【中国経済レポ−ト】
人民元の行方と日本企業の対応(上)
−切り上げ圧力への疑念−
沈 才彬
2003年10月21日『世界週報』
人民元切り上げ問題をどう見るか
現在、人民元の切り上げ問題をめぐり、中国と日米欧先進国の間に激しい論争が展開され、世界に注目されている。われわれはこの問題を見る時、次の2つの視点が必要と思われる。
1つ目は、通貨攻防戦は経済攻防戦の前哨戦であるという視点である。
現在、日米欧と中国の間に、2つの攻防戦が展開されており、その主役はいずれも中国である。1つは人民元の切り上げをめぐる通貨攻防戦であり、もう1つは中国の台頭をめぐる経済攻防戦である。
通貨攻防戦では、日米欧は中国に人民元の切り上げを求め、攻勢をかけているのに対し、中国は通貨の安定を守り、人民元防衛戦を行っている。
通貨攻防戦の裏に実は激しい経済攻防戦がある。通貨攻防戦と正反対に、経済攻防戦では攻めの中国と守りの日米欧という構図となっている。
近年、中国経済が台頭し、急速に日米欧先進諸国にキャッチアップしている。世界第六位とランクされている中国の経済規模は、2006年までにフランスとイギリスを追い越し世界第四位となるのは確実な情勢となっている。さらに2010年までにドイツを、2020年までに日本を、2050年前後に米国を凌ぐ世界最大の経済パワ−になる可能性が高い。
中国の凄まじい攻勢に対し、日米欧は守りの姿勢で応戦せざるを得ない。人民元切り上げ問題での日米欧の攻勢は、経済防衛戦の側面を否定できない。ある意味で、通貨攻防戦は経済攻防戦の前哨戦とも言える。
2つ目は、中国経済は新たな転換期に入りつつあるという視点である。世界貿易機関(WTO)加盟後、中国経済が世界経済に溶け込む中、日米欧先進国との金融面のギャップ、知的財産権保護面のギャップ、法律面のギャップが際立ち、様々な国際摩擦が起きている。人民元切り上げ問題をめぐる国際紛争は、正に金融面のギャップに起因するものであり、新たな挑戦と試練の具現にほかならない。
言うまでもなく、人民元をめぐる国際紛争の解消は、中国の為替制度と金融システムの改革、資本市場の整備を通じて、金融面のギャップを解消するしか方法がない。中国は元切り上げ問題での「外圧」を生かし、国内改革を加速し、この転換期を乗り切らなければならない。
人民元の動きは中国進出日系企業の経営に大きく関わるのみならず、中国ビジネスにかかわるすべての日本企業にも影響を及ぼしかねない。以下、人民元の行方と日本企業の対応を具体的に検証する。
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暗躍するホットマネ−
元の過小評価および元対ドルの固定相場を背景に、日米など外国政府は人民元批判を強めている。もし外国政府などが言論で中国に元切り上げ圧力をかけるとすれば、ホットマネ−と呼ばれる国際投機資金は行動で中国にプレッシャ−をかけている。
今年1−6月、中国の外貨準備高は2002年末に比べ600億ドル増えたが、そのうち外国直接投資は300億ドル、貿易黒字は45億ドルで、残る250億ドルはホットマネ−と見られる。
ホットマネ−の多くはヘッジファンド、年金ファンドなど国際資本と見られる。米モルガン・スタンレ−の主席エコノミストであるステファン・ロ−チによれば、総額200億ドルにのぼる国際ホットマネ−は中国に流入したという。
数年前に外国へ逃げた中国マネ−もホットマネ−と合流している。中国の統計によれば、1995−2001年、国際収支バランスシ−トの「誤差・脱漏」項目にはマイナス状態が続き、年平均150億ドルにのぼる巨大資金は様々なル−トで中国から逃げ出していた。ところが、昨年、この「誤差・脱漏」項目には異変が起き、マイナスから一気に78億ドルの黒字へ転換した。この異変が逃避資金の還流と見られる。
それではホットマネ−はどんなル−トで中国に流入したか。まず、架空直接投資が挙げられる。今年1−6月、英領バ−ジン諸島(33億ドル)、ケイマン諸島(5億ドル)、西サモア(5億ドル)など避税エリアから合計43億ドル(実績ベ−ス)の資金は直接投資の形で中国に入ったが、その多くが中国マネ−を含む国際投機資金と見られる。しかも架空直接投資契約の疑いが強い。
