【中国経済レポ−ト】
中国人から見た中国ビジネスのチャンスとリスク
多摩大学教授 沈 才彬
《投資経済》誌2011年1月号
●中国の「3M」に注目せよ
北京五輪に続く上海万博。盛宴の後、中国の高度成長が持続するか、それとも挫折するか? 日本企業にとって、ビジネスチャンスはどこにあるか? ビジネスリスクは何か? このレポートは関心が高まるホットな話題に焦点を当て冷静に分析する。
長年にわたって中国経済を研究してきた在日中国人学者として、筆者は中国の「3M」に注目している。「3M」とは、マイ・マネー(My money)、マイ・カー(My car)、マイ・ホーム(My home)のことを指す。
筆者は北京から東京に転居したのは、22年前の1989年のことだった。当時、中国は「自転車の王国」と言われ、町を走る車は極めて少なかった。特に、乗用車は当時、局長クラス以上の政府高官しか乗れない交通手段だった。乗用車に乗っているかどうかは、社会的地位が高いかどうか、大きな権限を持っているかどうかを計る尺度であり、権力と地位の象徴的な存在だった。
一般庶民にとって、マイ・カー(My car)は夢のような遠い存在だった。新車販売台数の推移を見ても、1990年中国は僅か55万台で、日本(777万台)の14分の1、アメリカ(1390万台)の25分の1に過ぎなかった。
ところが、20年後、中国は米国を逆転し、一躍して世界最大規模の自動車消費大国になった。2009年中国の新車販売台数は前年比46%増の1364万台にのぼり、アメリカより320万台も多い。2010年も爆発的な伸びの勢いが衰えず、1−10月の販売台数は前年比34.8%増の1467万台に達した。通年では1700万台達成するのは確実な状態となっている。一般庶民にとって、マイ・カーはもう夢ではなくリアルなものとなっている。
こうしたマイ・カーブームの背景には、マイ・マネー(My money)の急増がある。高度成長の結果、2008年に1人当たりGDPは3000ドルを突破し、09年に4000ドル弱にのぼった。経済産業省の「通商白書」によれば、年収ベースで5000ドル~3万5000ドルの収入がある中間層の人口は、2008年時点で既に4億4000万人に達したという。国民の豊かさの実現によって、国民の個人資産(マイ・マネー)が急増している。クレディ・スイスの調査によると、2010年6月末時点の中国の個人資産(金融資産と不動産など非金融資産から負債を引いた金額)は、2000年に比べ3.5倍増の16兆5000億ドル(約1400兆円)で、米国(54兆ドル)、日本(21兆ドル)に続き世界3位に浮上している。
中国政府の第12次5ヵ年計画(2011〜15年)草案は、都市と農村住民の収入を経済成長率と一致させるように「比較的速いペースで増やす」という目標を掲げている。今後5年間、経済成長の持続と人民元の切り上げによって、ドルベースの中国の国民所得は倍増することが予想され、2015年までに8000ドル、20年までに1万5000ドルにのぼる見通しである。個人資産(マイ・マネー)も日本を追い抜き、米国に迫ると思われる。
●自動車・住宅と経済成長の関係
マイ・マネーの増加によって、自動車市場のさらなる拡大は期待される。2009年中国は世界最大の自動車消費大国になったが、普及率を見るとまだ低い。アメリカの80%、日本の60%に比べれば、中国は6%と非常に低い水準にとどまっており、乗用車に限って言えば僅か2.6%しかない。13億の人口規模、高い経済成長率と低い車普及率を考えれば、中国の新車販売は、2020年まで3000万台の大台に乗せるという見方は妥当だと思う。
車は経済への波及効果が絶大である。1台の完成車は、部品だけで一万点。車を作るためには鉄鋼や非鉄金属、プラスチックなど数多くの原材料が必要。車を走らせるためには、道路や駐車場の整備が必要。車を購入するにはローンも必要。様々な分野に波及効果が出てくる。自動車産業は中国の経済成長をけん引するエンジンとなることは間違いない。
マイ・マネーの急増はマイ・ホーム(My home)のブームももたらしている。中国政府は1998年に従来の社宅制度を見直し持ち家制度への改革に舵を切った。その後、マイ・ホームは急速に普及している。当面はバブル抑制のため、住宅価格の調整が暫く続くが、中長期的にみると、住宅市場が拡大し、価格も上昇するだろう。理由は以下の2つ。
1つ目は1996年から毎年、農村部から都市部への人口移動が2000万人にのぼる。つまり、都市部では、少なくとも毎年2000万人分の住宅を新たに作らなければならない。2つ目は「持ち家を持たないと結婚しない」という中国の若者の価値観と関連する。この2つのニーズがあるため、住宅市場は拡大する。マイ・ホームのブームは鉄鋼、建材、建機、家電、家具などの需要拡大に繋がり、その経済波及効果も絶大だ。
車と住宅。個人消費の最大の2分野はこれからも成長が続くというのが、筆者の基本判断である。この2大分野が成長する限りは、中国の経済成長はとどまらないだろう。2020年まで、年平均7%の経済成長は続く可能性が高いと見ていい。日本企業の中国ビジネスチャンスも正にマイ・マネー(My money)、マイ・カー(My car)、マイ・ホーム(My home)という「3M」にある。
