【中国経済レポ−ト】
「中国脅威論」の虚像と実像
沈 才彬
国民生活金融公庫『調査月報』2003年10月号
はじめに
世界の工場が日本から中国へシフトしつつあることを背景に、日本経済界では産業の空洞化とデフレの進行に対する懸念が強まり、「中国脅威論」が浮上している。しかし、そうした議論のなかには、実態を十分に反映していない部分もあるように思われる。
そこで本稿では、「中国脅威論」をどう捉え、21世紀の巨大隣人・中国とどう向き合うべきかについて、多面的に考察してみたい。
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中国製品は「脅威」か「神風」か
現在、日本では生鮮食品からパソコンまで中国製品が進出していない分野がほとんどない。ジェトロ(日本貿易振興会)が、財務省「貿易統計」もとに作成しているデ−タをみると、中国製品の日本向け輸出額は90年の120億ドルから2002年の610億ドルへ5倍以上増加した。日本の輸入全体に占める割合も90年の5.1%から2002年の18.3%へ伸び、米国を抜いてトップに立った
(下の図を参照)。こうした状況の下、日本企業の間に「中国脅威論」が高まっている。

ジェトロは2001年4月に、「日本市場における中国製品の競争力」をテ−マに、製造業分野のメンバ−企業2690社を対象に大型アンケ−ト調査を実施した。有効回答数1011社で、そのうち、中国製品の日本進出に対し全体の20.5%がいま脅威を感じている。また、「近い将来脅威を感じる」と答えたのは30.3%。両者合計で50%を超え、日本企業の半分以上は「メイド・イン・チャイナ脅威論」の認識をもっていることがわかった。
「中国脅威論」が台頭した背景には、国内生産工場の中国など海外進出による産業空洞化、および安い中国製品の輸入急増によるデフレの進行という二重の懸念がある。ただし、消費者の立場にある一般市民は必ずしも同様に見ているわけではない。
今年2月、筆者はNHKBS1のテレビ番組「インタ−ネットディベ−ト」シリ−ズ「外国人が直言!日本経済に喝!」第2回「中国は脅威か?パ−トナ−か」に出演した。その際、視聴者から多数の電子メ−ルが番組に寄せられた。それによると、多くの視聴者は安い中国製品を「神風」のように見ている。
例えば、岐阜県42歳の男性は次のように述べている。「中国製が日本に入ってくることにより、すべての価格が下がったと思う。エアコンを買っても、テレビを新たに買い換えても、またメガネを作り直しても、すべてに安く助かっている。少し前までは東京、大阪の物価が世界で一番であるというニュースが新聞で紹介されていたが、やっと日本も国際的水準の物価になりつつあるのであり、むしろ現在の状況が世界的に見れば普通なのではないだろうか?日本の常識は世界の非常識とも言われるが、中国製品は物価高で生活していた庶民から見れば神風にも見える」。
同じような意見はほかにもある。「不況なので高い日本製品を買う余裕もなく、中国製品にはとてもお世話になっている」
(東京都の21歳の女性)。「給料の落ち込みを、安価な中国製品がカバーしてくれている」
(神奈川県の44歳の男性)などである。
言い換えれば、中国脅威論には日本にとって良い面と悪い面が混在している。われわれは複眼的な視点で中国を見なければならない。
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「中国脅威論」の虚像
一方、生産者の立場から見ても、「中国脅威論」には実像の部分と虚像の部分が両方あることを認識しなければならない。
2002年における中国の貿易構造を見れば、外資系企業によるものが輸出の52%、輸入の53%を占めている。さらに中国情報産業省の発表によれば、2001年IT製品の輸出の78%は外資系企業によるものであった。
中国に進出している日系企業には輸出指向型企業やユニクロのような開発輸入型企業が多い。このため、中国の対日貿易についても約6割は日本国内の企業と中国に進出している日系企業との間で行われている「日日貿易」となっている。中国に進出した日系企業や欧米企業、台湾企業が生産したものを除いた正真正銘の「メイド・イン・チャイナ」製品は中国の輸出の2−3割にすぎない。
このように「メイド・イン・チャイナ」ということだけでは日中貿易の実態を把握できないし、中国の産業競争力も正しく評価できない。地場企業と日系企業や欧米企業などを区別しないと、中国企業の競争力に対する過大評価になる。そして、中国の実力を過大評価することは日本企業の自信喪失につながる恐れがある点に十分に留意する必要がある。
もう1つ留意すべきことがある。日本に入ってくる「メイド・イン・チャイナ」製品の多くは、そのデザイン、コアパ−ツ、コア技術を日本国内の企業が開発し、中国にある現地法人が低コストで生産して日本に再輸出したものである。「中国脅威論」というよりは、産業内または企業内の日中分業体制が進展していると考える方が実態に近い。
一方で「中国脅威論」には実像の部分もある。中国の家電業界は既に日本の強力な競争相手となっており、欧米市場で日本企業からシェアを奪っている。例えば、中国最大の家電メーカー「海爾(ハイアール)」は、200リットル以下の小型冷蔵庫で米国市場の約26%を占めている。また、電子レンジメーカーの格蘭仕(ギャランツ)は中国の電子レンジ市場の約70%、世界市場の約35%を握っている。いずれも日本企業の強敵である。
