《次のレポ−ト
レポートリストへ戻る
前回のレポート≫
【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
沈才彬講演抄録:「金融危機に襲われる中国経済の行方」
《交詢雑誌》2009年7月20日号
(本稿は平成二十一年五月十五日(金)開催の交詢社常例午餐会における講演要旨である)
●はじめに
私が交詢社で講演をするのは、今日は三回目ですが、ちょうど十年前の一回目の自己紹介の時に、私は、娘と親子二代、交詢社の創設者である福澤諭吉先生とは二つの「えん」がある、と申し上げました。
一つの「えん」は「縁」です。私が中国の社会科学院大学院を出てから最初に発表した論文は、福澤諭吉先生に関する研究でした。しかも私が最も尊敬する日本人が福澤諭吉先生ですから、いつも尊敬の念を持っております。私の娘は、十年前にはまだ日本の大学に入学して三年生でしたが、やはり福澤諭吉先生とは「えん」があります。ただし、「縁」ではなく「円」です(笑)。つまり、いつも私に対して、「一万円札が欲しい。福澤諭吉先生は大好きだ」と言うのです。ですから、娘と私とは全然違います。そういう挨拶をしましたが、十年たって、今、娘はどうなっているか。一応、日本の大学を出て、日系企業に就職をしているのですが、少しお父さんのほうに近づいている感じがします。つまり、福澤諭吉先生の学問的、人格的、文化的、教育的に偉大なる貢献に対して、非常に尊敬するようになりました。
今日、いただいたテーマは、「金融危機に襲われる中国経済の行方」です。今、どういう状態になっているか。実は私は四月の上旬に中国へ出張しました。上海、寧波、深せん、広東省の省都である広州、この四つのところへ出張に行きましたので、その現地出張の結果を踏まえた報告をさせていただきたいと思います。
今、中国経済はどういう状況になっているか。これからの見通しはどうなるか。アメリカ発の金融危機にどういう影響を受けているか。中国経済はこれから沈没するというシナリオがあるかどうか。もしあるとすれば、どういうタイミングで沈没するか。日本企業のこれからの海外戦略はどういう転換が必要なのか。これらの問題につき、あくまでも私の個人的な意見ですが、この場を借りて述べさせていただきたいと思います。
●水半分のガラスのコップのような中国経済
まず、中国経済の現状につきましては、私の手元にあるガラスのコップの水が、今、飲んで半分になりましたが、水が半分しか残っていない。中国経済はまさにそういうコップのような存在です。これはどういうことかといいますと、中国経済は二〇〇七年がピークです。成長率は一三%でした。ところが、昨年の第4四半期は、なんと六・八%。今年の第1四半期は、六・一%。成長率で言えば、今、ピークの時の半分ぐらいに下落しました(図一を参照)。ちょうどコップの水のように、上の半分が空いているわけです。
ただし、日・米・欧というほかの国は全部、マイナスですから(図二を参照)、半分あるのはまだいいということで、楽観論者は、「中国経済は大丈夫だ」と言って、水のある下の半分に注目している。ところが、悲観論者は、「中国経済は大変だ」と言って、空きになっている上の半分に注目している。
この二つの論調は、いずれも一理あるのですが、いずれも部分的な見方で、全体像が見えてこない。われわれが中国経済を見る時には、コップ全体としてとらえなければなりません。
つまり、上の半分は確かに空きになっている。これは中国経済の厳しさを示す部分です。下の半分はまだ水が残っている。これは中国経済の強さを示す部分だと思います。従って、水が半分しか残っていないガラスのコップのような存在、これが今の中国経済の全体像です。
次にコップの上の半分と下の半分、それぞれを具体的に説明させていただきます。
●アメリカ発金融危機による中国経済への影響 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●これからの懸材料念 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●「政変」に弱いが、外部危機には強い中国経済 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●奥が深い中国経済 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●活気が戻りつつある中国の三つの市場 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●上海万博以降は要注意の時期 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●2013年は節目の年 (詳細は《交詢雑誌》2009年7月20日号をご参照ください)
●迫られる日本企業の戦略転換
最後に簡単に一言、これからの日本の海外戦略の転換で何が問題か。
これまでの日本企業の海外戦略の中心は、アメリカ依存、欧米依存であったわけです。
しかし、今度の金融危機で一番打撃を受けているのは、実際、アメリカとヨーロッパに進出している日本企業です。従って、これから戦略の転換が迫られている。つまり、アメリカ中心から、新興国中心へという構造的な転換が必要です。
もう一つの転換は、中国に進出している日系企業は、大きく分けると二つのパターンがあります。一つは中国を世界の工場として活用する輸出志向型。もう一つは中国の内需を市場として活用する内需志向型。
今、輸出志向型の日系企業は景気が悪い。ところが、内需志向型の日本企業は景気がいい。従って、もう一つの転換は、中国に進出する日系企業の戦略は、やはり輸出志向から内需志向にシフトしなければならない。これが日本の戦略転換です。
●21世紀の日中関係のキーワードは「日中融合」
時間になりましたので、最後にキーワードとして申しますと、七十年代、八十年代は「日中友好」の時代があって、その次に、九〇年代はODAに象徴される「日中協力」の時代になったわけですが、二十一世紀は「日中融合」の時代に入る。「友好」よりさらに一段上の段階です。
日中経済はもう既に互いにビルトインされている相互依存、相互補完の関係になっているので、これからの時代の日中関係のキーワードは、「日中融合」です。
今日は「日中融合」というキーワードをもって、私の講演を終わらせていただきたいと思います。
長時間、ご清聴をどうもありがとうございました。(拍手)
●鳥居理事長のコメント
沈先生、中国の経済につきまして、われわれの頭を整理するために、大変、役に立つお話を聞かせてくださいまして、ありがとうございました。
二〇一三年は政権交代が予定されるわけですが、またそこでおかしなことが起こらないことを祈るばかりでございます。考えてみますと、一九七〇年代からアジアにはいろいろな政変が起こりました。実は私はその政変のほとんどを、現地で体験しました。マルコスの失脚から始まって、朴正煕の暗殺も全部、その日はそこにおりましたし、「天安門」の時も北京におりました。そんなわけで、二〇一三年はなるべく北京には近づかないようにして(笑)、お邪魔をしないようにしようと思っております。
きょうは本当にどうもありがとうございました。ますますのご活躍を。(拍手)
●〈講演者の紹介〉
沈 才彬(しん さいひん) 多摩大学経営情報学部教授 同研究科教授 一九四四年中国江蘇省生まれ。八一年中国社会科学院大学院修士課程(日本経済史)修了。東京大学、早稲田大学、一橋大学等の客員研究員を経て、三井物産戦略研究所主任研究員、同中国経済センター長を歴任後、二〇〇八年より現職。主な兼職は国土交通省観光立国推進戦略会議WG委員。著書『中国爆食経済』(時事通信社)、『今の中国がわかる本』(三笠書房)、『中国沈没』(三笠書房)他多数。