中国を変えようとしているのである。

 第四は、産学連携である。日本では、早くから産学連携を唱えているが、実績はいま一つ。中国では日本より遥かに進展している。2003年末までに大学から派生した産学連携型企業は5,000社を超え、国立研究機関からのベンチャー企業は1,000社を超えている。日本では同じ期間に646社と中国の1/10であった。産学連携型企業としては、20年前に国立研究機関から派生した聯想集団公司、北京大学から派生した中国PCメーカー第2位の北方方正、第3位の清華大学から派生した清華同方、東北大学から生まれたソフトウエアー最大手の東方軟件がある。つまり、中国のIT業界をリードしているのは、産学連携型企業なのである。

 中国エコノミックパワーの秘密は、以上の4つの理由によるものである。

● 中国をめぐる4つの懸念材料

 中国経済には強さだけでなく、懸念材料もある。ビジネスの観点から見た場合には、短期的には3つのバブル、中長期的には2006年、2008年、2010年、2015年の問題である。

 2006年問題とは不良債権問題である。

 中国のGDPは2003年時点では日本の1/3であるが、中国の不良債権は日本の1.1倍である。中国の不良債権額のGDPに占める割合は、日本の3.6倍であり、中国の不良債権問題がいかに深刻であるかが分かる。しかも、2006年にはWTO加盟条件として人民元の取り扱い業務を外資系銀行に開放しなければならないことになっており、もし開放が実施されれば、中国の銀行が持っている顧客や人材が外資系銀行にシフトする恐れがある。つまり、優良債権が外資系銀行に行き、中国の銀行には不良債権が残る可能性があり、金融危機に発展するのではないかと見られている。

 2008年問題とは台湾独立の懸念である。

 台湾では総統選挙が4年ごとにあり、2008年の総統選挙では必ず台湾の独立か統一が争点になり、中台関係は緊迫する。2008年は北京オリンピックの開催の年でもあり、中台関係が緊迫する中で、オリンピックを成功させるという課題を中国は背負っている。

 2010年問題とは政治の民主化リスクである。

 一般的に豊かさが実現されると、経済の自由化だけではなく、政治の民主化が求められる。経験則では、一人当たりのGDPが2000ドルを突破しないと政治の民主化は定着しないと言われている。しかし、一旦、2000ドルを突破するとどのような政治体制であれ、政治は民主化に向かって行く。中国では、2010年に1人当たりのGDPが2000ドル以上となり、2010年が一つの転換点になる可能性が高い。1989年に天安門事件が起こったが、このような民主化運動が起こると政治的な混乱に陥る恐れがある。その切っ掛けは政治腐敗である。

 今中国に広がっている腐敗現象には二つの特徴がある。一つは、収賄金額が非常に大きいことである。もう一つには、腐敗幹部の背景には女性問題があるということである。16年前の天安門事件では、100万人の国民が街頭に出て、中国政府に対して抗議行動を行った。その背景には、党幹部の腐敗に対する国民の強い不満があった。これから中国政府がいかに腐敗を根絶するか、それができるかが今後の焦点となろう。腐敗現象には日本企業も無関心ではいられない。中国は人脈社会であり、ビジネス展開には必ず人脈が絡んでくるので、スキャンダルに巻き込まれる恐れも生まれてくるからである。中国でビジネス展開する場合、人脈作りに注力する一方、スキャンダルにも巻き込まれないように細心の注意を払う必要がある。

 2015年問題は、石油危機である。

 過去8年間の平均経済成長率は8.3%で、その間の石油需要の伸びは平均6.4%増であった。このことは経済成長率を1ポイント押し上げるためには0.8ポイントの石油需要の増加が必要であるということである。この計算で行くと2015年の中国の石油需要は今の2倍になる。2003年の消費量が日量533万バレルであったので、2015年には1,100万バレルの石油が必要になり、輸入量は現在の3倍になる見通しである。問題はこれだけの分量の石油を確保できるかということであり、確保できなければ石油危機が起こり、中国の経済成長は挫折することになる。これが中国の経済安全保障にかかわる一番の問題である。

 その他電力不足の問題もあり、2004年の夏には多くの地域で停電が起こっている。水不足もかなり広範な地域で起こっており、600以上の都市が水不足に陥っている。環境問題、エネルギー問題も中国の経済成長のボトルネックになっている。特にエネルギー問題に関しては、中国はエネルギー大量消費型高度成長という性格があり、エネルギー効率の悪い経済構造になっている。具体的には、中国では1万ドルのGDPを創出するためには、米国の3倍、ドイツの5倍、日本の6倍のエネルギーを消費する。このような大量エネルギー消費型高度成長は明らかに限界に来ており、成長方式の転換が求められている。

 今まで中国の懸念材料を検討してきたが、要するに中国経済を見る場合には、バランス感覚を持って見なければならない。中国経済の光と影の両方を複眼的に見ていく必要があるということである。

●中国市場の巨大化と日本へのインパクト

 中国市場の巨大化は日本経済にどのようなインパクトを与えているか。まず、日本の輸出と輸入に大きなインパクトを与えている。2003年に日本経済は回復したが、その牽引力となったのが輸出であり、特に中国への輸出の影響が大きかった。日本の2003年の中国向け輸出は円ベースで前年比33%増、ドルベースでは43%増であった。金額では、中国向け輸出が1兆6千億円増加したことになるが、これは同期間の日本の総輸出増加分の7割近くに相当する。さらに、香港向けを加算すれば8割近くになる。もし、中国向けの輸出増加分がなければ総輸出の増加も日本の景気回復もなかったことになり、日本の景気回復の主役は中国であったと言っても過言ではない。

