●線材協会需要開拓委員会は去る7月16日、東京・鉄鋼会館において、三井物産戦略研究所中国経済センター長の沈 才彬 氏と経済産業省製造産業局鉄鋼課長の糟谷敏秀 氏を講師にお招きして講演会を開催した。以下は沈氏の講演内容の要旨である。
はじめに 中国への3つの視点
中国経済を正確に捉えるためには、バランスの視点(中国経済の光の部分と陰の部分を複眼的に見る)、ビジネスの視点(市場としての中国と工場としての中国を複眼的に見る)、グローバルな視点(中国と欧米の両方を複眼的に見る)という3つの視点が必要である。
本日は、この内のビジネスの視点に重点をおきながら話を進めていきたい。
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(1)新たな拡張期に入った中国経済
・中国経済の1つの転換点
1997年のアジア通貨危機以降、中国の経済成長率は低迷してきたが、2002年の成長率は8%、2003年は9.1%、今年上半期の成長率は9.7%と、中国経済はいま新たな拡張期に入っている。
また、通貨危機以降、中国経済はデフレ傾向に陥ったが、昨年デフレ局面が一応終息し、いまは逆にインフレ懸念が高まっている。
新たな拡張期に入った中国経済は次の4つの特徴を持っている。
・GDP拡大の加速
第1の特徴として、中国のGDP規模の拡大はこれから加速状態に入る。日本の場合、GDPが1兆ドルの大台を超えたのは1979年のことで、戦後34年もかかった。ところが、2兆ドルを超えるのには7年しかかからず、3兆ドル超えには5年、そして4兆ドルへの躍進はたった2年間で達成した。もちろん、その背景には様々な要因があり、日本の経験がそのまま中国経済にあてはまるとは思っていない。しかし、これから中国の経済規模拡大が加速状態に入ることは間違いない。
私の試算によれば、中国のGDP規模は、2006年には1兆7,000億ドルとなり、アメリカ、日本、ドイツに次ぐ世界4番目の規模となり、2010年にはおそらくドイツを抜いて世界第3位の経済大国になると思われる。また、2020年には5兆ドル以上になって、日本と肩を並べるか、日本を上回る規模となり、先の話だが2050年前後には、アメリカを抜いて世界一の経済大国となる可能性も高い。これはあくまでも現在の為替水準で試算した結果で、仮に人民元の切り上げ要素を考えると、中国の経済規模はもっと大きくなる。
・市場規模拡大の加速―3つの人口数字を注目―
2つ目の特徴として、中国の市場規模もこれから加速状態に入る。いま中国の市場規模は、鋼材、銅、工作機械、携帯電話、ビール、ピアノなど消費財から生産財まで多くの分野で、既に日本とアメリカを抜いて世界1位を占めているが、中国マーケットに目を向けるときには、次の3つの人口数字に注目する必要がある。
まず1つ目の人口数字は5億2,000万人。これは中国の消費市場の主力である都市部の人口で、中国の総人口13億人の4割にあたり、日本、アメリカ、ドイツ3カ国の人口のトータルに相当する。しかも、都市部の人口は1996年から毎年2,000万人ずつ増えている。つまり、5年毎に日本の人口に相当する1つの大きなマーケットが出現することになる。
2つ目の人口数字は3億人。これは3大成長エリアである広東省、上海市と上海市の周辺地域(揚子江デルタ地域)、渤海湾地域(北京、天津、青島、大連という都会部と周辺地域)の人口で、このエリアは中国で経済成長が一番進んでいる地域であり、しかも富裕層が大量に出ている地域である。
3つ目の人口数字は5,000万人。これは富裕層の人口で、中国では大体10万ドル以上の個人資産を持つ人達を富裕層という。10万ドルを日本円に換算すれば1,000万円以上で、日本では決して富裕層とは言えないが、中国は物価水準が低いので、日本の感覚で言えば大体1億円に相当する価値があると思う。例えば、昨年1年間の中国での新車販売台数は439万台(日本では582万台)で、前年比114万台増加した。これは世界的に見てもあまり前例がなく、日本で新車販売台数が最高を記録した1990年は777万台(前年比52万台増)だった。いま中国では自動車ブームとなっており、その背景として富裕層が相当生まれていると思われる。
・世界第3位の輸入大国へ躍進
3つ目の特徴は、中国の輸入規模もこれから加速状態に入る。2002年の時点での中国の輸入規模(2952億ドル)は世界第6位だが、昨年は日本、イギリス、フランスの3カ国を一気に抜いて世界第3位(4128億ドル)の輸入大国となった。私の試算では、2006年前後にはドイツを抜いて世界第2位に、更に過去5年間の輸入実績をベースにすれば、2010年前後には1兆ドルと今の2倍以上になる。中国の輸入規模の拡大は、日本企業にとってはビジネスチャンスの拡大につながるので、この動きには留意しなければならない。
