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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
人民元の行方と日本企業の対応(下)
−切り上げ圧力への疑念−

沈 才彬
2003年10月28日『世界週報』

  • 「圧力」より「協調」−日本政府への6つの提言−
  • 来年以降は管理フロ−ト制の回帰も
  • 日本企業はどう対応すべきか
  • 「圧力」より「協調」−日本政府への6つの提言−

      最後に、圧力政策は効果があるかどうかの疑念である。

      一国の為替政策は基本的に同国政府が決める国内問題である。外国政府は提言・助言することができるが、強引にそれを変えることができない。圧力政策は、中国の反感・反発を買うだけで、実際の効果が期待されない。「人民元為替相場制度の改革を1つの国や数カ国の圧力により受身的に行ってはならない」という中国の国営通信・新華社通信の9月3日付論評は、正に日米の圧力政策に対する反発と見られる。

      また、国際的には圧力政策は仮に欧米の一部の国々から理解が得られるとしても、アジア諸国の同調を得ることが難しい。実際、今年8月マニラで開かれた東南アジア諸国連合と日中韓(ASEAN+3)の財務相会合で、人民元の議論さえ出なかった。9月のAPEC財務相会議でも、元切り上げを求める日米の主張に同調したのは、21の国・地域のうち韓国だけであった。

      以上検証した通り、日本の元切り上げ圧力政策は必ずしも日本の国益に適うとは言えない。特に、政治的には北朝鮮の核開発疑惑問題や日本人拉致問題などの解決は中国の協力が不可欠となり、経済的には官民一体で北京−上海間の高速鉄道建設に新幹線を売り込もうとする現在、圧力政策は得策ではないことが明らかである。

      日本は嘗てジャパン・バッシング(日本叩き)の被害者であった。1985年に欧米諸国に「プラザ合意」を強いられた結果、急激な円高を招き、日本の国際競争力が削がれ、長引く景気低迷に陥った。人民元問題で、日本は米国主導のチャイナ・バッシング(中国叩き)に加担し、自分が欧米諸国に飲ませられた苦い酒を中国に飲ませるべきではない。

      それでは、日本は一体どんな対策を取るべきか。筆者は、「圧力政策」ではなく「協調政策」を取るべきとして、日本政府に次の6つの具体策を提言する。

    1. まず、元の自由化や為替制度の変更を迫るのではなく、時間をかけて中国を元の自由化や変動相場制への移行に誘導していく政策をとるべきである。日本は変動相場制移行の成功と急激な円高の失敗を両方体験したことがあり、その経験と教訓は中国の参考になり、元の自由化や変動相場制の移行に貢献できる。
    2. 当面、日本は元の切り上げを求めるではなく、元相場の変動幅を拡大し、徐々に柔軟性を高めていくことが中国の利益になるとして、中国の説得に努めるべきである。
    3. 元対円相場の相対的安定は両国企業の利益になる。そのため、日本は人民元が単一の通貨・米ドルにリンクするではなく、パッケ−ジでドル・円・ユ−ロとリンクする為替レ−ト制度の導入を提言し、その実施に具体的な協力・指導を提供すべきである。
    4. 中国の資本市場開放に対し、日本のノウハウを提供すべきである。
    5. ハイレベルの財務省官僚を北京に常駐させ、中国の金融当局と緊密に連絡し、人民元問題における日中間の調整を図る。
    6. 元の自由化や変動相場制の移行による影響に関する日中共同研究を実施し、両国の政府当局に具体的な政策提言を行う。
      要するに、ゼロサムの発想ではなく、win−win構想に基づく政策が日本の国益に適うと思われる。

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    来年以降は管理フロ−ト制の回帰も

      長期的に見れば、経済成長が続く限り、元の切り上げが避けられない。元切り上げは経済成長の必然の結果であり、歴史的なチャンスでもある。中国はこのチャンスを掴み、適切な為替調整を通じて、国民に経済成長の恩恵を享受させる一方、総合国力や市場規模などを新たな水準に引き上げるべきである。

      問題はどういうタイミングに、どんな形で、どのぐらい元を切り上げるかである。筆者は、中国政府は元の切り上げか切り下げかに注目するのではなく、元の為替相場メカニズムの改革に注力すべきだと主張する。

      為替制度の改革を行うには、元の自由化と変動相場制への移行は不可欠であるが、銀行の巨額不良債権など多くの難問を抱える中国経済の現状を考えれば、オリンピック開催後の2010年前後は適切なタイミングと思われる。

