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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
講演抄録:中国経済の現状と見通し(下)

多摩大学教授 沈 才彬

(「エネルギー総合推進委員会会報」2010年3月月例会記録)

●深刻化する格差問題と腐敗蔓延

結論から言いますと、「上海万博の終了までは、中国経済が挫折するシナリオは多分無い」と思います。但し、上海万博終了以降は、要注意期に入ります。これまでは、北京オリンピックと上海万博という、二つのビッグイベントがありました。これらは中国の威信を懸けたイベントですから、中国国民の方も、「是非成功させたい」という政府の思惑と、ある程度一致しておりました。ですから現在のところは、多少不満があっても我慢しております。

ただ、この二つのビッグイベント、特に上海万博が終了しますと、これまで蓄積されてきた国民の不平・不満が一気に噴き出る恐れがあります。更に政府が下手に対応すれば、国民の不平・不満が爆発する可能性すらあるでしょう。

中国国民の不平・不満が爆発するとすれば、その原因として二つの問題が挙げられると思います。その一つ目は格差問題であり、もう一つは役人の腐敗問題です。

現在、中国では実際に三つの格差問題が存在しているのです。

一つ目の格差は地域格差、即ち、沿海地域と内陸地域との格差です。この格差が大きいのです。中国全土で一番豊かな地域は上海です。逆に一番貧しいところは内陸地域の貴州省で、その格差は10倍近くに達しております。

日本でも「格差社会」とよく言われておりますが、日本の地域格差について、私が調べたところ、所得が一番高いところは東京都でした。一方、所得が一番低いところは沖縄県で、その格差は2.4倍でした。これに比べて、中国における地域格差は10倍近くです。中国社会は、明らかに日本より格差が大きい社会です。「格差社会」という観点では、中国は日本より遙かに明確な「格差社会」になっています。これが一つ目の格差です。

二つ目の格差、それは都市部と農村部との所得格差です。この格差は現在のところ、名目で3.3倍です。しかし、これに加えて、農村部の住民たちには社会保険がありません。医療保険も年金も無いのです。要するに、今のところ、農村部の人々にはセーフティネットが整備されていないのです。ですから、都市部と農村部との実質的な所得格差は6倍以上あると思われます。これが二つ目の格差です。

三つ目の格差は貧富の格差です。中国においては、総人口の10%が富裕層であり、総人口10%は貧困層です。そして、その格差は実に数十倍に達しております。

このように、これら三つの格差が今、中国の社会安定を脅かしているのです。下手をしますと、農民たちの不満、それから貧困層たちの不満、内陸地域の人たちの不満が爆発するのです。実際、中国各地では現在、散発的に農民暴動が起きており、反政府デモも起きているのです。

中国では、不平・不満の原因となりうる問題が、もうひとつあります。それは、役人の腐敗です。実際、中国では今、役人の腐敗が蔓延しているのです。中国では毎年、全人代の政府報告や最高裁判所の活動報告などが採択されます。このうち最高裁判所の報告ですが、一応、可決はされますが、反対票と白票が合計で全体票数の約1/4を占めるようになっております。

こういう状況から見ますと、中国の国民は腐敗問題について、かなりの不平・不満を持っていると言えると思います。つまり、最高裁判所の活動報告において、腐敗問題への取組み、そしてその成果について、委員たちの不満があることを表しております。

実際、中国では腐敗が蔓延しているのですが、これには特徴が二つあります。

一つ目の特徴は、腐敗幹部の収賄金額がデカいということです。ここに一つのデータがあります。中国の小さな新聞社による局長クラスと課長クラス30名へのアンケート調査ですが、その結果、役人の収賄金額は一人当たりなんと1億3000万円ということでした。

日本でも役人の腐敗はあります。例えば、2年前に千葉市長が収賄疑惑で逮捕されたのですが、彼の収賄金額はたった100万円でした。ところが中国の場合は、日本円換算で一人当たり1億3000万円、そのスケールが大きいのです。中国は、国のスケールも大きいですが、腐敗のスケールも大きいのです。これが一つ目の特徴です。