4つ目の特徴は、バブル懸念が高まっている。バブル懸念については(3)の部分に説明します。
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(2)中国エコノミックパワーの秘密
中国経済の元気の秘密について、マスコミは人件費の安さや豊富な労働力をあげているが、それは、あくまでも表面的な理由であって、その深層底流にある理由とは次の4つである。
・「ワーストワン淘汰制」
1つは競争メカニズムの浸透である。中国PCメーカーの最大手である聯想集団公司では、4年前から「ワーストワン淘汰制」という全従業員を対象とした業績評価制度を導入し、6カ月毎に"優秀"、"合格"、"要改善"の3段階の評価基準に基づいて総合的な業績評価を行っている。大体2割の社員が優秀、7割が合格と評価される。そして、およそ1割の社員が要改善(ワーストワン)と評価され、2回連続して「要改善」と評価された社員は淘汰され、クビになる。現在、中国では「ワーストワン淘汰制」と似たような制度を他の会社も導入しており、また企業だけではなく多くの政府機関も導入している。つまり、いま中国では、政府部門でも、企業でも、競争メカニズムが浸透している。従って、競争という意味においては、中国は日本より資本主義的な社会になりつつあるといっても過言ではない。
・幹部の若返り
2つ目は幹部の若返りである。現在中国では、産・官・学、各界の幹部について急ピッチでの若返りが進んでおり、30才台、40才台で経営トップに就任することは決して珍しいことではない。
・「バナナ族」の台頭
3つ目は「バナナ族」の台頭である。バナナは、皮は黄色く、中身は白い。欧米留学組の人々は、中国人の顔をしているが、実際は欧米流の意識を持っているのでバナナ族と呼ばれている。いま、欧米留学組の人たちが急速に台頭し、活躍している。
・産学連携の進展
4つ目は産学連携の進展である。中国では、産学連携が日本よりはるかに進んでいる。例えば昨年末時点で、中国の大学から出てきた産学連携型企業の数は5,000社、国の研究機関から出てきたベンチャー企業の数は1,000社以上、合計で6,000社以上となる。一方、日本では、大学から出てきたベンチャー企業は昨年末時点で646社である。しかも、中国の場合は、例えば聯想集団公司など産学連携型成功モデルが大変多く、いま実際に中国のIT業界をリードしているのは産学連携型企業である。
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(3)バブル懸念は要注意
・3つのバブル懸念
但し、中国経済は元気である一方、3つのバブル懸念を持っている。
1つ目は投資のバブル懸念である。昨年の中国の固定資産投資(不動産投資・設備投資・インフラ投資の合計)の増加率は27%、今年の第1四半期も43%増と、更に熱が上がっている。特に、不動産投資、鉄鋼投資、セメント投資、電解アルミニウム投資の4つの分野が明らかに過熱状態になっている。
例えば不動産投資は、昨年通年の実績は31%増で、今年の第1四半期は41%増と急騰している。また、昨年1年間の鉄鋼投資は97%の増加、今年第1四半期は107%増、セメントは昨年が121%増、今年第1四半期が101%増、電解アルミニウムは昨年92%増、今年第1四半期が39%増と、いずれも大幅な伸びを示している。仮に、建設中または計画中の投資案件が全部完成すれば、2005年末時点で、鉄鋼、セメント、電解アルミニウム3分野の生産能力は需要を大幅に上回る結果となる。例えば、鉄鋼の生産能力は来年末までに3億3,000万トンに達し、これは2010年前後の中国の鉄鋼需要分に相当する。つまり、いまの過熱状態を是正しないと2006年には設備・生産過剰の発生は避けられない。そこで中国政府は、5月から過熱経済に対する抑制策を打ち出している。
2つ目は銀行貸し出しのバブル懸念である。昨年の新規貸し出しは前年比75%増と急増し、今年第1四半期の銀行貸出残高は前年比21%増となっている。貸し出しの増加は決して悪いとは言えないが、新規貸出先の多くが国有企業で業績が良くない。いま銀行の持っている不良債権の多くの源は国有企業の業績不振にあり、新規貸出先の多くが国有企業ということは、将来的に新たな不良債権になりかねないという怖れもある。
3つ目はマネーサプライのバブル懸念である。昨年1年間でマネーサプライは前年比19%増加、今年の第1四半期も19%増加している。
・過熱経済の見通し―減速はあるが失速はない―
中国経済は、投資、銀行貸し出し、マネーサプライの3つの過熱によって、いまバブル懸念が高まっており、将来的にはかなりの危険をはらんでいる。いまの中国経済を人間の体温に例えるならば、38度程度の発熱状態で、現時点で解熱剤を投入しないと40度ぐらいの高熱になり倒れる怖れがある。
