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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
2020年に中国人1000万人が日本を訪れる

多摩大学教授 沈 才彬
《エコノミスト》誌臨時増刊2009年10月12日号

  • 3つの「米中逆転」が意味すること
  • 急増する中間層・富裕層
  • 中国人の海外観光ブームのチャンスを逃すな
  • 新人類「80后」が中国の消費を左右する
  •   金融危機の影響で日米欧先進国の景気低迷が続くなか、中国経済は成長のスピードが減速しているものの、巨大市場の存在感は逆に増大している。日本経済の「中国頼み」傾向が一層強まり、新車販売の米中逆転、日本の輸出構造における米中逆転、来日外国人数の米中逆転という3つの米中逆転がその具体的な表れといえる。

    特に、国民の豊かさの実現によって2020年には、中国人の海外渡航者数は2億人を突破し、日本を訪れる中国人も1000万人にのぼる見通しだ。これは日本の国内消費と雇用の拡大につながるのみならず、地域経済の活性化にも大きなインパクトを与えることになる。

    ●3つの「米中逆転」が意味すること

     09年に3つの「米中逆転」が起きている。

     まずは、自動車新車販売台数の「米中逆転」だ。3月111万台、4月115万台、5月112万台、6月114万台、7月108万台と、中国の新車販売台数は5カ月連続で100万台を突破している。国際比較では、中国は今年1月から7月まで連続7カ月で米国を上回り、1〜7月の累計では前年同期比23.4%増の718万台にのぼり、アメリカの580万台(33%減)より138万台も多い。ちなみに、日本の1〜7月期の新車販売台数は前年同期比19.8%減の261.7万台となり、中国の3分の1強に過ぎない。

     09年の世界の新車販売は08年に比べ14%減の5500万台程度になる見通しであるのに対し、中国は17%増の1100万台を超えて、世界最大になるのが確実視されている。言い換えれば、5台のうち1台の新車が中国を走っている。

     販売台数は世界一とは言え、普及率で見た場合、米国の100人に80台、日本の100人に60台に比べ、中国は100人に5台という低い水準にとどまっている。自動車市場のさらなる拡大の余地が十分にあることが明らかであり、中国の巨大市場をめぐる日米欧自動車メーカーの争奪戦が熾烈さをますます増している。

     2つ目は日本の輸出構造における「米中逆転」である。財務省の貿易統計によれば、09年2月から7月まで6カ月連続で、中国(香港を含まず)向けの輸出が米国向けを上回る(図1)。1〜7月の累計で中国向けは5兆3876億円となり、アメリカ向けの4兆6302億円より7574億円多い。日本の輸出全体に占める中国の割合は、18.7%にのぼり、米国の16%より2.7ポイント多い。中国は単独で米国に代わって、日本の最大の輸出先となっているのだ。

     香港を含む中国向けの日本の輸出は、07年と08年、すでに2年連続で米国向けの輸出を上回っている。しかし、香港を含まず、中国単独で米国を抜くのは今年上半期が初めてだ。09年通年も中国向け輸出が米国をしのぐ確率が高い。この米中逆転は財務省の貿易統計開始以来の初となり、日本の貿易史においても画期的な意味を持つ出来事といえよう。

     3つ目は日本を訪れる外国人の国別割合は中国が米国を上回るという米中逆転だ。07年に日本を訪れた中国人は94万人で、米国人の81万人を上回り、初めて米中逆転した。08年は中国100万人、米国人76万人で、米中間のギャップが拡大した。09年1〜7月は中国54万人、米国人40万人で米中逆転が常態化している。

     この3つの「米中逆転」の背景に共通するものは中国市場の巨大化である。中国市場を抜きにして日本の景気動向も産業の発展も語れない現実がある。

    ●急増する中間層・富裕層

     中国市場の巨大化はある程度国民の豊かさが実現した結果と言える。

     08年、中国の1人当たりGDPは既に3000jの大台を突破し、3266jに達した。13年に5000jを突破し、20年に1万jに迫る見通しである。国民所得の急増は、確実に市場規模の拡大につながる。鉄鋼、家電、携帯電話、ビール、自動車新車販売など多くの消費分野では、中国は既に世界最大規模となっている。13億の中国人は今、世界工場の「作り手」から巨大市場の「担い手」へ変身しつつある。

