【中国経済論談】
【中国経済論談】
中国経済の厳しさを示す「4つの20%」
中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー 沈 才彬
中国経済は今、成長の勢いを失い息切れの局面に陥っている。政府が早急に景気対策を打ち出さなければ、今年5%の政府目標の実現が危うくなる。
◎第2四半期GDPは大幅に減速
国家統計局の発表によれば、4〜6月期の中国GDP成長率は前年同期に比べ6.3%だった。一見すれば1〜3月期の4.8%より高く、成長が加速しているように見える。
しかし、実態は違う。前期比で見た場合、今年第1四半期は2.2%、第2四半期は0.8%。年率換算すれば、1Q9%、2Q3.2%となり、中国経済が大きく減速している実態が浮き彫りになる。
昨年4〜6月、「ゼロコロナ」政策の下で上海ロックタウンが実施され、中国のGDP成長率が0.4%しか伸びなかった。今年、「ゼロコロナ政策」撤廃によって、経済活動が正常化し、第2四半期の経済成長率は前年同期比7%以上が市場コンセンサスとなっていた。しかし、蓋を開けて見れば、実績は市場予測を下回る6.3%だった。
消費、輸出、投資はGDP成長の3大要素と言われる。投資は今年2月以降、伸び率は月ごとに低下している。消費につき、4月がピークで、5月以降は2カ月連続で伸び率が鈍化し、6月は3.1%増にとどまる。輸出は5月からマイナスに転落。うち、5月▼7.5%、6月▼12.4%でマイナス幅が拡大している。言い換えれば、4〜6月はGDP成長の3大要素である消費・投資・輸出はいずれも悪化している。経済減速は当然のことだ。
◎経済の厳しさを示す「4つの20%」
政府公表の4〜6月期経済成長率が6.3%だが、その中身が悪く景気の「体感温度」が低い。次に述べる「4つの20%」がその厳しさを示している。
@不動産開発新規着工面積(1〜6月) ▼24・3%
同期の不動産投資と販売面積もそれぞれ▼7.9%、▼5.3%と減少している。不動産及び関連産業はGDPの約30%を占め、中国の経済成長を支える最大の産業分野である。不動産産業の低迷は中国経済を直撃し、景気の下押し圧力が強まっている。
A国有地譲渡収入(1〜5月) ▼20%
地方によって違うが、土地譲渡収入は地方政府財政収入全体の25%前後を占める。不動産開発着工面積と販売面積の減少は地方政府財政収入の減少を意味する。この状況が継続すれば、地方政府の債務危機を誘発する恐れがある。
実際、ここ2、3年、不動産産業の低迷によって、地方政府の財政収支が圧迫され、多くの地方では人員削減や公共事業の縮小を余儀なく実施している。地方公務員の賃下げの動きも広がりつつある。
B工業企業利益(1〜4月) ▼20・6%
5月は若干改善したが、依然として厳しい状態が続いている。多くの企業が生き残るために、やむを得ず人員削減や従業員の減給を実施している。これは若者失業者の急増に繋がる。
C若者(16〜24歳)失業率(6月) 21・3%
16〜24歳の若者たちの失業率は今年に入って、6カ月連続で上昇している。6月は21.3%にのぼり、統計開始以来の最高記録を3ヵ月連続で更新している。
今年7月末に、中国の大学生及び大学院生1,158万人が卒業する。5月末時点で就職内定率は約30%にとどまっている。卒業=失業という厳しい現実が若者たちを悩ませ、社会不安の要素にもなりかねない。
李克強前首相はかつて「経済成長=雇用確保」と述べたことがある。正論と思う。経済成長をどう持続するか?若者たちの雇用をどう確保するか?習近平3期目政権の最大の課題は正に経済成長と雇用確保だ。
◎民間企業に対し「ムチ」から「アメ」へ方針転換
厳しい経済情勢に直面し、習近平政権は危機感を強める。一連の対策が検討され、その内の1つは民間企業に対し「ムチ」から「アメ」への方針転換だ。
周知のように、アリババ創業者であるジャック・マー(馬雲)氏は2020年10月にある会議で政府当局の金融監督体制を批判し、最高指導者を激怒させた。その結果、アリババの子会社であるアント・グループの香港・上海両証券取引所の新規上場が中止に追い込まれた。
翌年、当局は「独占禁止法違反」という理由で、アリババに182億元(約3,050億円)にのぼる巨額罰金を科した。また、「資本の無秩序拡張を防止」という大義名分の下で、アリババなど多くの民間企業に対するバッシングが始まった。
その結果、アリババ、テンセント、京東、美団など四大IT企業だけで、株式市場での時価総額は2年余りで1兆1000億ドルも損失した。中国民間企業の設備投資やイノベーションの意欲と能力が著しく低下し、海外に逃げ出す企業も続出している。
事実、中国税収の50%超、GDPの60%超、イノベーションの70%超、雇用の80%超が民間企業による寄与だ。民間企業の成長が無ければ、中国の経済成長もないと言っても決して過言ではない。しかし、今、中国の民間企業に元気がない。政府当局による民間企業へのバッシングは結局、中国経済に打撃を与え、ブーメランの形で政府の経済運営に悪影響を及ぼしている。
民間企業に対する「ムチ」対策の悪影響が色濃く出始め、転換せざるを得ない。そこで「アメ」の対策が打ち出された。最近、李強首相をはじめ政府高官が頻繁にアリババ、テンセント、美団など大手IT企業に秋波を送り、関係を修復しようとしている。党中央と国務院は「民間経済の発展と成長の促進に関する意見書」を発表し、民間企業への支持・支援姿勢を明確に示した。民間企業の力を借りて経済目標を実現させる中国政府の思惑が溶けて見えるのだ。
このほか、積極財政の拡大、企業負担の軽減、個人消費刺激、中小企業支援など複数の政府景気対策も用意されている。これらの景気対策が奏功すれば、今年5%成長の政府目標が実現されるかも知れない。 (了)