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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
沈才彬・多摩大学教授に聞く―「大型景気対策が奏功し、不動産・自動車・株式市場で復調が鮮明になった中国の底力―

2009年6月23日《経済界》誌

  • 米国を抜き、世界最大の自動車消費大国へ
  • 政治的な節目の年に、雇用問題解決が鍵
  •  世界的な景気減速に歯止めがかからない中で、中国経済に復調の兆しが見え始めた。大型景気対策の効果が表れたためだが、それが本物かどうか、4月上旬に現地を視察した多摩大学教授・沈才彬氏に聞いた。(聞き手/本誌・清水克久)

    ●米国を抜き、世界最大の自動車消費大国へ

     ―― 上海、浙江省(寧波)、広東省(深セン)など中国の沿海部を視察したそうですが、現状は。

     沈 予想とは違って人々の表情は割りと明るく、町全体も落ち着いていて経済の行方にも期待感をもっているようでした。活気が戻ってきたのは株式市場、不動産市場、自動車市場の3つです。まず株式市場でいえば、昨年の中国の株価下落率(上海総合株価指数)は、主要国ではロシアに次いで2番目に大きな下落率(マイナス65%)でした。しかし今年の年初(1月4日)から4月末時点の上昇率は36・1%と主要国ではトップでした。理由は、昨年の暴落に対して、下がり過ぎとの見方が出たゆえに反動が起こったこと、つまりは自律反発です。それに昨年9月のリーマンショック後に直ちに金融緩和を断行し、11月に大型景気対策(57兆元、当時のレート)を実施するなど、政策転換の決断と実行が早かったことです。流動性も改善され昨年1年間の銀行の貸出額は約5兆元でしたが、今年第1四半期(1―3月)だけで4・5兆元になっています。

     ―― 下落している不動産市場の現状は。

     沈 昨年1月の対前年同期比の上昇率(11・3%)をピークにそれ以降は鈍化し、12月にはついにマイナスになり、今年4月まで5ヵ月連続のマイナスだ。前月比では昨年8月から今年2月まで7ヶ月連続のマイナスで、バブル崩壊を示しています。不動産価格の下落は今も続いていますが販売面積、契約件数は増えています。1−3月期で販売面積は対前年同期比8・2%の増加、売上高は同24・6%の増加。4月の不動産価格の対前年同期で1・1%のマイナスですが、3月と比べれば0・4%上がっており、下げ止まっています。

     ―― 日本の関心が高い自動車市場はどうですか。

     沈 1月からの4月までの新車販売台数は、米国を抜いて世界トップになりました。4月は対前年同期で25%増の115万台と史上最高を記録。このままいけば、通年ベースでも中国は米国を抜いて世界一の自動車市場になるでしょう。

     急速に復調できた背景は経済対策で1600CC以下の小型車・エコ車に対する減税措置です。増加分の6割はこれらのエコ車で占められています。今ではエコ車だけでなく、中大型車も販売が伸びる波及効果が表れています。

     自動車の普及率は米国の80%、日本の60%に対して中国はわずか5%ですから、まだまだ拡大の余地があり、世界最大の自動車消費大国になることは時間の問題です。

     4月に上海で国際モーターショーへの参加メーカーは1500社と史上最高でした。トヨタ、日産、ホンダなどの日系の自動車メーカーが集中している広州市は景気がよく、一部はフル稼働です。中国車は日本製のエンジンを搭載しているので、その恩恵に浴しているのです。

    ●政治的な節目の年に、雇用問題解決が鍵

     ―― アパレル産業などはどうですか。

     沈 浙江省の寧波にあるアパレルの杉杉集団、雅格爾という上場企業の幹部と面談しましたが、彼らに聞くと輸出は2割減ったものの、国内向けが15%前後も増えているそうです。工場はワンフロアに7、800人の若い従業員がいて活気に満ちていました。中国全体の輸出は19・7%減少しているのですが、意外に米国向けは14・9%の減少に止まっています。何故かといえば、昨年の米国向け輸出の増加率は5・6%と、最大の輸出相手であるEU(約20%の増加)に比べて増加率が少なく、基礎データが違っていることが原因です。

     また人民元の為替レートは大幅な「ユーロ安元高」(3月31日を基準日として1年前に比べて18・5%の下落)で米ドルの下落率2・6%とかなり違います。この「ユーロ安元高」が輸出コストを上げたのでEU向け輸出が大きく減ったのです。

     ―― 経済は回復基調にあるようですが、雇用問題は。

     沈 新規の大学・大学院の卒業生は610万人で、既卒で未就業の100万人を足した710万人の雇用をどうするかが問題です。職を失った「農民工」(地方の農村部からの都市部への出稼ぎ労働者)2千万人と合わせて2千710万人の新規雇用を創出しないといけません。しかし景気のいい年でも1千100万人が限界なので、今年のGDP成長率を7%台とすれば絶対に無理と言わざるを得ません。

     また政府は雇用不安が社会不安に繋がることを警戒しています。特に今年は中国にとって政治的に節目の年です。「五四運動」90周年、「チベット暴動」50周年、「天安門事件」20周年、「中華人民共和国建国」60周年などです。

     政府は最近になって失業者対策として1400万人の職業訓練を実施することを発表しましたが、これで乗り切れるかどうか心配です。政府は失業率を4・3%と公表していますが、これにはカラクリがあります。例えば広東省の東莞市は人口195万ですが、ここに1千万人を超える農民工がおり、今年の旧正月明け後には数百万人が消えました。しかし農村に戸籍がある農民工は農村に帰っただけなので、失業率の統計には入らないのです。つまり中国の失業率とは都市部失業率なのです。先の失業率4・3%は日本(4・7%)よりいい数値ですが、2千万人の失業した農民工を加えれば実質的な失業率は10%程度になるでしょう。中国にとっては雇用問題が最大の課題です。