中国企業は産学連携による研究・開発の促進や低コストという優位性、欧米流の経営理念と経営手法の導入、経営陣の若返りなどを通じて競争力を強化している。よって、中長期的には家電以外にもオートバイ、造船、鉄鋼、石油化学など多くの分野で日本企業と競合することが予想される。今後、日本企業はどのように中国企業と「共生戦略」を描き「Win−Win体制」を構築していくかが大きな課題になっている。
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巨大市場としての視点も重要
われわれは中国を見る時、「市場」という視点と「工場」という視点から複眼的に捉える必要がある。確かに、中国は「世界の工場」となりつつあるが、より重要なのは13億人口という巨大市場でもある点だ。
現在、中国の市場は着実に拡大を続けており、既に鉄鋼、銅、携帯電話、家電製品、工作機械、ビールなど多くの分野で米国を抜いて世界1位となっている。
日本経済新聞社が業界団体から聞き取った「日中市場規模比較調査」によれば、2001年における中国の市場規模は、鋼材が日本の2倍強、銅2倍、携帯電話2倍、DVDプレ−ヤ−3倍、ビ−ル3倍、ピアノ5倍となっている。中国の国内需要は消費財から生産財まで幅広く拡大し、日本よりも大きくなった分野が少なくないことがわかる。
中国市場の巨大化は日本企業に大きなビジネスチャンスをもたらしている。とりわけ、中国経済の持続的な高度成長を背景に、日本の対中輸出は急増している。2002年、日本の中国向け輸出は円ベ−スで前年比32%増を記録したのに続き、今年も引き続き好調を維持している。財務省の貿易統計によれば、1-6月期の日本の総輸出は前年同期に比べ3.9%(円ベ−ス)増えたのに対し、対中輸出は36.5%と大幅な増加を記録した。また、1−6月の対中輸出の増加分は8169億円で、同期における日本の総輸出増加額9822億円の83.2%を占めている。こうしてみると、日本の輸出は中国市場に大きく依存していることが浮き彫りになる。
中国向け輸出の急増によって、日本の輸出構造には変化が起きている。輸出全体に占める米国のシェアは2002年の28.5%から今年1−6月の25.4%へ低下し、98年の30.5%に比べると5ポイント以上も低下した。一方、中国(香港を含む)のシェアは98年の11%から昨年の15.7%へ、さらに今年1−6月期の17.8%へと急速に拡大している
(下の図を参照)。過去5年間の伸びが続くと仮定した場合、2010年前後に米中が逆転し、中国が日本にとって最大の輸出相手となるだろう。中国市場を抜きにして日本の産業発展も景気動向を語れなくなる時代が近い将来やってくる。
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巨大隣人・中国とどう向き合うか
2003年3月、シンガポ−ルのゴ−チョクトン首相は、経済産業研究所で講演した際、次のように指摘した。「繁栄かつ国際社会に融合した中国は、世界中の人々の利益に適う。逆に貧しく孤立した中国は脅威だけであり、チャンスにはならない」。この指摘は実に示唆に富む。
中国経済の肥大化が周辺諸国にショックを与えることは事実だが、問題はどう対応するかにある。「チャイナショック」にはプラス面もマイナス面もあり、影響を受ける側のとらえ方と対応次第で結果も違ってくる。21世紀の巨大隣人・中国と向き合うためには、次の3つの策が必要と思われる。いずれも中国語の4文字熟語である。
一つ目は「疎而不堵」(疎通してふさがず)。中国の経済大国化、巨大市場化、世界の工場化、貿易大国化はすでに止めようがない潮流となっている。日本は「堵(ふさぐ)」という方策をとれば、洪水で河川が氾濫するように、かえって大きな被害を受けることになる。むしろ中国がWTOのルールを遵守するよう誘導していくという「疎通」の対策をとる方が日本の国益に適う。
二つ目は「趨利避害」(利に赴き害を避ける)。中国経済の台頭は「利」と「害」という両面がある。市場、生産拠点、部品調達先、人材の宝庫として中国を積極的に活用すれば、日本企業の利益になり、害にはならない。「害」にのみ着目する「中国脅威論」のような非建設的な発想では、好機を失うだけでなく「害」を避けることもできない。
三つ目は「揚長避短」(長所を活かして短所を回避する)。日本企業の長所は「優れた技術力」にあり、短所は「コスト高」にある。こうした長所を活かし、短所を回避するために、日本企業は高付加価値の新産業、新技術、新素材、新製品の創出に注力すると同時に、コストが安いだけでなく品質に改善も見られる中国企業との分業体制を積極的に構築していくべきである。
戦前、外交官として上海で活躍し、日中戦争防止のために非常な努力を払い、戦後は国際交流のために多大な貢献をした松本重治氏が、その著書『上海時代』において「日本では欧米に目の向いている人には中国は視野に入らない。他方、中国の専門家だと思っている人は中国と日本の関係をもっと広い文脈で考えていない。しかしこれからの日本人は、西洋と中国の両方を複眼として持たないと、また不幸な経験を繰り返すことになる」と述べている。
中国の重要度が増している21世紀に、欧米と中国の両方をバランスよく見なければ大きなビジネスはできないといっても過言ではない。今後、日本企業は松本氏のメッセージをビジネスの指針とすべきだと思われる。
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