●想像以上の格差と腐敗の蔓延
一方、中国経済のリスクも見落としてはいけない。懸念材料としては、先ずは住宅バブルの懸念を挙げられる。中国主要70都市の住宅価格上昇率は2010年の2月から7月まで6カ月連続10%を超え、明らかにバブル状態となっている。
周知の通り、米国発の金融危機のきっかけは正に住宅バブルの崩壊である。もし、中国の住宅バブルが崩壊すれば、金融不安が起きかねず、高度成長も挫折する恐れがある。この最悪のシナリオを回避するために、中国政府はいま必死になって、住宅ローンの規制を強化し、金利引き上げや商業銀行が中央銀行に預かる預金準備率を引き上げるなど金融引き締め措置を取っており、住宅バブルの抑制に注力している。
2つ目は格差問題と腐敗蔓延のリスクである。2010年の上海万博、08年の北京オリンピック、この2大ビッグイベントを国の威信をかけて是非成功させたいというのは、政府の思惑と大多数の国民の思惑と一致している。だから、国民は不満があっても我慢した。ところが、この二大ビッグイベントが終わると、今まで我慢してきたため蓄積してきた不平不満は、政府が下手に対応した場合に爆発する恐れがある。
国民の不平不満の矛先の一つは格差問題、もう一つは役人の腐敗問題だ。現在、中国には3つの格差がある。一つ目は地域格差。 最も豊かな上海市と最も貧しい貴州省との1人あたりGDPの格差は10倍弱ある。二つ目は、都市部と農村部の所得格差。政府統計では3.3倍だが、農民には社会保障制度がほとんどないため、実質的には6倍以上となる。三つ目は貧富の格差。一番富裕な人達と一番貧しい人達との差は、なんと100倍近くになる。
中国に存在する3つの格差は時限爆弾だ。ひょっとすると爆発するかもしれない。今、各地で農民暴動や反政府デモが多発し、その背景には、正に格差問題が存在している。
腐敗現象も蔓延している。腐敗幹部の収賄金額がものすごく大きい。あるアンケート調査では、局長クラス・課長クラスなど腐敗幹部30人の一人あたりの収賄金額は、日本円に換算すれば1億3千万円という結果だった。いま国民は最も怒りを感じる問題としては、1位は役人の腐敗、2位は格差問題だ。この二大問題をどう解決するかが大きな課題となる。
●政権交代とチャイナ・バッシング
3つ目は政権交代のリスクだ。中国は2013年に胡錦濤体制から習近平体制への政権交代が予定されるが、この移行がスムーズに行われるかどうかは注意が要る。これまで中国の政権交代は5回あったが、平和的にスムーズに行われたのは江沢民から胡錦濤への政権交代だけ。それより前の4回の政権交代はすべて政変の形で異常事態が発生し、経済成長も挫折した。今回、習近平体制への移行がスムーズに行われるかどうかは、もう少し見極める必要があると思う。
4つ目のリスクはアメリカによるチャイナ・バッシングである。米国という国は自分を脅かすライバルの存在を許さない国である。相手が敵国であろうと、同盟国であろうと、米国を脅かす存在になれば徹底的に叩く。旧ソ連崩壊の一因は米国のバッシングにあると見られる。日本も米国による「ジャパンバッシング」に散々やられ、嘗て謳歌された「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が結局、夢に終わってしまった。中国は2010年に日本を凌ぎ世界第二位の経済大国になるが、決して手放しに喜ぶことではない。米国による「チャイナ・バッシング」が待ち受けているからだ。人民元切り上げ圧力はその具現であろう。
●2020年まで「年平均7%成長」の根拠
以上4つのリスクがあるため、もしかすると、2013年以降、中国の成長は挫折するかもしれない。しかし、それはあくまでも一時的なものにとどまると思う。理由は4つある。
先ずは中国の工業化は未完成な状態。全国的には7割完成、3割未完成。今後も工業化は続く。二つ目は中国の都市化も未完成な状態。農村部人口は未だに53%を占めており、これからも都市化が進んでいく。
三つめは中国の中間層・富裕層は急増し、これも中国経済成長の原動力となる。四つ目は「格差パワー」にある。格差が社会不安定要素としてのマイナス面だけでなく、プラスの影響を与える可能性も併せもっていることを認識しておかなければならない。中国が真剣に格差問題解決に力を注ぎ、是正する方向に進めることができれば、その過程で「格差パワー」というものが出てくることも考えられる。
農村部や内陸部、貧困層に属している何億という国民たちは、少しでも暮らしをよくしようと必死に働いている。こうした活力が「格差パワー」の源であり、すでに成熟社会となった日本では見ることがなくなってしまったパワーである。
実際、中国の中間層の多くは10年前貧困層に属した人間である。今の貧困層もその多くは10年後中間層にシフトする。これは正に中国の成長パワーである。
この四つの理由によって、2020年まで年平均7%の成長がキープされる、というのが結論だ。