日本経済はいま2つの大きな変化を迎えている。1つは長引く不景気というトンネルから抜け出し、確実な景気回復に向かっていることである。2つ目は米中逆転が起き、中国は米国に代わり日本の最大の貿易相手国となったことである。この2大変化の影の主役は、実はいずれも中国である。
このように日本経済に大きなインパクトを与える中国は、いま新たな経済拡張期に入っている。2002年8%成長、03年9.3%成長に続き、今年上半期のGDP成長率は9.7%にのぼり、アジア通貨危機以降最高の伸びを記録した。一方、バブル懸念も強まっている。人間の体温に例えるならば、中国経済はいま摂氏38度ぐらいの発熱状態となっている。解熱剤を投入して熱を下げるか、それとも40度ぐらいの高熱に上がって倒れるか。過熱経済の行方が注目される。
本稿は、中国の巨大市場を牽引する原動力はいったい何か、過熱経済のソフトランディングが可能かどうかなどに焦点をあて、客観的に分析を行う。
中国は日本の最大の貿易相手国へ
財務省の貿易統計によれば、今年1-8月、日本の対中国(香港を含む)輸出入合計は前年同期比17.5%増の14兆2116億円に達し、米国の13兆3866億円(0.4%減)を上回る結果となった。この逆転劇によって、米国は戦後60年近くずっとキ−プしてきた日本の貿易相手国トップの座を中国に明け渡した。歴史的な出来事であった。
米中逆転の決定的な要素は、中国の高度成長の持続による日本の対中輸出の急増である。2003年を例にすれば、同年米国向け輸出はマイナス9.8%で、金額べ−スでは1兆4603億円減少した一方、対中輸出(香港を含まず)は前年比33.3%増(ドルべ−ス43%増)を記録した。通年日本の総輸出増加分2兆4533億円のうち、中国向け増加分は1兆6580億円にのぼり、香港向け増加分の2802億円を加算すれば、輸出増加分の8割近くが中国の貢献である。対中輸出の増加がなければ、2003年日本の輸出拡大も景気回復も語れないことは自明の理である。日本の景気回復を支える陰の主役は中国と言っても決して過言ではない。
今年1-8月、日本の対中輸出は更に拡大し、中国向けは前年同期比22.4%増の5兆1569億円、香港向けは13.6%増の2兆5122億円となり、合計7兆6691億円で米国の8兆8892億円(0.5%増)に肉薄している。
対中輸出の急増によって、日本の輸出構造には大きな変化が起きている。総輸出に占める米国のシェアは、98年の30.5%から03年の24.6%、今年1-8月期の22.4%へ低下したのに対し、中国(香港を含む)のシェアは98年の11%から03年の18.5%、今年1-8月期の19.3%へと急速に拡大している。
2年前、筆者は2010年前後に中国が米国に代わり日本の最大輸出市場となると予測していたが、実際は予測より3年前倒しで07年までに実現する可能性が出てきた。
要するに、これまで米国の景気動向のみを注目すれば良かった時代は確実に終わり、中国のマ−ケットを抜きにして日本の景気動向も産業発展も語れない時代が訪れた。日本企業はこの重要な変化に応え、新しいビジネス戦略の構築を急がなければならない。
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誰が中国の巨大市場を牽引するか
日本の対中輸出急増の背景には、中国の巨大市場化の加速がある。
統計によれば、中国の社会商品小売総額は1995年の2466億ドルから03年の5538億ドルへと、8年で市場規模は2.2倍も拡大した。特に輸入規模の拡大から見れば、巨大市場化の加速が明らかだ。03年中国の輸入総額は前年比40%増の4150億ドルにのぼり、99年(1657億ドル)に比べ2.5倍も拡大した。世界ランキングでは、昨年一年で中国は一気にフランス、イギリス、日本3カ国を追い抜き、第6位から第3位へ躍進した。
それではいったい誰が中国の巨大市場を牽引しているか。深く掘り下げれば、国民の豊かさの実現、急速な都市化、3大成長エリアの形成および富裕層の出現という4つの要素が浮上する。言い換えれば、われわれは中国のマ−ケットに目を向ける時、次の4つの人口数字を特に注目する必要がある。
