【中国経済レポ−ト】
中国は成長方式を大転換−「量の拡大」から「質の追求」へ−
沈 才彬
『エコノミスト』臨時増刊2005年11月14日号
●「成長、9%以上」設定はあり得ない
9月7日付の『日本経済新聞』朝刊は、「中国は『成長、年9%以上』」という1面トップ記事で、「中国が10月の共産党中央委員会第五回全体会議(五中全会)で決める2006年からの第11次5カ年計画草案で、経済成長率を現計画の目標を上回る年9%以上と明記する方向で検討していることが明らかになった」と報道した。この記事は本当に信憑性があるだろうか。
結論から言えば、この記事の内容は信憑性が乏しいと見ていい。筆者は9月11日に「なぜ『日経』9月7日一面記事が信用できないか」という「時評」の中で、次の4つの理由を挙げている。
まず、中国のGDP成長率の適正水準は7〜9%であり、これは中央指導部や経済学者のコンセンサスとなっている。9%を超えると、経済は過熱状態となり、中国政府はマクロコントロール政策と金融引き締め政策を導入し、過熱抑制に動き出す。一方、7%を下回ると景気は冷え込み、雇用不安や不良債権増加など様々な問題が出てくるため、政府は必ず積極財政出動などの景気刺激策を打ち出す。第11次5カ年計画の成長率目標を、適正水準を超える「9%以上」に設定することは常識では考えられない。
第二に、03年と04年、中国政府は8%成長という目標を設定したにもかかわらず、実際には2年連続で9・5%を記録し、過熱状態となったのは明らかだ。そのため、政府当局は一連のバブル抑制策を打ち出し、過熱抑制に奔走してきた。
もし中央政府が第11次5カ年計画(05〜10年)の成長率を「9%以上」に設定すれば、各地方政府は必ず一斉に「10%以上」を競うことになる。これは「過熱抑制」どころか「過熱育成」となり、バブル崩壊につながる危険がある。
第三に、02年から中国経済は新たな成長期に入り、猛烈な経済拡張が続く一方、素材・エネルギー爆食の実態も浮き彫りになっている。中国政府は限界に来た「爆食型成長」に強い危機感を持ち始め、環境・資源にも配慮する「調和の取れた成長」への転換、「量の拡大」から「質の追求」への転換を唱えている。第11次5カ年計画の中心は、まさに成長方式の根本的な転換を求め、持続的成長と社会の安定を図ることにある。
最後に、これまでの経験則によれば、中国政府は経済成長率を低めに設定し、上回れば経済運営の実績につながるが、逆に高めに設定し、達成できない場合は責任問題が浮上しかねない。現実的に見れば、貧富の格差拡大、人民元切り上げ、貿易摩擦の多発など中国経済のリスク要素が多く、06〜10年の年率9%以上の成長は難しい。中国政府が実現困難な目標をあえて設定することは、自分の手で自分の首を締める「自殺行為」に近い。政局の安定を図る胡錦濤政権が「常識外れ」の行動を取ることは、とうてい考えにくい。
事実、05年10月8-11日に開かれた中国共産党「五中全会」は、第11次5カ年計画の基本方針を採択し、資源の大量消費を前提に高い成長率を追及した路線を修正し、省エネ・節約型成長を目指す方針を確認した。具体的には、2010年の1人当たりGDPは2000年の2倍に増やし(年率7.5%成長を事実上設定)、単位GDP当たりのエネルギー消費量を2010年まで2005年に比べ2割減らすという数字目標が計画案に盛り込まれた。
●「爆食型成長」に限界
それでは向こう5年間、中国経済は一体、どこに行くだろうか。
まず過去5年間の中国経済を検証しょう。02年より新たな経済拡張期に入ってから、中国は世界トップクラスの高度成長が続いている。GDP成長率は02年8・3%、03年9・5%に続き、04年も9・5%を記録した。今年の予測値は9・3%に達し、第10次5カ年計画期間(01〜05年)の年平均成長率は8・8%にのぼる。中国経済が「世界のエンジン」となっていることは確かである。
高度成長持続の結果、猛烈な経済拡張がもたらされている。第10次5カ年計画の前の年00年に比べ、05年の中国のGDPは72%増の1兆8500億j、貿易総額は3倍の1兆4000億j、粗鋼生産量は2・6倍の3億3000万d、外貨準備高は5倍の8000億jになる見通しである。
世界的に見れば、現代人の誰も経験したことがない中国台頭のインパクトは大きい。表2に示す通り、00年中国の貿易総額は日本の半分、米国の4分の1に過ぎなかったが、04年に日本を追い越し、米国の半分に急拡大した。GDPも00年の中国は米国のわずか9分の1、日本の22・8%に過ぎなかったが、04年は米国の7分の1、日本の35・3%まで拡大し、格差をかなり縮小した。
