【中国経済レポ−ト】
中国の巨大市場化と「ワ−ストワン淘汰制」
沈 才彬
2003年11月号《SIBA》
中国市場をめぐって2つの動きが注目される。一つはマ−ケットが益々巨大化する動きであり、もう1つは「ワ−ストワン」淘汰制に象徴されるような市場メカニズムの浸透である。このレポ−トはこの二つの動きを具体的に検証する。
国民の豊かさの加速
一般的に言えば、潜在的巨大市場の構成要素は三つある。一つは巨大人口、二つ目は高いGDP成長率、三つ目は低い製品普及率である。中国はいまこの三つの要素を全部備えているので、世界最大規模の市場となるのは時間の問題であろう。
私見だが、今後20年間、中国のGDP成長率は年平均6−7%をキ−プすることが可能であり、経済規模は2010年に2兆ドル以上、2015年に3.5兆ドル、2020年に5兆ドルにのぼる見通し。高度成長の持続によって、国民の豊かさの実現も加速する。
日本の経験によると、1人当たりGDPが一旦、1000ドル台に乗れば、国民の豊かさは加速状態に入る。日本では、1人当たりGDPが1000ドル台に上がったのは1966年のことであり、到達まで21年もかかった。しかし、1000ドルから2000ドル(1971年)への所要年数は5年、2000ドルから3000ドル(1973年)へは僅か2年、3000ドルから一万ドル(1984年)へは11年。豊かさの実現に拍車がかかった状態が明らかである。
韓国も日本と同じような傾向を示している。韓国の1人当たりGDPが1000ドル台に上がったのは1978年のことであり、朝鮮戦争終結から到達まで26年もかかったのである。しかし、そこから2000ドル台(1983年)へは5年、その後3000ドル台へも5年、さらに一万ドル台へは13年。韓国でも豊かさの実現が加速状態となっている。
中国では、持続的な高度成長の結果、1人当たりGDPは2002年の時点で既に970ドルにのぼり、03年に1000ドル突破は確実だ。これからは国民の豊かさの実現がハイウェ−に入り、2010年に2000ドル台、15年に3000ドル台、20年に5000ドルに近づく見通しである。
経済成長と国民の豊かさの加速によって、中国の消費市場膨張に拍車がかかり、2020年の市場規模は現在の五倍以上になる見通しである。
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5000万人富裕層の存在
中国の消費規模の潜在力を評価する際、次の3つの人口数字を注目すべきである。
一つは4億8000万人にのぼる都市部人口であり、その規模は日米独三カ国人口のトータルに相当する。2002年、中国の都市部の1人当りGDPは2000ドル未満だが、購買力評価で計算すれば6000ドルに達しており、しかも毎年10%というスピードで増加している。
二つ目は三億人の三大成長エリアの人口である。広東省地域、上海市を中心とする長江デルタ地域、北京、天津を中心とする渤海湾地域など三大エリアの人口は三億人を数え、経済成長が著しく、富裕層が大量に出ている。そのうち、長江デルタ地域には上海市のほか、江蘇省の南京、鎮江、無錫、常州、蘇州、揚州、南通、泰州ら8都市、浙江省の杭州、紹興、寧波、舟山、嘉興、湖州6都市、合計15都市が集中しており、全国GDPの23%、輸出の30.6%、外国直接投資の39%を占め、中国一の「大上海消費圏」を形成している。(表を参照)。
三つ目は5000万人富裕層の存在である。中国国民の平均所得水準はまだ低いが、収入格差が日本より遥かに大きいため、富裕層も大量に出ている。個人資産10万ドル以上の人口は5000万人もいると見られる。
膨大な都市部人口、三大成長エリアの出現、大量富裕層の存在によって、中国の市場を益々巨大化させている。現在、鉄鋼、銅、携帯電話、家電製品、工作機械及びビールなど多くの分野では、中国の市場規模は既に米国を抜いて世界1位を占めている。今後、世界1位を占める市場分野はさらに増えることは間違いない。
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需要ショックと消費ショックが起きる
日本経済新聞社が業界団体から聞き取った「日中市場規模比較調査」によれば、2001年に市場規模では鋼材は中国が日本の二倍強、銅二倍、携帯電話二倍、DVDプレ−ヤ三倍、ビ−ル三倍、ピアノ五倍となっており、中国の国内需要は消費財から生産財まで幅広く拡大し、日本よりも大きくなった分野が目立つ。
