【中国経済レポ−ト】
―NHK総合「クローズアップ現代」に生出演録―
沈 才彬
日 時:2003年6月4日(水) 19:30〜20:00
テーマ:「新型肺炎 苦悩する日本企業」
国谷キャスター:
こんばんは クローズアップ現代です。安い労働力、急成長する巨大市場、中国の魅力に惹きつけられて進出しています日系企業はおよそ一万五千社にのぼっていますけれど、今、進出した日系企業が直面しているのが、突然現れた大きな、見えないリスク、新型肺炎です。初期の段階でのこの新型肺炎への対応が不適切で、情報の公開が遅れた結果、中国での感染拡大は深刻です。
WHO(世界保健機関)がまとめたところによりますと、昨日現在、新型肺炎の患者や、感染の疑いのある人は8398人で、このうち80%が中国です。
(地図を指しながら)こちらを御覧頂きましょう。これは新型肺炎の患者や感染の疑いのある人が出ている地域を表したものです。御覧のように中国の広い範囲で感染が広がっています。この北京市、河北省、内モンゴル自治区、山西省、天津市、更にこの台湾でWHOにより、渡航延期勧告が今も出されています。一人でも感染者がでますと、中国の行政当局の指導等により、WHOが潜伏期間としています最低10日間の操業停止を企業は余儀なくされます。競争力の向上、活路を求めて世界の工場と言われる中国に進出した企業は、予想していなかったこの新しいリスクへの対応に今、苦悩しています。
(VTR)
国谷:
今夜は三井物産戦略研究所 中国経済センタ―長の沈才彬さんにお越し頂いています。
三井物産も今年度7000億円を見込んでいた中国現地法人の売上が、最大1000億円程度減少する恐れがあると決算発表の場で発表していて、影響は大きいですね。
沈:
そうですね。実際当社では人的交流のとどまりとか、商談の一時的な中断とか、新規事業の立ち上げの遅れなどの影響が出ています。もしSARS感染が長期化すれば、当社の業績に悪影響を及ぼしかねない、そういう状況です。
国谷:
今も技術者を送り込むことを取りやめて、現地での生産の立ち上げが遅れているというリポートがありましたが、一番の影響は人が動かなくなったということですか?
沈:
そういうことです。つまり今は人的交流がとどまっている状態です。例えば今、全世界では120以上の国が中国人に対し、その入国を規制しています。それから物の流れも今、影響を受けています。例えば、中国の河北省では、隣接の感染地域山西省からの車が入ることを制限しています。トラックの積み替えという事態が起きているのです。
国谷:
つまり山西省から来たトラックの運転手が河北省に入りたくないということですか?
沈:
いいえ、河北省側は山西省の車が入ることを禁止しているのです。
国谷:
禁止しているのですか。ではトラックの荷物の積み換えをしなくてはいけないということですね。
沈:
そういうことです。それからもう一つは資金の流れの影響です。つまり今、商談の一時的な中断とか、新規投資契約の延期など、実際資金の流れに影響が出ています。ですから、統計数字には余り影響が出ていないけれど、しかし半年後、あるいは一年後に深刻な影響が出てくる恐れがあります。
国谷:
人にも、金にも全てに影響が出てくる可能性があるということですね。今企業では操業停止に追い込まれているところもあり、生産拠点の分散が必要なのかなと考え出している企業もあると思うのですが、そういう余裕の無い中小企業は厳しいでしょうね?
沈:
その通りです。大手企業は実際は今、生産を分散化しています。ところが中小企業は経営資源が限られているため、つまり工場分散の余裕がないので、SARS問題が長期化すれば影響は大変です。
国谷:
中国で生産を行っている日系企業は、この新型肺炎をどのように防止するのか、次にその対策を御覧頂きましょう。
(VTR)
国谷:
自衛策は様々行っていますが、決定打がないのが辛い、いろいろな面でコスト高になっていくでしょうね。
沈:
そうですね。日本企業の参考として、中国企業は今どういうふうに対応策をとっているかを簡単に紹介しましょう。一つは、本社機能を北京市等の感染地域から安全地域にシフトしています。例えば、ある会社は本社機能を北京市から安全な海南島に移しました。海南島は感染者ゼロですのでそういう地域にシフトしています。
二つ目の対策は、在庫増やしという対策です。これは工場閉鎖という非常事態への備えですね。
三つ目は人員を二つのチームに分けて、1週間ごとに交代しています。万一感染者が出た場合、隔離されるのは一つのチームだけで、他のチームの人員はすぐ勤務継続が可能な状態になっています。
いずれもコスト高になりますが、リスク対策として、多少コスト高になっても仕方がないですね。
国谷:
TV電話を使った会議とか、インターネットを使った情報交換などかなり増えていると思いますが、他に日系企業が出来ることはどんなことがあるでしょうか?
沈:
他に日系企業ができることは現地人材の育成ですね。今なぜ日本人スタッフが中国現地に出張できない場合問題がおこるかと言うと、つまり現地人材が育っていないという問題があらわになったのです。重要な判断ができる、技術的な難問を解決できる現地人材を育てることが非常に重要な課題なのです。
国谷:
WHOは中国の場合、感染源がなかなか特定できない、感染経路がわからないということが大きな問題だとしていますが、ビジネスにこれだけ影響が出ているとなりますと、早く乗り越えてほしい、押さえ込んで欲しいですよね。その難しさはどこにあるのでしょうか?
沈:
中国の人口移動が激しいです。年間ベースで大体一億人近くは移動しています。特に農村部の出稼ぎ労働者は数が多い。安い労働力は中国経済成長の原動力の一つであり、しかも世界の工場としての強みなのです。しかしSARS問題にあたっては、逆に強みは弱みとなっているのです。感染経路がいまだに完全に把握されず、SARS対策の難しさがあらわになったのです。
国谷:
今回のことにより、本当に思いがけない新しいリスクに企業は直面していて、世界の工場としての中国の信頼が揺らいでいると言う感じもしますが、中国が信頼を取り戻す為に、何が求められていますか?
沈:
国民の命と健康を守る為には、迅速かつ正確な情報開示が中国政府に求められています。
これがひとつ。
もう一つは危機管理対策の徹底、これも求められています。中国に「居安思危」という諺があります。無事にあっても有事を考えるという意味ですが、安全な時にこそリスク対策が大切だということです。
国谷:
世界の工場の信頼を取り戻す為には中国は行うべき課題が多いですね。
沈:
その通りです。
国谷:
どうも有難うございました。今夜は新型肺炎に揺れます中国に進出した日本企業の苦悩についてお伝えしてまいりました。
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