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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
中国市場に再び舵を切れ!―沈才彬・多摩大学教授に聞く―

《フォーブス(日本語版)》誌2009年8月号

中国は8%成長を確保すべく、さまざまな政策を総動員し果敢に動いている。浮かび上がってくるのは、外部環境の変化には強い「一党独裁下の資本主義」という中国経済の特徴だ。内需シフトを成長エンジンにしようとする中国の今と、新たなフロンティアに照準を定めた日本企業の対応に迫る!
●外部危機には強さを発揮する一党独裁下の資本主義

中国経済はいまなぜ強いのか。「その謎を解くカギは、中国独自の政治経済体制にある」と語るのは多摩大学の沈才彬教授だ。同教授は、中国は外部環境の変化に極めて強い構造があると言う。

●外部危機には迅速に対応

 政治体制がしっかり固まっているときの中国は強い。例えば、リーマン・ショックが起こったのが08年9月15日のことだが、翌16日にはすぐさま政策の大転換を行ない、金利を引き下げた。同時に、それまでインフレ懸念から引き締めを続けていた全中国の金融機関はいっせいに貸出の総量規制撤廃など金融緩和に舵を切ったのだ。

 迅速な対応には前例がある。97年のアジア通貨危機のときだ。当時の朱鎔基筆頭副首相は、@元切り下げは行わないことを内外に公約する、A大規模なインフラ投資を行う、B金融機関に巨額の資本注入を行うと同時に金融機関の不良債権買い取りなどを断行した。この結果、中国はアジア通貨危機の余波をほとんど受けず乗り切った。

 「いま欧米諸国の政府が行っている経済対策は、10年前に朱鎔基さんが行ったことと基本的内容はまったく同じ」(沈教授)

 一党独裁下にある中国では、党中央の決断はすぐに実行される。反対する勢力を、時間をかけ説得するといった「民主主義のコスト」は払わずにすむのである。

 沈教授は一方で、「中国は、政変に弱い国」と指摘する。中国は1949年の建国以来、何度かマイナス成長や大幅な成長鈍化に陥った時期があるが、「すべて政変に絡んでいる」(沈教授)という。

 67、68年のマイナス成長は文化大革命、76年のマイナス成長はケ小平の失脚と毛沢東の死去、そして89年の失速は天安門事件といったトップやそれに近い要人の失脚などと重なる。

 「共産党のトップ、あるいは主要幹部が失脚すると、中央から地方まで全国的に党の幹部は大異動となります。当然政治的な混乱が起こり、経済停滞につながる」(沈教授)

 現在の中国の景気が底割れするとすれば、政変が起こる場合だが、「金融危機に迅速に対応した胡錦濤政権に対する支持率は高まっており、この点からも当面、中国経済が崩れる可能性は少ない」と沈教授は見る。

●中国の景気回復は日本の好機

 中国経済が好調さを維持していくとすれば、日本企業にもチャンスが巡ってくる。「日本企業には3つの可能性がある」と沈教授は語る。一つは、日本の省エネ・環境技術だ。エネルギー多消費型の中国経済は、日本に比べエネルギー効率は6分の1という。この『爆食経済』に歯止めをかけるにはどうしても日本の省エネ・環境技術が欠かせない。

 第2に、都市人口が急増している。「農村部から都市部に毎年2000万人の人口移動が続いている」(沈教授)。これに伴い、車や住宅および家電製品などの耐久消費財需要が発生する。

 第3に中間・富裕層の拡大である。都市部を中心に年収100万円以上の中間・富裕層はすでに1億人弱に達している。衣類や食品関連を含め、この分野も日本企業にとってはビジネス・チャンスとなる。日本の最大の輸出先が中国だけに、中国の景気回復は、日本の景気回復につながる。

 もちろん中国の現状は決して手放しで楽観できない面もある。「都市部に出稼ぎに来ていた農民工約2000万人の失業問題はまだ解決されていない」という。

 だが、「日本企業の戦略転換を迫っていることは明らか」と沈教授は強調し、「従来の欧米中心から中国を含む新興国中心の戦略にシフトすること、また中国を生産拠点とみる輸出志向型から中国の内需に焦点を当てた内需志向型に転換することが早急に必要だ」と語る。中国経済に対する意識変革が求められている。 (京山尚之)