【中国経済レポ−ト】
中国バブルは抑制できる
―内需拡大で北京五輪までは高度成長が続く
沈 才彬
文藝春秋社出版『日本の論点2005年』
●強まる三つのバブル懸念
中国経済はいま新たな拡張期に入っている。2002年8%、2003年9.1%成長に続き、2004年上半期のGDP成長率は9.7%にのぼり、アジア通貨危機以降最高の伸びを記録した。
一方、経済のバブル懸念も強まっている。人間の体温にたとえるならば、中国経済はいま摂氏38度ぐらいの発熱状態となっている。解熱剤を投入して熱が下がるか、それとも40度ぐらいに上がって倒れるか、過熱経済の行方が注目される。本稿は中国経済の軟着陸が可能かどうかに焦点をあて、客観的に分析を進めたい。
2003年後半から、中国経済のバブル懸念はますます強まってきた。統計によれば、この年のGDP伸び率は9.1%にのぼり、固定資産投資も27%増加した。そのうち、一部の分野の投資過熱ぶりが特に際立った。例えば、不動産分野は前年比31%増、電解アルミ同92%増、鉄鋼同97%増、セメント同121%増といずれも大幅な伸びを示した。
2004年に入ってバブル懸念はさらに高まっている。1−3月期のGDP成長率は9.8%にのぼり、固定資産投資も47%と急増した。前年、過熱ぶりが際立った鉄鋼、セメント、電解アルミの三分野は、2004年1−3月期はさらにヒートアップし、投資伸び率はそれぞれ107、101、39%に達した。かりに建設中ないし計画中の投資案件が全部完成すれば、2005年末までに上記三分野の生産能力は需要をはるかに上回る結果となる。こんな投資バブルを放置すれば、2006年には設備・生産過剰の発生は避けられない。
投資過熱と同時に、銀行貸し出しのバブル懸念も強まっている。2003年の新規貸し出しは前年比75%増、2004年1−3月期の貸出残高は前年同期比20.7%増となっている。銀行貸し出しの過熱は景気過熱を増幅させるのみならず、経済成長が失速した場合、新たな不良債権になりかねず、金融危機を招く恐れもある。
マネ−サプライのバブルも懸念される。2003年のマネ−サプライは前年比19%増、2004年1−3月期も19%増を記録した。消費者物価上昇率も2003年の1.2%から、2004年1〜3月期は2.8、4月3.8、5月4.4、6月5.0、7月5.5%へと上昇し、グリ−ンスパン・米連邦準備制度理事会(FRB)議長が指摘したインフレ圧力はますます強まっている。
投資、貸し出し、マネ−サプライという三つの過熱により、バブル崩壊や生産過剰などによる経済の急変調が懸念され、経済運営のリスクは増大している。
●政府は過熱抑制に本腰を入れている
ますます強まるバブル懸念に対し、中国政府は2004年4月から過熱抑制に動き出した。4月26日、党中央政治局会議が開かれ、マクロコントロ−ル強化、過熱抑制、生産性の向上を主な内容とする経済運営方針が正式に決定された。
党執行部のこの方針に基づき、中国政府は過熱抑制のための一連の行動に乗り出した。4月27日、国務院は過熱分野の投資案件の自己資本金比率の引き上げを決め、鉄鋼分野は既存の25から40%へ、セメント、電解アルミ、不動産三分野は20から35%へそれぞれ引き上げた。翌日、温家宝首相が、江蘇省常州市鉄本プロジェクトの建設中止、関係責任者の処分を命じ、過熱抑制の行政命令を発動。さらに国務院が各地方政府に対し通達を出し、建設中か企画中の鉄鋼、電解アルミ、セメント、政府機関オフィスビル、都市モノレ−ル、ゴルフ場、ショッピングセンタ−など関連投資案件、及び2004年のすべての新規投資案件を全面的に審査し、中央政府の規定に適わない案件を中止させるよう指示した。実際、2004年8月末まで全国各地の新規投資案件4150件が政府の行政指導によって中止させられた。