もう一つの特徴は、腐敗幹部の殆どは愛人を持っていることです。これは、中国の監察当局の発表ですが、腐敗幹部の実に95%は愛人を持っているということでした。これは公式発表です。しかもそういう司法機関のトップ、あるいは主要幹部たちも今、腐敗に走っているのです。ですから、これは深刻な問題なのです。

いま国民の中で二つのジョークがはやっております。一つ目のジョークですが、腐敗の「腐」という文字に関してです。「腐」という文字は、上は政府の「府」、下は「肉」がついています。「肉」は昔の中国では高級食品でした。そして、昔は賄賂の手段として役人によく贈られました。ですからお役所「府」に「肉」がついたら必ず「腐る」、これが腐敗の「腐」という字の意味らしいのです。

ところが、先ほどご説明したとおり、現在における腐敗現象の特徴の一つはおカネであり、もう一つは女です。ですからこの腐敗の「腐」の字は、国民から見れば時代遅れだというのです。現在において、腐敗の二つの特徴を示すためには、腐敗の「腐」という字は、上は政府の「府」のままで良いのですが、下については、左はおカネ、右は女という文字で表すべきだ、という話があります。これが一つ目のジョークです。

それからもう一つのジョークですが、どういう年齢層の幹部が腐敗に走りやすいかということについて調べた結果、それは40代でした。40代といえば皆様が直ぐに想起されるのは、「論語」の言葉だと思います。「論語」によりますと、40歳は「不惑」の歳です。これを当てはめますと、腐敗幹部たちは40歳になると迷わずに「腐敗」する、迷わずに「汚職」するということになります。ですから今、中国国民の間では、「論語新解」というブラックジョーク、すなわち、「40歳は腐敗幹部にとっても不惑の歳だ」というジョークが流行っているのです。

今から21年前に、天安門事件が起きました。天安門事件は、100万人の国民たちが街に出て、政府に対して抗議行動を起こしたのです。その背景は、国民たちの共産党幹部の腐敗現象に対する不平・不満だったのです。

現在の胡錦濤政権が、こうした腐敗現象をどう根絶していくのか、また、根絶することができるかどうかによっては、ひいては共産党一党支配の正当性が問われることになると思います。

●2013年は要注意の年

2010年以降においては、場合によっては中国の経済成長が挫折することも有り得ると思います。若し挫折あるとすると、どういうタイミングでしょうか。私の個人的な見方ですが、2013年が要注意の年だと思います。

何故、2013年なのでしょうか。2013年は政権交代の年だからです。今の胡錦濤政権から次の政権に交代する、そういう可能性が高いのです。その政権交代が本当にスムーズに行われることができるかどうかは要注意です。

先ほど説明したとおり、中国経済は政変に弱いのです。政権交代の時には権力闘争が起き易いのです。そして、権力闘争が長期化すれば経済成長が挫折してしまうのです。ですから、私は、「中国経済にとって2013年が要注意の年だ」と思っております。

●2020年まで7%成長が可能

若し中国経済の成長が挫折するとすれば、それが一時的なものになるか、あるいは長期的なものになるか、これも大きな問題です。私の個人的な見方ですが、それは多分一時的なものにとどまる可能性が高いと思います。

その理由は次の三つです。まず、一つ目ですが、中国の工業化は、まだ未完の状態にあることです。全国的にみて、3割はまだ未完成なのです。

それから理由の二つ目ですが、中国では都市化も未完成の状態であることです。都市部人口は、昨年末時点で47%に過ぎません。即ち、農村部には未だ総人口の53%もの人が住んでおります。中国では、これからも都市化が更に進んでいくものと思います。

三つ目の理由ですが、それは中間層・富裕層の急増です。いま中国では中間層が急増しております。そして、これが中国の経済成長の原動力ともなっているのです。

これら三つの理由から、中国経済はたとえ一時的な沈没があっても、2020年まで、年平均7%の成長があるのではないかと、私は個人的にそう見ているのです。

●迫られる日本企業の戦略転換

残された時間があまりありませんので、日本企業の戦略転換の必要性について簡単に触れたいと思います。日本企業は、二つの戦略転換が必要だと思います。

その一つ目は海外戦略の転換です。日本企業の多くはこれまで、アメリカ中心の海外戦略を採ってきました。これが今、限界にきているのです。これからは新興国中心の戦略にシフトしなければならないと思います。これが一つ目のポイントです。

