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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
緊急提言:菅内閣は「親米睦中」で対中友好関係を築くべきだ

多摩大学教授 沈 才彬
2010年11月30日《経済界》誌

尖閣諸島での中国漁船衝突事件、レアアース輸入問題、あるいは東シナ海ガス田開発問題など、このところ日中間には問題が山積している。現代中国の政治・経済問題の論客である沈氏に、日中関係の今後や、中国との付き合い方などを聞いた。(聞き手/本誌編集長・清水克久)

  • 日米、日ロ、日中間に横たわる領土問題
  • 漁船衝突事件の背景には民主党政権の戦略転換が
  • 胡―習への政権交代がスムーズに行われるか
  • ●日米、日ロ、日中間に横たわる領土問題

       ―― 先日、尖閣諸島での中国漁船衝突事件に関する映像が流出し、民主党政権の危機管理能力に疑問が呈されています。

       沈 今の民主党政権には外交戦略の構想力も人脈も不足し、情報も経験も乏しい。そうしたもろさが今回露呈しました。

       ―― 中国漁船衝突事件を機に、日本と中国の関係はギクシャクしています。こうした問題が起こった背景や、中国との付き合い方などについてお聞かせください。

       沈 日本は今、中国との関係だけでなく、米国とも普天間基地問題でギクシャクし、ロシアともメドベージェフ大統領が北方四島の1つ、国後島を訪問したことでギクシャクしています。この3つには共通点があり、いずれも領土問題なのです。沖縄は1972年に日本に返還されましたが、米軍の基地はそのまま残った。民主党政権は、この基地を日本の領土外に移転させるか、あるいは国内に残すかでもめた。民主党政権は、日中間では東シナ海に領土問題は存在しないという論法です。根拠は、尖閣諸島は日本の実効支配下にある。だから領土問題は存在しないというものです。しかし、尖閣で日中が争っているのは周知の事実であり、日本の立場は世界では誰も認めていません。さらに、このロジックで行けば、北方領土も竹島も、それぞれロシアと韓国の実効支配下にあるから、相手側からすれば領土問題は存在しないことになる。つまり、日本の領土ではないということになり、不利な立場に追い込まれる。日本にとっては明らかに間違った戦略です。

       ―― 中国漁船の船長逮捕ではなく、もう少し穏便なやり方はなかったのでしょうか。

       沈 小泉首相のときは靖国神社問題があり、やはり日中関係はギクシャクしました。でも、日中間の最大の懸案事項は歴史問題ではありません。歴史問題は、いわば口げんかです。しかし領土問題は、こじれれば軍事衝突にも繋がりかねない。実は10月16日に、田母神元航空幕僚長の団体が、東京都内で2千人規模の反中デモを行いました。日本のマスコミはこれを報道しませんでしたが、中国ではインターネットを通じてこの情報が流れ、中国も各地で反日デモを実施した。日本が2千人なら中国はそれを上回る数千人、1万人規模という大規模なものでした。つまりナショナリズムの応酬です。ナショナリズムは、国が急ピッチで台頭するとき、また国内に長引く不景気で不平不満が高まっているときに起きやすい。中国は急成長期だし、日本は長引く不況にあるから、どちらもナショナリズムが起きやすい時期です。日中両国で起きた今回のナショナリズムは、相手の立場を考える余裕の無い“思春期”のナショナリズムです。本来は自分の主張はしっかり主張しながらも、相手の立場も考える“熟年期”のナショナリズムが健全なのですが。

      ●漁船衝突事件の背景には民主党政権の戦略転換が

       ―― 自国の不平不満を外にぶつけるのは短絡的ですね。

       沈 そうです。中国側から見れば、今回の漁船衝突事件の背景には、民主党政権の2つの戦略転換があります。1つは、外交戦略の転換です。鳩山政権時代のアジア重視から、菅政権では米国重視の姿勢に切り替わった。鳩山前首相は普天間基地移転問題で米国との関係がギクシャクし、結局は退陣に追い込まれた。それで菅政権は米国との関係を改善しようとしている。2つ目は「対中親睦」から「中国けん制」への対中戦略の転換です。菅政権は中国牽制の姿勢を強めており、その急先鋒が前原外務大臣です。彼は元々が対中強硬派です。たとえ今回の漁船衝突事件が起きなくても、いずれ別の時点で日中関係はギクシャクしたでしょう。

