【中国経済レポ−ト】
2009年どうなる中国経済--沈才彬多摩大学教授に聞く--
2009年1月1日《世界日報》インタビュー記事
米国を震源地とする金融危機が中国経済にどのような影響を及ぼしていくのかが注目されている。中国経済の冷静な分析で知られる沈才彬多摩大学経営情報学部教授(同大学院教授)は、本紙とのインタビューで今年、中国の不動産バブルが崩壊することに懸念を示しながらも、中国は「国内政変には弱いが外部からの危機に強い」という特質を持っているとして、深刻な経済危機に陥る事態は回避できるだろうとの見方を示した。<<(聞き手=経済部・原田 正、池永達夫)>>
●−−まず昨年の中国経済について説明してほしい。
中国は六月までは、インフレ阻止と過熱経済の防止を目標にしていたが、七月以降、情勢が一変した。インフレ率が月ごとに低下し、十一月はわずか2・4%だった。今はインフレの脅威よりはデフレの脅威の方が高まっている。
一−九月期の実質国内総生産(GDP)伸び率は前年比で9・9%。輸出は22・3%増、投資は27%増、消費は22%増で、いずれも二割以上伸びている。ただ、実質GDP伸び率は、急速にスピードを下げている。〇七年は11・9%。〇八年の第一・四半期は10・6%、第二・四半期10・1%、第三・四半期9%。第四・四半期はまだ統計がないが、恐らく9%以下になるだろう。この背景には、米国発の金融危機の影響がある。
●−−具体的にどんな影響を与えているか。
まず、資本市場への影響が大きい。具体的には株式市場だ。上海株価総合指数は〇七年十月、六一二四ポイントで史上最高値を付けた。ところが、米国のサブプライムローン問題が表面化し、〇七年八月には米国発の世界同時株安が起きていた。その影響を受け、バブルがはじけた。〇八年十一月四日、年初来最安値一七〇二ポイントを付けた。〇七年の最高値から年初来最安値まで72%下落した。世界最大の下落率だ。これは逆資産効果となって、個人消費に影響している。
中国が十一月上旬、四兆元、日本円で換算すれば五十七兆円規模の大型景気刺激対策を決定したと発表したのを受け、株価が反発している。個人的な見方だが、株価のバブルは既に崩壊し、底を打った。
国際金融危機のもう一つの資本市場への影響は、外貨準備高の大幅な為替差損だ。中国の外貨準備高は世界最大規模で、九月末時点で一兆九千億ドル。65%の一兆三千億ドル弱が米ドル資産だ。しかし、〇八年だけで、米ドル対人民元レートは8%前後のドル安元高。為替損失だけで、中国の外貨資産が一千億ドルも評価損になった。この損失の影響は大きい。
これから要注意なのは、不動産バブルの崩壊だ。グラフを見ると、〇八年一月、不動産価格の上昇率がピークだったが、月ごとに上昇率が鈍化している。同年十月は1・6%、十一月は0・2%、十二月、あるいは今年一月は恐らくマイナスに転落する。これは全国的な価格、七十都市の不動産価格だ。
実際は、〇八年一−六月期にはいくつかの都市で既に不動産バブルが崩壊していた。例えば、深?(土へんに川)では、この上半期だけで前年同期と比べ35%下落した。
私が中国を八月に訪問した際、何が起きていたかというと、深?では住宅ローンの返済能力のない人々が集団で返済を拒否する、という動きがあった。その動きはまだ一部だが、それが全国的に広がることになれば、大変なことになる。銀行の不良債権問題が一気に表面化し、金融危機につながる恐れがある。株式バブルはすでに崩壊し、経済に対する影響は確かに大きいが、不動産バブル崩壊の方が、経済に与えるマイナスの影響ははるかに大きい。
●−−不動産価格が底を打つのはいつ頃とみるか。
楽観的な見通しだが、今年後半だろう。
米国発の金融危機の影響で、二つ目に大きいのは輸出だ。中国にとって最大の輸出先である米国向け輸出が〇七年後半から急速に鈍化している。〇八年一−七月期は、一ケタの増加だ。米国向け輸出が急速に鈍化した影響で、中国の輸出全体の伸び率が急速に減速している。一−九月期は22・3%増で、〇七年に比べると4・8ポイント減少し、貿易黒字はマイナス2・5%。十一月の輸出はマイナス2・2%に転落した。実体経済への影響はものすごく大きい。
●−−ご著書『中国沈没』の言葉を借りれば、中国経済が沈没する(深刻な不況になる)可能性は。
〇八年第四・四半期は非常に厳しい、そして今年がさらに厳しくなることは間違いない。ただし、中国経済がこれから沈没するかどうかというと、私の個人的見方だが、米国発の金融危機の影響だけでは沈没はしない。中国経済の構造的な特質は「国内の政変には弱いが、外国の危機には強い」からだ。
私が調べたところ、過去数十年間、経済成長が挫折した五回は全部政変の年に起きた。一九六七年の劉少奇国家主席失脚、七六年の毛沢東党主席死亡、「四人組」逮捕、八一年の華国鋒党主席失脚、八六年の胡耀邦総書記失脚、そして八九年の天安門事件と趙紫陽総書記失脚だ。これらの政変の時にはマイナス成長か経済成長の急減速に陥っている。