二つ目は、中国におけるビジネスの戦略転換です。これまで中国に進出している日系企業のパターンといえば二つのパターンでした。その一つは輸出志向型、つまり中国に進出してモノをつくって、アメリカ、ヨーロッパ、また日本に再輸出するというものです。即ち、中国を「世界の工場」として活用するというパターンです。ただ、そういうパターンを採っている日系企業は今、非常に苦しんでおります。中国の輸出は昨年▲16%でした。ですから輸出パターンを採っている日系企業は苦しんでおります。私は現地視察を、毎年数回ぐらい行っており、昨年も3回行きましたが、こうした企業が苦しんでいる状況を目の当たりにしました。

一方、私が調査したところ、中国において内需志向型の戦略を採用している日系企業は景気が良いのです。内需志向型戦略とは、中国に進出して、中国でモノをつくって、その製品を中国で販売する、即ち、中国という巨大市場を狙うというパターンです。

中国の輸出は今年、ある程度回復するでしょうが、しかし昔のような、毎年2割、3割のペースで急増することはまず期待できないと思います。ですからこれからは中国の内需、特に個人消費に焦点をあてる必要があります。ですから日本企業の二つ目の戦略転換ですが、「世界の工場としての活用」というよりも「中国の巨大市場を狙う」という戦略に転換するべきだということです。

●終りに:日本に必要な「親米睦中」外交戦略

最後に、日本の外交戦略について一言だけ申し上げたいと思います。今、実際に、三つの米中逆転が起きております。

その一つ目は、新車販売台数の米中逆転です。私が既に、ご説明したとおり、昨年、中国はアメリカより320万台多い、世界最大規模の新車販売台数を達成しました。中国は、そういう消費大国になったのです。これが一つ目です。

二つ目の米中逆転、それは日本の輸出構造における米中逆転です。昨年の日本からの輸出をみますと、中国向けは18.9%でしたが、アメリカ向けは16.1%でした。つまり中国向けの輸出は既に、単独でアメリカより2.8ポイント高くなっているのです。ということは、日本にとって最大の輸出先は現在ではアメリカではなく、中国なのです。ですから、日本の産業発展も景気動向も、中国市場抜きにしてはもう語れない状態になっているのです。

三つ目の米中逆転ですが、それは中国からの観光客です。日本に来る世界各国の観光客の中で、中国人観光客は既にアメリカ人を抜いている訳です。昨年、主要国からの観光客はすべてマイナス成長でしたが、中国からの観光客だけがプラスでした。日本において中国人観光客の重要性がますます増すわけです。ですから、如何に多くの中国人を日本に来てもらうか、そして日本国内で如何に消費してもらうかが、日本経済の活性化に繋がる問題です。

即ち、この三つの米中逆転の意味するところは、日本にとって中国はますます重要な市場となるということに他ならないのです。

これを踏まえますと、日本の外交戦略も、私なりの説明では「親米睦中」であるべきだと思います。「親米」は日米同盟のことです。日米同盟は確かに重要です。しかし、日米同盟だけでは物足りないのです。日本にとってアメリカ一辺倒はその国益を損なうことになります。日本にとって、中国もアジアも重要なのです。中国とも仲よく付き合わなければなりません。よって、「親米睦中」が、日本の国益に一番叶うと思います。本日は、この「親米睦中」というキーワードで、私の講演を終わらせていただきたいと思います。

長時間、ご清聴有難うございました。(拍手)

●質疑応答(敬称略)

●南委員長

沈先生、どうも大変興味深い内容について、分り易く、よく整理された形でお話しいただきまして本当に有難うございました。

まだまだお話を伺いたいところですが、取り敢えず、ここで皆様方がご質問、あるいはご感想を含めたご発言で、残された時間を活用したいと思います。まず竹中委員、如何でしょうか。