       ―― 鳩山政権が対米関係で躓きました。日本の外交戦略は日米同盟が基軸ですから、菅政権はそちらにシフトせざるを得ません。

       沈 日本が米国との関係を修復するのは中国も異論がない。しかし、そのために中国を牽制することは、中国側が許せない。中国側の強硬姿勢の背景には、いくつかの要因があります。前原さんは以前、党代表のときに偽メール事件を起こしました。中国は、そういう行動をとる人は誠実さがないとして、政治家の資質に問題があると見ています。さらに前原さんは党代表として中国を訪問したとき、その直前に米国を訪れ、中国脅威論をあおっています。当然、中国はこれに反発し、要人との面談を希望した前原さんは、結局誰とも会えずに帰国した。今回も同じパターンで、前原さんはハワイで米国のクリントン国務長官と会談し、尖閣諸島は日米同盟を適用するかと確認し、クリントンさんから適用するという発言を引き出しています。つまり米国の支持を取り付けてから中国の楊外務大臣と会談した。しかも、会談の内容には無かった東シナ海ガス田開発で日中は合意したとの談話を海外のメディアに流した。中国側は当然そんな合意は事実にないと反発します。

         さらに中国では反日デモが頻発し、国民の反日感情は収まっていません。次に反日デモが起きれば、その矛先は中国政府に向けられる可能性もある。日本に弱腰だと、自らの政治基盤も弱体化する危険性がある。加えて中国は、菅政権が短命に終わるか長期になるのかを見極めたい。もし短命ならば、首脳会談の重要度は低い。さらに中国にとって、外交の優先順位の1位は米国です。その次はEUで、3番目がASEAN。日本は4番目です。来年1月に胡錦濤総書記は米国を公式訪問します。ここで米国との関係改善を図りたい。

       ―― そうなると、中国は米国との関係改善を優先し、日本との関係は後回しになると?

       沈 そうだと思います。米国は中国の最大の輸出相手国であり、中国は米国債の最大の持ち主です。米中関係は中国にとって最重要な二国間関係だ。日本の対外貿易は大きく中国に依存しています。昨年の日本の対中輸出は18・9%。これに香港向けを合わせると24・4%になります。対米輸出は16・1%ですから、中国との関係悪化は日本経済にとって大きな問題になります。一方、中国の対日輸出は全体の8.1%に過ぎず、日中悪化は中国にもマイナスだが、日本ほどではない。

      ●胡―習への政権交代がスムーズに行われるか

       ―― 中国との関係で言えば、レアアース問題もあります。

       沈 レアアースの輸出は、実は今回の漁船衝突以前から減っていました。今年7月に、中国政府は今年のレアアース輸出を4割削減すると発表しています。中国のレアアース埋蔵量は世界全体の3割以上ですが、生産量では9割を占めています。このまま開発が進めば、15年か20年で枯渇すると見られています。しかもレアアースの開発は水や土の流出だけでなく、有害物質が含まれているので環境汚染が伴います。レアアースの埋蔵量は、ロシアが20%、米国が15%といわれています。ところがこの両国は、今、レアアースの生産を停止しています。またベトナムやモンゴル、インド、オーストラリアなどにもレアアースは埋蔵されているので、これらの国から輸入することもできます。いずれにしても、今の中国一極集中を止めて、同時に代用材を開発するなどでリスクを分散すべきです。

       ―― 中国は2013年に習近平さんに政権交代が予定されていますが、この移行はスムーズに行われるでしょうか。

       沈 突発的な事件が無ければ、習近平さんへの移行はスムーズに行われると思います。ただし、これまで中国の政権交代は5回ありましたが、そのうち4回は政変が起き、経済成長も挫折しました。1回目は毛沢東さんから華国鋒さんへ政権交代がありました。毛沢東さんが亡くなり、その側近である四人組が逮捕されるクーデターが起き、経済成長もマイナス2・7%になりました。2回目は華国鋒さんから胡耀邦さんへの移行があった81年です。これも華国鋒さんが失脚するという異常な形での政権交代でした。このときも経済成長は大幅に下落しました。3回目が86年で、このときは胡耀邦さんが失脚し、趙紫陽さんが総書記になった。この年も経済成長は5ポイント下落した。そして4回目が89年で、このときは天安門事件が起きた。趙紫陽さんが失脚し、江沢民さんが総書記になった。このときも経済成長は7ポイン以上下落した。江沢民さんから胡錦濤さんへの政権交代は初めて平和的にスムーズに行われました。それより前の政権交代は、すべて政変の形で異常事態です。今回、習近平さんへの移行がスムーズに行われるかどうかは、もう少し見極める必要があります。

       ―― 今後、中国との向き合い方はどうしたらいいと思いますか。

       沈 日本のとるべき政策は、“親米睦中”だと思います。米国とは親しく、中国とは仲良く。日本は米国と中国という2つの超大国に挟まれています。日本の安全保障は米国に依存し、経済では中国に大きく依存している。この“ねじれ現象”の中でバランスを取ることが重要で、それには親米睦中政策が唯一の正しい選択だと思います。日本の国益に最も相応しいのは、米国一辺倒でもなく、中国一辺倒でもいけないのです。