このほか、「地下銀行」経由の送金、架空貿易の代金などの流入ル−トも考えられる。今年1−6月、中国の貿易黒字は税関統計では僅か45億ドルだったが、銀行の貿易決済では290億ドルの黒字である。その大部分は海外企業の輸入代金の繰り上げ送金や架空貿易などによるホットマネ−の流入である。
ホットマネ−の流入先は不動産市場、株式市場と為替市場であり、中国の投資過熱、銀行貸出過熱、マネ−サプライ過熱の要因ともなっている。今年1−6月、中国の固定資産投資は前年同期比31%増、銀行貸出は同23%増、マネ−サプライは同20%増を記録し、過熱気味を増しているが、ホットマネ−の流入加速と切っても切れない関係にある。今後、ホットマネ−の流入にどう対応するかが中国政府の課題となる。
これから特に注意が要るのは、1500億ドルにのぼる国内外貨預金の動きである。元切り上げへの期待が益々高まる中、一部の都市では個人や企業が銀行に預かっているドル資産を人民元資産に切り換える動きが広がっている。
統計によれば、今年7月に中国の外貨預金は11億ドル減少し、そのうち4億ドルが個人預金である。今後、外貨預金の減少がさらに加速する恐れがある。1500億ドルにのぼる膨大な外貨預金が国際ホットマネ−と合流すれば、堰を切ったように、元切り上げ圧力とインフレ圧力を増大させ、政府当局にとっては大きな脅威になる。
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米国の対中制裁はあり得るか
狭まりつつある人民元包囲網のうち、中国側が最も懸念しているのは米国政府の出方である。米国内では人民元の為替問題を政治的に利用するチャイナバッシング(中国叩き)の動きが広がっているからである。
中国人民銀行通貨政策委員会委員、社会科学院金融研究所長・李揚によれば、スノ−・米財務長官が今年9月3日に中国の温家宝首相と会談した時、開口一番で「われわれは、為替レ−ト政策が一国の内政であることが良くわかっており、どうのこうの言うつもりがない。米議員の多くは為替問題や中国の為替制度を詳しく知らないが、詳しく知ろうともしない」と述べたという。
スノ−氏の発言から、人民元問題は経済問題よりも政治的な要素が多いということが明らかである。冷戦終結から今までの経験によれば、米国大統領選挙の年または大統領選挙戦開始の年に、中国は例外なく選挙の争点として批判の的になる。しかし、選挙が終わると、新しく誕生した政権は例外なく中国との関係修復に動き出す。これは米国の政治ゲ−ムである。今回の大統領選挙では、人民元問題が争点となり、中国をスケ−プゴ−トにする政治ゲ−ムが再現する可能性が高い。
それでは大統領選挙を控えたブッシュ政権は、労働組合や失業者の反発を和らげるために、人民元の切り上げ圧力を行動として示さなければならない場合、どんなシナリオが予想されるか。
米国側は1040億ドルにのぼる対中貿易赤字を有力カ−ドとして、次の2つの対中制裁措置が考えられる。1つは中国の繊維製品や家電製品などを対象とする小範囲アンチ・ダンピング措置の発動である。その可能性は高いが、影響が限定的なものにとどまる。2つ目は広範囲の対中制裁措置の発動である。例えば、中国輸入品に対し一律に高関税率を課すなど。可能性としては極めて低いが、万が一起きた場合、その影響が大きいため、われわれは十分に留意する必要がある。
小範囲アンチ・ダンピング措置の場合、中国は反発をするが、報復措置の発動を多分見送ると思われる。しかし、広範囲の対中制裁措置の場合、中国側は当然報復に出る。どんな報復措置を取るか。1996年に起きた米中通商摩擦の事例を見よう。同年5月15日、当時のクリントン政権は海賊版CDによる知的所有権侵害を理由に、総額30億ドルにのぼる対中制裁対象リスト(100%関税の賦課)を発表した。これを受け、中国政府は即日、米国の制裁を上回る報復措置をとり、米製品に100%の特別関税を課し、米企業の対中投資を規制する逆制裁リストを発表した。米中貿易戦争は一触即発という緊迫した状態となっていた。
