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【中国経済レポ−ト】
【中国経済レポ−ト】
最大の懸念材料は雇用不安だ―

多摩大学教授 沈 才彬
2009年《SIBA》誌Vol.69号

  • 急変する中銀の通貨政策 白髪が目立つ周総裁
  • 資本市場への影響は大
  • 不動産バブルの崩壊は要注意
  • 最大の懸念材料は雇用不安
  • 上海万博終了まで経済沈没のシナリオがない
  • 2013年は節目の年
  • 世界経済はこれまで米国と中国という2大エンジンに牽引されてきた。ところが今「100年に1度」の金融危機に襲われ、米国エンジンが崩壊し、世界中に激震が走っている。そこで、残るもう1つのエンジンである中国経済の行方が注目される。

    ●急変する中銀の通貨政策 白髪が目立つ周総裁

     2008年、中央銀行である中国人民銀行の二大変化に注目が集まっている。1つは通貨政策が前半の金融引き締めから後半の金融緩和へと180度転換したことである。もう1つは、通貨政策への賛否両論の渦中にある周小川総裁の白髪は急増したことである。いずれも米国発金融危機の影響で急転直下の中国経済情勢と切っても切れない関係にある。

     中国は昨年6月までは、インフレ阻止と過熱経済の防止を目標にしていた。そのため、中央銀行は上半期だけで、5回にわたって商業銀行の中央銀行に預ける預金準備金比率を引き上げると同時に、銀行から企業への貸出総量規制も断行した。

    ところが、7月以降、情勢が一変した。インフレ率が月ごとに低下し、09年1月はわずか1.0%だった。特に9月15日の米国大手証券会社リーマンブラザーズの経営破たんを境目に、中国経済は急減速している。今はインフレよりはデフレ、過熱経済よりは景気冷え込みの脅威の方が高まっている。いかに安定的な経済成長を保つかが中国政府の喫緊の課題となっている。そのため、中国人民銀行は昨年9月15日から12月22日までの間、5回も金利と預金準備金比率を引き下げた。短期間でこんなに劇的な政策転換を行うことは、中国金融史上ではあまり前例がないことだ。

    実際、2007年米国のサブプライムローン問題の表面化によって、金融危機の兆しが既に顕在化している。「リーマンショック」はその爆発に過ぎない。なぜ、中央銀行は米国サブプライムローン問題の影響を過小評価し、金融危機の発生を予測できなかったか?なぜ昨年1-6月だけで中小企業の倒産件数は6万7000社に達したのに、中央銀行は依然として貸出総量規制など金融引き締め政策にこだわるのか?中央銀行の情勢判断と通貨政策にミスがあるのではないか。民間ではこうした中国人民銀行に対する批判・非難の声が上がっており、政府内でも周小川総裁への風当たりが強く、苦悩する周氏の白髪の急増が目立つ。

    ●資本市場への影響は大

     昨年、中国の実質GDP伸び率は、四半期ごとに急速にスピードを下げている。07年は13%。08年の第1四半期は10・6%、第2四半期10・1%、第3四半期9%、第4四半期6.8%。通年は9%となり、5年連続の2桁成長に終止符が打たれた。この背景には、米国発の金融危機の甚大な影響がある。

     まず、中国の資本市場への影響が大きい。上海株価総合指数は07年10月に6124ポイントで史上最高値を付けた。ところが、米国のサブプライムローン問題が表面化し、同年年8月には米国発の世界同時株安が起きていた。その影響を受け、中国の株式バブルがはじけた。08年11月4日、年初来最安値1702ポイントを付けた。07年の最高値から年初来最安値まで72%も下落した。昨年1年間で消えた時価総額は2.7兆億ドルにのぼり、2007年中国GDPの8割に相当する。これは逆資産効果となって、個人消費に陰りが出ている。

     金融危機のもう一つの資本市場への影響は、外貨準備高の大幅な為替差損だ。中国の外貨準備高は世界最大規模で、08年末時点で1兆9500億ドル。そのうち、65%が米ドル資産だ。しかし、米ドル対人民元レートは07年6.9%、08年7.1%のドル安元高となっている。為替損失だけで、この2年間の外貨資産が千数百億ドルも評価損になっている。

    今後、米ドルのゼロ金利政策が続き、経常赤字と財政赤字が改善されない限り、ドル安元高の傾向には変わりがない。膨大な外貨準備高を持つ中国は、為替損失をどう防ぐかが頭痛の種となる。

