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【中国経済論談】
【中国経済論談】
モノ、カネ、ヒトの「中国離れ」をどう食い止めるか?

中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー沈 才彬

さる3月5日、日本の国会に相当する中国の全人代が開かれた。李強首相は「政府活動報告」の中で、今年5%成長という前年並みの目標を掲げている。景気低迷が続くなか、この目標は実現できるかどうかが世界に注目される。

筆者は、国内では不動産不況から抜け出し、国際的にはモノ、カネ、ヒトの「中国離れ」を食い止めることが出来なければ5%成長の実現が厳しいと思う。

●26年ぶりに中国の名目GDP成長率が日本に逆転される

2023年に日本の名目GDPをめぐって、2つの逆転劇が起きた。

1つ目は日独逆転だ。内閣府の発表によれば、23年日本の名目GDPが前年より5.7%増え、591.4兆円だった。ドルに換算すると1.1%減の4・2兆ドルに相当し、ドイツ(4・4兆億ドル)に逆転された。

日本は1968年にGDPで当時の西ドイツを上回った以降、世界第2位の座を維持してきた。しかし、2010年に中国に抜かれ、世界3位に転落した。昨年におよそ半世紀ぶりに日本の経済規模がドイツに逆転され、世界順位はさらに4位に後退した。ショック的な出来事だった。

2つ目は日中逆転だ。中国政府の発表によれば、23年中国のGDPが126兆582億元。名目GDP成長率は4.6%となり、日本(5.7%)に逆転された。名目GDP成長率が日本より低いのは1997年以降、26年ぶりの出来事だ。この日中逆転劇は、昨年の中国経済がいかに不況かを物語っている。ちなみに、23年実質GDP成長率が前年比5.2%増と、中国政府は発表している。

●経済不況の元凶は不動産と3つの「外」

中国経済不況の要因は何か?経済成長の重要ファクターである輸出、投資、消費、生産を調べれば、不況の元凶は浮上する。それは不動産不況及び外需(輸出)、外資、外国人という3つの「外」の減少だ。

まず不動産不況について説明する。昨年、バブルの崩壊に伴い、中国不動産大手恒大グループの破産、最大手碧桂園のデフォルド(債務不履行)など、企業破綻が相次ぎ、不動産産業は深刻な不況に陥っている。

その結果、2023年中国の固定資産投資全体(設備投資、インフラ、不動産投資を含む)が前年比で3%増えたが、不動産投資は9.6%減少した。消費サイドから見れば、消費全体は7.2%増だが、住宅販売面積が8.5%減、販売金額が6.5%減となっている。

不動産及びその関連産業は中国GDP全体の28%を占める。不動産投資及び販売金額の大幅な落ち込みは、中国経済成長の足を引っ張っている。言うまでもなく、不動産不況は中国景気低迷のA級戦犯と言っても過言ではない。

次に外需(輸出)、外資、外国人という3つの「外」を見よう。図1に示すように、23年中国の輸出はドル建てで前年に比べ4.6%減少した。そのうち、対アメリカ▼13.1%、EU▼10.2%、日本▼8.4%、ASEAN▼5%、主要国・地域向け輸出は揃ってマイナスに転落した。これまで輸出は中国経済成長の牽引車だったが、昨年は成長の足を引っ張るファクターとなった。

外国からの直接投資も減少している。中国商務省の発表によると、23年外国の対中直接投資が実行ベースで1万1339億元、前年比で8%減った。ドル建ての数字は発表されていないが、昨年5%前後のドル高元安を考えれば、外国直接投資は2桁減少に違いない。

●ヒト、モノ、カネの「中国離れ」が加速

訪中外国人も激減している。筆者は昨年11月に北京・天津を訪れ、町を歩く外国人の少なさに驚いた。その原因を探ると、外国人留学生、訪中外国人観光客、外資系企業駐在員という3つの減少が鮮明になることがわかった。

北京大学の賈慶国教授によれば、23年アメリカからの留学生は約350人、10年前の約1万5000人から激減。韓国からの留学生も2017年に比べれば8割近く減った。 外国からの観光客が中国に戻ってこない。国家統計局の発表によれば、23年入国外国人数は1378万人、19年(4911万人)の3割弱に過ぎない。 外国企業の駐在員も減少している。上海、北京など大都会の外国人向けのオフィスビルは、昨年より空室率が急増している。これは外資系企業をめぐる経営環境が悪化し、日米欧企業の中国撤退が相次ぐことが原因だ。

外需(輸出)、外資、外国人の減少は、経済成長にとって大きなマイナス要素となっている。背景にはモノ、カネ、ヒトの「中国離れ」が加速している実態が浮き彫りになる。その一因は昨年「反スパイ法」の改正で適用範囲が拡大し、外国企業が反スパイ法の恣意的な運用を懸念しているからだ。

米中対立が激しさを増す現在、習近平政権は経済成長より国家安全を重視する方針を打ち出している。昨年、反スパイ法改正・施行以降、中国政府は反スパイ宣伝を強化し、国家安全省が毎週のようにマスコミに登場し、反スパイキャンペンを行っている。しかし、過分に国家安全を強調すると、外国、特に西側諸国の企業も国民も中国を警戒し、経済成長に逆効果がもたれされる。

前出の北京大の賈慶国教授も反スパイ法の適用範囲があいまいで、「どのような情報をいかに収集すれば違法にならないのか明確でない」と指摘している。

今後、モノ、カネ、ヒトの「中国離れ」をどう食い止めるか?経済成長と国家安全をどう両立するか? 中国政府は難しい選択を迫られる。

●今年5%成長に前途多難

今年1〜2月中国経済のパフォーマンスを見れば、好悪材料が混在することがわかる。

前年同期に比べれば、工業生産は7%増で昨年通年の実績(4.6%)より2.4ポイント高い。ドル建ての輸出はプラスに転換し、7.1%増で市場の予測を大きく上回った。特に、対日本▼9.1%、韓国▼9.9%、EU▼1.3%などマイナスが続くなかで、アメリカ向けが5%増と、予想外の好調を示している。ASEAN向けも6%増となっている。

しかし一方、消費は5.5%増で昨年通年の実績より1.7ポイント低い。不動産不況も全く改善されていない。不動産開発投資が前年同期比で9%減、住宅の販売金額が32.7%減、深刻な不況が続いていることが明らかである。

外国直接投資の減少も続いている。中国商務省の発表によれば、今年1〜2月、実行ベースで人民元建ての外国直接投資が前年同期比19.9%減となっている。

国の税収から見ると、景気低迷が続く実態が浮き彫りになっている。今年1〜2月、税収全体が前年同期比4%減った。うち、増値税(企業付加価値税)5.2%減、個人所得税16%減となっている。

個人所得税の2桁減は、国民所得の大幅な減少を意味し、景気が回復されていない実態を裏付ける。

総合的に見れば、今年に入って、中国経済は若干改善されている。例えば輸出と工業生産である。しかし、肝心な不動産不況が好転せず、個人所得が減少している。外資不振も続いている。従って、通年5%成長の実現は前途多難と言わざるを得ない。(了)