しかし、外部危機には意外と強い。例えば、九七年に起きたアジア通貨危機、九〇年から九八年までのロシア経済危機、二〇〇〇年後半から〇一年にかけての米国のITバブル崩壊の時にも、中国経済は強かった。
胡錦涛政権は五輪開催の成功によって政権基盤が強化されており、政変がすぐに起きるとは考えにくい。
●−−広東省の党トップの意向としては、国際競争力のあるところだけが生き残って新しいステージに入っていくという考え方があり、それが中央とズレがあると報道されている。
確かにズレがある。温家宝首相が早速、広東省に行って、まったく反対の指示を出した。それは、中小企業は中国経済の重要な力であり、中央政府としては中小企業を支援する、というメッセージだ。
広東省には輸出企業が多く、中小企業が主な担い手となっている。米国の金融危機の影響で倒産した企業数は、上半期だけで六万七千社に上るが、その多くは広東省に集中している。失業問題が深刻化すると、社会が不安定になりかねず、政権基盤を揺るがす。だから中央政府としては無視できず、中小企業支援策を今打ち出している。
●−−それは、景気対策に入っていると。
そうだ。中国高官によると、毎年一千二百万人の新規雇用者が発生するから、新規雇用一千二百万人を確保して社会を安定させるためには、経済成長率8%が死守ラインだ。
景気対策は十項目あるが、そのうちの三項目がメーンだ。一つ目は、低所得者向けの安価な住宅の建設。二つ目はインフラ整備。前回アジア通貨危機の時は高速道路がメーンだったが、今回は北京から上海までの高速鉄道、他の地域の高速鉄道がメーンだ。三つ目は、地震復興対策だ。この三つだけで、四十兆円に達する規模だ。鉄鋼、建材、建機、鉄道車両・設備、省エネ技術、環境技術の六つの分野で、日本企業も中国の大型景気刺激対策から恩恵を受けられるだろう。
実質GDP伸び率は今年第二・四半期あるいは第三・四半期に、一時的には6%台まで下がる可能性がある。しかし、二〇一〇年の上海万博開催のプラス効果もあり、経済刺激策が完全に実施されれば、二〇〇九年は8%前後、つまり8%プラス・マイナス0・5%の成長が何とかキープされるだろう。
二〇一〇年の米景気の回復を前提にすれば、同年、9%に回復すると予想する。結論から言えば、上海万博終了まで中国経済沈没のシナリオは考えにくい。
●−−万博後に不安があると。
そうだ。万博後は中国の経済は要注意の時期に入る。理由は何か。北京五輪と上海万博という国家イベントを成功させるためには、中国の国民は不満があっても、我慢する。しかし、この二つのビッグイベントが終わると、たまってきた不満が一気に爆発する恐れがある。
特に不満爆発の矛先は何かというと、格差問題と役人の腐敗・汚職だ。最近では公安局とか警察署などを襲撃する事件が多発している。最高裁判所のナンバー2も汚職で逮捕された。共産党の腐敗をチェックする部門のトップたちも今、腐敗に手を染めており、チェック機能が全く機能してない。格差と腐敗・汚職は時限爆弾だ。
具体的にタイミングとしては二〇一三年は、特に要注意の年だ。
理由は三つ。一つは二〇一三年は政権交代の年だからだ。党のトップ交代は二〇一二年の秋。政府の交代は、翌年三月の全人代で国家主席、首相が替わる。すでに述べたように政権交代の年は権力闘争が起きやすい。長期化すれば政局は混乱し、経済成長が挫折する。
二つ目の理由だが、私の試算では、二〇一三年に中国のGDPは日本のGDPを上回り、米国に次いで世界第二位の経済大国になる。これは中国にとって喜ばしいことだが、米国によるチャイナ・バッシングの危険もはらんでいる。米国という国が自分の存在を脅かすライバルの出現を許さないというのは、八〇年代に日本が経験している。
三つ目は政治民主化の問題。二〇一三年、中国の一人当たりのGDPは、四〇〇〇ドル前後になる。世界的な経験則として、だいたい二〇〇〇ドル、三〇〇〇ドルを超えると、やはり民主化運動の高揚期になる。
こうした理由から、二〇一三年は要注意だが、沈没したとしても一時的なものに止まるのではないか。中国は経済的な潜在力が大きく、工業化がまだ未完成だからだ。
●<沈 才彬(シン・サイヒン)> 1944年、中国江蘇省海門市生まれ。81年、中国社会科学院大学院修士課程(日本経済史)修了、同大学院講師。84年から東京大学客員研究員、早稲田大学客員研究員、一橋大学客員研究員、三井物産戦略研究所中国経済センタ−長などを歴任し、2008年4月より現職。中国経済スペシャリストとして定評があり、テレビ出演、講演、経済誌への執筆記事などで活躍。著書に『検証 中国爆食経済』「『いまの中国』がわかる本」『中国沈没』など。