    ●不動産バブルの崩壊は要注意

     実態経済への影響はさらに深刻だ。一番打撃を受けているのは輸出である。中国にとって、国別で最大の輸出先はアメリカである。2001年WTO加盟以降、中国の対米輸出と貿易黒字は急増し、07年それぞれ中国全体の19.1%、62%を占めている。言うまでもなく、対米輸出の拡大は中国の高度成長の下支えとなっている。

    ところが、サブプライムローン問題をきっかけに、米国経済が失速した結果、中国の対米輸出も07年後半から急速に鈍化し、08年11月マイナス6.1%に転落し、12月と09年1月もそれぞれマイナス4.1%、マイナス9.8%を記録した。その影響で、中国の輸出全体の伸び率が急減速し、昨年11月の輸出はマイナス2・2%、12月マイナス2.8%、今年1月マイナス17.5%とマイナス幅を拡大している。中国のGDPに対する輸出依存度は37.5%にのぼるため、輸出の減退は実態経済への影響は物凄く大きい。

    実態経済へのもう1つの影響は不動産価格の下落だ。グラフを見ると、08年1月、全国主要70都市の不動産価格の上昇率がピークだったが、以降、月ごとに上昇率が鈍化している。同年10月は1・6%、11月は0・2%、12月はマイナス0.4%、今年1月はマイナス0.9%で、05年現在の調査開始以来のマイナスに転落したのである。これは前年同月比だが、前月に比べれば昨年8月から既に6ヵ月連続の下降である。

     2007年中国の不動産投資は投資全体の18.4%を占め、同年GDPの1割強に相当する。しかも不動産開発は鉄鋼、建材、建機、金融など幅広い分野への波及効果があり、経済成長率への寄与度が大きい。バブル崩壊は不動産投資の冷え込みを招きかねず、逆資産効果で個人消費へのマイナス影響も避けられない。さらに、不動産バブルが崩壊すれば、住宅ローンが焦げ付け、銀行の不良債権の急増が避けられず、金融不安に繋がる恐れがある。2009年は不動産バブルの崩壊が特に要注意である。

    ●最大の懸念材料は雇用不安

    金融危機の最大の懸念材料はやはり雇用不安である。中国では、毎年1100万人の新規雇用者が発生する。新規雇用を確保して社会を安定させるためには、経済成長率8%が死守ラインとされる。8%を下回ると、雇用不安が広がる恐れが出てくるからである。

     現在、中国の雇用情勢が甚だ深刻である。産業別でいえば、第二次産業(鉱工業)の雇用創出への寄与度が最も大きい。2002-07年の5年間、第一次(農林水産業)の雇用者数が5426万人減少したのに対し、第二次産業の雇用増加は4849万人に達し、第三次産業(サービス業)の3827万人より遥かに多い。ところが、米国発金融危機の打撃で、鉱工業生産が急減速し、11月の前年同期比伸び率はわずか5.4%で、1999年以来の低い水準となった。企業倒産件数が急増し、昨年11月末時点で67万社に達し、670万人が仕事を失ったのである。中国社会科学院が昨年末に発表した「社会青書」によれば、中国の都市部失業率は9.4%にのぼり、政府統計の2倍以上となる。

     今年の雇用情勢が一層厳しくなる見通しである。新規大学卒業生が610万人で、07年と08年の未就職の大卒はまだ100万人いる。大学卒業生だけで700万人の新規雇用の創出が必要となる。このほか08年都市部での仕事を失い、農村部に帰った農民工(農村部からの出稼ぎ労働者)は2000万人もいる。大卒と農民工だけで、就職希望者は2700万人にのぼる。

    しかし、日米欧主要国は同時不況に陥る中、中国2008年の実質GDP成長率も6年ぶりに1ケタ成長に落ち、09年はさらに7%台に下がる可能性が高い。2700万人の新規雇用創出はとうてい無理であろう。雇用問題で社会不安の高まりが懸念される。

    ●上海万博終了まで経済沈没のシナリオがない

    とはいえ、筆者は、米国発金融危機の影響だけで、経済成長が挫折するシナリオはないと考える。中国経済は「政変」に弱く、外部危機に強いという特質をもつからだ。

    中国の経済成長率の推移を調べると、これまでの経済成長の挫折はほぼ例外なく「政変」の年に起きていることがわかる。1966年には文化大革命が発生し、翌67年に劉少奇国家主席(当時、以下同)が失脚している。67年の経済成長率はマイナス7・2%、68年もマイナス6・5%と2年連続マイナス成長を記録した。毛沢東主席と周恩来首相が相次いで病死し、毛の側近だった四人組の逮捕というクーデターが発生したのが76年。この年の成長率もマイナス2・7%だった。89年には天安門事件が発生し、趙紫陽総書記が失脚したが、この年の成長率も前年の11・3%から4・1%へ急落したのである。「政変に弱い」という中国経済の異質的な構造が浮き彫りになっている。

