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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
中国企業を強くする「ワ−スト社員淘汰制」

沈 才彬
「エコノミスト」誌2003年6月23日臨時増刊号

  • 急ピッチで進む幹部の若返り
  • 広がる「ワ−ストワン淘汰制」
  • 政府部門にも導入
  • 日本以上の資本主義的社会
  •   無尽蔵の労働力や安いコストなどは中国の高成長の原動力とよく言われている。しかし、それはあくまでも表の原因である。本稿は最近の中国を象徴する「ワ−ストワン淘汰制」を中心に、胡・温新体制下の中国市場経済の最新動向を報告し、競争メカニズムの浸透という経済成長の深層の原因を分析する。

    急ピッチで進む幹部の若返り

      中国市場経済の注目すべき動向として、幹部の若返りが挙げられる。現在、中国では産・官・学を問わず、指導層の世代交代が目立ち、幹部の若返りが急ピッチで進行している。

      2002年11月に開かれた党の第16回全国代表大会で59歳の胡錦涛副主席は江沢民主席(76歳)からバトンを受け継ぎ、胡新執行部(政治局常務委員)の平均年齢は62歳で改選前より一気に8歳若くなった。それに続き、60歳の温家宝副首相は、今年3月5日開催の「全人代」で朱鎔基首相(74歳)の後任に選ばれ、新内閣の平均年齢は58.7歳。党と政府はいずれも老人支配体制に訣別した。政府機関に限らず、企業や大学のトップも若い。

      要するに、今の中国は競争メカニズムを導入し、年功序列制度を抜本的に見直している。能力・実績があれば、若手でも昇進するチャンスが十分にある。若者たちは夢を持ち、夢を実現するために頑張る。これは躍進する中国の原動力の1つともなっている。

      もう1つ目立つ動きは、中国人の顔をしており欧米人の意識を持つ、「バナナ族」と呼ばれる欧米留学組みの台頭である。改革・開放策実行以降の20年間、中国から40万人を超える留学生が米日欧など先進諸国に流れ込み、約3分の1に相当する14万人が「頭脳回帰」となった。そのうちの多くは帰国後、政府や企業の要職に就き、大きな役割を果たしている。特に欧米留学経験者の活躍は際立つ。

      今後、若い留学経験者は中国の産業界のみならず、産官学すべての分野のキーパーソンとなり、益々中国を変えていくだろう。


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    広がる「ワ−ストワン淘汰制」

      中国の市場経済の動向として、最も注目すべき動きはやはり競争メカニズムの浸透と広がりである。その具現は「ワ−ストワン淘汰制」である。

      今年3月9日、筆者は中国PCメ−カ−の最大手聯想集団公司(レジェンド)を訪問し、人力資源部の何小平マネ−ジャに取材した。氏の紹介によれば、同社は1999年から「ワ−ストワン淘汰制」という従業員業績評価制度を導入し、6カ月ごとに「優秀」、「合格」、「要改善」という3等級基準に基づき、部門別に社員たちの総合評価を行っている。3等級の割合はそれぞれ「優秀」20%、「合格」70%、「要改善」10%を占めるため、「271バイタリティ−(活性化)制度」ともいう。「優秀」と評価される人に昇進・昇給のチャンスを与えるが、連続2回「要改善」と評価された人には辞めてもらう。実際、毎年淘汰された従業員は全体の約5%にものぼる。

      「ワ−ストワン淘汰制」は、「要改善」と評価される人たちのみならず、「合格」と評価される中間層にも緊張感と危機意識をもたらしている。努力すれば、次回の評価で「優秀」に昇格する可能性が出てくるが、逆に努力しなければ、次回に「要改善」に落ち、淘汰される恐れがあるからである。

      導入当初、「ワ−ストワン淘汰制」に対する従業員たちの戸惑いや反発も少なくなかった。しかし、会社側は動揺せず、断固とした態度で「ワ−ストワン淘汰制」を実施し続けてきた。人力資源部の説明によれば、聯想が「ワ−ストワン淘汰制」を導入した背景には、益々激しさを増す企業間の競争がある。