●竹中委員(前財団法人国民経済研究協会会長)

とても明解なお話を有難うございました。実は私が、最初に中国へ行きましたのは1977年で、まだ華国鋒さんの時代であり、「四人組」追放の直後でした。その時に北京で1週間ばかり集中講義をさせていただいたことがあります。

行った時に向こうの外国貿易省の方々に、「日本にはマルクス経済学者が沢山いるのに、どうして私なんかを呼ぶのか」と質問しましたら、「いやあ、日本のマル経の先生方はあまり日本経済をご存じないから」というお答えでしたが、、、(笑)。

その時に非常に驚きましたことは、中国では当時、未だ「自力更生」といっていたのですが、1週間にわたる集中講義をして、その質問がすべて「外資導入あるいは技術導入が、日本にどういう役割を果たしたか」とか、「技術導入の対価はどうして決めるのか」ということでした。街は「自力更生」のスローガンばかりで埋まっているのに、「おかしいな」と思っていましたら、その後やっと分ったのです。まだ華国鋒さんの時代で、ケ小平さんは復活していなかったのですが、既に水面下で彼は実権を半分以上握っていたのです。そして、「日本経済を調べろ」という指令を出していたということです。

それを聞きまして、「ああそうか」と納得しまたし、非常にびっくりもしました。それから1年半ほどして「改革・開放」が始まったものですから、なるほど中国はよく準備しているなと思って感心したという経過があるのです。

今日、沈先生から非常にいいお話を聞きまして、私も「その通りだ」と思うのですが、もう一つ、「私は素人なりにこう思うのだけれども、どうでしょうか」ということを伺いたいのです。それは、中国は非常に人材の層が厚いということです。

たまたま1ヵ月ほど前に、「ウォール・ストリート・ジャーナル」だと思うのですが、5年前にアメリカでPhDをとった中国人が2100人いたのですが、それに対して日本は130人だということが載っておりました。130人と2100人ですから、もうそれは人口の差以上に違ってきているのです。

もう一つ興味深かったのは、その2100人のうち、5年経って、まだアメリカに残っている人が92%もおられ、帰国している方は、僅かに8%であるということでした。一方、日本の場合は、33%が帰国しておりました。PhD取得者の多くがアメリカに残るということを聞きますと、日本人は、「やあ、これは頭脳流出ではないか」とか、ケチなことを色々と言うのですが、どうも中国の方と話しているとそうではなくて、「PhDを取って直ぐ帰ってきても大して役に立たないから、PhDをとった後の10年間は、そこで実務経験を積んでもらって、それから帰ってもらうのが一番役に立つ」というお考えのようです。

それからもう一つは、中国の方は「そのままアメリカに永住してくれても大歓迎だ」とおっしゃる傾向にあるということです。即ち、アメリカに永住してもらって、そこで色々な人脈、人的なネットワークが出来ますと、それが祖国のために非常に貢献してくれる――沈先生も日本にもうずっと定着なさっている――そういうふうに中国の方はどんどん外国へ出ていって、そこで定着されて祖国に貢献するというのは、中国とって大変な強みになるというお考えをお持ちの方が多いということです。

一方、アメリカの場合、中国と丁度正反対で、どんどん外国から人を受け入れることが強みになっております。一つだけ申し上げますと、私たまたま独立直後のウクライナへ行ったことがあるのですが、当時のアメリカ大使というのは、ウクライナご出身ですから、ネイティブにウクライナ語をお話になってどんどん現地社会へ入っていく様を目の当たりにいたしました。一方、日本の外務省には、ウクライナ語ができる人は残念ながら一人もいなくて、ノンキャリアの方2人が目下特訓中という状態です。

そういうふうにどんどん入れるのがアメリカの強みであり、一方、中国はどんどん外へ出ていくのが中国の強みだと、こういうふうに素人なりに思っております。今日お話に加えて、私はそういう中国の人材の層の厚さが、今後大変な力になってくると思っているのですが、どうでしょうか。