ところが、制裁発動予定の6月17日までのぎりぎりの段階で、米中双方が互いに妥協し、合意の成立によって制裁発動を回避した。相互妥協には様々な理由があるが、中国側が切り出した市場カ−ドは効果があったと見られる。制裁が発動すれば、ボ−イングのような米多国籍企業は中国市場から締め出される恐れがあるため、必至になって制裁の発動に反対した経緯があった。
今回、米国が人民元問題で対中制裁を発動すれば、中国側は再び市場カ−ドを切ることも予想される。
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浮上する米中妥協のシナリオ
しかし、中国の最も有力なカ−ドは、やはり手中の米国債である。中国の報復措置として、最後の手段も米国債の売却である。
2003年5月現在、中国が保有している米国債は1217億ドルで、日本の4286億ドルに次ぐ規模。香港の持ち分を計上すれば、合計約2000億ドルにのぼる。仮に中国が米国債の売却という行動に出た場合、米長期金利の急騰と財政収支の悪化をもたらし、米経済を混乱に陥れることもできる。
実際、中国は手中の米国債をカ−ドに使って米当局と交渉した前例がある。香港返還を控えた1997年5月、「金融サメ」と言われる米ヘッジファンドの雄・ジョ−ジ・ソロスは何度も香港ドル売り投機の動きを見せた。それをキャッチした香港の親中派有力財界人が朱鎔基副首相(当時)に「ソロス傘下のファンドが香港ドル売りを仕掛けている」との情報を伝えた。事態を深刻に受け止めた朱鎔基氏は、さっそく「香港ドルの防衛には米国債を売らざるを得ない」とのメッセ−ジを当時のル−ビン米財務長官に送った。
朱鎔基のメッセ−ジは米国の急所を突いた格好となった。当時、中国と香港は合計2000億ドルの外貨準備を持ち、そのうちのかなりの部分を米国債で運用していた。売りに転じると米金利は上昇し、株式市場も混乱する恐れがある。財政赤字の穴埋めを外国に依存している泣き所を突き、朱鎔基は米政府に対し、香港ドル売りを断念するようソロスに働きかけてくれと迫った、という筋書きだった。
米政府は実際に朱鎔基のメッセ−ジにどう対応したかがわからないが、その後、ソロスは香港ドル売り投機の動きを見せなかったのは確かである。
今回の人民元切り上げ問題で、米国が対中制裁を発動した場合、中国側は米国債カ−ドを再び切ることが考えられない訳ではない。
ただし、人民元問題で米中貿易戦争が発生する確率が極めて低い。両国にはそれぞれの事情があるからである。
まず、米国は現在、イラクの戦後復興問題、北朝鮮の核開発問題など政治的な難題を抱えており、これらの問題の解決には国連安保理常任理事国の中国の協力が欠かせない。一方、大幅な元切り上げが実施された場合、中国の国民が大量の人民元をドル資産に切り換え、結果的にはドル高を招きかねない。これは米国の国益に適わない。従って、人民元問題で米国の本音は対中制裁ではなく、中国にもっと多くの米国製品を買ってもらうことにある。
一方、中国にとって、米国は最大の輸出市場であり、最大の直接投資国でもある。経済成長を最優先する中国は、決して米国との貿易摩擦を望むものではない。そこで、米中妥協案が浮上する。妥協案の中身は次の通りと見られる。
@中国は米国からの輸入を大幅に増やし、対米貿易黒字を減らす。実際、中国は既に購入リストを米国に提出し、リストには原子力発電所設備も入っている説もある。9月16日、米中両国は米国が原子力発電など核技術の中国への移転を認める協議書に調印し、米国の原子炉の対中輸出に道を開いたことは、その裏づけと言われる。
- A中国は適切なタイミングで、元対ドル相場の変動幅を拡大する。
- B中国は将来、市場で人民元レ−トを決める変動相場制への移行を約束する。
具体的な実施時期については、@は年内に、Aは来年以降、Bは2008年以降と思われる。
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東芝会長はなぜ「慎重派」に転向したか
