《次のレポ-ト レポートリストへ戻る 前回のレポート≫

【中国経済レポ-ト】
【中国経済レポ-ト】
沈教授インタビュー:急成長する中国と米国の対立は多発するが、対決には至らない

多摩大学教授 沈 才彬

(《経済界》誌2010年2月23日号)

  • 民主主義のコストが要らない一党支配の強み
  • グーグル問題にマイクロソフトやIBMは同調せず ●民主主義のコストが要らない一党支配の強み

    --中国経済がV字回復を遂げました。

    沈 長引く世界的不況の中で中国がいち早く景気回復を果たしました。今年の経済成長率も9%台は確実です。個人的には、10%台もあり得ると思っています。

     これは、中国の大型景気対策の効果の現れです。08年9月15日にリーマン・ショックが起こりましたが、次の日には金融緩和を断行。年末には約57兆円(当時のレート換算)という大型景気対策を打ち出しています。この政策転換を決断した早さが、早期回復につながったのです。これこそ、共産党1党支配の強みです。

     過去の歴史を見ても、中国は政変に弱く、外部危機に強いことが証明されてします。

     例えば、アジア通貨危機の際もアセアン諸国や日本、韓国は、軒並みマイナス成長でしたが、中国だけは前年比7・8%の成長率を果たしています。その後のロシア危機、米国ITバブル崩壊の時もしかりです。民主主義ですと議会で図ることで、決定、発動までのプロセスに時間が必要となります。中国は、そうした民主主義的なコストを払わずに済むのです。

    --構造的な変化とは具体的にどのようなものだったのですか。

    沈 大きく変わったのは、それまで輸出主導型経済成長モデルだったのが、内需主導型経済成長モデルへと移りつつあることです。昨年は、世界的不況の影響から輸出部門は大幅に減少しました。そこで、政府は企業への減税措置や大型公共事業といった内需拡大政策をとりました。

     その結果、インフラ投資や設備投資などを指す固定資産投資は、前年比30%増となり、個人消費を示す社会消費小売総額についても、前年比約16%増を記録しました。投資と消費の牽引により、V字回復を果たしたのです。

    --中国の景気回復で日本にも影響はありますか。

    沈 日本企業は、それまで中国の豊富で低廉な労働力を目的に、生産拠点として活用していました。ところが、これだけ個人消費力が上がれば、中国を市場として捉えた内需志向型に変えるべきでしょう。今こそ、日本企業は、対中ビジネス戦略を転換すべきです。

     なかでも、自動車・住宅分野は今や世界的にも最大の市場で、経済への波及効果が絶大です。

     中国では、毎年、2000万人が、仕事を求めて農村部から都市部へ移動します。当然、住宅が必要となりますが、充足しているとはいえません。自動車に至っては、多くの部品企業が必要ですし、自動車増加による渋滞緩和のための道路整備も不可欠です。

     すでに、中国の自動車販売台数は世界1位となりました。ですが、自動車の普及率で言うと米国80%、日本60%に対して中国はいまだに6%台で、確実に成長過程にあります。各国の経験則によれば、一国の1人当たりGDPが3000ドルを突破するとモータリゼーションが起こります。08年、中国も3000ドル大台に乗りましたので、09年の新車販売台数は前年比46%増という爆発的な伸びを見せました。

    --中国経済に弱みはないのですか。

    沈 金融緩和の影響により、銀行貸出額が急増しています。09年は、約10兆元(約130兆円)に達しました。しかも、そのお金が、公共投資だけでなく、不動産にも流れたことで住宅バブルが起きています。米国や日本のようなバブル崩壊を危惧し、中国人民銀行は、市中銀行の預金準備率を引き上げ、過剰な資金流動を抑制しています。

     一方では、大型景気対策による過剰生産が問題となっています。例えば、粗鋼生産については、各国が減産している傍ら、中国は13・5%も増産しています。これは世界の5割弱の生産量に値します。この過剰生産が、今後、対欧米との貿易摩擦に発展することは間違いありません。加えて、人民元の切り上げ要求も本格化するでしょう。だからといって、生産調整をすれば失業者が増え、雇用問題が出てきます。政府は、難しい舵取りが迫られるでしょう。

    ●グーグル問題にマイクロソフトやIBMは同調せず

    --グーグルの問題も関係あるのですか。 沈 今年は、米国との貿易摩擦は多発することが予想されます。オバマ大統領の一般教書演説でも「輸出倍増」を名言しつつ、「米国が、世界2位に転落することは受け入れられない」と強烈に中国を意識しています。対中貿易も巨額な赤字ですし、益々プレッシャーは強まることでしょう。

       そうした中でのグーグル問題です。同じ、IT企業でもマイクロソフトやIBMが同調していないこともあり、米国政府とグーグルとの間で何らかの取引があったのではと勘ぐられても仕方がないですね。ただ、この問題で中国が譲歩することは考えられません。共産主義下での情報統制は、国の根幹ですから。それは、米国も、承知の上で言っているのです。あくまでも、中国側に対する圧力なのです。

     一方で、中国と米国は実に深い関係にあります。貿易額も3000億ドルを超える勢いで伸びています。それだけ重要な貿易国ですし、対立はあっても対決までには発展しません。

    --どこかに落とし穴があると思うのですが。

    沈 中国は外部危機には強いですが、内向きには大きな火種を抱えています。1つは、共産党幹部の腐敗です。国民も役人などの不正腐敗に対し、批判を強めています。

     2つ目は、格差問題です。改革・開放政策により、目覚しい経済発展を遂げたことで、貧富の格差が生まれました。沿岸部中心に発展したことで、沿岸部と内陸部、都市部と農村部、富裕層と貧困層といった格差が起こっています。この2つが、中国の2大時限爆弾と言われています。

    ●略歴 1944年中国江蘇省生まれ。81年中国社会科学院大学院修士課程修了。同大学院講師、助教授、東京大学、早稲田大学、お茶の水女子大学、一橋大学などの客員研究員を歴任。93年三井物産戦略研究所主任研究員。01年から同研究所中国経済センター長。08年4月から現職。近著に『中国経済の真実-上海万博後の七つの不安』(アートディズ)など。