まずは13億人の全国人口。03年中国の1人当たりGDPは1090ドルにのぼり、94年に比べ10年間2.6倍拡大した。年平均8%の成長が持続すれば、2010年の国民所得水準は2000ドルに達する見通しである。換言すれば、2010年まで中国の市場規模はさらに2倍拡大する。
2つ目は5億2000万人の都市部人口。03年中国の都市部人口は、95年に比べ1億7000万人も増加した。増加分だけで日本の総人口を遥かに上回り、消費市場に対するインパクトは物凄く大きい。
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急速な都市化が原動力
中国の都市化のスピ−ドアップは1996年頃から始まったものである。これまで都市部の人口は毎年約1000万人ずつ増え続けてきたが、96年以降毎年2000万人ずつ増え続けている。中国都市部では「1人子政策」を比較的に徹底しているため、この2000万人増は都市部人口の自然増加ではなく、主に工業化の進展と急速な都市化による農村部からの人口大移動と考えられる。これは中国の人口構造の変化からも裏付けられている。
96-03年の8年間、中国の総人口に占める農村部人口の割合は95年の70.96%から03年の59.47%へと11ポイント下がった一方、都市部人口の比率は29.04%から40.53%へ増加した(図表2)。人口構造の変化の背景には、都市化の進展に伴う農村部から都市部への大規模な人口移動があることが明らかである。
「1人子政策」のため、中国の人口伸び率は90年初頭から鈍化し毎年約1000万人ずつ増え続け、03年の総人口は95年より8100万人増加した。都市部に比べ、中国農村部では「1人子政策」が徹底していないため、この8100万人の総人口増加は主に農村部人口の自然増加と見られる。
ところが、人口の自然増加にもかかわらず、農村部の人口は1995年にピ-クの8億5947万人を記録した後、減少傾向に入り、96年から毎年約1000万人ずつ減り続けてきた。その結果、03年の農村部人口は7億6851万人となり、96-03年の8年間約9000万人も減少した。逆に、都市部の人口は3億5000万人から5億2000万人へと1億7000万人増加した。
周知のとおり、中国の都市部と農村部の収入格差が大きく、1人あたりGDPで見れば実質6倍以上のギャップ(名目は3倍)がある。言うまでもなく、消費市場の主力は都市部人口である。消費の視点から見れば、中国毎年2000万人ずつ都市部人口の増加は意味が大きく、単純に計算すれば5年ごとに1億人規模の新しい巨大市場が出現する。これはまさに中国の高度成長と巨大市場化の原動力である。今後、急速な都市化は続く見通しであり、2010年までに都市部人口はさらに1億5000万人増え、7億人近くにのぼる。
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5000万人もいる富裕層
3つ目は3億人の三大成長エリア人口。中国では経済成長が最も進み、富裕層が集中している地域は3つある。香港と隣接している珠江デルタ(広東省)、長江デルタ(上海市とその周辺地域)と渤海湾地域(北京、天津、大連、青島およびその周辺地域)であり、人口は約3億人いる。2003年時点で、中国では人口100万人以上、1人あたりGDPが3000ドルを超える大都市は合計24あり、そのうちの21は上記3大成長エリア(珠江デルタ6市、長江デルタ9市、渤海湾地域6市)に集中している。この三大エリア自体は正に巨大市場そのものである。
4つ目は5000万人の富裕層人口。中国国民の平均所得水準はまだ低い(2003年に1人当たりGDPは1090ドル)が、収入格差が日本より遥かに大きいため、富裕層も大量出ている。個人資産10万ドル(1000万円以上に相当)以上の人口数は既に5000万もあるという。物価水準の低い中国では、1000万円以上の資産といったら莫大なものである。日本の感覚でいえば一億円以上の資産をもつ人たちがすでに5000万人も存在し、その意味が大きい。03年中国の自動車新車販売台数が一年間で114万台増加という世界にもあまり前例がない出来事、ドイツのBMW最高級車が本国以外に最も売れている国は中国だという事実、ホンダの現地法人・広州本田の車アコ−ドの現地販売価格が日本の2倍近くになるにもかかわらず、生産待ち状態が続くという現実。その背景にはいずれも富裕層の大量存在がある。今後、この富裕層人口は毎年10%増のスピ−ドで増加すると見られる。