日本は「元切り上げ論」を唱える急先鋒である。今年2月、先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)以来、政府高官は人民元批判を繰り返し、元切り上げに対する過剰期待が目立っている。しかし、元切り上げは本当に日本の国益に適うか。冷静・客観的に分析すれば、日本の元切り上げ圧力政策(以下、圧力政策を略称)に対し疑念を持たざるを得ない。
日本経済新聞(2003年9月8日朝刊)によれば、塩川財務相とも親しく、早くから元切り上げ論を唱えていた西室泰三東芝会長は最近、慎重派に転向し、「塩川さんにも元切り上げを言わないほうがいいと進言するつもり」と打ち明けたという。
それでは西室会長はなぜ「慎重派」に転向したか。その背景には大幅な元切り上げが中国の国内産業に打撃を与え、経済に悪影響を及ぼすのみならず、日本の景気回復にもダメ−ジを与えかねない懸念がある。
現在、日本経済はようやく回復の兆しが見えてきたが、その牽引車は中国を中心とするアジア向けの輸出である。今年1−7月、日本の輸出全体が前年同期に比べ円べ−スで4.1%増えたのに対し、中国向け輸出は35.1%増を記録した。輸出増加分1兆2305億円のうち、中国向け増加分は9480億円にのぼり、全体の77%を占める。もし香港向け増加分を計上すれば、全体の9割近くが中国の貢献である。対中輸出の増加がなければ、日本の輸出拡大も景気回復も語れないことは自明の理である。
言うまでもなく、対中輸出の急増は中国の経済成長によるものである。しかし、日米の圧力で元が大幅に切り上げられた場合、中国経済の混乱が避けられない。現在、中国は失業問題、国有企業の経営不振、銀行の不良債権問題など深刻な問題を数多く抱えている。例えば不良債権問題である。中国のGDP規模が日本の3分の1弱に過ぎないが、銀行の不良債権比率は日本の3.5倍、不良債権総額は日本の1.2倍となっている。急激な元高に見舞われた場合、銀行危機が起き、経済成長も挫折する。中国の経済成長が挫折した場合、日本の対中輸出も減少に転じ、景気回復を遅らせる結果になりかねない。
要するに、元が大幅に切り上げられた場合、長期的な影響は兎も角、短期的には日本経済にデメリットをもたらすことは確かだ。これは筆者が日本の圧力政策に対する1つ目の疑念である。
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元切り上げは日本企業の利益になるか
2つ目の疑念は、元切り上げは本当に日本企業の利益になるかどうかである。
安価な中国製品に馴染んだ日本の消費者にとって、元切り上げ=消費コスト上昇を意味するものであり、不利益になるのは決まっている。それでは生産者の立場にある日本企業にとって、元切り上げは利益になるか。
一般的に言えば、元高は対中輸出業者にプラス、輸入業者にマイナスである。しかし、元切り上げによる日本企業の影響はこんなに単純ではない。
統計によれば、2002年末現在、中国に進出した日本企業は契約案件数で言えば約2万5000件、直接投資金額は累計で366億ドルにのぼる。日本企業のパフォ−マンスを調べてみれば、強い輸出指向がわかる。その売上に占める輸入の割合が33%、輸出の割合が44%に達し、ほかの外資系企業よりそれぞれ13ポイント、14ポイントも高い。日本の対中輸出の工業製品や原材料の大部分は、現地日本企業が担い手となる再輸出に使われることが明らかである。従って、元切り上げにより、日本企業が対中輸出の時に受けたプラス影響は、中国現地再輸出時のマイナス影響に相殺される。
東芝を実例に説明しよう。東芝は現在、中国において31社、24生産拠点を持つ。今年の売上は前年比4割増の5000億円にのぼる見通しで、連結売上高の1割に相当する。社内の対中輸出入はほぼ均衡を保っており、元切り上げは会社の利益にはならないが、中国活用の世界戦略を狂わせることが避けられない。