●沈

有難うございます。

中国でも、1978年までは政府の規制が物凄く厳しかったのです。当時は外国に留学生を派遣することは極めて稀でした。要するに、その時は未だ鎖国政策の時代でした。「改革・開放」は1978年です。中国政府が何故この「改革・開放」を決めたかといいますと、これは日本と大きく関係があるのです。私なりの説明をいたしますと、中国の「改革・開放」の原点はケ小平さんの日本訪問なのです。

その年、1978年10月ですが、ケ小平さんが日本に来たのです。ケ小平さんは若い時にフランスへの留学経験があったのですが、革命に参加したため、西側先進諸国訪問は1回もありませんでした。ですから主要先進国訪問は、1978年10月が、初めての経験でした。

ケ小平さんの来日には二つの目的がありました。一つは日中平和友好条約の批准です。これが一つの目的でした。

もう一つの目的は、ケ小平さんは、「近代化とはどういうものか」ということを自分の目で確認したいということでした。それまでは中国政府は、工業の近代化、農業の近代化、科学技術の近代化、国防の近代化と、「四つの近代化」を叫んでいました。ところが「近代化とは実際にどういうものか」といいますと、当時の中央執行部メンバーの頭の中では漠然としたイメージだったのです。ですからケ小平さんは、まず日本で近代化はどういうものかを自分の目で確認したかったのです。

それで、ケ小平さんは日本に来て、日産自動車、新日鉄、松下電器――今はパナソニックですが――これら日本の代表的な企業3社を見学したのです。そして日産自動車の見学で、ケ小平さんの感想を聞いたところ、「『近代化というものがどういうことか』私には漸く分かってきた」とおっしゃったのです。

それからもう一つ。来日の際に、ケ小平さんは新幹線にも乗りました。当時は、「のぞみ」号はまだありません、「ひかり」号です。そして、東京から京都にまいりました。新幹線に乗った途端、ケ小平さんはずっと黙って一言も喋りませんでした。ところが京都駅に着いて、記者に感想を聞かれたところ、彼は開口一番、「快!」(速い)と一言おっしゃったのです。中国の近代化もやはり新幹線のように速くしなければならないということです。

それでケ小平さんは、日本を見学して「近代化はどういうものか」ということを自分の目で確認されました。そして、中国の「改革・開放」を如何に進めていくべきかということを、頭で整理され、その結果、帰国後2ヵ月経った12月に、中国共産党3中全会が開かれまして、その3中全会で改革・開放政策が決定されたのです。

ですから日本での経験は、ケ小平さんにとっては大いに参考になったのです。ある意味では、中国の改革・開放の原点はケ小平さんの日本訪問だったのです。

さて、ご質問の中国の人材についてですが、1978年以降、中国政府は教育の機会を飛躍的に拡大させました。特に外国への留学生派遣ですが、これまでは非常に保守的にやっておりました。つまり外国に留学生を派遣すれば、もし何か起これば、これは国の威信にかかわる問題だと――大袈裟ですね――例えば、留学して中国に戻らず、その国に残ったとしますと、「裏切り者」と批判されたのです。

ところがケ小平さんは、日本の文部省に相当する教育機関である教育省に対して、「そういう問題を大袈裟にしないように!」という指示を出しました。「そうしたことが起きても大した問題ではない、中国は今後、先進国に大いに留学生を派遣すべきだ」とおっしゃったのです。「家に閉じこもっていてはダメだ、その国の人たちと大いにコミュニケーションして、社会勉強もして、それでいい知識、いい技術を身につける。これが中国に役立つ」と考えられたのです。

ですから、1978年から昨年末までの間に、中国から派遣された留学生の数は、公費留学生、私費留学生を含めて合計で170万人に達しております。そのうちの1/4は既に帰国しておりますが、残る3/4はまだ勉強中、あるいは外国で活躍している状況です。因みに私も現在、外国で働いています。

ですから、中国では、留学生に対しては、必ずしも帰国してもらう訳ではなく、「外国で活躍することも人脈を形成するから、結果的に中国にプラスになる」というスタンスを採っております。ですから中国のリーダーたちの子弟も大概は欧米留学経験者です。これが今、とても大きなパイプになっております。米中間のパイプは非常に太いものがありますが、これもやはり留学組の役割が大きいのです。