     高度成長に伴い、中国の中間層、富裕層が急増している。中間層の基準について、さまざまな説があり、定まった概念がない。07年中国の政府高官の発言によれば、日本円換算で年収100万円以上800万円以下の人たちは中間層と言い、その人口数は8000万人にのぼるという。

     年収100万円といえば、日本では貧困層のレベルで、中間層とは言えない。しかし、中国では物価が安いため、日本の感覚でいえば6倍の600万円に相当すると言っていい。いま中国では、年収600万円以上の人たちがおそらく1億人を突破したであろう。しかも、毎年急増しているのだ。

     世帯単位で見た場合、その数はもっと多い。経済産業省がまとめた2009年版『通商白書』によれば、世帯可処分所得が年間5001j以上3万5000j以下の中間層が、08年時点で中国が4億4千万人にのぼるという。この人口数は日本の総人口の4倍弱に相当する。

     富裕層の人口も急増している。米金融大手メリルリンチとフランスの調査会社キャップジェミニは、持ち家を除く金融資産を100万j以上持つ人を富裕層と定義している。両社の共同調査によれば、金融危機の影響で、世界の富裕層人口は08年に前年比15%減、保有資産は約2割減ったなか、中国は36万4000人で米国、日本、ドイツに次ぐ第4位に浮上し、前年第4位だった英国を抜いた。経済成長の持続によって、中国の中間層・富裕層人口はさらに増えることは間違いない。

    ●中国人の海外観光ブームのチャンスを逃すな

     ますます豊かになる中国人がレジャーや海外旅行などを楽しむ傾向は近年、鮮明になっている。ここ10年、中国人の海外渡航者数は年平均約20%増の勢いで急増している。00年の出国者数は、わずか842万人だったが、08年には4584万人に増え、日本の1599万人をはるかに上回る。10年も経たないうちに4.4倍も増えたのである。

     09年1〜5月、日本の観光業は世界的な不況、円高、新型インフルエンザなど三重苦の逆風を受け、訪日旅行者が激減している。政府観光庁の統計によれば、訪日観光客数は前年同期比26.9%減少となり、韓国(48.9%減)をはじめ主要国はすべて減少している。そんななか、唯一前年を上回っているのが中国人だ。金融危機の影響で経済成長のスピードは減速しているものの、富を蓄えたセレブたちの海外旅行ブームは衰えない。

     より多くの中国人観光客を日本に誘致し、日本国内で日本商品を消費してもらうことは、日本の需要拡大と地域経済の活性化につながる。

     日本は少子高齢化社会に入り、人口減少に伴う市場の縮小が避けられない。日本企業は、国内需要だけではもう飯が食えないという厳しい現実に直面している。国内需要の縮小を補うために、中国をはじめ新興国市場の開拓が不可欠である。これは輸出拡大の意味だけではなく、外国人観光客の誘致も含まれる。

     観光庁の資料によれば、観光目的で短期来日する外国人観光客は1人1回当たりの消費額が18万円にのぼる。日本に住む人たちの1人当たり年間消費額は121万円だから、訪日外国人旅行者7人分の消費金額が定住人口1人分に相当する計算になる。人口が減少しても、7人の外国人が日本へ観光に訪れれば、定住者1人の消費減少分を補うことができる。人口減少社会における国内消費の減少を下支える効果がある。

     筆者は08年7月から09年3月まで、国土交通省の「観光立国推進戦略会議」ワーキンググループ委員を務め、日本の観光立国戦略の策定にかかわってきた。この戦略によれば、2020年までに外国人観光客を07年の835万人から2.4倍増の2000万人に増やすことを目標とし、「第二の開国」ともいえる開かれた社会構造の実現を目指している。仮にこの目標を達成すれば、4.3兆円の需要と39万人の直接雇用を創出できる。波及効果を考えると、需要と雇用の創出はもっと大きくなるはずだ。