      人民元相場の安定を維持しながら、変動相場制への移行を模索するのは中国の基本方針である。この大前提の下で、来年以降、1994年の管理フロ−ト制に回帰し、為替制度改革の第一歩を踏み出す可能性が高い。

      現在、元の変動幅が0.3%以内に抑えられ、実質上米ドルに固定されているため、為替の調整力が効かない。管理フロ−ド制に戻れば、為替レ−トの柔軟性が増える。人民元の変動幅を拡大することができ、緩やかな元高も元安も可能になる。来年以降、元の変動幅を現在の0.3%以内から4%(±2%)以内に拡大する可能性が大きいと見られる。

      管理フロ−ド制の回帰と同時に、ドル、円、ユ−ロ相場を加重平均した通貨バスケット制度の導入も検討されている。通貨バスケット制度の採用は元対円の為替相場の安定に繋がるため、日本企業の対中ビジネスにプラス影響が期待される。

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    日本企業はどう対応すべきか

      人民元相場の変動は日本企業の対中ビジネスに大きな影響を及ぼしかねないため、われわれはその行方を注意深く見守る必要がある。私見だが、人民元の行方に目を向ける時、次の4点を留意すべきだと思う。

      1つは、元の自由化と変動相場制の移行が実現しない限り、大幅な切り上げは期待されない。言い換えれば、2010年まで大幅な元切り上げの可能性が低いと見て良い。

      2つ目は、中国は来年以降、管理フロ−ド制を実施した場合、日本企業は元高だけではなく、元安にも留意する必要がある。2005年まで元高傾向が暫く続くと思われるが、2006年に元安に転じる可能性も高い。2006年に中国経済は1つの山場を迎えるからである。

      中国政府のWTOに対する公約によれば、輸入関税率の引き下げ、直接輸入制限の撤廃、外資の市場参入などはいずれも2006年までに基本的に完成しなければならない。関税率の大幅な引き下げと直接輸入制限の撤廃は輸入の急増をもたらし、経常収支が赤字に転落する恐れが出てくる。

      これまでの経験則によれば、経常収支が赤字に転落した場合、元安になる可能性が大いにある。1985年から95年までの10年間、人民元の切り下げは5回もあったが、いずれも経常収支が赤字に転落した年または翌年に起きたことである。従って、我々は中国の経済収支の動きを注意深く見守る必要がある。

      3つ目は、為替変動のリスクヘッジを行うと同時に、中国政府の「減圧」措置からビジネスチャンスを発見し、それを逃さないことである。

      人民元の変動幅拡大によって、為替リスクの増大が避けられない。日本企業は為替リスクを最小限に抑えるため、対応策の検討を急がなければならない。例えば、元が切り上げられた場合を想定して、借入金を人民元からドルに切り換えている。また、中国での将来の事業拡大や進出を計画している企業は人民元先物の予約も考えられる。

      一方、中国政府の当面の「減圧」措置からビジネスチャンスを発見することも重要である。「減圧」措置の1つは輸入拡大である。中国は豊富な外貨準備高を活かし、原油と石油製品、自動車向け鋼板、発電設備、建設機械、輸送機械、高精度の工作機械、デジタルカメラやカメラ付携帯電話など国内生産が追いつかない消費財などの輸入拡大が期待される。原油と石油製品を除き、ほかの分野はいずれも日本の得意な分野であり、日本企業はこのビジネスチャンスを逃がさず、対中輸出を拡大すべきである。

      「減圧」措置のもう1つは中国企業の対外投資拡大である。対内直接投資の不振は、日本の景気低迷の一因と見られ、積極的な外国企業誘致策は今経済振興策の一環として推進されている。地域経済の活性化を図る地方自治体は、国及び企業と「三位一体」で中国企業の誘致に注力し、チャンスを見逃さないように対策と行動を講じるべきである。

      4つ目は、日本企業は人民元切り上げ議論に左右されず、対中戦略の構築を急ぐべきである。中国ビジネスの課題として、益々巨大化する中国市場をどう取り込むか、中国の低コスト構造をどう生かすか、中国人材をどう活用するか、という3つが挙げられる。一言で言えば、いかに中国の活力を我が物にし、中国の高度成長から最大限に利益をとるかが究極の課題と言える。日本企業はこの究極の課題に答えるための戦略ビジョンを描かなければならない。

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