      「スロ−フィッシュがクイックフィッシュに食われる」時代を勝ち抜くために、企業のスピ−ドが求められる。「ワ−ストワン淘汰制」は確かに冷酷な一面がある。しかし、もし企業は競争力と活力を失い、激しい同業他社との競争に負ければ、会社自体が淘汰されることになる。

      この最悪な事態を避け、企業を活性化するために、業績が悪い一部の社員を淘汰してもやむを得ない。

      結果から見れば、「ワ−ストワン淘汰制」導入のプラス効果が大きく、会社の業績アップに繋がった。ここ数年、聯想集団公司は増収増益が続き、売上は海爾(ハイア−ル)、普天に次ぐ中国IT業界の3位(2002年)を確保し、PCの国内市場シェアは96年以降7年連続で首位をキ−プしてきたが、その好業績は「ワ−ストワン淘汰制」の導入に負うところが大きい。

      「ワ−ストワン淘汰制」の原型は米国企業GEの「バイクリティ−カ−ブ(活性化曲線)方式」である。ジャック・ウェルチ前GE会長によれば、同社は80年代半ば頃から「バイクリティ−カ−ブ方式」を人事制度に導入した。

      いわゆる「バイクリティ−カ−ブ方式」とは、毎年、全事業部門、全職場で、管理職が部下の総合評価を下すものである。

      「部員の2割を指導力のあるトップA、7割を必須の中間層B、1割を劣るCに位置付け、Cの人にやめてもらうか、別の部署に配置転換する。この評価は必ず昇進、昇給、ストックオプションに見合わせる」(ジャック・ウェルチ著「私の履歴書」)。聯想はGEの「バイクリティ−カ−ブ方式」をモデルとして、「ワ−ストワン淘汰制」を導入したのである。

      多くの企業は「ワ−ストワン淘汰制」に似たような制度を導入している。例えば、筆者が02年3月に訪問したことがある家電メ−カ−最大手の海爾では、工場の各職場では毎週末、その週の査定評価の結果を公表する。業績が悪い従業員に対し、罰金・警告処分を行う。2週連続して処分を受けた従業員は職場を去らなければならない。管理職の評価も厳しく、警告を受けても明らかな改善が見られない場合、免職か降格処分を下される。

      こうした厳しい社内競争システムの元で、会社幹部から一般社員まで皆緊張感が走る。また、松下電器産業など日本企業の中国現地法人も、中国子会社の人事・雇用を見直し、成績が下位5%の社員の退職を促すなど、「ワ−ストワン淘汰制」を導入する動きを見せている。


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    政府部門にも導入

      企業に限らず、政府機関にも「ワ−ストワン淘汰制」の導入が広がっている。南京市では昨年末から「1万人評議活動」を展開し、全市1万人超の市民たちに対するアンケ−ト調査を実施し、88市政府部門に対する評価を行った。

      市政府は市民評価の結果を踏まえ、市民が最も不満を持つ5つの政府部門のトップに対し2人免職処分、3人訓戒処分を発表した。江蘇省漣水県は「郷長・局長クラス幹部引責辞任暫定条例」を施行している。条例によれば業績総合評価で3年連続ワ−スト3に入った幹部は引責辞任しなければならない。

      湖北省宜昌市では、公安・税務など10の政府部門で「「ワ−ストワン淘汰制」のテストを行い、評価基準に基づき「ワ−ストワン」と評価される公務員たちに対し、それぞれ解雇、免職、降格または訓戒処分を行った。

      雲南省では全省の公安局長を対象に、北京市西城区裁判所は裁判官を対象に、それぞれ「ワ−ストワン淘汰制」を実施している。

      「ワ−ストワン淘汰制」は確かに冷酷な一面があり、役人や従業員たちに大きなショックを与えている。しかし、緊張感と危機意識を持たせることで、結果的には競争メカニズムが働き、企業の業績アップと政府機関の効率化に繋がっている。


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    日本以上の資本主義的社会

      日本では、経営が苦しくなる時、「痛みを分かち合う」という名の下に人の差別化をせず、賃金の一律カットと給料の一斉凍結という手が使われるが、会社の業績と関係無く「ワ−ストワン淘汰制」を実行するのは想像もつかない。

      競争の意味で、今の中国は日本より資本主義的社会だといっても言い過ぎではない。これは両国の国際競争力の消長にも影響を及ぼしかねない。


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