     この2000万人外国人観光客のうち、600万人は中国人を想定しており、中国人観光客の誘致実現が日本の観光立国戦略の成否のカギとなっている。筆者は、600万人という数字は低すぎると考えている。独自に試算したところ1000万人に達するとみている。

     仮に過去10年間の年平均伸び率(約20%増)をベースに計算すれば、2020年の中国の海外渡航者数は3億人を超える。かなり控えめに計算しても2億人突破は間違いないだろう。そのうち4%が訪日すれば、800万人に達する。本土の中国人のほか、香港・マカオから来る中国人100万人を加えれば900万人になる。また、08年に在日中国人は60万人にのぼり、20年に100万人を突破する見通しである。これを加算すれば、1000万人の中国人が日本を訪問・定住する計算になる。

     ただし、1000万人の数字を実現するには前提条件がある。中国に対する入国ビザの規制緩和だ。

     08年、中国人の訪日人数は前年比6・2%増で100万人の大台を突破した。しかし、この年の中国の出国者人数は4584万人で、来日比率はわずか2.2%に過ぎない。これは日本の厳しい入国規制に関係がある。

     日本が中国人観光客を受け入れ始めたのは9年前の00年のことだ。最初は北京、上海、広東省など地域限定の団体旅行を受け入れ、その後、逐次、全国に拡大していった。09年7月からようやく個人旅行を解禁したが、対象は年収20万元(約300万円)以上の富裕層に限定されている。

     現在、日本は台湾、香港、韓国、豪州など近隣諸国・地域に対しては期間限定のビザなしの入国を認めている。中国も05年から日本に対し、2週間限定でビザなしの短期入国を認めている。しかし、日本は中国に対し、ビザなし渡航を認めていない。

     仮に日本が中国と同じような措置をとれば、前述した20年、800万人の数字を軽く上回るだろう。韓国、台湾、香港の訪日観光客数と比較して考えてみよう。韓国の人口は4800万人、台湾は2300万人、香港は720万人である。08年訪日外客数は韓国238万人、台湾139万人、香港55万人で、それぞれ総人口の5%、6%、7.6%を占める。それに対し、中国人の訪日観光客数は100万人、総人口に占める割合はわずか0.075%しかない。20年に中国の総人口は14億人を突破し、1人あたりの国民所得水準が今の韓国、台湾に近づく。仮に日本が中国に対し、韓国、台湾と同じような入国政策を取った場合、総人口の1%が訪日すれば、それは1400万人という膨大な数字になる。

     1000万人の中国人訪日が実現すれば、どれほどの経済効果がもたらされるだろうか?筆者の試算によれば、2.2兆円の需要と20万人の直接雇用を創出できる。波及効果を考えると、実際の経済効果はもっと大きいと思う。

     もちろん、ビザなしならば、観光目的で訪日する中国人が失踪して不法滞在者が増える可能性は確かにある。しかし、心配するだけでは問題の解決にはならない。いま必要なのは、国・地方自治体、民間企業という三位一体の協力体制および「第二の開国」という変革の意識の共有である。政府は決断すれば、対応策はいくらでも打ち出せるはずだ。当然、そのための予算増額、警察を含む担当者の増員も必要である。

     観光立国戦略といえば、中国の経験が日本の参考になる。78年、ケ小平氏は中国の観光振興策に力を入れようと呼びかけ、00年に1000万人の海外観光客を誘致するという目標を打ち出した。78年の訪中観光客数はわずか71万人という現実を考えれば、スケールが大きい戦略目標と言わざるを得ない。

     ケ小平氏の大号令の下で、中央と地方が力を合わせて観光振興事業に取り組んだ結果、わずか10年間で1000万人計画を実現できた。87年、訪中観光客数は1076万人にのぼった。その後も海外からの観光客が急増を続け、94年に2000万人、00年に3000万人、04年に4000万人、07年に5000万人を突破し、5472万人に達した。観光立国戦略策定の78年に比べれば、77倍増という驚異的な数字だった。いま日本に欠けているのは、まさにケ小平氏のような改革・開放の決断と迫力である。