そこで中国政府は過熱抑制に動き出した。この抑制策によって中国の経済成長の減速はあり得るが、失速はないと考えている。中国の経済成長については、波はあるが、2008年のオリンピック開催までは年平均8%の成長が続くと見ている。
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(4)誰が高度成長を支えるか
・素材の「爆食」
中国経済の懸念材料は過熱経済だけではない。例えば、素材「爆食」の問題がある。中国は昨年、世界GDPの約4%を創出したが、鋼材消費量は世界鋼材消費量全体の36%、石炭消費は同30%前後、セメントは同55%を占めた。つまり、中国の昨年の高度成長は素材爆食型の高度成長であり、こういう形の高度成長が限界にきていることは明らかである。
・エネルギー逼迫
更にエネルギー逼迫の問題がある。昨年1年間の中国の原油輸入量は9,000万トン以上で、今年1億トン突破は確実な状況となっている。また、昨年の原油消費量は日本を上回って世界第2位となった。現在中国の1人当たりの石油消費水準は先進国平均の5分の1に過ぎないが、仮に2020年前後に先進国並みの水準に高まると、中国の石油消費量は15億トンに膨らむ。換言すれば、2003年の世界石油貿易量16億トンのほとんどが中国1国に呑み込まれることになり、これは日米をはじめ世界各国が許容できることではない。
・電力不足が深刻化
もう1つの問題は深刻な電力不足である。中国で日本の都道府県に相当する行政単位は、省、市、自治区で合計31あるが、昨年はその内の19が電力不足に陥り、今年はそれが24に拡大するとの見通しがある。明らかに経済高度成長の歪みが出ている。おそらく2006年までは電力不足の解消は望めないと思われる。つまり、中国の素材爆食、エネルギー大量消費型の高度成長は明らかに限界にきており、今後エネルギー消費を抑えながら高度成長を持続させることが中国にとって最大の課題となる。
・深刻な不良債権問題
次の懸念材料は不良債権問題である。日本では不良債権問題が一時大騒ぎになったが、中国でも不良債権問題がかなり深刻化している。具体的な数字をいえば、中国のGDPは日本の約3分の1強に過ぎないが、不良債権総額は日本の1.1倍、不良債権の比率は日本の2.3倍、不良債権総額がGDPに占める割合は日本の3.6倍となっている。中国の不良債権問題が、いかに深刻化しているかが裏付けられているが、不良債権問題は金融リスクの問題であり、日本企業が中国でビジネスを展開する時には、こうした金融リスクも見落としてはならない。
・腐敗問題
もう1つの懸念材料は腐敗の蔓延である。これは日本企業にとって対岸の火事ではない。なぜかと言えば中国は人脈社会であり、中国でビジネスを展開するときには人脈づくりが必要となる。その一方、腐敗現象が蔓延しているので、下手をすればスキャンダルに巻き込まれる怖れがあるので、日本企業は、この点にも細心の注意を払う必要がある。
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(5)中国市場の巨大化と日本へのインパクト
・日本景気回復の陰の主役は中国
中国市場の巨大化は、輸出と輸入の両面から日本経済に大きなインパクトを与えている。昨年の日本の景気回復は輸出牽引型で、牽引役はアメリカ経済と中国経済とよく言われる。確かに輸出牽引型の景気回復で、中国経済に牽引されたのも事実である。しかし、アメリカ経済、特に対米輸出に牽引されたかどうかは疑問を持っている。なぜなら統計上の裏付けのない話だからである。日本の財務省の貿易統計によると、昨年の日本の総輸出額(円ベース)は前年比4.7%増加したが、対米輸出は前年比マイナス9.8%、1兆4,000億円も減少した。対米貿易黒字も約1兆1000億円減少している。果たしてこれで日本の景気回復が対米輸出に牽引されたと言えるだろうか。
景気回復が輸出牽引型であったとすると、どの地域・どの国に牽引されたかといえば、答はアジアであり、特に中国である。日本の貿易統計によると、昨年の対中輸出は前年比で円ベースでは33%の増加、ドルベースでは44%の増加となっている。金額でいえば昨年1年間の対中輸出増加分は1兆6,000億円、昨年の日本の総輸出増加分は2兆4,000億円であり、増加分の7割は中国の貢献である。香港向けの輸出増加分も加算すれば、増加分の8割近くが中国の貢献となる。
・2010年に中国が日本の最大の輸出市場に