    中国は共産党一党支配にあり、経済活動も党主導で行われている。主要幹部が更迭されれば、中央から地方まで大規模な幹部異動が避けられない。このため、政治的な混乱と社会的不安が生じ、生産活動などが鈍り、経済成長も挫折するのである。これは共産党一党支配の弱みともいえる。

    ところが、逆に、外部危機には中国経済が意外に強い。民主主義国家に比べ、中国の決断や政策転換がより早いからだ。これは共産党一党支配の強みともいえる。例えば、97年アジア通貨危機の際は、ASEAN(東南アジア諸国連合)および韓国、ロシアなどの国々が相次いでマイナス成長に転落した中、中国は7・8%を保った。米ITバブル崩壊後の01年には、米国0・8%、日本0・4%、シンガポールマイナス2・3%、台湾マイナス2・2%に対し、中国は依然、8・3%という世界トップクラスの成長率を維持していた。

     胡錦涛政権は北京五輪開催の成功によって政権基盤が強化されており、政変がすぐに起きるとは考えにくい。米国発金融危機の影響だけでは、経済沈没には繋がらないと思う。

     実際、中国政府は8%成長を確保するために、昨年11月4日に57兆円規模の大型景気対策を打ち出した。10項目のうち、次の3項目がメーンだ。一つ目は、低所得者向けの安価な住宅の建設。二つ目はインフラ整備。アジア通貨危機の時は高速道路がメーンだったが、今回は北京から上海までの高速鉄道、他の地域の高速鉄道がメーンだ。三つ目は、地震復興対策。この三つだけで、40兆円に達する規模だ。

     景気刺激対策の効果が出るまで、実質GDP伸び率は今年第2四半期あるいは第3四半期に、一時的には6%台まで下がる可能性がある。しかし、2010年上海万博開催のプラス効果もあり、経済刺激策が完全に実施されれば、09年は7.5%前後の成長が何とかキープされるだろう。2010年の米景気の回復を前提にすれば、同年、9%に回復すると予想する。結論から言えば、上海万博終了まで中国経済沈没のシナリオは考えにくい。

      ●2013年は節目の年

    ただし、上海万博以降、中国経済は要注意の時期に入る。北京五輪と上海万博という国家イベントを成功させるためには、中国の国民は不満があっても、我慢する。しかし、この2つのビッグイベントが終わると、溜まってきた不満が一気に爆発する恐れがある。

    不満爆発の矛先は格差問題と役人の腐敗・汚職である。最近、最高裁判所のナンバー2が汚職事件で拘束され審査を受けている。地方では共産党幹部の腐敗をチェックする部門のトップたちも今、腐敗に手を染めている。腐敗蔓延の象徴的な出来事である。昨年、各地では公安局や役所を襲撃する農民暴動など集団暴力事件が多発している。各事件の共通点は格差と権力の腐敗に対する不満の爆発だ。格差と腐敗は中国の2大時限爆弾となろう。

     節目の年として、2013年は特に要注意である。理由は3つある。1つは、2013年は政権交代の年だからである。党のトップ交代は2012年の秋。翌年三月の全人代で国家主席と首相が交代する。すでに述べたように政権交代の年は権力闘争が起きやすい。長期化すれば政局は混乱し、経済成長が挫折する。

     2つ目の理由は米国によるチャイナ・バッシングの懸念だ。私の試算では、2013年に中国は日本のGDPを上回り、米国に次いで世界第二位の経済大国になる。これは中国にとって喜ばしいことだが、米国によるチャイナ・バッシングの危険も孕んでいる。米国という国が自分の存在を脅かすライバルの出現を許さないというのは、1980年代に日本が経験している。

    3つ目は政治民主化の問題。2013年、中国の一人当たりのGDPは4000ドル前後になる。世界的な経験則として、だいたい2000ドル、3000ドルを超えると、やはり民主化運動の高揚期になる。

     ただし、中国経済は済沈没したとしても一時的なものに止まる可能性が大きい。工業化と都市化はいずれも未完成の状態にあり、経済成長の潜在力が大きいからだ。長期的に見れば、2020年まで年平均6%―7%の成長がキープされるのではないかと思う。