今後、巨大市場への変身が一層加速され、中国に大きな需要ショックと消費ショックが起きる。実際、中国では「3Mブ−ム」が既に起きている。
この「3M」とはマイカ−、マイホ−ム、モバイル・テレコムのことで、国民消費がいま急増している。例えば、中国の携帯電話ユ−ザ−数は、2002年末時点で既に2億人を突破し、米国を抜いて世界最大規模となった。今年五月末時点ではさらに2億3000万人にのぼり、米国の1億4000万人に大差をつけたが、普及率で言えば僅か18%に過ぎない。もし日本の普及率(65%)に到達すれば、中国の携帯電話の保有台数は7億台に達し、日米欧のト−タルを上回る市場規模になる。月ごとに500万台の新規加入台数という現状を見れば、それは決して遠い先のことではない。
マイカ−も同じである。2002年中国の乗用車販売台数は前年比55%増の112万台に達し、今年上半期はSARSにもかかわらず、昨年同期の二倍となる90万台にのぼった。こうした爆発的な成長を中国では「井噴現象」という。五月末時点で、中国のマイカ−保有台数は1000万台を突破したが、普及率で言えばまだ1%未満にとどまっている。国民の豊かさの実現と富裕層の拡大によって、2008年の北京オリンピック開催を挟んで、マイカ−時代の到来に疑う余地がない。
住宅分野では、1998年、中国は社宅制度から持ち家制度への住宅制度改革を行い、住宅産業の急成長をもたらした。2002年、中国の住宅マンション完工戸数は日本の二倍強となり、今後、この格差は一層拡大する見通しである。ただし、不動産バブルの兆しも出ており、日本企業は住宅産業のビジネスチャンスを注目する一方、そのリスクにも十分に気をつけなければならない。
携帯電話や自動車などほぼ飽和状態になっている日米欧のマ−ケット状況を見れば、人口13億の中国巨大市場を抜きにして日本の産業発展を語れないことは自明の理である。
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広がる「ワ−ストワン淘汰制」−聯想集団公司の実例−
中国市場のもう一つ注目すべき動きは、競争メカニズムの具現である「ワ−ストワン淘汰制」の広がりである。
今年3月9日、筆者は中国PCメ−カ−の最大手・聯想集団公司を訪問し、人力資源部の何小平マネ−ジャ−に取材した。氏の紹介によれば、同社は1999年から「ワ−ストワン淘汰制」という従業員業績評価制度を導入し、六カ月ごとに「優秀」、「合格」、「要改善」という三等級基準に基づき部門別に社員たちの総合評価を行っている。三等級の割合はそれぞれ20%、70%、10%を占めるため、「271バイタリティ−(活性化)制度」ともいう。「優秀」と評価される人に昇進・昇給のチャンスを与えるが、連続二回「要改善」と評価された人には辞めてもらう。実際、毎年淘汰された従業員は全体の約5%も占めている。
「ワ−ストワン淘汰制」は、「要改善」と評価される人たちのみならず、「合格」と評価される中間層にも緊張感と危機意識をもたらしている。努力すれば、次回の評価で「優秀」に昇格する可能性が出てくるが、逆に努力しなければ、次回に「要改善」に落ち、淘汰される恐れもあるからである。
導入当初、「ワ−ストワン淘汰制」に対する従業員たちの戸惑いや反発も少なくなかった。「皆頑張っており、会社の業績も良いのに、なぜ10%を《要改善》にしなければならないか」とか、「従業員たちを人為的にA、B、Cに区別し、会社の一体感にマイナス影響を及ぼすのではないか」など、同制度を疑問視する声は相当あったという。
しかし、会社側は動揺せず、「ワ−ストワン淘汰制」を実施し続けてきた。人力資源部の説明によれば、聯想が「ワ−ストワン淘汰制」を導入した背景には、益々激しさを増す企業間の競争にある。「スロ−フィッシュがクイックフィッシュに食われる」時代を勝ち抜くために、企業のスピ−ドが求められる。「ワ−ストワン淘汰制」は確かに冷酷な一面があるが、しかし、もし企業は競争力と活力を失い、激しい同業他社との競争に負ければ、会社自体が淘汰されることになる。この最悪の事態を避け、企業を活性化するために、業績が悪い一部の社員を淘汰してもやむを得ない。
ただし、聯想集団公司は「ワ−ストワン淘汰制」を実行する際、人情的な一面も見せている。例えば、淘汰される社員に対し、他社より多い退職金を支払い、再就職先の斡旋も行っている。聯想は中国のパソコン業界のトップメ−カ−であり、ブランド名が高いため、実際、聯想を辞めた人たちは新しい就職先で活躍し、待遇も聯想より良いケ−スも少なくない。