周知の通り、東芝はもともと世界ノ−トパソコン業界の覇者だった。しかし、日本国内の高コスト構造のため、同社の国際競争力が低下し、2001年にノ−トパソコン販売台数第1位の座を米デルに明け渡した。同社は首位奪回のグロ−バル戦略を描く中で、「中国」という攻め筋が浮上した。つまり中国生産でコストを削減し、価格競争力の高い製品を世界市場に投入し、米国企業に攻勢をかけ首位返り咲きを図る。そのため、東芝は2002年6月に、上海に近い杭州に全額出資(資本金23.9億円)の現地法人・世界最大規模のノ−トパソコン工場を設立した。現地で生産した製品は100%輸出とされている。
筆者が今年8月上旬、東芝の杭州ノ−トパソコン工場を訪問した時、欧州と米国向けの生産ラインがフル稼働している風景が目に入った。東芝信息機器(杭州)有限公司の斎藤学社長によれば、現在、月に7万台出荷しているキャパシティは、年内に12万台/月へ引き上げ、2005年に年産240万台に拡大する予定。低コストの中国を活用することで、ノ−トパソコン首位奪回という東芝の夢は着実に実現に向かっている。
だが、元切り上げは現地生産のコストを上昇させ、東芝のこの夢を挫く恐れがある。この点では、多くの日本企業は東芝と懸念を共有している。日本経済新聞社のアンケ−ト調査によれば、日本企業の6割が元切り上げを望んでいない。日本企業にとって、ライバルの欧米企業に勝つためには、「中国活用」の戦略が不可欠である。大幅な元切り上げは日本企業の世界戦略を狂わせる結果になりかねない。これは日本企業の心配の種である。
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「引火焼身」を招いた圧力政策
3つ目の疑念は、元切り上げは産業空洞化に歯止めがかかるかどうかである。圧力政策の背景には、工場の中国シフト加速およびそれに伴う産業空洞化の懸念がある。元切り上げを通じて、日本企業の中国進出に伴う産業空洞化に歯止めをかけようとするのは政府の思惑である。
周知のとおり、日本の産業空洞化は対外投資と対内投資のアンバランスに起因する。日本企業の海外進出が活発に行われているが、外国からの直接投資が極端に少ない。統計によれば、対内直接投資累計額がGDP総額に占める割合は、ドイツ22%、米国27%、英国32%に比べ、日本は僅か1%台にとどまっている。換言すれば、日本企業は積極的に外に出るが、外の企業は日本に来ない。深層の原因は日本の高コスト構造にあり、これは産業空洞化の本質である。
国内の高コスト構造を抜本的に是正しない限り、仮に人民元が大幅に切り上げられても、日本企業は中国よりコストが安いインド、ベトナム、ミャンマ−などの国々にシフトし、産業空洞化の解消にはならない。国際競争力アップの希望を国内の構造改革ではなく、中国の元切り上げに託す発想は実に危うい。
圧力政策に対する4つ目の疑念は、「引火焼身」(自ら禍を招く)を招きかねない懸念である。
日本は世界最大の貿易黒字(中国の2.6倍)と最大の外貨準備高(中国の1.6倍)を持つ国であり、いま円高圧力に直面している。輸出依存度が高い日本経済にとって、円高は好ましくない。円相場を一定の水準に抑えるために、政府・日銀は度々市場介入を実施し、ドル買い円売りで円高を阻止している。政府が自国通貨高を人為的に抑え込む構図は日本も中国と本質的に変わらない。
円売り・ドル買いという市場介入を続ける一方、中国に元切り上げを迫る日本の行動は、ほかの国から見れば、矛盾に満ち政策の整合性が欠如するものである。日本の人民元批判はブ−メランのように跳ね返り、日本への批判ともなっている。9月20日に閉幕した先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は、主要国・地域に「より柔軟な為替政策」の採用を促す共同声明を発表した。人民元相場を米ドルにリンクする中国と円売り市場介入の日本を念頭にした内容だった。それを受け、為替市場では円相場が急騰した。元高を迫る日本にとって、逆に円高圧力を受ける皮肉な結果と言わざるを得ない。正に「引火焼身」だ。(つづき)
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