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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
講演抄録 米国発金融危機と中国経済

多摩大学教授 沈 才彬
《商工クラブ》2009年4月1日号

  • 世界的な経済危機対策には社会主義的手法が有効
  • オリンピックが開催国にもたらすもの
  • 内憂外患を抱え成長率が伸び悩む中国経済
  • 政変に弱く外部危機に強い中国経済の行方
  • 大規模な内需拡大策で中国政府が図った政策転換
  • 観光立国は少子高齢化時代を迎える日本の生きる道
  •   これまで二大エンジンとして世界経済を牽引してきたアメリカと中国だが、アメリカというエンジンが失われた今、残った中国エンジンの行方が世界の注目するところである。北京オリンピック後の中国経済は果たして成長を続けられるのだろうか。

    ◆世界的な経済危機対策には社会主義的手法が有効

     先ず、アメリカの金融危機をどう見るかですが、やはり近因と遠因を考えなければなりません。近因としてはサブプライムローン問題の表面化がきっかけですが、歴史的に見た遠因を考えれば、アメリカの一国支配による統治疲労だと思います。

    冷戦終結後は、二十年近くアメリカ一極支配の時代に入りましたが、今その限界が見えてきました。イラク戦争、アフガン戦争と相手は小国ですが、アメリカはこの戦争になかなか勝てずに長期化しています。従って、世界的な再編が避けられなくなってきているわけです。

    中国はもちろん、ヨーロッパ、日本、ロシアにもアメリカに代わる力はありません。従って、どこが世界的な秩序を維持するかが問題なのです。新しい世界秩序が構築されるまで、しばらくは無極化の混乱が続く恐れがあるということです。

     アメリカの投資会社の社長は、異常とも思える年俸を得ながら、金融危機が起きても誰も責任を取りません。日本を含む世界各国の株価が暴落し、株価の暴落によって、金融危機から経済危機へシフトしつつある今、既に実体経済への影響は出始めました。IMF国際通貨基金は、来年度は日米欧ともマイナス成長に転落するとの予測をしています。

     社会主義の危機には、資本主義の手法が有効でした。中国では、社会主義経済がだめになったとき、ケ小平が改革開放政策を打ち出し成功したのです。現在は、マネーゲームに奔走した結果、金融資本主義の破綻という事態を招いているのですが、資本主義の危機には、逆に社会主義的な手法が有効なのです。

      世界恐慌の時、ルーズベルト大統領が打ち出した危機対策は、ニューディール政策でした。ニューディール政策の特徴は公共投資です。実際、現在、多くの国が打ち出した危機対策は、公共投資の拡大、あるいは銀行への公的資金注入、銀行の国有化など、社会主義的な手法を特徴とするものです。

    ◆オリンピックが 開催国にもたらすもの

     確かに成功に終わった北京オリンピックですが、オリンピック開催は、中国にとって、どういう変化をもたらしたでしょうか。これまでのオリンピックの歴史を振り返りますと、第二次世界大戦後は、ロンドンからアテネまで十五回のオリンピックが開催されています。開催地はほとんど先進国でしたが、六四年の東京、六八年のメキシコ、八八年のソウルの三つは、新興国で開催されました。

    私が調べたところ、新興国には三つの変化がありました。

     一つは、高度成長です。日本、韓国、メキシコには、オリンピックを挟んで高度成長という果実がもたらされました。二番目の変化は、日本、韓国、メキシコ共に、オリンピック後はOECD加盟が実現し、先進国入りができたことです。三つめの変化は、開催国では独裁政権の維持が難しくなり、韓国、メキシコとも民主主義体制への移行が実現しました。

    第二次世界大戦後、オリンピックを開催した十五の国の中に、独裁政権の国は一つもありません。旧ソ連でもオリンピック開催後は、共産党独裁政権が崩壊し、民主主義体制への移行が実現したわけです。

     中国は、まだ共産党一党支配体制ですが、やはり我々としては、長い目で中国の変化を見ていかねばなりません。東京―北京間の実際の時差は一時間でも、両国間には、まだ十年、二十年単位の時差があるのです。現在の中国は、人権問題や民主化問題、環境問題といった様々な問題を抱えていますが、将来的な方向性としては、果たして何年後になるかは分からないとしても、中国は必ず、民主主義体制に向かうと考えた方がいいのではないかと考えています。

    ◆内憂外患を抱え 成長率が伸び悩む中国経済

     オリンピック後の中国経済は現状どうなっているか、どんな懸念材料を抱えているのかですが、ひと言で申し上げれば、内憂外患を抱えているのが今の中国です。

      内憂は、例えばチベット暴動や農民暴動、インフレなどですが、最も懸念されているのは、私から見ればバブル崩壊です。〇七年十月の高値から〇八年の安値まで、株価は七二%も暴落したわけですから、株式バブルは既に崩壊したも同然です。不動産は〇八年の一月をピークに、その後は月ごとに価格が下落していますし、例えば深?では一部の人たちが、銀行の住宅ローン返済を集団で拒否しています。こうした動きが全国に広がれば、金融危機にも繋がりかねません。従って不動産バブル崩壊は、特に要注意です。

    外患は、アメリカ発の金融危機です。世界同時株安の影響を受けた株の暴落のほか、外貨準備高でも一千億ドル単位の損失が出ていますし、実体経済への影響も出始めています。

    中国のアメリカ向け輸出は、これまで五年連続で二〜三割伸び続けてきましたが、アメリカ向け輸出の大幅な鈍化によって、中国の輸出は伸び悩んでいるわけです。その影響で、中国経済の成長率は大幅な低迷を余儀なくされ、〇八年の成長率は、十%を下回ると予想されています。