結果的には「ワ−ストワン淘汰制」導入のプラス効果が大きく、会社の業績アップに繋がった。ここ数年、聯想集団公司は増収増益が続き、売上は海爾、普天に次ぐ中国IT業界の3位(2002年)を確保し、PCの国内市場シェアは1996年以降7年連続で首位をキ−プしてきたが、その好業績は「ワ−ストワン淘汰制」の導入と密接な関係にある。
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原型は米国企業にあり
「ワ−ストワン淘汰制」の原型は米国企業GEの「バイタリティ−カ−ブ(活性化曲線)方式」である。ジャック・ウェルチ前GE会長によれば、同社は80年代半ば頃から「バイタリティ−カ−ブ方式」を人事制度に導入した。いわゆる「バイタリティ−カ−ブ方式」とは、毎年、全事業部門、全職場で、管理職が部下の総合評価を下すものである。「部員の2割を指導力のあるトップA、7割を必須の中間層B、1割を劣るCに位置付け、Cの人に辞めてもらうか、別の部署に配置転換する。この評価は必ず昇進、昇給、ストックオプションに見合わせる」(ジャック・ウェルチ著「私の履歴書」)。聯想はGEの「バイタリティ−カ−ブ方式」をモデルとして、「ワ−ストワン淘汰制」を導入したのである。
実際、聯想集団公司のみならず、多くの企業や政府機関も「ワ−ストワン淘汰制」を導入している。筆者が2002年3月に訪問したことがある家電メ−カ−最大手の海爾(ハイア−ル)では、工場の各職場では毎週末、その週の査定評価の結果を公表する。ワ−ストワンと評価された従業員に対し、罰金・警告処分を行う。2週連続して処分を受けた従業員は職場を去らなければならない。管理職の評価も厳しく、警告を受けても明らかな改善が見られない場合、免職か降格処分を下される。こうした厳しい社内競争システムの元で、会社幹部から一般社員まで皆緊張感が走る。
また、日本企業の中国現地法人も「ワ−ストワン淘汰制」を導入する動きを見せている。日本経済新聞によれば、松下電器産業は今年から中国子会社の人事・雇用を見直し、成績が下位5%の社員の退職を促す制度を導入している。まず広州市のエアコン製造拠点で採用し、今年度中に上海市のプラズマパネル工場など10拠点に広げる。生産性が低い一般社員と成果が低い管理職などに対し、給与の引き下げやポスト変更を通じて退職を促す一方、成績の良い社員を優先的に昇給・昇格させる。
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政府部門にも広がり
企業のみならず、多くの政府機関も「ワ−ストワン淘汰制」を導入している。南京市では昨年末から「1万人評議活動」を展開し、全市一万人超の市民たちに対するアンケ−ト調査を実施し、88市政府部門に対する評価を行った。市政府は市民評価の結果を踏まえ、市民が最も不満を持つ5つの政府部門のトップに対し二人免職処分、三人訓戒処分を発表した。
江蘇省漣水県は「郷長・局長クラス幹部引責辞任暫定条例」を施行している。条例によれば、業績総合評価で三年連続ワ−スト3に入った幹部は引責辞任しなければならない。
湖北省宜昌市では、公安・税務など十の政府部門で「ワ−ストワン淘汰制」のテストを行い、評価基準に基づき「ワ−ストワン」と評価される公務員たちに対し、それぞれ解雇、免職、降格または訓戒処分を行った。雲南省では全省の公安局長を対象に、北京市西城区裁判所は裁判官を対象に、それぞれ「ワ−ストワン淘汰制」を実施している。
「ワ−ストワン淘汰制」は確かに冷酷な一面があり、役人や従業員たちに大きなショックを与えている。しかし、緊張感と危機意識を持たせることで、結果的には競争メカニズムが働き、企業の業績アップと政府機関の効率化に繋がっている。
日本では、経営が苦しくなる時、「痛みを分かち合う」という名の下に人の差別化をせず、賃金の一律カットと給料の一斉凍結という手が使われるが、会社の業績と関係無く「ワ−ストワン淘汰制」を実行するのは想像もつかない。競争の意味で、今の中国は日本より資本主義的社会だといっても言い過ぎではない。これは今後の両国の国際競争力の消長に影響を及ぼしかねない。
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