一方、留学から帰国された人たちも今、中国で活躍しております。現在の政府大臣の中でも4人が留学経験者です。更に大学の学長、研究機関のトップの7割は外国留学経験があるのです。そういう人たちが実際、今、中国国内で活躍して、それが中国で近代化を推進する原動力となっています。非常にいい結果をもたらしている訳です。

●岡 本委員代理(三菱商事株式会社顧問)

中国経済は、今や間違い無く世界を引っ張っている牽引車だと思うのですが、その持続可能性ということに関連をして二つお尋ねしたいと思います。

一つは、資源エネルギーとか水とか、経済の成長にとって欠かせないリソースというものが、経済の規模が大きくなってくる中で、ハイペースの成長と巧く折り合いをつけて賄っていけるのかという点について、どのようにご覧になっておられるのかということです。

それから先程、GDPパーキャピタが今後もどんどん上がっていくという見通しを伺いました。これは経済成長という面からは非常に喜ばしいことですが、一方では人件費が高騰するという一面を持っているかと思うのです。これが輸出産品に与える影響の他に、中国の国内市場においても、より安い人件費に支えられた製品が近隣から入ってくるという両面があろうかと思うのです。今後の中国の持続的な成長に対して、そういったことの影響の有無なり程度ということについて、どういうふうにお考えになっておられるか、お聞かせていただけたらと思います。

●沈

ご質問有難うございます。

まずエネルギー問題ですね。確かにおっしゃるとおり、水とエネルギー問題は今、中国経済成長のネックとなっております。中国はもともと、石油も石炭も純輸出国でした。ところが、まず石油が、93年から純輸入国に転落しました。石炭も純輸出国だったのですが、これもここ2〜3年で純輸入国に転落したのです。

石炭の昨年の輸入量ですが、1億数千万トンに達しております。そして、昨年の増加率は211%でした。という具合に、中国のエネルギー消費は物凄いものがあります。

私の表現、造語ですが「爆食」という言葉があります。私は、2006年1月に、時事通信社から1冊の本を出ました。そのタイトルは、『検証 中国爆食経済』でした。この「爆食」とはどういう意味かと申しますと、「必要以上にエネルギーや素材を大量消費していること」、これを「爆食」と言ったのです。

例えば2005年の時点では、中国のGDPは、世界全体の中で僅か5%でした。ところがエネルギー消費は世界全体の中で15%を占めております。特に石炭は31%、セメントは43%を占めております。つまり、中国が如何に「爆食」しているのかを裏付けております。但し、これは持続不可能な「爆食」成長型モデルであり、これを是正しないと、経済成長は持続できないのです。

逆に言いますと、中国におけるエネルギー効率は極端に悪いのです。1万ドルのGDPを創出するために中国で使われたエネルギー消費量は日本の約6倍です。ということは中国のエネルギー効率は日本の僅か1/6ですから、このままではやはり中国の経済成長の持続は不可能だということになります。

これについては、中国政府も今、危機感を持ち始めています。ですから成長方式の転換、つまり爆食型成長から省エネルギー型、節約型成長への方針転換を今やっているのです。 しかし、エネルギー消費量自体は今後も多分増加していくのです。何故かといいますと、中国において工業化は未完成の状態ですし、都市化も未完成の状態です。また、先程説明したとおり、中国における自動車の普及率は未だ6%です。これは日本の場合60%、アメリカでは80%です。ですから、そういうクルマ社会になるとエネルギー消費は急増するのです。

繰り返しになりますが、そうしたことでエネルギー消費は総量でみますと今後も増加していくのです。ですから今、中国政府の方針としては、単位GDP、つまりGDP1万ドルあたりのエネルギー消費量を下げるという方針を出しているのです。昨年末のCOP15という会議で中国は頑なに、総量規制、CO2総量排出削減を拒否いたしました。一方、単位GDPあたりCO2排出量削減については、2020年までに2005年比40〜45%削減することにOKしました。ただし、CO2総量での削減は拒否しております。

