【中国経済論談】
【中国経済論談】
「3Mブーム」がピークアウト
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬
中国経済の低迷が続いている。米中対立の激化や米国の制裁に伴う外国投資及び輸出の減少が大きな原因だ。しかし、さらに深層的な理由がある。それは総人口の減少及び労働力人口の急減によって、経済成長をけん引してきた、「3M」(My car、My home、Mobile)に代表される耐久消費材の消費ブームは既にピークアウトとなっているからだ。
新たな成長分野を見つけず、中国をめぐる国際環境が改善しない限り、景気低迷の脱却が難しいと思う。
◎「現役世代」人口は11年で6516万人減少
中国は14億人を有する世界一の人口大国だ。しかし、今年にこの座をインドに明け渡す。中国は人口減少に転じ、インドが人口増加を続けているからだ。
中国の総人口は2021年の14億1,260万人がピークで、翌年の22年は85万人が減り、今年さらに減少するのは確実な状態となっている。総人口の減少及び少子高齢化の進行は、国民消費に与える影響が大きく、今の景気低迷と密接な関係にある。
総人口の減少よりさらに深刻なのは、労働力人口の急減である。中国では60歳定年を定めており、統計上では16〜59歳が労働力人口とされる。この人口層はいわゆる「現役世代」だ。これらの人たちは社会的な富を創造する担い手でありながら、消費の主力でもある。
嘗て、安価かつ豊富な労働力人口は無尽蔵と言われ、中国の高度成長をけん引してきた。しかし、この人口層は2011年にピークに達し、12年からは減少に転じた。22年まで11年連続の減少、累計6,516万人が減り、減少分は日本の総人口の半分に相当する。単純に計算すれば、毎年約600万人の減少だ。これは、生産と消費の両方から中国経済にダメージを与えている。
特に消費への影響は甚大だ。結果的にはマイカー、マイホーム、モバイルという「3M」の消費ブームのピークアウトに繋がった。
◎「3Mブーム」はピークアウト
「3M」は耐久消費財の代表格である。ケ小平氏の改革開放政策によって、中国は30年以上の高度成長を実現し、国民にある程度の豊かさをもたらした。この高度成長の牽引車は、まさに都市化の進展に伴う「3M」の消費ブームだ。
しかし、消費主力である労働力人口の減少によって、「3M」の消費ブームは今、いずれもピークアウトになっている。
まず、自動車の新車販売台数を見よう。新車販売台数のピークは2017年。この年に2901万台の自動車が売れた。5年前の1931万台より970万台も多い。しかし、18年から減少に転じ、2022年の販売台数は輸出を含めて2686万台だ。311万台の輸出を除けば、国内の新車販売台数はピーク時に比べれば約15%も減少した。
2023年6月現在、中国の自動車保有台数は3.28億台に上り、4人に1台の計算だ。飽和状態に近づいているのは明らかだ。今後、新車販売台数が伸びたとしても、それは輸出増加による寄与であり、国内販売がピークを超えることはまず無いと思う。
新車1台の価格は数百万円で、国民消費への寄与度が高い。国内新車販売の停滞または減少は景気への下振れ影響が大きい。
モバイルも新車販売と同じ傾向にある。出荷台数で見れば、ピークは7年前の2016年、年間20億台強が出荷される。以降、ピークアウトし、昨年に輸出を含めた出荷台数は15.6億台、ピーク時の4分の3に過ぎない。現在、14億の国民が1人に1台以上のスマホを持っており、さらに増加するのは難しい。
◎住宅バブルが崩壊へ
国民にとって、最大の耐久消費財は言うまでもなくマイホームである。安くても1戸数千万円の価格で、消費へのインパクトは絶大だ。
中国の住宅販売面積は総人口と同じ、2021年にピークに達した。22年からはマイナスに転じ、約27%も減少した。今年1〜6月にさらに前年同期比で5.3%減少した。
政府当局の統計によれば、2023年6月現在、中国は合計6億戸の住宅を持っている。中国の世帯数が約5億、総人口14億を考えれば、深刻な住宅過剰が明らかである。沿海地域の大都市では住宅の空室率が20%に上り、内陸部の都市では30%以上となっている。
今後、総人口及び現役世代の減少によって、中国の住宅販売面積はピーク時を超えるシナリオが考えられず、不動産バブルが崩壊するリスクが高い。
実際、中国の不動産業界は今、深刻な不況に陥っており、多くの不動産企業は経営破綻に直面している。例えば、不動産大手の「恒大集団」は8月17日、ニューヨークの裁判所に、外国企業が米国内で保有する資産の保全を可能にするアメリカ連邦破産法15条の適用を申請した。
この恒大集団は2022年度の純利益が527億元(約1兆540億円)の大赤字、負債総額は48兆円にのぼる。昨年よりデフォルト(債務不履行)状態がずっと続いている。
経営危機に陥っている中国の不動産企業は恒大集団だけではない。最大手の「碧桂園」は8月10日、今年1〜6月の最終利益が1兆円前後の赤字に転落する見通しだと発表し、「資金調達で深刻な困難に直面している」と表明した。
関連産業を含めれば、不動産産業は中国のGDPの約3割を占め、経済成長をけん引する最大の産業分野である。不動産バブルの崩壊は中国経済に破壊的なインパクトを与えかねない。30年前の日本バブル崩壊のような事態が発生すれば、巨額の不良債権が積み上がり、金融危機に繋がるリスクが高まる。
「3Mブーム」のピークアウトによって、中国の景気低迷が長引く可能性が出てきた。世界2位の経済大国が危機的な状態に陥ると、その影響が世界的なものになる。当然、対中輸出減少など日本経済への悪影響も無視できない。(了)