人民元の切り上げ要素を計算に入れれば、中国の今年のGDPは1兆8500億jにのぼり、イタリアを追い越して世界第6位になるのは確実の状態となっている。さらに今後5年間、年率8%成長、元切り上げ幅15%で試算すれば、10年に中国の経済規模は日本の約6割に相当する3兆ドル強に膨らみ、フランス、イギリス、ドイツの3カ国を一気に追い抜き。世界第3位の経済大国になる可能性も高い。
しかし一方、当面続いている中国の経済拡張は素材、エネルギーの「爆食」を特徴とするものであり、資源や環境に配慮せず、効率も伴っていないため、その脆弱さは否定できない。「爆食型成長」は明らかに限界に来ており、「省エネ・節約型成長」への政策転換が迫られる。
10年前の消費実績に比べれば、02〜04年の経済拡張期の素材・エネルギー「爆食」の実態は一目瞭然である。まず素材分野を見よう。 1995年、中国が1億ドルGDPを創出するために消費した素材は粗鋼1万4686d、銅165d、アルミ282dだったのに対し、03年にはそれぞれ1万7236d(17・4%増)、217d(31・5%増)、366d(29・8%増)に増えた。
エネルギー消費も同じ傾向を示している。95〜01年の6年間、中国のGDP年平均伸び率は8%に達したが、石油換算のエネルギー消費量は95年の8・9億dから01年には8・4億dへ減少した。ところが、02〜04年の経済拡張期の3年間、GDP年平均伸び率の9%に対し、石油換算エネルギー消費量は8・4億dから13・9億dに急増し、年平均伸び率は18・3%にのぼる。
言い換えれば、95〜01年はエネルギー消費量を増やさずに高度成長を実現したにもかかわらず、02〜04年の経済拡張期では年率9%成長を維持するために、石油換算で毎年2億dのエネルギー需要増を必要とした。エネルギーの「爆食」と利用効率の急低下は明らかだ。
中国『瞭望』週刊誌05年2月28日の記事によれば、04年の中国は9・5%成長で世界GDP全体の4%分を創出したが、消費した原油は世界全体の8・1%、鋼材は27%、石炭は31%、セメントは40%をそれぞれ占める。
国際的に見れば、中国のエネルギー利用効率の低さも目立つ。国際石油メジャーBPによれば、中国の単位GDP創出のためのエネルギー消費量は米国の4倍、ドイツの7倍、日本の8倍弱となる。言い換えれば、中国のエネルギー利用効率は米国の4分の1、ドイツの7分の1、日本の約8分の1に過ぎない。
現在、中国の1人当たりエネルギー消費量は日本の約4分の1、米国の約8分の1にとどまっている。仮に中国がアメリカ並みの水準に達すれば、世界の全エネルギーを動員しても中国1国の消費を賄えない状態となる。
中国はエネルギー資源が乏しい国である。1人当たり資源占有量は、石炭が世界平均値の79%、石油11%、天然ガス4・5%となっている。仮に「爆食型成長」が続く場合、中国の石炭資源はあと100年、石油は14年、天然ガスは32年で枯渇してしまう(『瞭望』05年7月4日の記事)。
要するに、いまのような「爆食型成長」が続けば、中国自身のエネルギー資源はもちろんのこと、世界中どの国も中国の高度成長を支えることができない。「爆食型成長」は明らかに限界に来ており、「省エネ・節約型成長」への転換、「量の拡大」から「質の追究」への転換が行わなければ、高度成長の持続が難しい。
●政策転換で「省エネ・節約型成長」へ
中国政府も「爆食型成長」が限界に来ていることを認識し、危機感を強めている。そこで中国政府は、資源や環境に配慮し、人間と自然の調和、経済と社会の調和、経済と政治の調和を主な内容とする「調和の取れた成長」を目指す方針を打ち出した。
この方針は、来年から始まる第11次5カ年計画の中心的なテーマとなり、来年3月に開かれる全人代での採択を経て実行する見通しである。
しかし、「爆食型成長」から「省エネ・節約型成長」に本格的に転換すれば、経済調整は避けられない。02年から始まった経済拡張期は、今年に終わりを告げ、来年からは本格的な調整期に入る。
調整局面に入れば、9%台の高度成長は期待できず、成長の減速が予想される。ただし、今の中国経済は正に走行中の自転車のように、速度が速過ぎれば(成長率が9%を超えた場合)危険だが、逆に遅過ぎれば(7%を下回った場合)倒れてしまう恐れがあるため、一定の速度を保つことが必要である。
また、北京五輪(08年)、上海万博(10年)も控えているため、仮に調整期に入っても、急ブレーキがかかるとは考えられず、中国経済は減速があっても失速はないだろう。10年まで7・5〜8%成長が続くという見方は妥当と思われる。
中国政府は04年初から過熱抑制に動き出したが、効果はいま一つである。「爆食型成長」が持続する限り、抜本的な過熱抑制ができないからである。
実際、中国政府が導入した「緊縮銀根」(金融引き締め)を中心とするマクロコントロール政策は、「上に政策あり、下に対策あり」の地方政府の抵抗もあって、効果が限定的なものにとどまっている。地方政府の主な「対策」とは、正に土地使用権の「活用」である。
