【中国経済レポ−ト】
ポストSARSの中国戦略構築を
−巨大市場化の流れは変わらず−
沈 才彬
2003年6月27日《日本工業新聞》
一時的に猛威を振るったSARS(新型肺炎)は中国経済に大きな打撃を与え、われわれはSARS問題を通じて中国リスクを再認識しなければならない。しかし、日本企業にとって、中国が最も有望なマ−ケットであるという事実は変わっておらず、長期的に見ればSARSは中国の巨大市場化という流れを止められるものではない。日本企業は「チャレンジ&セキュリティ」というキ−ワ−ドをもって、ハイリスク&ハイリタ−ンの時代に突入した中国ビジネスの戦略を構築しなければならない。
ヒト・モノ・資金に影響
SARSによる中国経済への影響は甚大なもので、ヒト、モノ、資金という3つの流れに深刻な影響が出た。
まず、人的交流の停滞である。WHO(世界保健機構)は今年4月から中国の広東省、北京市とその周辺地域に対し渡航自粛勧告を出し(北京市への勧告が6月24日付で解除された)、全世界では120以上の国々は中国国民の入国に対し様々な規制を行った。
人的交流の停滞は、中国の観光、ホテル、レジャ−、飲食、交通輸送、小売業など対面サ−ビス分野に大きな打撃を与えた。北京市を例にすれば、今年5月、外国人観光者数と国内観光者数は前年同期に比べそれぞれ94%、90%減少し、飲食業の売上高は39%減、消費財小売額は9.6%減も記録した。
中国のサ−ビス業は労働集約型産業分野であり、SARSによる雇用の悪影響が大きい。昨年4%を記録した中国の都市部失業率は、今年5%を突破する見通しである。
一方、モノの流れも大きな影響を受け、商談の一時的な中断や新規投資契約の延期など資金の流れも鈍化を見せた。
こうしたヒト、モノ、資金という3つの流れの停滞や鈍化によって、中国経済に大きな影響がもたらされた。中国側の発表によれば、5月の鉱工業生産伸び率は前月に比べ、1.2ポイント低下、工業製品輸出は2.8ポイント低下、外国企業の投資意欲の目安となる契約ベ−ス金額は10ポイント低下となっている。
ただし、製造業、建設業、農業のSARS影響は限定的なものにとどまっており、1−5月の輸出も前年同期比34.3%増、実績ベ−スの外国直接投資も48%増となり、いずれも影響は軽微なものである。SARSが収まりつつある現状を考えれば、今年の経済成長率は昨年(8%)より多少鈍化するものの、7%台をキープすることがなお可能と思われる。
SARSによる中国への最大の打撃はむしろ国際的信頼の動揺である。中国政府は初期の段階でSARSへの対応が不適切で、情報の公開が遅れた結果、中国全土のみならず香港経由で世界各国への感染も拡大した。中国に対する不信が世界に広がり、今後、いかに国際的な信頼を回復するかが胡錦涛新体制の重い課題となる。
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体制矛盾を露呈
安い労働力、急成長する巨大市場、中国の魅力に惹きつけられて進出している日系企業はおよそ2万社にのぼるという。ところが今、進出した日系企業が直面したのが、突然現れた大きな見えないリスク、SARSである。
一人でも感染者が出ると、中国の行政当局の指導等により、WHOが潜伏期間としている最低10日間の操業停止を企業は余儀なくされる。競争力の向上、活路を求めて世界の工場と言われる中国に進出した企業は、予想しなかったこの新しいリスクへの対応を迫られた。特に中小企業は経営資源が限られ、工場分散の余裕がないため、SARS問題が長期化すれば影響は深刻化する状況にあった。
今回のSARS問題を通じ、経済のグロ−バリゼ−ションと政治のロ−カリゼ−ションの乖離という社会主義市場経済の矛盾が露呈し、中国ビジネスリスクがあらわになった。
これまで中国は経済成長最優先路線を歩み、経済改革を積極的に推し進めながら、難題の政治改革を基本的に棚上げにしてきた。共産党一党支配という政治体制の下で、経済の自由が認められるが、政治の自由、情報開示など報道の自由が規制され、国民の「知る権利」が厳しく制限されている。WTO加盟の実現によって、経済では世界経済との一体化が進み、日米欧先進国との価値観を共有するようになっているが、政治では先進諸国との大きなギャップは依然として埋まっていない。こうした経済のグロ−バリゼ−ションと政治のロ−カリゼ−ションの乖離は、経済成長にもマイナス影響を及ぼしかねない。
今回のSARS問題は正に中国現体制の盲点についたものと言える。日本企業は中国ビジネスリスクを再認識する必要があると思われる。一方、今回のSARS問題によって、現地人材があまり育っていないという日系企業の問題点も浮き彫りになっている。日本人スタッフが中国現地に出張できない場合、なぜ問題がおこるか。1つの大きな原因は重要な判断ができる人材や技術的な難問を解決できる現地人材を育てていないからである。日本企業にとって、今後、現地人材の育成は非常に重要な課題となる。
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チャレンジ&セキュリティ−