    ◆政変に弱く外部危機に強い 中国経済の行方

     そこで、今後の中国経済に、中国経済沈没というシナリオがあるかどうかですが、結論から申し上げれば、私はないと思います。中国の経済成長率の推移を調べたところ、中国経済は、政変が起きた年に挫折するという意外な事実が見つかりました。

    文化大革命で劉少奇さんが失脚した年の経済成長率はマイナス七・二%、四人組が逮捕された年がマイナス二・七%、天安門事件の発生によって趙紫陽さんが失脚した年は、前年の一一・七%から一気に四・一%に急落しました。

     一方、外部危機については、中国は意外と強い面を持っています。九七年のアジア通貨危機の時、ASEAN諸国はマイナス成長、日本もゼロ成長、ロシアも韓国もマイナス成長だったにもかかわらず、中国の成長率は七・八%でした。

     つまり、中国経済の特質は、政変に弱く、外部危機に強いということができると思います。現在の中国で、急に政変が起こるような可能性は殆どありません。オリンピック開催の成功、有人宇宙船の打ち上げの成功等によって、胡錦涛の政権基盤は強化されていますし、オリンピック開催の総責任者、習近平国家副主席の党内における地位も上昇しています。

      これらを考え合わせれば、アメリカの金融危機の影響には確かに大きなものがあっても、これまでの経験則からすれば、そのために中国経済が挫折したり、沈没したりするようなシナリオは見当たりません。

    私が八月に中国に行った際、政府高官の話を聞く機会があったのですが、中国政府が考えているのは、死守ラインは二つの八%だということでした。一つは、インフレ率が八%を超えないこと、もう一つは、GDP成長率が八%を下回ってはならないということです。もしGDP成長率が八%を下回れば、企業の倒産件数が大幅に増え、大量の失業者が出ますから、社会混乱に陥ります。中国政府は、このことを最も恐れているわけです。

    ◆大規模な内需拡大策で 中国政府が図った政策転換

     八%ラインを守るために、中国政府は今、政策転換を実行しています。これまでは過熱経済の防止と、インフレ高揚の防止に努力してきましたが、インフレや過熱経済は今の中国にとって懸念材料ではなくなったのです。今の中国にとって最大の懸念材料は景気の冷え込みです。そこで、安定的な成長を確保するという方向に政策を転換し、日本円に換算すれば、五十七兆円の大規模な景気対策を打ち出しています。

     その中身は十項目に及んでいます。中でも重要なのは、@安価な住宅建設に十三兆円、A鉄道、道路、空港等、交通インフラの整備に二十一兆円、B四川省の大地震復興作業に十四兆円、C企業減税に二兆円、の四項目です。これにより中国経済への下支え効果が出て、経済成長率への影響は一・八%という試算も出されています。中国経済が八%の成長を維持すれば、世界経済の下支えになることも期待できるわけです。

    二〇一〇年には上海万博が開催されます。聞いた話によれば、アメリカのディズニーランドを上海につくるという計画が既に表面化しているようです。上海万博開催の年に、アメリカの景気が回復していれば、中国の経済成長率は、多分九%前後になるのではないか。そうなれば、上海万博が終了するまで、中国経済が挫折する可能性もなくなります。

     問題は二〇一〇年、万博開催以降には要注意時期に入ることです。北京オリンピック、上海万博と、中国国民は二大イベントのために多少の不満は我慢できても、二大イベントが終われば、不平不満が一気に爆発する恐れがあります。実際に各地で農民暴動が多発していますし、都市部では失業者やタクシー運転手の不平不満がたまっているのです。不平不満の向かう矛先は、格差問題と腐敗している役人です。

    ◆観光立国は少子高齢化時代を 迎える日本の生きる道

    ところで、日本企業のビジネスチャンスは、次の三つのところにあります。一つは、中国の爆食経済(素材とエネルギーを大量消費するという意味での爆食)からの脱却です。中国のエネルギー効率は非常に悪く、日本の六分の一です。日本の省エネ技術、環境技術、新エネルギー技術は日本の強みですから、ここにチャンスが出てきます。

    二つめは、中国における急ピッチな都市化です。中国都市部の人口は、農村部から都市部への大移動で毎年二〇〇〇万人ずつ増え続けています。これは市場の拡大に繋がりますから、日本企業にとっても大きなビジネスチャンスになるでしょう。

    三つめは、中間層、富裕層の急増です。彼らが求めるのは、デザインがよく、性能がよいブランド製品です。ですから、ここでも日本企業のチャンスが期待できます。

     最後に、少子高齢化時代の日本は、どういう戦略が必要かを考えてみたいと思います。日本の製造業は、国内需要だけでは、もはや食べていけません。製造業の国内需要は、殆どの産業分野で既にピークを超えているという事実も明らかになっているわけです。

    そこで、海外市場の開拓、外需という視点が必要になってきますが、外需とは輸出だけではなく、外国人を日本に呼び、日本国内で日本製品を消費してもらう観光も外需です。観光の視点からも、日本にとって中国市場の開拓は重要でしょう。

     観光について、もう一つ申し上げれば、国土交通省には観光立国推進戦略会議というのがあって、私もWG政府委員を務めているのですが、そこでは観光立国戦略という作業を進めています。観光という外需を二〇二〇年までに倍増し、外国人観光客を二〇〇〇万人にする。中でも中国人観光客を三分の一弱の六〇〇万人にするという目標を立てているのです。

     日本企業が取るべき戦略は、やはり「親米睦中」で米国、中国両方の国といい関係を維持すること。もう一つは「揚長避短」です。優れたブランド力、技術力という長所を生かし、コスト高、人口減少に伴う市場縮小という弱点を回避することです。揚長避短のためには、国際分業体制の構築も大切な要素になります。

    (講演日 2008年11月21日 於/とみんウララビル三階会議室)