金融当局(中銀)も2004年から過熱抑制に向けて一連の金融引締め政策をとってきた。例えば、2004年に入って1カ月のうちに預金準備率の引き上げを2回も実施した(3月25日と4月25日)。公定歩合も2.70%から3.33%へ引き上げた。鉄鋼、セメント、電解アルミ、不動産分野への銀行貸し出し規制にも乗り出した。今後、インフレ率の上昇とマクロコントロ−ルの効果を見ながら、場合によっては金利の引き上げも視野に入れる。
●「減速」しても「失速」はない
日本では1、2年内に中国のバブル崩壊は不可避という見方が根強いが、筆者はその可能性が極めて低いと見ている。
改革・開放政策導入以降、これまでに中国の経済成長は3回も挫折した。1981年、86年、89年である。いずれも民主化運動の発生、または民主化とインフレの高揚が重なった結果であった。経済問題だけで成長挫折のケ−スは一度もなかった。その意味では、政治民主化問題は中国の経済成長に横たわる最大の壁と言えよう。
当面、中国国内の政治状況を見る限り、民主化高揚の機運が見られず、インフレ率も5%台にとどまり、89年の18%や94年の24%にははるかに及ばない。これまでの経験則では、経済成長がすぐに挫折するとは考えにくい。
さらに、中国政府はいまバブル抑制に本腰を入れ、効果も徐々に出始めている。四半期ごとのGDP成長率は2003年10-12月期9.9から2004年1−3月期9.8、4−6月期9.6%へとスロ−ダウンしている。投資伸び率も今年1−3月期の47%から、1−6月期の31%へと鈍化している。中国政府の過熱抑制によって、経済成長の減速はあるが、失速はないだろう。2004年通年の経済成長率は9%前後になり、来年も8%台の成長が続く見通しである。
●都市人口の増大で内需拡大が続く
中長期的に見れば、2008年北京五輪開催まで中国経済は多少波があっても、8%成長で世界経済を牽引しつづけるという見通しには変わりがないだろう。
内需は一国の経済成長を左右する最重要な要素と思われる。中国の場合は、次の三つの基本要素によって、国内需要の拡大は加速する見通しである。まずは総人口の増加。2030年まで中国の人口増加の傾向が続き、現在の13億人から16億人に増える。
二つ目は国民の豊かさの実現。2003年1090ドルに達した1人あたりGDPは、2010年に2000ドル以上に拡大する。国民所得の増加によって、国民消費の拡大と経済成長の相乗効果が期待される。
三つ目は都市化の進展。96年から農村部人口は毎年1000万人減、都市部人口は毎年2000万人増という人口構造の大変化が今後も続く。2010年まで都市部人口はさらに1億5000万人増加する見通しであり、増加分だけで日本の総人口を上回る規模になる。中国では都市部と農村部の住民の所得格差(実質六倍)が大きいため、迅速な都市化と消費社会化による内需拡大の傾向は確実に続く。この三つの要素によって、中国にはこれから需要ショックと消費ショックが起き、経済成長を牽引する原動力となる。
もちろん、不良債権問題、エネルギ−不足、腐敗の蔓延、政治民主化の遅れなど不安要素も数多く抱えている。下手をすれば、2008年北京五輪開催後のある時点で、これまで蓄積してきた諸問題が一気に爆発し、経済成長は挫折することもありうる。しかし、先に述べた経済成長の基本要素は簡単に消えるものではなく、たとえ一時的な挫折があっても、挫折を乗り越えればまた成長軌道に乗る。2020年まで年平均6−7%の経済成長が続くとの見方は妥当であろう。
日本の景気動向や産業の発展が中国市場にますます大きく依存する現在、いかに中国の活力を取り込み、その成長から最大限に利益をとるかが日本企業の重要課題となっている。いうまでもなく、日本企業は情熱をもって中国の巨大市場を取り込むべきである。一方、バブル懸念、不良債権問題などビジネスリスクに対し冷静な頭脳を持つことも極めて大切である。
* トップに戻る *