中国向け輸出の急増によって今、日本の輸出構造に異変が起こっている。つまり、1998年時点では、日本の総輸出に占める米国のシェアが30%であったが、2004年1−10月では22.5%に低下している。一方、中国+香港向けのシェアは11%から19%超に上昇しており、過去5年間の実績を伸ばすと2007年までに米中逆転が起こり、日本の最大輸出市場は中国になるであろう。

 また、2004年3月期の日本の上場企業の決算内容をみると好業績をあげている企業の多くは中国と関係している企業である。例えば、これまで長期にわたって低迷していた鉄鋼業、海運業、造船業、工作機械産業、建設機械産業などが2003年から急回復したが、その背景には中国特需があった。それだけでなく、価格面でも中国が大きなインパクトをもたらしている。2003年には、H型鋼の価格が20%、鉄鉱石が18%、ニッケルが2倍、スクラップが30%以上上昇したが、その背景には旺盛な中国需要があった。つまり、中国の国内生産が需要に追いつかないために、これらを海外から大量に輸入せざるを得なくなり、国際価格を吊り上げたわけである。これまで中国をデフレ要因としてとらえてきたが、今や中国は価格上昇要因となっている。

 さらに、中国の高度成長によって日本の中国依存度が急速に高まっている。まず、日本の総輸出額に占める対中輸出額の割合は過去10年間で2.5倍に拡大した。そして、日本のGDPに占める対中輸出額の割合は同期間に3倍に拡大している。日本経済の中国依存度は益々高まっていることに十分留意する必要がある。

●人民元の行方

 結論から言えば、人民元は切り上げなければならないと考えている。理由は二つある。第一は、中国の高度成長は20年以上続いているが、世界的に見ても高度成長が20年以上続いても為替水準が変わらなかった国は中国を除いて一つもない。この意味で中国はその経済の実力に相応しい為替水準に持ってゆく必要があるだろう。第二は、GDPの評価と為替レートの評価のギャップが大きすぎるということである。2003年時点で中国のGDPは1兆4千億ドルで、世界第6位である。一方、世界銀行の購買力平価によれば、2003年時点で中国の経済規模は6兆ドルを超えている。つまり、日本のGDPを上回っている。この二つの評価の間には4倍のギャップがあるわけである。従って、この大きなギャップを是正するためにも人民元は元高の方向に持っていく必要がある。

 しかし、現実的には元の切り上げは難しい状況にある。今、中国が採用している為替制度は変動管理相場制である。すなわち、変動はしているが、変動幅は0.1%程度に抑えられている。実質的には固定相場と同じである。変動管理相場制を変動相場制に移行させない限り、人民元の大幅切り上げは期待できないわけである。個人的には変動相場制への移行は、多分、オリンピック以降の2010年前後になると考えている。その理由は、変動相場制に移行するためには不良債権の処理と資本市場の開放が必要だからである。その条件が整うのは2010年前後と考えている。

 当面、実現可能な対策は元の変動幅の拡大である。0.1%の変動幅を5%以内に拡大することは可能である。多分、2005年には90%以上の確率で人民元の変動幅が拡大するであろう。

 人民元の変動幅が拡大した場合、日本企業が注意すべきことは2つある。第一は日本の円相場が人民元相場によって振られること、第二は変動幅が拡大すれば元高にも元安にも気をつける必要があるということである。当面、変動幅が拡大すれば元の切り上げとなるが、一時的には元安になる可能性もある。例えば、2007年については元安になる可能性がある。何故なら、中国はWTO加盟条件として2006年末までに輸入関税を大幅に引き下げることになっており、また、輸入制限を撤廃しなければならないことになっている。このため、中国の輸入が急増して、経常収支が赤字に転落する可能性が出てくるからである。中国は1985年から95年までの間、経常収支の赤字によって元を5回も切り下げているのである。元変動幅が拡大すれば、中国の経常収支の動きに特に注意する必要がある。

●巨大な隣人中国とどう向き合うか

 日本企業は中国ビジネスに3つの課題を抱えている。第一は中国の巨大市場にどう取組むか、第二は中国の低コスト構造をいかに生かすか、第三は中国の優秀かつ安価な人材をどう活用するかということである。一言でいえば、中国のエネルギー、活力をいかにわがものにし、中国の高度成長から最大限の利益を得るかということであり、これが日本企業の究極の課題である。この課題に応えるための中国ビジネス戦略を構築しなければならない。

 日本の製造業の国内市場はかなり厳しい状況にある。日本の国内需要はピーク時に比べ、粗鋼は3割、自動車も3割、紙パルプ、エチレン、プラスチックは1割、新設住宅は4割、工作機械7割も縮小している。つまり、国内市場では生きて行けず、海外市場を開拓するしかないわけである。ところが欧米市場は日本と同様に飽和状態にある。従って、海外市場の開拓となるとBRICsと呼ばれるエマージング市場しかなく、特に有望なのが中国である。日本企業は中国市場の開拓に力を入れざるを得ないのである。

 日本企業の中国市場開拓のキーワードは「揚長避短」である。つまり、自分の長所を生かして、自分の弱みを回避することである。日本企業の長所は優れた技術力にある。短所は高コスト構造である。自分の長所を生かすために、付加価値の高い新分野、新素材、新製品、新技術の開発に力を注ぐべきである。一方、弱みを回避するためには、中国企業との分業体制の構築も必要になる。

 中国戦略を構築するためには、「情熱」、「冷静」が必要である。つまり、中国の巨大市場に対しては、情熱を持って積極的に取組む、その一方で、不良債権問題や腐敗問題、過熱経済というビジネスリスクに対しては、冷静な判断と頭脳を持つことが極めて大切である。



 

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