【中国経済レポ−ト】
2桁成長は止まるが、外部危機で中国経済は挫折しない―沈才彬・多摩大学教授インタビュー―
《経済界》誌2009年2月10日号インタビュー記事
●不動産バブル崩壊が金融危機の引き金に
―― 08年のGDPの伸び率は6年ぶりに2桁を割りそうですが、現状はどうですか。
沈 それは確実ですね。ただ中国は07年のGDP伸び率を1月14日に11・9%から13%に上方修正しました。これは経済が過熱化した92年から94年と同じ水準です。07年の指標が1・1%も上がったので08年の2桁台は到底無理ですが、9%から9・5%は達成できると見ています。しかし今年はさらに下がるでしょう。
GDPは投資、輸出、個人消費が3大要素ですが、まず最も貢献度の高い輸出は今年、まったく期待できません。主要輸出先は米国、欧州、日本ですが、IMFの予測ではこれら3カ国(地域)は今年、いずれもマイナス成長です。最大の輸出相手国である米国(07年は輸出全体に占める金額で19%、貿易黒字額では62%を占める)の景気後退の影響が大きく、対米輸出が増えることはありえません。直近では11月と12月は2ヶ月連続で対米輸出がマイナスになっており、全体でも減少しました。
―― 輸出依存度が高いので、世界景気の減速による影響が大きかったのですね。
沈 GDPに占める輸出依存度は37・5%と高いのですが、昨年11月と12月は輸出がマイナスとなったのでGDP伸び率への貢献度はゼロです。EU向けは昨年2割増えたのですが、今年はゼロかマイナスでしょう。それはEUの景気後退と“ユーロ安元高”になっているからです。日本向けは元々伸び率が低い。つまりは今年、中国の輸出が増える要素が見当たりません。
―― 個人消費の動向はどうでしょうか。
沈 株式市場のバブル崩壊で昨年1年の株価(上海総合株価指数)の下落率は65%と主要国ではロシアに次いでワースト2位でした。喪失した時価総額は2・7兆ドルにも達し、実にGDPの8割相当が消えてしまいました。極端な逆資産効果で個人消費には悪影響です。
―― 不動産バブルの崩壊はどうでしょうか。
沈 この問題は最も要注意です。不動産価格の上昇率(全国70都市)は昨年1月の11・3%がピークで、それ以降はずっと低下が続き、12月にはついに0・4%のマイナスになりました。これは全国平均ですが、いくつかの都市では完全に不動産バブルが崩壊し、昨年上半期に35%も下落した地域があります。昨年8月に中国を視察した時、深?では住宅ローンを返済できない人達が集団で返済拒否をしていると聞きました。この動きが全国化すれば、銀行の不良債権問題が深刻になって金融危機を引き起こしかねません。
●胡錦濤政権が交代する2013年が要注意
―― 輸出がダメで個人消費も伸びないとなると大変な事態ですね。
沈 即効性があるのは公共投資です。97年のアジア通貨危機の時もそうですが、今回も57兆円規模の対策を発表しています。前回は高速道路がメーンでしたが、今回は@安価な住宅建設A高速鉄道網の建設(北京から上海など)B地震復興対策の3つで40兆円を投じます。それは結構なことですが、目下最大の頭痛の種は雇用問題です。
政府は8%成長を死守ラインとしていますが、その理由は毎年1200万人生まれてくる新規雇用を吸収するにはそれだけの成長が必要だからです。
―― 倒産が増え、失業者も溢れている中で悩ましい問題ですね。
沈 昨年上半期に6万7千社の中小企業が倒産しており、11月末には67万社が倒産、670万人の失業者が出ました。また今年の大学卒業予定者は700万人で、過去2年間に就職できなかった大卒者が100万人おり、職を求める合計800万人の大卒者がいます。それに失業した「農民工」(農村からの出稼ぎ労働者)が700万人いるので、両方合わせて1500万人の新規雇用を創出しなければなりません。
しかし今年の成長率は7・5%前後を予測しておりますのですべてを吸収することは無理です。雇用問題は最大の不安材料になるでしょう。とくに最悪期は今年上半期で、いったんは6%台に落ちて、上海万博が開催される2010年にかけては9%台に回復するとみています。米国の復活が前提ですが、上海万博終了まで中国が挫折することはないでしょう。
―― 中国の失速は一時的で、復活は近いのですね。
沈 中国は外的危機には強く、政変には弱いという特徴があります。例えば過去数十年において、経済が失速したことは5回あります。それは「劉少奇国家主席の失脚」(67年)、「毛沢東死去・4人組逮捕」(76年)、「華国鋒共産党主席失脚」(81年)、「胡耀邦党総書記失脚」(86年)、「天安門事件・趙紫陽党総書記失脚」(89年)です。
しかしアジア通危機、ロシア経済危機、ITバブル崩壊といった外部危機に際してはそれほど打撃を受けませんでした。
不安材料としては北京五輪、上海万博という2つの国家イベントが終了後に、我慢してきた国民の不満が一気に爆発する可能性があることです。
私が要注意の年と思うのは胡錦濤政権が交代する13年です。政権交代の時は権力闘争が起こりやすいからです。またその頃には中国のGDFは日本を抜いて世界第2位になる見通しですが、米国は自国を脅かしそうなライバルの出現を許さない国ですから“チャイナバッシング”が起きる可能性があります。また国民の豊かさが実現すれば、経済自由化だけでは飽き足らず、政治の民主化を求める動きが出てくることも予想され、20年前の天安門事件のようなことが起きれば、経済へも大きな影響が出るかもしれません。
●プロフィール
沈才彬(多摩大学教授)
1944年生まれ。中国社会科学院大学院修了。東京大学、早稲田大学、一橋大学で客員研究員。三井物産戦略研究所中国経済センター長を経て08年4月から現職。