      ●新人類「80后」が中国の消費を左右する

     日本政府観光局の統計によれば、訪日外国人のうち、中国人は食事より土産に金を使う傾向があり、買い物に使われる金額は平均8万円弱と最も高く、外国人平均の1.7倍にのぼる。

     東京・銀座の百貨店では、観光で日本を訪れた中国人の買い者客で賑わっている場面をしばしば目にする。そのなかで、銀聯カードという中国のクレジットカードを使ってブランド商品をためらうことなく買いまくる20代の若者たちの姿が目立つ。

     20代の若者は中国では「80后」(バーリンホー)と呼ばれる。つまり80年以降に生まれた人たちのことである。09年現在、「80后」の世代は2億人以上に達する。80后の購買力の増加が今後の中国の消費動向を左右し、巨大市場を支えるメーンの世代になることは明白である。

     では80后の若者たちはいったいどんな特徴を持ち、また、どんな消費パターンを持つだろうか。まず、80后たちは改革・開放後に生まれ、高度成長とともに育ってきた点だ。そのため、彼らは何の苦労もせずに経済成長の恩恵を享受しており、金銭感覚も開放的である。

     第2に、教育レベルが高く、それまでの世代に比べれば、大卒の比率が非常に高い。多くの80后は外国留学経験、海外渡航経験があるのでグローバル時代になじみやすく、国際的視野に富む。

     また、80后は大学進学前に、インターネットがすでに普及してたため、ある意味ではネットに依存して生きている世代ともいえる。イデオロギーにとらわれず、観念ではなく、自由な発想を持ち、ネット空間では過激な発言も控えず時々世間を騒がせる。

     第3に、80后は「1人っ子政策」の産物である。「小皇帝」として、親に寵愛されて育った結果、80后の多くは「甘えっ子」の特徴を持つ。プレッシャーに弱く、自立心と忍耐力に欠ける。

     第4に、結婚適齢期を迎える80后は今、大衆消費時代の主役となっている。彼らの好みは、中国の消費市場のみならず日本を含む各国の消費動向も大きく左右する。

     中国ではいま、80后の若い消費者を対象に「月光族」「日光族」という呼び名を付けることが流行っている。呼び名の由来がなかなかおもしろい。「月光族」とは、毎月の給料をその月のうちに使い切ってしまう若者たちのことを表現した呼び名だ。

     将来のための貯蓄もせず、毎月の給料をその月にきれいさっぱり使い切れる消費者が出てきたことは、大きな変化といっていいだろう。消費社会にどっぷりと飲み込まれてしまったという見方もできるが、一方で将来にわたって安定した職業と収入が得られるという安心感があるからこその消費行動だと受け取ることもできる。

     対して「日光族」は、1カ月の収入を30日に等分し、1日分の収入を使い切ってしまう若い消費者たちのことを指す。

     中国では1人っ子政策のため、都市部の家庭ではほとんどが1人っ子だ。子どもが1人であれば、両親もその子どもだけにお金をかけることができる。仮に「月光族」や「日光族」が給料を早めに使い切ってしまったとしても、彼らの両親には不足分を負担してあげることができるぐらいの経済的余裕があるのだ。つまり「月光族」や「日光族」が増加する背景には、「家族」の存在が大きい。食事からローン返済まで家計が実家と緊密に連結しており、80后の可処分所得は意外に多い。80后の消費力は家族の「連結決算」で見ないと、実像が浮かび上がらない。

     中国では消費することを楽しむ中間層や富裕層が急増してきており、中国の消費市場は飛躍的に成長し始めている。「月光族」や「日光族」の存在がまさしく、こうした消費市場の形成を象徴する存在だといっていいだろう。

     要するに、80后は中国の消費市場の中心を担う世代となっており、日本企業は彼らの動向を無視することができない。中国市場を制すためには、まず80后を理解する必要がある。また、数多くの80后の若者たちが訪日すれば、国民レベルの日中交流が促進され、中国国民の日本に対する理解も深まるだろう。