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需要ショックと消費ショック
上記4つの要素によって、中国はいま需要ショックと消費ショックが起き、巨大市場を牽引する原動力となっている。このチャイナショックはいま世界経済に大きなインパクトを与えている。
消費分野別に実態を見てみよう。中国の粗鋼消費は1995年の1億110万トンから03年の2億4417万トンへと141.5%増となり、同期世界粗鋼消費増加分の71.8%を占める。このほか、鉄鉱石海上輸送量(輸入)は4100万トンから1億4800万トンへと261.0%増、銅消費量は114万トンから309万トンへと171.1%増、アルミは194万トンから519万トンへと167.5%増、石油は328バレル/日から549バレル/日へと67.4%増、大豆は1410万トンから3890万トンへと175.9%増、自動車は156万台から439万台へと181.4%増となっている。中国一国の消費増加分が世界需要増全体に占める割合は、鉄鉱石91.5%、銅52.3%、アルミ46.9%、石油24.8%、大豆35.3%、自動車33.5%にのぼる。
粗鋼、鉄鉱石、銅、アルミ、石油、大豆などの商品はいずれも中国の国内生産が需要に追付かず、海外から大量輸入せざるを得ず、結果的には国際価格の大幅な上昇をもたらした。中国に起きた需要ショックと消費ショックは、日本を含む世界経済を牽引するエンジンとなる一方、原油高など世界経済を圧迫するマイナス要素とも指摘されている。
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強まる3つのバブル懸念
こうした旺盛な消費意欲は中国の経済成長を強く牽引する一方、過熱気味ももたらしている。
昨年後半から、中国経済のバブル懸念は益々強まっている。統計によれば、03年のGDP伸び率は9.3%にのぼり、固定資産投資も27%増加した。そのうち、一部の分野の投資過熱ぶりが特に際立った。例えば、不動産分野は前年比31%増、電解アルミ同92%増、鉄鋼同97%増、セメント同121%増といずれも大幅な伸びを示した。
今年に入ってバブル懸念はさらに高まっている。1-3月期のGDP成長率は9.8%にのぼり、固定資産投資も47%と急増した。昨年、過熱ぶりが際立った鉄鋼、セメント、電解アルミ3分野は、今年1-3月期はさらに熱を上げ、投資伸び率はそれぞれ107%、101%、39%に達した。仮に建設中また計画中の投資案件が全部完成すれば、05年末までに上記3分野の生産能力は需要をはるかに上回る結果となる。こんな投資バブルを放置すれば、06年には設備・生産過剰の発生は避けられない。
投資過熱と同時に、銀行貸し出しのバブル懸念も強まっている。昨年の新規貸し出しは前年比75%増、今年1-3月期の貸出残高は前年同期比20.7%増となっている。銀行貸し出しの過熱は景気過熱を増幅させるのみならず、経済成長が失速した場合、新たな不良債権になりかねず、金融危機を招く恐れもある。
マネ−サプライのバブルも懸念される。昨年1年間のマネ−サプライは前年比19%増、今年1-3月期も19%増を記録した。消費者物価上昇率も昨年の1.2%から、今年1-3月期は2.8%、4月3.8%、5月4.4%、6月5%、7月5.3%、8月5.3%へと上昇し、グリ−ンスパン・米連邦準備制度理事会(FRB)議長が指摘したインフレ圧力はますます強まっている。
投資、貸し出し、マネ−サプライという三つの過熱により、バブル崩壊や生産過剰などによる経済の急変調が懸念され、経済運営のリスクは増大している。
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過熱抑制に本腰を