しかし、長期的に見ればSARSは一過性の事象であり、中国の巨大市場化の流れを止めるものではない。
現在、鉄鋼、銅、携帯電話、家電製品及びビールをはじめ多くの分野では、中国の市場規模は既に世界1位を占めている。日本経済新聞社が業界団体から聞き取った「日中市場規模比較調査」によると、2001年に市場規模では鋼材は中国が日本の2倍強、銅2倍、携帯電話2倍、DVDプレ−ヤ3倍、ピアノ5倍、ビ−ル3倍となっており、中国の国内需要は消費財から生産財まで幅広く拡大し、日本よりも大きくなった分野が目立つ。
中国の消費市場に目を向ける時、次の3つの人口数字を見落としてはいけない。1つは4億8000万人にのぼる都市部人口であり、その規模は日米独3カ国人口のトータルに相当する。2002年、中国の都市部の1人当りGDPは2000ドル未満だが、購買力評価で計算すれば6000ドル近くに達しており、しかも毎年10%というスピードで逓増している。
2つ目は約3億人の3大成長エリア人口である。広東省地域、上海市を中心とする長江デルタ地域、北京、天津、山東省などの渤海湾地域は、人口約3億人あり、経済成長が著しく、富裕層が大量出ている地域である。特に長江デルタ地域には上海市をはじめ、江蘇省、浙江省など15都市が集中しており、中国最大の消費圏を形成している。
3つ目は5000万人富裕層の存在である。中国国民の平均所得水準はまだ低いが、収入格差が日本より遥かに大きいため、富裕層も大量出ている。個人資産10万ドル以上の人口数は5000万もあるという。
この3つの人口によって、中国の市場を益々巨大化させ、大きな需要ショックと消費ショックになる。それは携帯電話と自動車分野を見ればわかる。中国の携帯電話ユ−ザ−数は、02年末時点で2億人を突破し、米国を抜いて世界最大規模となったが、普及率で言えば僅か16%に過ぎない。もし日本の普及率(約65%)水準に到達すれば、中国の携帯電話の保有台数は7億台に達し、日米欧のト−タルを上回る市場規模になる。月ごとに500万台の新規加入台数という現状を見れば、それは決して遠い先のことではない。
マイカ−も同じである。既に1000万台を突破したマイカ−は、普及率で言えば、依然として1%未満にとどまっている。国民の豊かさの実現と富裕層の拡大によって、08年北京オリンピック開催を挟んで、マイカ−時代の到来に疑う余地がない。
携帯電話や自動車などがほぼ飽和状態になっている日米欧のマ−ケット状況を見れば、人口13億の中国巨大市場を抜きにして日本産業の発展を語れないことは自明の理である。日本企業は「チャレンジ&セキリティ」というキ−ワ−ドをもって、ハイリスク&ハイリタ−ンの時代に突入した中国ビジネスの戦略を構築しなければならない。
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大きい対中依存度
中国経済の台頭は今、輸出と輸入両面から日本に大きなインパクトを与えている。
2002年、日本の中国向け輸出は円ベ−スで前年比33%増を記録したのに続き、今年も引き続き好調に拡大し続けている。財務省の貿易統計によれば、1-4月期の日本輸出全体は前年同期に比べ5%(円ベ−ス)増えたのに対し、対中輸出は42%と大幅な増加を記録した。また、1−4月の対中輸出増加分は5928億円で、同期日本輸出増加分(8339億円)の71%に相当する。香港向け輸出増加分(920億円)を加算すれば、中国の寄与度は82%にのぼる。日本の経済成長は中国マ−ケットに大きく依存している事実が浮き彫りになっている。
中国向け輸出の急増によって、日本の輸出構造には異変が起きている。今年1−4月期の対米輸出は昨年同期比10.5%減少したため、日本輸出全体に占める米国シェアは昨年の28.5%から25.5%へ低下し、98年の30.5%に比べ5ポイント以上も低下した。一方、中国(香港を含む)シェアは98年の11%から昨年の15.7%へ、今年1−4月期の17.5%へと急速に拡大している(図を参照)。もし過去5年間の実績をベ−スに計算すれば、2010年前後に米中逆転が視野に入り、中国が日本の最大輸出市場となる。
一方、中国から日本への輸出が急増している。財務省の統計によれば、日本の輸入全体に占める中国シェアは98年の13.2%から2002年の18.3%に拡大し、逆に米国シェアは23.9%から17.1%へ低下してきた。中国はトップに立ち、米国に代わり日本の最大輸入対象国となった。
日本国内では「中国デフレ輸出論」も流行っているが、確かに安い中国製品の輸入急増は、日本に価格破壊をもたらし、デフレ進行の一因ともなっている。しかし一方、対中輸出の急増は、景気低迷が続く日本経済の下支え要素ともなりつつあり、鋼材、塩化ビニルなど化学品分野では価格が上昇している。デフレ進行も価格上昇もその背景にはいずれも中国要素が働いている。最近の日本の景気動向について、「米国の景気次第」と指摘する論者が多いが、米国と並んで中国の動きも計算に入れないと見通しを誤ることになるだろう。
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