ところで、中国向けの輸出の急増によって日本の輸出構造に大きな変化が起きている。つまり、日本の総輸出に占めるアメリカのシェアが、ここ数年急ピッチで低下している。例えば、1998年の日本の総輸出に占めるアメリカのシェアは30.5%だったが、昨年は24.6%に低下している。それに対して、98年は中国向け(香港を含む)の輸出は11%だったが、昨年は18.5%と大きく上昇している。仮に過去5年間の実績をベースに計算すれば、あと5~6年すると日本の最大の輸出市場はアメリカではなく中国となる。この動きは今後更に加速するので十分に留意しなければならない。
輸入面から見れば、中国からの輸入は既に2002年の時点でアメリカからの輸入を上回っている。
・好景気業種の多くは「中国特需」
今年3月期の日本企業の決算を見ると、高業績の業種の多くは中国関連である。例えば、鉄鋼、造船、海運、建設機械、工作機械といった業種が昨年は急ピッチで復活している。その背景には、中国の非常に旺盛な国内需要-中国特需がある。
・価格上昇の背景には中国要素
日本での価格上昇の背景にも中国要素がある。昨年1年間で、素材分野では大幅な価格上昇が起きた。中国の国内需要が非常に旺盛で外国から大量に輸入したため、国際価格に大きく影響し、日本の国内価格は国際価格と連動した形なので、日本の素材の国内価格も結果的に大幅な上昇となった。
・中国要素に促された日本の5つの転換
中国インパクトにより、いま日本の産業界で5つの構造的な転換が起きている。
①雇用構造の転換(製造業からサービス業への雇用シフト)、②製造業における低付加価値分野から高付加価値分野へのシフト、③雇用制度の転換(終身雇用制度からリストラも認める雇用制度への転換)、④人事制度の転換(年功序列的な人事制度から能力主義・業績本位の人事制度への転換)、⑤賃金制度の転換(従来の横並び的な賃金制度から成果主義的な賃金制度への転換)が起きつつある。
特に、人事制度、雇用制度、賃金制度の転換の背景に中国要素があったことは否定できない。日本企業が、これまで取ってきた人事制度、賃金制度、雇用制度には人間の労働意欲を損なう丼勘定的な制度のようなもの、つまり社会主義的な構造の部分があり、これは、ここ数年で日本企業の国際競争力が急速に低下した背景にもなっている。従って、国際競争力をアップさせるため、また中国の低コスト構造に対抗するためには、この構造を是正しなければならず、人事制度・雇用制度・賃金制度の転換が起きている。
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(6)元の切り上げはあり得るか
・変動相場制への移行は2008年北京五輪以降
人民元については、結論から言えば切り上げなければならないが、現実的には難しい。現在、中国政府がとっている為替制度は"変動管理相場制"だが、変動の幅が政府の管理下にあって極端に小さく抑えられ、実質的には固定相場制である。オリンピック開催以降の2010年前後には"変動相場制"への移行が可能だと思われるが、当面は元の変動幅の拡大が現実的なところだろうと考えている。
・経常収支の動きには特に注意が必要
仮に変動幅が拡大した場合、日本企業は元高だけでなく元安にも留意する必要がある。中国は、2001年にWTOに加盟したときの3つの公約(輸入関税率の大幅な引き下げ、直接輸入制限の撤廃、外資の市場参入)を2006年までに履行しなければならず、これらの市場開放措置によって中国の輸入が大幅に増えて経常収支が赤字に転落する怖れがあり、2006年には元の切り上げではなくて、元安になる可能性も十分にある。中国では1985年から95年までの10年間に元の切り下げが5回もあったが、いずれも経常収支が赤字に転落した年、あるいは翌年に行われている。従って、経常収支の動きは注意深く見守る必要がある。
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おわりに 中国ビジネスの課題とキーワード
日本企業はこれからの中国ビジネスに対して、"巨大化する中国市場をどう取り込むか"、"中国の低コスト構造をどう活かすか"、"中国の優秀かつ安価な人材をどう活用するか"という3つの課題を抱えている。一言でいえば、中国のエネルギー、中国の活力をどのように我が物にして、中国の高度成長から最大限の利益を取るかが、日本企業の究極の課題である。
この究極の課題に応えるためには、日本企業は、中国ビジネスの戦略ビジョンを描かなければならない。どういう戦略が必要なのかは企業ベースでそれぞれ違うので一律には言えないが、共通する2つのキーワードがある。それは「情熱」と「冷静」である。日本企業は、情熱を持って中国の巨大市場を取り込むべきだが、その一方で、中国の不良債権問題、過熱経済の問題、腐敗の蔓延問題など、ビジネスリスクに対しては冷静な判断を持つことも非常に大切である。