益々強まるバブル懸念に対し、中国政府は今年4月から過熱抑制に本格的に動き出した。4月26日、党中央政治局会議が開かれ、マクロコントロ−ル強化、過熱抑制、生産性の向上を主な内容とする経済運営方針は正式に決定された。
党執行部のこの方針に基づき、中国政府は過熱抑制のための一連の行動に乗り出した。4月27日、国務院は過熱分野の投資案件自己資本金比率の引き上げを決め、鉄鋼分野は既存の25%から40%へ、セメント、電解アルミ、不動産3分野は20%から35%へそれぞれ引き上げた。翌日、温家宝首相が、江蘇省常州市鉄本プロジェクトの建設中止、関係責任者の処分を命じ、過熱抑制の行政命令を発動。さらに国務院が各地方政府に対し通達を出し、建設中か企画中の鉄鋼、電解アルミ、セメント、政府機関オフィスビル、都市モノレ−ル、ゴルフ場、ショッピングセンタ−など関連投資案件、及び04年のすべての新規投資案件を全面的に審査し、中央政府の規定に適わない案件を中止させるよう指示した。実際、今年8月末まで全国各地の新規投資案件4150件が政府の行政指導によって中止させられた。
金融当局(中銀)も今年から過熱抑制に向けて一連の金融引締め政策を取ってきた。例えば、今年に入って1カ月のうちに預金準備率の引き上げを2回も実施した(3月25日と4月25日)。公定歩合も2.7%から3.33%へ引き上げた。鉄鋼、セメント、電解アルミ、不動産分野への銀行貸し出し規制にも乗り出した。今後、インフレ率の上昇とマクロコントロ−ルの効果を見ながら、場合によっては金利の引き上げも視野に入れる。
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「減速」しても「失速」はなし
日本では1、2年内に中国のバブル崩壊は不可避という見方が根強いが、筆者はその可能性が極めて低いと見ている。
改革・開放政策導入以降、これまでに中国の経済成長は3回も挫折した。1981年、86年、89年である。いずれも民主化運動の発生、または民主化とインフレの高揚が重なった結果であった。経済問題だけで成長挫折のケ−スは一度もなかった。その意味では、政治民主化問題は中国の経済成長に横たわる最大の壁と言えよう。
当面、中国国内の政治状況を見る限り、民主化高揚の機運が見られず、インフレ率も5%台にとどまり、89年の18%や94年の24%には遥かに及ばない。これまでの経験則では、経済成長がすぐに挫折するとは考えにくい。
さらに、中国政府はいまバブル抑制に本腰を入れ、効果も徐々に出始めている。四半期ごとのGDP成長率は昨年9-12月期9.9%から今年1-3月期9.8%、4-6月期9.6%へとスロ−ダウンしている。投資伸び率も今年1-3月期の47%から、1-6月期の31%へと鈍化している。中国政府の過熱抑制によって、経済成長の減速はあるが、失速はないだろう。今年通年の経済成長率は9%前後になり、来年も8%台の成長が続く見通しである。
中長期的に見れば、08年北京五輪開催まで中国経済は多少波があっても、8%成長で世界経済を牽引しつづけるという見通しには変わりがないだろう。
勿論、中国は不良債権問題、エネルギ−不足、腐敗の蔓延、政治民主化の遅れなど不安要素も数多く抱えている。下手をすれば、08年北京五輪開催後のある時点で、これまで蓄積してきた諸問題は一気に爆発し、経済成長は挫折することもありうる。しかし、前に述べた巨大市場を牽引する基本要素は簡単に消えるものではなく、たとえ一時的な挫折があっても、挫折を乗り越えればまた成長の軌道に乗る。2020年まで年平均6-7%の経済成長が続くという見方は妥当であろう。
日本の景気動向や産業の発展が中国市場に益々大きく依存する現在、いかに中国の活力を取り込み、その成長から最大限に利益をとるかが日本企業の重要課題となっている。言うまでも無く、日本企業は情熱をもって中国の巨大市場を取り込むべきである。一方、バブル懸念、不良債権問題などビジネスリスクに対し冷静な頭脳を持つことも極めて大切である。
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