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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
「靖国参拝」は日中関係の全部ではない

沈 才彬
『毎日新聞』(電子版)2004年9月17日

 日中政治関係の寒風が続く中、さる9月10日に新しい駐日中国大使が着任した。朝鮮問題の6カ国協議という国際舞台で議長の役割をうまくこなし、一躍して有名になった王毅・前中国外交部副部長である。新大使の着任を契機に、日中関係は転機を迎え、改善に向かうかどうか、その行方が注目される。

 周知のとおり、日中政治関係は今のような冷却期を迎えた発端は、小泉純一郎首相の靖国参拝だった。2001年8月13日、小泉内閣が誕生して間もなく、小泉氏は内閣総理大臣としてA級戦犯も祭られている靖国神社を参拝した。以降、毎年靖国参拝を続けてきた。彼の行動は中国側の猛反発を招き、対日感情を悪化させた。

 筆者は、国際的に見ても、小泉首相の靖国参拝は常識外れな行動だと思う。よく考えてみてほしい。もし、ドイツの首相がヒトラーを祭った場所を参拝し、イタリアの首相がムソリーニの遺骨を祭った場所を参拝すれば、欧州諸国の人々はどう反応するか。参拝を許すはずがないだろう。小泉首相は国際常識の感覚をもって靖国参拝をやめるべきである。

 しかし、とはいっても、日中首脳同士が交流を中断すべきとも思わない。靖国参拝は日中関係の全部ではないからだ。実際、小泉内閣誕生後の3年間、日中貿易も日本の対中直接投資も記録的な水準に達した。これは小泉首相本人の積極的な姿勢と無関係ではない。

 2、3年前、中国は「世界の工場」と喧伝(けんでん)され、日本の政界も経済界もマスコミも、「中国脅威論」が論調の主流であったことは記憶に新しい。「中国脅威論」の広がりに歯止めをかける役割を果たしたのは、正に靖国参拝の小泉首相である。

 2002年4月12日、小泉首相は中国の海南島で開かれたアジアフォーラムで講演した際、中国の経済発展は日本にとって、「脅威ではなくチャンスだ」と指摘した。日本の総理大臣として国際会議の場で明確に「中国脅威論」を否定したのは、この小泉発言が初めてである。

 実はこの日の朝、筆者は内閣府に招かれ、小泉訪中に同行した竹中平蔵経済財政政策担当大臣(当時)に対し、中国経済の現状・見通しおよび問題点につき30分程度、進講した。その際、筆者は「バランスの視点」、「ビジネスの視点」および「グロ−バルな視点」という中国への3つの視点を強調した。

 「バランスの視点」とは、光の部分を示す元気な顔と、影の部分を見せる病気の顔という中国経済の2つの顔を両方複眼的に捉えることである。「ビジネスの視点」とは、巨大市場としての中国と「世界の工場」としての中国を両方複眼的に捉え、積極的に活用していくことである。「グロ−バルな視点」とは、日本と中国との関係を多国間の視点から捉えるべきことである。日本は過大評価の「中国脅威論」ではなく、過小評価の「中国崩壊論」でもなく、客観的に中国を認識するリアルな「中国論」が必要だと力説した。同日午後、小泉首相はアジアフォ−ラムで中国脅威論を否定する発言を行った。

 この小泉発言が、筆者の進講と関わっているかどうかは重要ではない。重要なのは、この発言は日本における中国脅威論の広がりに歯止めをかけ、日本の対中投資と日中貿易の拡大につながったことだ。

 要するに、小泉氏も、靖国参拝の一面と日中経済交流促進の一面を両方持っている。中国政府は小泉内閣の対中姿勢を全面かつ客観的に評価し、日中首脳同士の交流を再開すべきだと、筆者は強調したい。

 「実事求是」(事実に基づいて、物事の真実を判断する)という中国の諺(ことわざ)がある。これはトゥ小平氏が唱えた中国執行部の方針でもある。日中関係においても、両国政府は「実事求是」の精神で対応すれば、必ず双方の接点を見出し、難局打開の知恵が出てくると、筆者は確信している。

  

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