周知の通り、中国ではすべての土地が国有であり、所有権の売買は不可能だが、土地の使用権は政府の許可あれば、売買が認められる。ここ数年、多くの地方政府は土地使用権の賃貸許認可で大量の資金を入手し、地方財政を潤している。統計によれば、ここ3年、地方政府が土地使用権の賃貸許認可で得た資金は、中央政府が国債発行で得た資金をはるかに超えている。
地方政府はこれらの資金を開発に投入し、投資過熱の重要な一因となっている。その結果、中央政府の過熱抑制策にもかかわらず、過熱経済はなかなかおさまらず、昨年の9・5%成長に続き、今年第1四半期は9・4%、第2四半期は9・6%にのぼった。
そこで中国政府は「爆食型成長」から「省エネ・節約型成長」へという成長方式の転換を唱えると同時に、マクロコントロール政策の中心も「緊縮銀根」(金融引き締め)から「緊縮地根」(土地引き締め)へシフトし、地方政府の土地使用権「活用」の規制に動き出した。
具体的には、04年後半に国家発展改革委員会、国土資源省、建設省、商務省の共同作業で、国務院文書04年28号「国務院の改革進化・土地管理厳格化に関する決定」が発表された。国務院の決定に基づき、不動産開発の土地管理を厳しくする一方、既存の開発区、輸出加工区、保税区を整理・整頓し、再審査を行なう。審査を受けず、または審査に合格しない開発区・保税区に対して、新たな土地使用を認めないという中央政府の方針が明確に打ち出された。
「緊縮地根」政策は、一部の外国企業にも影響を及ぼしている。実際、開発区または保税区への進出を決めた外国企業は、立地審査の不合格または合格発表の遅れによって、計画の取り消しや見直しが迫られる。日本企業はこうしたビジネスリスクを回避するために、進出を決める前に中国の開発区や保税区をきめ細かく選別しなければならない。
「爆食型成長」の特徴の一つは、資源と環境に配慮しない大量生産・大量消費である。 経済拡張期に入った前の年(01年)に比べ、、中国はわずか3年間で粗鋼生産量は8割、鋼材8割強、造船8割、化繊7割、自動車1・2倍、カラーテレビ8割、冷蔵庫1・2倍、洗濯機8割弱、エアコン1・8倍を増産し、膨張のスピードはわれわれの想像を超える。現在、中国の粗鋼、石炭、セメント、化繊、化学肥料、家電など主要工業製品の生産量はいずれも世界第1位を占め、「世界の工場」の実態が浮き彫りになっている。
しかし、「爆食型成長」から「省エネ・節約型成長」への本格的な転換によって、大量生産・大量消費から一転して設備・生産過剰になる可能性が出てくる。生産過剰になれば、製品を輸出に回す懸念が強まり、貿易摩擦は一層多発する恐れがある。
実際、鉄鋼分野ではバックファイアーが既に起きている。中国鉄鋼工業協会の羅氷生常務副会長によれば、今年上半期の国内粗鋼生産量は1億6486万dに達し、年間では3億d大台を突破する見通しである。また、粗鋼の純輸出は229万dにのぼり、中国は鉄鋼製品の純輸入国から純輸出国に転じた。ちなみに、今年1〜6月の世界鉄鉱石の海運貿易増加分の90%以上を中国1国が占めた。
今後、鉄鋼製品および鉄鋼を原材料とする製品輸出の急増が懸念され、中国をめぐる貿易摩擦は現在の「糸へん摩擦」から「金へん摩擦」へシフトするという新たな局面を迎えることになろう。
●出番が増える日本企業も
中国経済が減速すれば、日本の対中輸出に打撃を与え、現在、踊り場にある日本経済へのダメージは避けられない。特に、鉄鋼、化学などの素材分野および造船、海運、建設機械、工作機械などの関連分野では、経済拡張期のような対中輸出の大幅増はもはや期待できない。日本企業は調整局面の到来に備え、早急に適切な対策を取らなければならない。
また、成長シナリオの転換によって、中国経済はインフレからデフレに転じ、再び国際価格の破壊要素にもなり得る。02年、中国経済の新たな拡張期入りに伴い、鋼材、スクラップ、鉄鉱石、紙、パルプ、古紙、石炭、原油、ナフサ、エチレンなどの素材、エネルギーの国際価格は一斉に急騰した。しかし、拡張期の終結と経済調整局面の到来によって、原油価格はともかく、素材価格の下落は避けられず、日本の素材メーカーの収益を圧迫する可能性が出てくる。
一方、「爆食型成長」から「省エネ・節約型成長」への転換という中国の成長シナリオの変更によって、出番が増える日本企業も少なくない。例えば、鉱工業、交通輸送、建設分野の省エネルギー技術、石炭の液化技術、石炭・石油の脱硫技術、二酸化炭素排出の削減技術、水浄化技術、汚水処理技術、海水淡水化技術などの分野である。
省エネ、新エネ、環境ビジネスなどの分野は、いずれも日本の得意な分野であり、技術・ノウハウの蓄積がある。「省エネ・節約型成長」に向かい、日本企業の出番がむしろ増えてくるだろう。
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