その理由については二つの問題があります。

一つは工業化が未完成であり、都市化も未完成だからです。それからもう一つは中国のエネルギー構造が石炭をメインとしているという問題です。中国におけるエネルギー消費のうち70%は石炭です。そして石油は18.5%で、残るは原子力、風力、それから水力発電です。そういうエネルギー消費構造から見れば、CO2総量での削減は難しいということかと思います。

ですから中国は今、「エネルギー効率を向上させたい」という強い思いがあります。エネルギー効率を高めていくという意味では日本企業の中国ビジネスチャンスが出てくるのです。 何故なら日本ではエネルギー効率が高いのです。しかし、これはもともと高かった訳ではないのです。実際、高度成長期の時代には、日本も今の中国と似たような「爆食」をしてきたのです。但し、石油危機が起き、大きなショックを受けて、日本企業はそこから省エネルギー技術の開発に注力してきたのです。

37年間にわたり、そういう努力を積み重ねた結果、日本の省エネルギー技術は現在では世界トップクラスに位置しております。ですからこれから中国とのビジネスにつきましては、エネルギーに関しては日本企業の出番が出てくると思います。つまり結論から言いますと、中国は、エネルギー効率を高めないと持続成長は不可能だということです。これが一つです。

それから人件費の件ですが、これもご指摘の通りです。

昨年3月、私が出張に行った時には、広東省では失業問題、雇用問題が深刻化しておりました。実際、数百万人もの人が失業していました。ところが昨年12月になりますと、広東省では逆に人手不足の問題が出て来ておりました。農村部に帰った人々は、元の給料水準ではなかなか戻らなくなってしまいました。この結果、人件費は上昇せざるを得なくなりました。現在、広東省一帯における人件費は、昨年同期比で10%から20%も上昇しています。

このようなことで、中国の沿海地域ではコスト上昇は避けられません。外資系企業の中には今、インド、バングラデシュ、ベトナム等に工場をシフトする動きも出始めております。一方で、同じ中国においても、沿海地域から内陸地域にシフトする、そういう動きも出てきております。沿海地域では、人件費問題で限界がきているところもありますが、内陸地域は成長する力を未だ持っているのです。

中国において人件費上昇は多分避けられないと思います。しかし、中国は広いですから、それでも全体では成長する余地が未だあると考えております。

●増田達夫委員(名古屋商科大学大学院教授)

名古屋商科大学の増田と申します。有難うございました。

短い質問ですが、たとえば今、カザフスタンからの石油ですとか、トルクメニスタンからの天然ガスが、パイプラインを通じて中国にきていますが、テロリストによる一過性の攻撃ではなくて、何か内乱とかで、長期間にわたって、そうしたエネルギーの輸送が止まった場合、可能性として、例えば人民解放軍を派遣してそれを掃討するようなオプションがあるのでしょうか。先生の直感としては如何にお思いでしょうか。

●沈

ご質問有難うございます。実は、中国政府は、そういう法律を現在、準備しております。これは、エネルギー確保を目的として、そういうエネルギー施設に人民解放軍が介入できることを内容とする法律案です。エネルギーの安定確保は、国家の安全保障問題にかかわる問題だからです。

但し、これはあくまで中国国内で問題が起きた場合です。例えば、カザフスタンでテロが起きても、中国がカザフスタンに軍隊を派遣することはまず無いと思います。

●南委員長

沈先生、有難うございました。まだまだお話を伺いたいのですが、残念ながら時間になりましたので、このへんで議論を終えたいと思います。

沈先生には、大変ご多忙な中をお越しいただき、お聞きいただいたように、大変貴重な興味深いお話を聞かせていただきまして、時間が足りなかったのが残念だと言う位でした。本当に有難うございました。今後は、多摩大学に限らず様々な場で、日本人の教育も含めてやっていただき、今日のような視点から色々とアドバイスをいただければと思っております。(拍手)

以上で本日の月例委員会を終了させていただきます。

                               以 上